坂本真子の『音楽魂』 荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉 虫を見て、生きることを考えた アナログレコードに込めた思い | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
坂本真子の『音楽魂』
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坂本真子の『音楽魂』
荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉
虫を見て、生きることを考えた
アナログレコードに込めた思い

歌手の荻野目洋子さんが、新アルバム「Bug in a Dress」をアナログレコードで発売しました。ソロデビューから39年を経て初めて、全ての曲の作詞作曲を手がけたアルバムです。インタビュー前編では、自作の曲から垣間見える荻野目さんの生き方や、アナログレコードへのこだわりなどを聞きました。

4月上旬、東京・丸の内のライブハウス「コットンクラブ」で荻野目さんのライブが行われました。2日間のライブでは、コロナ禍で制限されていた観客の「声出し」が解禁に。ファンの大歓声が響き、代表曲「ダンシング・ヒーロー」の演奏時は床が揺れたほどでした。

「私たちミュージシャンやスタッフの人も含めて、みんなが想像していた以上に盛り上がってびっくりしました。観客はみなさん大人の方たちですが、その方々があれだけ盛り上がるのはうれしかったですし、やっぱりみなさん、ずっと我慢していたんだな、と思いました」

そう語る荻野目さんは、コロナ禍でもライブを開催していましたが、客席が静かな状態には慣れなかったと言います。

「最初はステージに立つ側としても戸惑いがあって、ラジオで一人しゃべりをして反応がない状態のように感じていました。いかにテンションを下げずに進行していくか、モチベーションを保つのが難しかったですね。みなさんの声が戻ってきて、本当にうれしかったです」

このライブ会場で限定販売されたのが、新アルバム「Bug in a Dress」です。しかも、アナログレコードのみ。なぜ今、アナログレコードなのでしょうか。

坂本真子の『音楽魂』<br>荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉<br>虫を見て、生きることを考えた<br>アナログレコードに込めた思い
荻野目洋子さんが描いた、アナログレコード「Bug in a Dress」のジャケット=ライジングプロダクション提供

「コロナ禍になった当初、急に時間ができて悶々(もんもん)とした時期もあったんですけど、やがて家族で、郊外でゆったりと過ごす時間を持つようになったんです。その中で、夫とお酒を飲みながら、部屋でゆっくりとレコードプレーヤーに針を落とす時間がありました。アルバムジャケットを含めて、レコードは飾っておきたくなりますし、温かい音が染みわたる感覚を改めて強く感じて、次はレコードを出したいね、と2人で盛り上がったのが最初です」

コロナ禍だったからこそ感じ、温めた夢が形になるまでに、およそ2年かかりました。その間、荻野目さんは少しずつ準備を進めていきました。

「まずは自分でできることを、と思って、曲を作ることから始めたんです。周りのスタッフやミュージシャンの方たちもだんだん同じ気持ちになって、最後はバババババッとエネルギーが集まって仕上がりました」

最近は国内外でアナログレコードが人気を集めていますが、制作することはそれほど簡単ではありません。

「日本国内でアナログレコードを作ってくださる工場が1カ所しかないんですよね。海外に頼むこともできますけど、品質を含めて一番安心できる日本で作りたいと思って。ただ、早めに予約しないと生産が間に合わないと言われて、ちょっと焦りました。これまでは周りに全て準備していただいて自分は歌うだけ、みたいな感じだったけど、今回は自分で全ての曲を作ったので、とても楽しかったです」

身近なテーマを曲に

荻野目さんが自作の曲だけでひとつのアルバムを制作したのは、今回が初めてです。

「ソロデビューして39年で初めてなので、自分の中で達成感が大きいですね。一方で、ミュージシャン、アレンジャーの方やスタッフとか、いろいろな方々に協力してもらってようやく形になったので、一人では絶対に作れなかったと思います。私がやったのは、詞とメロディーを入れた簡単なデモテープを作って、『こんな雰囲気のアレンジがいいです』というところまで。それをアレンジャーの方に渡して楽器を肉付けしてもらいました」

