これからも一緒に 86歳で税理士を引退する母へ
フラワーアーティストの東信さんが、読者のみなさまと大切な誰かの「物語」を花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
高山麻美さん(仮名) 55歳
大学職員
東京都在住
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86歳の誕生日を機に税理士を引退する母にお花を贈ってあげたいです。
母は高校卒業後、地方から上京し、働きながら10年かかって税理士資格を取得しました。当時外国航路の船員だった父は留守がちで、会計事務所で職を得た母は今で言うワンオペ家事・育児に追われました。
私が小学校高学年から高校卒業までは、同居していた父方の祖母がひとり歩きを伴う認知症を患い、昼夜を問わず出かけて迷子になってしまった祖母を母と私で迎えに行ったことは50回を下りません。
そんな中でも、戦後の厳しい時代には願ってもかなわなかったからと、私と一緒にピアノやバレエを習ったり、今でもラジオ英会話やピラティスを続けたりするなど、学ぶ気持ちを忘れない人です。そんな母だから、一人娘の私が海外留学したいと言った時も、寂しさや心配をこらえて送り出してくれたのだと思います。
祖母が他界した後は、母の姉や病気の友人を見舞い、いつも電話や手紙で勇気づけていました。船を下りて陸に上がり、糖尿や腎臓の病を患った晩年の父を介護していました。偏屈だった父の癖の強い言動も、「お父さんの好きなようにしてあげたい」と受け入れて、昨年実家にて父をみとりました。
「先生が廃業するまでお世話になりたい」という長年の顧客に恵まれ、これまで税理士の仕事を続けてきましたが、申告のオンライン化などもありそろそろ潮時だと考えたようです。ワンオペ育児と仕事を両立させ、そのうえ人の面倒をみて生きてきた母ですが、「肝っ玉母さん」タイプではなく、小柄で物静か。天然なところがあって、音楽やお花、かわいいものが大好きな人です。
大家族の末っ子として守られて育った母は、本当はバリバリ働くよりも、のほほんとお世話をされて生きるのが合っているタイプだと思います。でも人生の巡りあわせで、予想外にたくましい生活を送ることになりました。これからは母本来の性格を大事にして、自分の楽しみのために生きてほしいと思います。ママ、これまでお疲れ様でした。これから一緒に楽しんで過ごそうね。
花束をつくった東さんのコメント
子育ても仕事もがんばるパワフルなイメージとは裏腹に、実際のお母様は小柄で物静かな方とか。そこで華美な色ではなく、落ち着いた感じのやさしい色合いのブーケにまとめました。オダマキ、トリフォリウム、パンジーなど、同じ紫でもニュアンスの違うものが段違いに入っています。
86歳まで税理士としても全力で走ってこられたお母様だけに、知的でモダンな構成を心がけました。なかにはこれからつぼみが開く変化を楽しんでもらえるようなお花も。お母様の引退後の人生にも、きっと新たなつぼみが花を咲かせると思います。
文:福光恵
写真:椎木俊介
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