坂本真子の『音楽魂』
黒沢 薫さんインタビュー〈後編〉
全ては歌声のために、今できることを
「大人になるには諦めと覚悟が必要」
来年メジャーデビュー30周年を迎えるヴォーカルグループ「ゴスペラーズ」の黒沢 薫さん。コロナ渦を経て、日々の過ごし方に変化があったそうです。インタビュー後編では、今年8月に行うソロライブに向けて、体や心のメンテナンス方法や、年齢を重ねて思うことを語ります。
ゴスペラーズは2019年12月にデビュー25周年を迎え、記念のライブツアーを翌20年5月まで行う予定でした。ところが、コロナ渦で大半が中止に。
「僕は50歳になる年がちょうどコロナで、ペースが狂いましたね。楽しみにしていた全国ツアーがなくなってがっかりしたし、人にも会えない。僕は基本的に楽観的な性格ですが、結構こたえました」
体力面でも変化を感じるようになりました。
「40代後半ぐらいから、事前の準備なしに体を動かすことに不安を感じるようになって、50代に入ると、何も準備をしないで全然余裕、ということはなくなりました。20代、30代の頃とは明らかに違うことを自覚しましたね」
そんな中で、明確になったことがあります。
「自分にとって大事なものを優先するようになりました。50代に入ってコロナもあって、本当に自分に大事なものは何かと考えたら、やっぱり歌であり、歌声でした。楽器としての自分を意識するようになったし、歌うために何ができるかを考えて、いつもそこに向かって生きるようになったと思います。以前は、朝まで友達と飲んで交流する方が楽しければそっちを優先することもあったけど、今は歌が全ての中心。体のメンテナンスに力を入れています」
体のメンテナンスは、どのようなことをしているのでしょうか?
「泳いだり、筋力トレーニングをしたりすることが多いですね。最近はたまにトレーナーさんにみてもらっています。20代の頃はご飯をいっぱい食べれば体力がついたけど、今はサプリメントを取らずに筋力トレーニングをしてもただ疲れるだけになので、そこはかなり計算しています」
好きなお酒を飲む量も減り、食べるものにも気をつけるようになりました。
「以前は『これも食べたい』『あれも食べたい』『ここに遊びに行きたい』という無尽蔵の欲望がありました。でも、最近はどれも半分ぐらいになって、コロナでさらに集約されました。ジャンクフードは大好きですけど、今は意識して食べないようにして、たんぱく質を多めにとっています」
また、10年ほど前からボイストレーニングを続けています。デビュー20周年記念のライブツアーがきっかけでした。
「うちのリーダーが考えてきたセットリストが三十数曲あったんですよ。これはやばい、のどをやられると思って、19年ぶりにボイストレーニングを再開しました。今はルーティンが結構決まっています」
現在、ライブ当日はジムで泳ぐか、自分の部屋などで体をほぐしてから会場に入ります。
「リハーサルの前に声出しを30分、欠かさずやっています。ホールで部屋に余裕があるときは、必ず声出し部屋を用意してもらいますね。長く歌い続けるためのルーティンです。第一線でずっとやっていこうと思ったら、健康に気をつけて体を保っていかないといけないので」
音楽もカレーも「門前の小僧」?