「アルバム全体を自分でプロデュースしたことはなかったので、どういう曲を作ろうかな、と思ったときに、今まで全然歌ってこなかったタイプの曲を歌いたいな、という、ぼんやりしたテーマから始まったんです。私が歌う楽曲は今まで、サビがキャッチーでポップなメロディーのものが多かったんですけど、年齢とともに、もっと力を抜いた感じで歌いたい、と思っていました。思いを吐き出したい、表現したい、こういうことを言ってみたい、こういう声を出してみたいという感じで、メロディーを先に作って後から詞を載せるパターンもあったし、『虫のつぶやき』や『Private Dancer』は詞とメロディーを同時に作りました。そうやって曲をためていくうちに、アルバムができあがっていったんです」

アルバムの中には、家族を歌った曲があります。「Private Dancer」は高齢の母親への思いから、「明と暗」は青春まっただ中の娘との会話から生まれました。

「晩年を感じたときに人間はどういうことを考えるのかな、と思って『Private Dancer』を作りました。私は自分にとって身近なテーマしか書けないですし、後から聴くと、あのとき自分はこういう風に思っていたんだな、と日記のようにわかります。『明と暗』も娘との何げない会話から、もうちょっとポジティブに考えればいいんじゃないかな、と思ったことがきっかけでできた曲です」

坂本真子の『音楽魂』<br>荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉<br>虫を見て、生きることを考えた<br>アナログレコードに込めた思い
2023年4月、コットンクラブで歌う荻野目洋子さん=ライジングプロダクション提供

児童労働反対を呼びかけて

荻野目さんは2022年3月、Aging Gracefullyオンラインフォーラムに出演しました。ILO(国際労働機関)による、児童労働をなくそうという音楽キャンペーンに参加したこと、そして児童労働反対をテーマに作詞・作曲した「宝石~愛のうた~」という歌についても話していました。

「父が以前、ILO東京事務局に勤めていたことが縁で歌うことになって、同じ時期に2曲作ったんです。テーマがシリアスなので、あまりウェットにならず、明るく前向きになれるポジティブなイメージの楽曲がいいと思って、自分の中でふるいにかけて、最終的に『宝石~愛のうた~』を選びました」

この「宝石~愛のうた~」は、新アルバムにも収録されました。軽快で明るいメロディーに乗せて、「キミはひとりじゃないんだ」「愛を繫(つな)げていこう」などと優しく歌っています。

同じ時期に作ったもう1曲の「知らない場所」も新アルバムに収録。自分の知らない場所で苦しんでいる人たちがどうしたら解放されるのか、と考える曲です。荻野目さんはヤングケアラーの問題にも注目し、昨年は福岡市の中学校で「出張授業」を行って児童労働の現状などを訴えました。

「『人は平等なんだよ』という父の言葉が忘れられないんですよね。父の背中を見て、父がいつも心に秘めているものを感じていたし、普段は無口でも、話すといろいろ教えてくれた父でした」

荻野目さんはソロ歌手としてデビューする前に約1年間、中学3年のときにレッスンに通いました。東京都内のスタジオでレッスンが終わると、仕事終わりの父親と待ち合わせて、千葉県内の自宅へ一緒に帰っていました。

「帰りが遅くなるので危ないからということだったんですけど、電車の中では一言も話さなかったですね。父はいつも必ず本を持っていて、ずっと読んでいるんです。私は学校の後レッスンに行って疲れているから寝てしまったり、起きていてもいろいろ考え事をしたりして、父とはほとんど話さない。でも、話さなくても一緒にいられる不思議な関係で、子どもの頃はよく一緒に釣りに行ったし、虫を好きになったのも父の影響です。ILOの事務所に遊びに行って、世界の労働問題を扱っていることに尊敬の気持ちが芽生えたことを覚えています」

「虫好き」になったのは

2020年8~9月にNHK「みんなのうた」で放送された「虫のつぶやき」は、荻野目さんがウクレレを弾きながら歌っています。この曲を作ったときのインタビューで、次のように話していました。

