見つけた新しい才能。高校生シンガー・ソングライターの『波まかせ』
音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。
1 “コマーシャルに流れるみたいに”(AKASAKI『波まかせ』作詞:AKASAKI)
2 “この部屋とこの部屋、隣なんだな” (一級建築士 千葉光)
3 “〜的”
4 “人喰い便座”(ホンジャマカ 石塚英彦)
5 “大瓶って、中瓶より、たくさん飲めるんですよ”(オアシズ 大久保佳代子)
日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。
随所に言葉のセンスが光る『波まかせ』
AKASAKIさんの『波まかせ』が良い。初めて聞くアーティストだったので調べてみると、彼は17歳の高校生シンガー・ソングライターで、音楽を始めたのは16歳、活動わずか1年でオリジナル曲もまだ2曲だけのリリースだが、TikTokでヒットを飛ばしている新人アーティストなのだそう。
まだ粗削りなところもあるけれど、17歳とは思えない大人っぽい歌声と曲調が耳を奪う。メロディーと言葉のセンスがいい。夏のポップソングの美味(おい)しいところを盛り合わせたようなキラキラしたサビが印象的だけれど、直前のBメロの「揺れた波とサイダーに合わせて 僕を見て コマーシャルに流れるみたいに」が個人的には面白いなと思った。
というのも、私たち年上の世代にとっては「コマーシャル」と言われて思いつくのは、たぶんテレビCMのことだと思うけれど、テレビをあまり見ないだろう17歳の現役高校生が使う「コマーシャル」は、もしかしたら動画サイトで見た“飛ばせない広告”のことかもしれないなと思ったのである。
もちろん、この「コマーシャル」を見たのがテレビだろうが動画サイトであろうが、曲にとってはどうでもいい差異である。とはいえ、これを作詞家の目線で言わせてもらうと、老若男女皆が共感できるモチーフをこれから先、歌詞に盛り込むのはどんどん難しくなっていく一方なのである。その意味で、この曲に出てくる「コマーシャルみたいに」という一言は、昭和や平成前半の生まれの人と、平成後半の生まれの人では、もしかしたら違うものを想像しているかもしれないけれど意味としては同じ、という聞き手の取りこぼしのない守備範囲の広い言葉のひとつだな、と思ったのである。これがもしも「コマーシャルに流れるみたいに」でなく「TikTokで流れてきたみたいに」だったら、また違う曲に聞こえてきただろうと思う。
と、まあ、それはさておき。恋する相手のことを「君はヒロイン以外の何者なのか 僕は知らない」なんて描写して、随所に彼の言葉のセンスが光るグッドソングである。これからの活動が楽しみな新しい才能を見つけた。
立花家の家を実際に建てて住みたい
6月25日深夜放送のテレビ大阪 『さらばのこの本ダレが書いとんねん!』でのこと。『アニメオタクの一級建築士が建築の面白さを徹底解剖する本。』の著者の一人 、一級建築士の千葉光さんが出演していた。本では『千と千尋の神隠し』の油屋や『ハウルの動く城』の動く城 など、漫画やアニメに登場する建築物を建築家の目線で解説しているのだそう。
さらば青春の光の東ブクロさんが「漫画とかアニメとかみてたらコマ進まないでしょ? だって、ずっと同じとこ見て、建築物見てるんでしょ?」と聞くと、千葉さんは「 見てて、あっこれ!ってなると、漫画本見てたのに、 建築の本を出してきちゃって。確かこの時代のこの建築家のやつだって、確認して、また漫画に戻る。(アニメのドラえもんを見ていても家の)空間がどう繋(つな)がってるんだろうって。見ながら、この部屋とこの部屋、隣なんだな、とか。それは職業病なのかも」と言った。
番組を見ながら、こういう人がやっぱりいたのだ、と少し嬉(うれ)しくなった。というのも、私にはひそかな夢があって、それは家を建てるならあだち充さんの『MIX』に出てくる投馬と走一郎が暮らす立花家をそっくりそのまま実際に建てて、そこに住みたいというものである。立花家は、どこのハウスメーカーでも建てられそうな、いい意味でごく普通の家なのだが、その正確な間取りまではよく分からない。誰かがその間取りを図面にしてくれないかしら、と思っていたのである。
家というのはこだわればきりがないし、どんなにこだわって建てても、結局はどこかに不満は出てくるものだとよく聞く。それならいっそ建て売りや中古物件の方が諦めがつくのかもしれないとも思うけれど、住みにくい設計の建て売りの家や、見ず知らずの誰かのこだわりが詰まった中古の家では、結局のところ愛せないだろうなと思う。
でも、それは裏を返せば、愛せる家ならば、たとえ少々の不満があっても許せるということである。そう考えた時、もしも家のどこかに不満が出たとしても、「MIXの主人公たちもこの家に住んでいるのだから」と思えば、どんな不満も面白がるポイントに変わる気がするのである。そして、もしいつか家を手放す時が来たとしても、「MIXのあの家とまったく一緒ですよ」は、ファンにはきっとニーズがありそうな気がして、良いと思うのだけれど、どうだろう。
「ティック」の可愛らしい響き
6月20日深夜放送のテレビ東京『川島明の辞書で呑(の)む』でのこと。英語の「Good sleep」と日本語の「ぐっすり」が、意味も語感もそっくりなのはなぜか、という話をしていた。結論から言うと、この二つの言葉は奇跡的に偶然似ているだけなのだという。
三省堂辞書出版部長の山本康一さんいわく、「でも、中には意図的に似せたのもあって、例えば”〜的”は、明治時代に英語の”〜ティック”から作られた言葉なんです」と言った。明治時代に洋書の翻訳をするにあたってsystematic、automaticなどの「ティック」の部分に当たる日本語がなかったため、音が似ている「的」を当てて、組織的、自動的と翻訳したのが最初なのだという。
知らなかった。つまり、積極的は「積極ティック」、感動的は「感動ティック」、私的は「私ティック」だということである。なんだか可愛らしい響きである。「もっと積極的に行動しないと!」と叱られると言葉がキツく聞こえるが、「もっと積極ティックに行動しないと!」と言われたら柔らかさがある気がする。
ふと、このticを無理やり当てはめるとスティックシュガー は「すてきしゅがー」になるのだなと気づいて、以来、スティックシュガーを見るにつけ、「素敵な砂糖」と呼ぶようになった。
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