AG勉強会 第2部〈後編〉
井手久満医師「更年期を知ることが大切」
住吉美紀さん「風通しの良い人間関係を」
Aging Gracefully(以下、AG)プロジェクトは、40代、50代のAG世代の女性たちを応援するために、企業向けの勉強会や一般の方向けの催しなど、さまざまな活動を展開しています。
2023年7月5日には、企業向けのAG勉強会「更年期は女性だけの問題じゃない?」を東京・築地の朝日新聞東京本社会議室で開催。約30人が参加しました。
第1部は順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授の井手久満医師が「男性更年期とは」と題した講演を行い、第2部は井手医師と、フリーアナウンサーで文筆家の住吉美紀さんが「更年期は女性だけの問題じゃない?」をテーマに対談しました。司会は朝日新聞社Aging Gracefullyプロジェクト編集長の坂本真子が務めました。
今回は対談の後編を紹介します。
――厚生労働省が2022年7月に発表した「更年期症状・障害に関する意識調査」によると、更年期に女性ホルモンの減少による月経周期の乱れ、自律神経の乱れによって、個人差はあるが、不調等が起きること」について、「よく知っている」と回答した人が、女性では20~30代で約2割、40代は約4割、50代以降は約半数でした。男性では、60代が約2割で、他の年代は約1割でした。また、「男性にも更年期にまつわる不調があること」を知っている40代以降の女性は3~5割、40代以降の男性は1~2割でした。
――次に、幸年期マチュアライフ協会の調査によると「更年期かどうか自分ではわからない」という方が、男性で半数弱、女性は2割弱いました。また、自覚があっても改善、緩和、予防の行動をしていない男性のうち、3割以上が「症状はひどいが我慢している」と回答。勤め先でサポートがある方は約1割、家庭内で配偶者のサポートがあるという方は約2割でした。
住吉 男性の方が、自分の健康や体について、何か本当に大変なことがあるまでは無頓着な方が多いのかな、と。女性同士が集まると、最近肩が上がらないとか、どこの病院がいいとか、遊びの延長で情報交換をしますし、一人じゃないんだという安心感を得られることもあります。でも、男性同士が集まって「俺、最近ちょっと肩が上がらないんだよ」「わかる、俺も」というようなおしゃべりをしているのをあまり聞いたことがないので、そういう習慣がない分、情報がないということですよね。起こり得る症状を知らないので、自分が更年期だと思うきっかけも得にくいのかな、と感じました。
――男性は、どういう症状が出たら、自分が更年期かもしれないと考えた方がいいのでしょうか。
井手 本人がなかなか自覚していないところもあるんですけど、クリニックに来られる方の奥様から「イライラしていることが非常に多くなった」「いつも不機嫌です」と聞くことが多いように思います。本人が感じることとしては、集中力の低下や倦怠感の強さがありますが、イライラすることが増えたら、それは更年期障害かもしれないな、と考えていただければ。
違う病気の可能性も
――事前に参加者から寄せられた中で、「男性更年期で一番ひどい症状は、どんなものが起こり得るんでしょうか」という質問があります。
井手 一つ注意しないといけないのは、鬱(うつ)病です。男性更年期障害で、ひどい鬱病になることはないと考えています。もし、「自殺したい」というようなことを訴えられたら、すぐ精神科に行ってもらってください。更年期障害でつらいという症状で多いのは、身体の倦怠感ですね。ただ、起き上がれないなど、激しいものは更年期ではなく違う病気の可能性があるので、更年期障害で受診された男性の方もスクリーニングで採血から全部調べます。超音波検査もしますし、総合的にみていきます。併存疾患の糖尿病などもありますので注意が必要です。
住吉 仕事で関わる方たちの中で、年齢に関わらず男性の方が、メンタル的な理由で会社や仕事を辞める割合が高い気がするんですが。
井手 テストステロン値が低下して鬱病になることはありません。これには疫学的な調査があります。ただ、鬱の症状がある人に男性ホルモンを補充すると、良くなるんですよ。関係はないけれども元気になるので、治療としては使えますが、男性更年期障害で鬱病になることはないと言われています。社会的なストレスとか、50代だと子どもの教育や家のローンなどいろいろな問題を抱えていて、心の病につながるのかもしれないですね。いずれにしても、我慢して病院に行かないと症状が悪化することもあるので、早めに病院に行って診察を受けてください。
――そもそも泌尿器科を受診すること自体が、あまり知られていないようです。
井手 第1部でもお話ししましたが、内科や診療内科、精神科を受診される方が多くて、男性更年期で泌尿器科にまっすぐ来る方は、テレビやネットで特集を見て、という方が多いですね。まだまだ認知度が低くて、男性がどの診療科を受診すればいいか、知らない方が多いのが実情です。
「自分のことをまずオープンに」
――男女を問わず、更年期で不調を訴える上司や同僚に対して、どのようなサポートをすればいいものでしょうか?
井手 大きな企業には産業医がいるので、我々も産業医さんと一緒に組んで更年期の認知度を広めようとしていますし、一つの窓口として産業医を利用するといいと思います。
――男女を問わず、更年期で不調を訴える上司や同僚に対して、どのようなサポートをすればいいものでしょうか?
