スクーターから見るベトナムカルチャー 人間中心な交通マナー | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
小川フミオのモーターカー
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スクーターから見るベトナムカルチャー 人間中心な交通マナー

1986年に始まった「ドイモイ」(市場経済導入路線)以降、二輪車の国内生産がさかんになった

国ごとのカルチャーの違いを比べておもしろがるには、交通がもっともわかりやすいかもしれない。私は2024年8月、ベトナム・ホーチミン市で、モーターサイクルカルチャーを久々に体験して、たいへんおもしろかった。

私の記憶をたどってみると、世界には日本と違う交通カルチャーがあるんだなあと最初に知ったのは、中学生のとき公開されたジョージ・ルーカス作品「アメリカン・グラフィティ」(1973年)だ。ルーカスといえば「スター・ウォーズ」初期の3部作だけれど、私はエピソードⅣの前に作られた「アメグラ」のほうがもっと好きだなあ。

アメグラは陽気なようで、最後はけっこう苦い後味で終わる作品だけれど、物語は楽しく進行する。舞台はカリフォルニア・モデスト。私は長いこと、あそこがロサンゼルスだと思っていた。登場人物たちが夜っぴいてクルマで町を流す。それが“クルージング”なる米西海岸のカーカルチャーだと聞いて、ずいぶん楽しそうだと感心した。

クルマで行くのは、ドライブインだったり、ドライブインシアターだったり。私は2024年、街中の電灯が夜通し灯っているようなホーチミンにいて、1970年代の映画公開当時、こんなに遊びにいく場所があるなんて、すてきだろうなあと思った記憶がよみがえった。

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ホーチミンでも、通勤・通学の足はスクーター

路地にも歩道にもあふれるスクーター

ただしホーチミンの道路の主役は(多くのかたが先刻ご存知のとおり)改造車のストリートロッドでなく、スクーターだ。ベトナムではほぼ1軒に1台の割合でスクーターがあると言われているぐらいで、道路は幹線道路から路地にいたるまでスクーターであふれている。歩道もスクーターが走っている。

「私たちがスクーターに乗るのは、クルマが高いこと、道路のインフラがスクーターを前提に作られていること、公共交通網が貧弱なこと、など理由がいくつもあげられます」

ホーチミンで話を聞いた働く女性(20代後半かな)は、そう語ってくれた。現地で驚くのは、2人乗りはあたりまえ、3人乗りとか4人乗りまでいることだ。2人乗りは合法で、3人目も14歳未満の子供ならオーケーなんだそうだ。

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最初に見たときはびっくりした3人乗り(じつは多い)

日本の都市だと自動車用の公共駐車場が多いが、ホーチミンはそんなかんじでスクーターの駐車場がいたるところにある。でもそれじゃ収容しきれないんだろう。路駐であふれている。

多く見かけるブランドはホンダ。ホンダ本社の二輪車広報担当者に市場占拠率を確認すると、「VAMM」というベトナム二輪車製造者協会に加入しているホンダ、ヤマハ、スズキ、ピアジオ、SYMの5社を分母にした場合「(現地法人の)Honda Vietnamの発表値は82.5パーセント」だという。

ホンダが最初にベトナムに進出したのは、1960年代のスーパーカブ。「アジアでは家族全員で1台の二輪車を使うことが多かったため、誰でも運転でき、経済性や耐久性にも優れたスーパーカブが人気を集めたと、ホンダのホームページにはある。

いま、ホーチミンの路上でみかけるのは、ぐっとスタイリッシュなスクーター「Vision(日本名Dio110)」。2023年の販売実績が63万台というので驚く。ヒットの理由について、先の広報担当者は「機能・実用面の改善に加え、よりファッショナブル」な点をあげている。

「廉価な中国製バイクに乗ったこともありますけど、しょっちゅう壊れて閉口してました。ホンダは高いけれどまったく壊れないです」。毎日4km走って通勤する、前出の女性は言う。