コロナ渦で気持ちがふさいだときは、気分転換を心がけていたという黒沢さん。その方法とは。
「カレーを食べます。やっぱりカレーです」
黒沢さんのSNSのプロフィール欄には「ハードコアカレーシンガー」と書かれています。CSのフジテレビ系で放送されている番組「スパイストラベラー」に何度もゲスト出演し、SNSでは自作のカレーを紹介しています。
「いとこの家が洋食屋さんをやっていて、3、4歳の頃から、遊びに行くといつもハンバーグカレーを食べさせてくれました。それでカレーが大好きになって。小学生のときに母から教えてもらった最初の料理もカレーでした。カレールーを使うものでしたけど、ニンニクとショウガを炒めて、玉ねぎをきつね色になるまで炒める、みたいな教育をされたんです」
本格的なカレー作りを子どもの頃に学んだ黒沢さん。その後、早稲田大学のアカペラサークルに入ってからエスニックカレーを知り、老舗の新宿中村屋のカレーを知り、大久保でタイ料理にもであいました。
「食べることがもともと大好き。学生時代からいろんなカレー屋さんで食べていて、好きでした。カレーについて話せるようになったのは20年ぐらい前からです」
2002年、ゴスペラーズは50公演の全国ツアーを行いました。このときのサポートメンバーにカレーを好きな人がいて、話が盛り上がったことから、カレーの食べ歩きを始めることに。その後もライブツアーのたびに日本全国でカレーを食べ続けるうちに、自分でもスパイスからカレーを作るようになりました。
「たくさん食べると最適解がわかってくるので、スパイスから作る方が自分好みにできるんですよね」
そんなにカレーばかり食べて飽きないのかと、ちょっと心配にもなりますが……。
「ちゃんとほかの料理も食べているので大丈夫です(笑)。同じ店の同じカレーばかり食べていたら飽きるでしょうけど、いろいろな店に行くし、最近のカレーはバリエーションがすごいので飽きません。ブラックミュージックばかり聴いていても飽きないのと一緒ですよ」
食べ歩くうちに、カレーを好きなミュージシャンの知り合いがどんどん増えていったそうです。
「カレー評論家の人とも友達になって、情報が蓄積されていって、いつの間にかカレーに対する知識が深くなりましたね。まさに『門前の小僧』です」
黒沢さんは音楽に関しても、自らを「門前の小僧」と表現します。
「今はほかのアーティストのプロデュースもしていますけど、いわゆる音楽教育を受けたことはありません。曲を作りながら『このコード進行いいじゃん』みたいに少しずつ覚えていったので、今も昔も『門前の小僧』。僕は好きになったら徹底的にやりますから」
「セルフコントロールは楽に」
50代に入り、歌声の維持を最優先に考えるようになったことで、「自分が好きなものに向かっていくには何をしたらいいのか、前よりわかるようになったと思います。年を重ねて、セルフコントロールは楽になりましたね」と分析。年齢を重ねることはポジティブにとらえています。
「僕は若い頃から、早く大人になりたかったんです。早く年齢を重ねたいと思って、ひげを生やし始めました。体は若々しく元気でいたいけど、見た目は、年を重ねればそれなりになっていくことが普通ですよね。ある程度の説得力を持つための容姿も必要だし、その年齢でしかできないおしゃれもあるわけで」
ゴスペラーズは8月23日に新曲5曲を収録したEP「HERE & NOW」を発売。9月から12月には「ゴスペラーズ坂ツアー2023 “HERE & NOW”」を開催し、全国31都市33公演を予定しています。また、黒沢さんは8月6日からビルボードライブの横浜、東京、大阪で、ソロライブを予定しています。
「ソロとグループの両方を並走させているという点では、あまりいないタイプだと思うし、たとえば後輩には、ソロのこともグループのことも僕はアドバイスできる。そういう立ち位置がやっとできてきたし、これからも続けていきたいと思っています」
幅広い交友関係や後輩ミュージシャンたちとのやりとりなども、SNSで発信しています。
「いい音楽は薦めたいし、おいしい店を薦めたい、というぐらいのことですけど、僕は下の世代のミュージシャンたちと交流があるので、彼ら彼女たちのために何ができるのかをよく考えます。基本的には、ある程度の年になったら下の世代のことを考えて、そのために動かなきゃいけない。それが大人になるということだと思って生きています。大人というものは、自然になるのではなく、どこかである程度の諦めと覚悟がないとなれないものだと僕は思っています」