「虫は自然のままで逃がす。それがモットーです。動物全般が好きですけど、虫ほどじゃない。自分とは全然違う世界に生きていることに好奇心がくすぐられるんです。こんな小さな虫が、どうやって生きるんだろう、と」

幼い頃から豊かな自然の中で育った荻野目さんは、身の回りにいる虫たちの生き方に興味を持つようになりました。今は「虫好き」を公言していて、新アルバムを「Bug in a Dress」というタイトルにしたのも、虫(Bug)が好きだから、です。

「虫好きになった理由として、人はどうしても外見でいろんなことを判断してしまう、ということがあるんです。虫を見て『うわーっ』とか、『気持ち悪い』とか、多くの方が言うと思うんですけど、実際に虫の生き方を知ると『すごい』と感じる。私の場合は、生物として感心したり尊敬したりすることがあります。生きること、命の大切さを、子どもの頃から虫を見て考えるようになったと思います」

荻野目さんは1984年4月、高校1年のときにソロ歌手としてデビュー。シングル「ダンシング・ヒーロー」「六本木純情派」「コーヒー・ルンバ」、アルバム「NON STOPPER」などが大ヒットしました。その後、育児に専念した時期を経て、2014年ごろから本格的に再始動。17年には「ダンシング・ヒーロー」のリバイバルヒットで注目されました。

「私は1980年代にアイドルと呼ばれて歌って踊っていたので、今もそういうイメージがあると思います。ただ、自分としては、一人の人間として多面的に見てもらいたいという気持ちをずっと持っていました。今回は、自分もいろいろな経験をしてきたこと、そのうえで感じていることを全て表現したかったんです」

最近は気持ちにゆとりが生まれ、仕事と家庭のバランスを取りやすいという荻野目さん。自分自身を客観視するようにもなったそうです。

「若いときは、ガッチリしたよろいを着込んで初めて仕事モードに切り替えるようなところがあったけど、最近は軽いショールをパッと羽織るぐらいの自然体で切り替えられるようになりました。さっきまでキッチンで夕食の下準備をしていた私が、さっとドアを開けて外に出たら、『行ってらっしゃい』『今日もがんばってね』と自然に背中を押してくれる。そんな家族の存在が大きいと思っています。家にいたら私も一人のお母さんであり妻であり、恵まれた環境の中で過ごしていると思いますし、今回のアルバムは、そんな自分をありのままに表現できた初めての作品だと思っています」

坂本真子の『音楽魂』<br>荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉<br>虫を見て、生きることを考えた<br>アナログレコードに込めた思い

>>インタビュー後編はこちら

最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクト編集長の坂本が、音楽の話をお届けします。

取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=伊ケ崎忍撮影

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ジャケット写真はライジングプロダクション提供

アナログレコード盤「Bug in a Dress」

全10曲、5500円(税込み)。
SIDE ONE:
 1. Private Dancer
 2. あんバターコッペパン
 3. Blue
 4. 宝石~愛のうた~
 5. 宝石~愛のうた~(Instrumental)
SIDE TWO:
 1. ニックネーム
 2. 知らない場所
 3. 明と暗
 4. Race
 5. 虫のつぶやき(Acoustic ver.)

◇レコードは下記サイトで限定販売中。
 https://rising-shop.jp/pages/yokooginome

◆荻野目洋子さん公式サイト https://www.rising-pro.jp/artist/oginome/index.html

◆荻野目洋子さんの記事バックナンバーです。
>>Aging Gracefullyオンラインフォーラム2022<前編> 荻野目洋子さんと「音読」体験も
>>Aging Gracefullyオンラインフォーラム2022<後編> 荻野目洋子さん「日々できることから」
>>坂本真子の『音楽魂』 荻野目洋子さんのライブに乱入したのは
>>荻野目洋子さん、実は虫好きだった…新曲「虫のつぶやき」への思い
>>荻野目洋子さん、デビュー時に悩んだ「女子力」リバイバルヒットまで

坂本真子の『音楽魂』<br>荻野目洋子さんインタビュー〈前編〉<br>虫を見て、生きることを考えた<br>アナログレコードに込めた思い
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