バイクタクシーはスリルあり 運転技術はなかなかのもの

ベトナムの交通カルチャーは二輪車が中心。なかでも主役はスクーターだ。モータージャーナリストの小川フミオさんがこの夏体験した。
緑のヘルメットの「Grab」はバイクタクシーやケイタリングなどをスマホを通してオーダーできる配車サービスで、旅行者にも利便性が高い

ホーチミンの交通インフラでまことにおもしろいのは、バイクタクシーの存在だ。スクーターの後ろに客を乗せる。明るい色のヘルメットですぐそれと知れるバイクタクシーの運転手は町中を流していて、私が街角で風景を撮影していたりすると、乗らない?というかんじで笑顔でバイクを寄せてくる。

私はじっさいに乗ってみたところ、シートが大きいうえにクッションも効いている。110ccの排気量のトルク感がしっかり感じられるし、サスペンションシステムは荒れた路面でもショックを吸収してくれる。

ひやりとするのは、大きなラウンドアバウト(フランスふうにいうとロンポワン)で、鳴門の渦巻きもかくやというぐらい、大きな交通の流れのなかに突っ込んでいくとき。隣をすり抜けるスクーターのフェアリングが、私の足をこすりそうだ。

事故や排ガス対策を考え、当局は、二輪車を減らしていく意向を見せているというが、みなの運転はうまい。パリの凱旋(がいせん)門まわりのエトワールをぐるぐると回っていくときの百倍ぐらいスリルがあるが、運転技術もフランス人に勝っているかもしれない。

「事故はそう多くないと思うよ。みな注意しているし、慣れてるから。飲酒は高額な罰金を追徴されるので御法度。でも、田舎では、飲酒して乱暴な運転をするやからもいるから、事故もそれなりに起こっているみたいだよ」

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フー(Phu)さんというニックネームのバイクタクシー・ライダー、リュウ・バン・サウさん

私を乗せてくれたフー(Phu)さんというニックネームのリュウ・バン・サウさんは、路上に並べた小さなプラスチックのスツール(風呂のスツールみたい)に腰かけてアイスミルクコーヒーをおごってくれながら、そう言った。旅行者にとってもありがたい交通手段だ。

一見カオス、でも実は歩行者には最大限の気づかい

車線が多い自動車専用道では、側道のように二輪専用車線が設けてあり、バリアで仕切られているため、高速で走る四輪と二輪が混じることはない。でもたとえ混じっても、彼らはうまく折り合いをつけそうだ。

ホーンをやたら鳴らすけれど、そのおかげかどうか、おたがいの存在に強く注意をはらっている。歩行している私に突っ込んでくるように見せかけて、うまくかわすのもたいした技術だ。

カフェにいると、ウーバーのような配達員がスクーターでやってきては、注文された品を提げてオフィスビルへと走り去っていく。また、30度を軽く超える気温が続くだけに、アイスコーヒーや氷を使うデザートが好まれているようで、そのための氷を詰めたやたらでかい袋を積んだカブが店にやってきたりする。

夜になると、男女のふたり乗りがどっと増える。男性が操縦、女性が横座り、というケースもあれば、女性がハンドルバーを握っている姿も多く目にする。商用からロマンチックな目的まで、ホーチミンのひとたちの生活は二輪に支えられているのだ。

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夜はスクーターでデートに出かけ、街角で冷たい飲料を買うのがホーチミンの若者のスタイル

日本だと歩道を自転車が速度を出して走ってきただけで、こら危ない!と声が出そうになる私だけれど、そんなことではベトナムの街では暮らせないかもしれない。カオスだけれど、歩行者には最大限、気をつかっている。彼らの運転には、フランスやイタリアに通じるものがある(歩行者を軽視するようなロンドンとはまったく違う)。じつは人間中心の交通マナーはうらやましくすらある。

写真=筆者

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