ゴスペラーズには、メンバーと一緒に年を重ね、歩んできた大勢の女性ファンがいます。主に現在40~50代のAging Gracefully世代です。
「ファンのみなさんにはすごく感謝しています。コロナのときもずっとゴスペラーズを応援してくれました。最近は音楽について勉強熱心なファンが増えています。もちろん僕らが憧れの存在であってくれたらうれしいですけど、同時に僕は、ファンのみなさんは仲間だと思っているんです。同じような心を共有して一緒に楽しんでくれるのが一番。ライブの場も僕らと一緒に楽しんでほしいですね」
私がゴスペラーズを初めて見たのは1996年。名古屋・伏見にあったライブハウス、ハートランドスタジオでした。観客と一緒にわいわいと盛り上がるライブは楽しくて、学生サークルの仲間がそのままプロになったような初々しさが印象的でした。その後、何度かインタビューをしました。2001年、NHK紅白歌合戦の初出場を発表する会見の場で見た、5人の笑顔は忘れられません。
年月を経て彼らの歌声はより一層磨かれ、繊細さと安定感を増しました。5人がそれぞれの個性を発揮し、おもしろくて親しみやすいライブは、今もゴスペラーズの大きな魅力です。
今回、黒沢さんから「早く大人になりたかった」と聞き、マチュアな音楽への強い憧れを知って、彼がソロ活動でやりたかったことに、ようやく年齢が追いついてきたのだと感じました。黒沢さんの歌声も円熟の時期を迎え、これからさらに表現の幅が広がっていくことでしょう。8月のソロライブが楽しみです。
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクト編集長の坂本が、音楽の話をお届けします。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=伊ケ崎忍撮影
◆「黒沢 薫 Billboard Live Tour 2023 “SSL”」
◇8月6日(日)ビルボードライブ横浜
<1st>OPEN 16:00 / START 17:00
<2nd>OPEN 19:00 / START 20:00
サービスエリアS指定席 9,100円
サービスエリアR指定席 8,000円
サービスDXシートカウンター 9,100円
カジュアルセンター 8,600円(1ドリンク付)
カジュアルサイド 7,500円(1ドリンク付)※価格はいずれも税込み
問い合わせ:ビルボードライブ横浜 0570-05-6565(チケットはWEB購入のみ)
◇8月11日(金・祝)ビルボードライブ東京
<1st>OPEN 14:00 / START 15:00
<2nd>OPEN 17:00 / START 18:00
サービスエリアS指定席 9,100円
サービスエリアR指定席 8,000円
サービスDuoシート 9,650円(ペア販売)
サービスDXシートカウンター 10,200円
サービスDXシートDuo 10,200円(ペア販売)
カジュアルエリア 7,500円(1ドリンク付)※価格はいずれも税込み
問い合わせ:ビルボードライブ東京 03-3405-1133(チケットはWEB購入のみ)
◇8月13日(日)ビルボードライブ大阪
<1st>OPEN 14:00 / START 15:00
<2nd>OPEN 17:00 / START 18:00
サービスエリアS指定席 9,100円
サービスエリアR指定席 8,000円
サービスエリアBOXシート 9,650円(ペア販売)
カジュアルエリア 7,500円(1ドリンク付)※価格はいずれも税込み
問い合わせ:ビルボードライブ大阪 06-6342-7722(チケットはWEB購入のみ)
詳細はビルボードライブHP:http://www.billboard-live.com
ゴスペラーズ「HERE & NOW」
新曲5曲収録のEPを8月23日に発売
◆ゴスペラーズ坂ツアー2023 “HERE & NOW”
全国31都市33公演を巡る全国ツアー。9月9日から12月23日まで開催。
詳細はこちら:https://www.gospellers.tv/news/detail/10198
◆ゴスペラーズ 公式サイト https://www.gospellers.tv/
◆ゴスペラーズの記事バックナンバーです。
>>ゴスペラーズ、印税もギャラも5等分 25年間、一緒に続けられた理由