イタリアン・ジェラート&ドルチェetc.のプロ向け見本市 本場で味のトレンドは?
毎年3月末になるとイタリアはサマータイムに切り替わり、続いて復活祭休暇が訪れる。それに合わせたかのように、本格的な観光シーズンが幕を開ける。続いて夏、人々は遅い日没のなか夕食後街へと繰り出し、ジェラートを楽しむようになる。
そうした季節を前に、イタリア北東部リミニで開かれるのがSIGEP(シジェップ)だ。ジェラート、スイーツ、パン、そしてコーヒーのプロフェッショナル向け見本市である
BtoBと思えない華やかさ
シジェップ、別名ドルチェ・ワールドエクスポは、2024年で第45回を迎えた。イタリアの企業・メイドインイタリー省、農業・食糧主権・森林省などが後援し、毎年1月に開催されている。主催者によると、2024年は35の国と地域から約1200の企業・団体が出展。来場者の国籍は160の国と地域に及んだ。
会場周辺で毎朝起きる大渋滞からは、プロ向け見本市とは思えぬ注目度を察することができる。会場もしかり。午後には来場者が多すぎて、前に進めないエリアさえ見られた。加えて、開催地であるリミニ市にとっても、シジェップは大きな利益をもたらしている。出展者や来場者が、ビーチリゾートの閑散期に経済を活性化してくれるからだ。筆者がようやく空きを見つけて投宿した民泊の主も、「この季節、シジェップがあるのはありがたい」と語った。
出展社の大半は、業務用すなわちBtoBを手掛けるブランドが大半である。トッピング、卵、小麦粉といった原料を扱う企業、さらには包装、業務用の冷凍・冷蔵庫、店内用家具、さらには移動販売車と、テリトリーは限りなく広い。しかしながら、彼らのブースは、トレードショーとは思えないほど瀟洒(しょうしゃ)だ。このあたりは、品質とともに企業イメージやストーリー・テリングの構築に長けたイタリア企業の面目躍如たるところである。
出展社の歴史もさまざまだ。モデナのコーヒーパウダー製造会社「モリナーリ」は、イタリア国家統一のはるか昔、1800年にその歴史をさかのぼる。創業家6代目のジュゼッペ・モリナーリ氏は、大学では機械工学を専攻。高級スポーツカーブランド「フェラーリ」の元エンジニアという異色の経歴を併せもつ。
いっぽうで「ベラントーニ」は近年インターナショナル・チョコレート・アワーズで銅・銀そして金メダル受賞歴がある菓子職人ジャコモ・ベラントーニが2021年、仲間数人とともに立ち上げた若いブランドだ。
「映え」も重要
今回会場で筆者が発見した、トレンドは三つである。
第1は、塩味使いのジェラートやチョコレートである。それも、甘味を増すためではなく、明らかにキャラクターとしての塩味である。一例は業務用チョコレートのメーカー「イルカ」の出品で、ピスタチオ16%の製品に塩を混ぜている。その配合率はわずか1%だが、個性的な風味を実現している。
第2の潮流はプロテイン入り、つまりたんぱく質を配合した製品だ。こちらは食べた感じが異なるわけではないが、イタリアでも栄養バランスを心がける人が多くなったことを反映している。
そして第3は、冷凍技術である。そうしたスイーツやパン類は、保存・解凍されたものとは思えないクオリティーを達成している。5つ星高級ホテルの朝食で食べるクロワッサンが、実は冷凍であることに、あなたは気付けないかもしれない。
それらに加えて、ある菓子職人が実演で印象的な言葉を発した。「こうすれば、お客様にWow!と驚かせ、かつインスタグラマービレです!」。instagramabileとは「インスタ映え」である。こうした技術を伝授してくれるのも、このシジェップが人気の理由とみた。さらにいえばイタリアの伝統菓子には、素朴を通り越して素っ気ないものがある。フランス菓子と明らかに異なる点だと筆者は常々思っている。それは伝統として残るだろう。だが、いっぽうで視覚的美しさにもプロたちが配慮するようになっているところに、ソーシャル・ネットワークの力をまじまじと感じさせた。
水にまつわる四つの生業
参加していたひとりの職人が誇らしげに、こう教えてくれた。「昔からイタリアでは『水にまつわる生業は、貴重な仕事だ』と言われてきた」。すなわち、パン、ピッツァ、ジェラートそしてパスタの職人のことだという。
ただし近年、イタリアでは一部の職人不足が深刻だ。北部トレヴィーゾのパン製造業者組合の2023年発表によると、同地では今後5年間に1500人のパン職人やその店員が不足する。
また、イタリアの新聞『コリエッレ・デル・メッツォジョルノ』紙電子版は2023年7月、「月給2500ユーロ(約40万円)を提示してもピッツァ職人が見つからない」と嘆く人材派遣業者を報じている。
いずれも窯の前の長い時間労働が賃金に見合わないと考えるイタリア人、とくに若者から避けられているためだ。経営者としても、主食であるパンや国民食ピッツァの値段は、容易に値上げできない。日本のラーメン店における「千円の壁」に似ている。
会期中は、毎日のように若い職人の腕を競うコンテストも行われた。商談の場にとどまらず、フードビジネスの魅力を次世代に知ってもらうためにも、さらにこのショーが発展することを望みたい。
文:大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
写真:Akio Lorenzo OYA/大矢麻里 Mari OYA