住吉 風通しの良いコミュニケーションができる人間関係、そういう職場にすることが何においても大切だと思います。更年期の問題だけじゃなく、鬱とか精神的なこととか、業務を効率よく質の高いものにしていくという意味でも大切です。自分に余裕があって元気で、特に会社で責任のある立場やベテランになってくると、そういう雰囲気を自分で作ろうという意識を数人が持つだけで、話しやすい職場になります。そして、「大丈夫?」と聞いても「大丈夫です」と強がった答えが返ってくるだけなので、私の場合は、まず自分のことをオープンにします。「最近冷え性がひどくて」とか「肩が上がらない」とか「更年期かもしれないと思っているんだよね」とか、まず自分や家族のことで口火を切ると、話してもらえる可能性が高くなります。
あるいは、例えば「こういう記事を読んだけど、更年期になるのは当たり前なのにあまり知られてないらしいね」と、トピックスとして挙げてみると、「実は」と話せる人が出てくるかもしれません。コミュニケーションのハードルを下げて、話す勇気や気持ちのある人から話していくと、職場は少しずつ変わっていって、次の世代はもっと話しやすくなるはずです。男性の育休など、制度があっても利用者が少なかったものを広げていくには、社内の雰囲気作りとか、「それは当たり前だよね」という文化が必要です。点がつながって線になり、面になるには時間がかかるでしょうけれど、続けていれば、いずれ「更年期は女性も男性もあるんだね」と理解が広まるし、「最近イライラしていてごめんね」と話しやすくなると思いますね。
――気持ちよく働き続けるために必要なことは何でしょうか?
井手 更年期を知ることですね。会社でも家庭でも更年期を理解し、住吉さんがおっしゃったように、お互いを思い合ってサポートしていくことが大事かな、と。家庭では、家族がお互いに気遣うところから病気を見つけていくことが一つ。企業の取り組みは進めるには時間もかかりますが、お互いの理解を進めることが一つかな、と思いました。
住吉 先生が第1部でおっしゃったように、未婚の男性も増えている中で、関わった人はみんな家族ぐらいのイメージで、仲良くなった同僚や友達を男女問わず気にかけることが大切ですね。更年期の情報を知るだけでも、気が楽になったりストレスが減ったりするので、お互いに話すことで少しずつ変わっていくと思います。
精子減少の原因は生活習慣?
――最後に井手先生が、参加者からの質問に答えました。
【1】看護師です。勃起がなくなったかどうかは配偶者であっても聞きづらいものですが、テストステロン値が下がっているかなと思ったら、「最近あなたはどうですか」と患者さんに聞く方がいいのでしょうか?
井手 クリニックに行くと、AMSコアなどの質問票に、勃起の程度もあります。ただ、個人的なことでもあるので、一概にこうしたらいいとはなかなか言いにくいですね。医学的には夜間勃起現象と言い、男性の健康のバロメーターです。なぜかというと、動脈硬化が進んでくると心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞が起きますよね。陰茎動脈は直径2ミリぐらいで、体内で一番細い動脈なんです。心臓の冠動脈が45ミリ、頸(けい)動脈は56ミリですが、陰茎動脈は細いので一番先に詰まるんですよ。それを放っておくと、次に心筋梗塞が起きてきて、次に脳梗塞が起きるリスクにもなります。若いのに夜間勃起現象がない場合は要注意かもしれないので、早めに確認してあげる方がいいです。
【2】精子の数が過去40年間で5割から6割減ったという話がありました。なぜ減ってしまったのでしょうか?
井手 はっきりとした原因はわからないんですけれども、環境ホルモンの影響、運動不足、肥満などが言われています。肥満は世界的に増えていて、そういった方は精子の数が減っているので、生活習慣が原因じゃないかと。喫煙も精子の数や運動率に影響を与えることがわかっています。
>> 第1部の井手久満医師講演はこちら
>> 第2部の対談〈前編〉はこちら
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=朝日新聞社 有山佑美子
井手 久満(いで ひさみつ)さん
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授
1991年、宮崎医科大学医学部卒業。95年、国立がんセンター研究所分子腫瘍(しゅよう)学部リサーチレジデント。99年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ハワードヒューズ研究所研究員。2002年、杏林大学泌尿器科助手。07年、帝京大学医学部泌尿器科准教授。20年、獨協医科大学埼玉医療センター低侵襲治療センター教授。23年から現職。
住吉 美紀(すみよし みき)さん
フリーアナウンサー、文筆家。
小学校時代は米国シアトルで、高校時代はカナダのバンクーバーで育つ。国際基督教大学(ICU)卒業後、1996年にアナウンサーとしてNHK入局。「プロフェッショナル 仕事の流儀」キャスター、「第58回NHK紅白歌合戦」
総合司会のほか、海外取材や音楽番組、インタビューや生中継番組など多岐にわたり担当。2011年からフリーに。12年からは TOKYO FM 朝のワイド番組「Blue Ocean」(月~金、9:00~11:00)のパーソナリティーを務め、23年春で12年目。22年よりSpotify でポッドキャスト番組「その後のプロフェッショナル仕事の流儀」配信中。著書に「自分へのごほうび」(幻冬舎)。
資格・趣味は、茶道 裏千家流 正引次(講師)、シヴァナンダ・ヨガ正式指導者資格、全米ヨガアライアンスRYT200、ナードジャパン・アロマアドバイザー資格。着物、音楽、ネコ、スポーツクライミング、語学、植物。
◆Aging Gracefully 勉強会「更年期は女性だけの問題じゃない?」
7月5日(水)14:30~17:30 朝日新聞東京本社
◇第1部 講演「男性更年期とは」
井手久満さん(順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授)
◇第2部 対談「更年期は女性だけの問題じゃない?」
井手久満さん
住吉美紀さん(フリーアナウンサー、文筆家)
司会:坂本真子(朝日新聞社Aging Gracefullyプロジェクトリーダー)
◇第3部 「更年期が幸年期になるカードゲーム」体験会
今井麻恵さん(幸年期マチュアライフ協会代表理事)