“小麦マニア”がつくる極上の食パン 知多半島の海辺の町で/M.A.M
「春よ恋」の甘い香りに衝撃をうけて
愛知県の南に向けて突き出した知多半島へ、名古屋から車を走らせた。高速を使って1時間弱。海辺の小さな町で、極上の食パンに出会った。
人目から隠れるように、ビルの裏手に回ったところに入口がある。丸田仁美さんがたったひとりで焼く、2種の食パンが看板商品だ。
山型の「M.A.M食パン」を食べると、ふわり甘さが口に広がっていった。副素材は最低限と聞いていただけに、この甘さは驚きだ。ぷにゅんと舌に触れ、ぷるっとかすかに揺れて、じゅわんと溶ける。しっかりと焼いたてっぺんの耳は濃厚な香りと甘さが相まって、カステラを食べているみたいな、幸福な気持ちになった。
「角食パン」は、生でも食べられるような濃厚な甘さ。でありつつ、まとわりつかずさわやかなのだ。理由は麹(こうじ)で小麦を分解して作り出した糖分に由来するものだから。ふわふわであり、ぷるぷる、ちゅるりと溶け、するする喉(のど)を通る。
この二つ完全に甲乙つけ難く、どちらを選ぶかは好みによるだろう。香ばしい耳が好きな人は前者、高級食パンのさらに上質バージョンを求めるなら後者を。
丸田さんと最初に出会ったのは、小麦畑に向かうバスの中だった。偶然隣り合って座った彼女は私にこう言った。
「私、小麦マニアなんです」
全国の小麦を取り寄せ、独学でパンを研究しているという。以前はパンが嫌いだった丸田さんの原点はサービススタッフを務めていたカフェで出会った自家製食パンにある。
「おいしくて虜(とりこ)になりました。もちもちの食パンはこのあたりではすごく珍しくて。15、6年前になります。でも、製造には関わらなかった。自分に作れると思ってなかったんです」
パンを作りはじめたのは結婚して、知多半島に越してきてから。
「熱しやすく冷めやすい自分がひとつのことにこんなに取り組むのははじめて。パンだけは、おいしくないものを作る自分が許せなくて。子供や家族、近くにいる大切な人のために作りはじめました。特に子供は味覚が素直。おいしくなければ食べないし、おいしければむしゃむしゃ食べる。自分の作ったもので誰かがよろこんでくれたらすごく幸せです」
はじめはごく一般的な小麦粉(外国産小麦)を使ってパンを作っていたが、あるとき北海道産小麦「春よ恋」を手にとった。
「衝撃でした。小麦が変わるだけでこんなにちがうのかと。春よ恋はすごく甘い香り。それ以来、いろんな小麦粉を買っては試し、買っては試しを繰り返しました。製粉会社のちがい、オーガニック、灰分、タンパク質。産地が北と南ではどれだけちがうのか?」
小麦粉の特徴をつかみ、自分の目指すパンに合った小麦粉を探しあてて、各パンの配合に活かしていった。
M.A.M食パンは、春よ恋、キタノカオリ、ゆめちからといった北海道産小麦に加え、三重県産ニシノカオリで耳のぱりっと感や香ばしさを表現。牛乳ではなく脱脂粉乳を入れるのは、小麦の香りを邪魔せずに、香ばしい耳やふっくらした中身を作り出すため。パン酵母(市販のイースト)を極端に減らして、レーズン種を使用するのは、「春よ恋の甘い香りにうっすらレーズンのフルーツみたいな香りを加える」ためだといい、詩的なインスピレーションからレシピが生まれてくることがわかる。
さらに、M.A.M食パンの生地は「ミルキー」という菓子パンに変身する。もっちり弾んでいるその間にも生地は溶け、消えていこうとするせっかちな口溶けが愛おしい。練乳とバターのミルククリームが魅惑的であることはもちろん、生地から溶けてきた小麦由来の糖が、その破壊力を倍加させるのだ。
「ミルクフィリングをゆるくしているので、もちもちしてふにゅんと舌の上でとろける生地と相性がいいです」
もともとカフェで働いていたぐらい、接客が大好きだという。
「作るだけの人になりたくなかったんです。おばあちゃんや、何カ月かに1回買っていく人にも感謝をお伝えしたい。今日はどんなものを手に取るんだろうって、厨房(ちゅうぼう)の窓から覗いています」
約10年もかけ、パンと小麦粉を追求、この6月にやっとオープンした。家庭と両立させつつ、営業日は寝ずにパンを作る。
「今まで主婦の自己満足でしたから、自分が作るパンを食べていただけるのがうれしくて。パンを作って対価をいただけるなんて、夢かなと思うぐらい。いろいろ試練はあるが、この気持ちは忘れずにしていきたいです」
M.A.M
愛知県知多郡美浜町北方3-23-1
10:00~18:00(仕込み・販売状況等により変動あり)
木金土営業
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