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「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

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小説家の白岩玄さんが新作『プリテンド・ファーザー』(集英社)を刊行された。立場も性格も異なる2人の男性が、「1人で子どもを育てている」という共通点から共同生活をはじめることになるという物語だ。前作『たてがみを捨てたライオンたち』に続いて男性性と向き合い、さらにケアやキャリアの問題にも踏み込んだ。その白岩さんは執筆時、「父親の可能性」について考えていたという。

「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

『プリテンド・ファーザー

シングルファーザーとして4歳の娘を育てる36歳の恭平。亡き妻に任せっぱなしだった家事・育児に突如直面することになり、会社でもキャリアシフトを求められ、心身ともにギリギリの日々を送っている。そんななか再会するのが、高校の同級生・章吾。シッターというケア労働に従事しながら、章吾もまた、1人で1歳半の息子を育てていたのだった。互いの利害が一致したことから2人の父と娘と息子という4人暮らしが始まるも、すぐにひずみが生まれて……。「ケア」と「キャリア」のはざまで引き裂かれるすべての人に贈る、新しい時代のための拡張家族の物語。

著者:白岩玄
1,870円(税込み)集英社

父親ってそんなもんなんだろうか

──『プリテンド・ファーザー』は妻に先立たれ1人で4歳の娘を育てる恭平と、シッターの仕事で生計を立てながら1人で1歳半の息子を育てる章吾という2人の男性が共同生活をはじめる物語です。小説が生まれたきっかけは?

この作品とは別の小説を書いていた時、登場人物から「いい父親のふりをしている」という台詞(せりふ)が出てきました。何げなく書いたのですが、すごく自分に刺さって。これは何かあるなと思い、膨らませていくことにしました。

多分、自分のことを言われているように感じたんだと思います。5歳の息子と2歳の娘、2人の育児を当たり前にしているつもりだったけど、妻に嫌われないために、こういったメディアの取材でそれらしいことを答えるために育児をしているんじゃないか、いい父親を演じているんじゃないかと思うことが時々ありました。

たとえば親戚や妻の友達がうちに遊びにきた時、普段通り家事や育児をしているとちょっと褒められるんですよ。そうすると、無意識にしているのか、褒められるためにしているのか曖昧(あいまい)になることがあります。何を言われても言われなくてもモヤモヤするので、耳を塞いで育児をする時期もありました。心を閉ざして育児するのも変だなと、最近はまた変わってきましたけど。

「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

──自分の本心がわからなくなるのは、父親の家事・育児を取り巻く意識が大きく変わっている今だからこその悩みですね。

書きながら特に考えていたのは「父親の可能性」です。父親としての体験を語るインタビューを受けると、「これからは父親も育児をするのが当たり前の時代」「女性に追いついて、2人でやっていきましょう」という話になりがちです。でも、それ以上先に行けなくて、足踏み感があるんですね。いろんな立場の人がいて、まずは社会全体がその段階に行くのが大事だとわかっているんですけど、父親ってそんなもんなんだろうか?とよく考えていました。

男社会は大縄跳び

──恭平と章吾という人物にも、白岩さんの考えが投影されているのでしょうか。

恭平も章吾も、中心にあるのは自分です。僕自身、なんの問題もなく1人で2人の子どもを朝から夜まで見ていることもあれば、妻からの子どもの相談を自分ごとじゃないかのように思ってしまうこともあります。ちゃんとしている父親の自分と、ちゃんとしていない父親の自分を行き来しながら、2人を対話させるように作っていきました。

──ちゃんとしていない側は恭平でしょうか。亡くなった妻に任せっきりだった家事・育児に直面し、会社からもキャリアシフトを求められ、うまくいかない日々を送っています。

僕は恭平のように会社でキャリアを積み上げた経験はありませんが、男社会で幅をきかせている思想のいくつかは経験してきているんですよね。たとえば、「バカとエロの大縄跳び」みたいな、そこに入れないと男として一人前じゃないというような男らしさの同調圧力があると思うのですが、それに従い続けるとどうなっていくかは、なんとなく想像がつく。自分がどう感じるかをなるべく無視して、与えられたことをこなすようになるんですよね。

「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

──恭平が男社会でキャリアを追求していた人物なら、章吾はケアの人物です。シッターの仕事に従事しながら、1歳半の息子の育児や高齢の親の介護にも追われています。

章吾はベビーシッターという専門職で、プロならではの知識や目線があります。近い職業の知り合いに話を聞きながら、自分の育児体験とも擦り合わせて人物像を作っていきました。

ケア、特に男性が家庭内で行うケアはすごく気になるテーマです。ケアって難しくて、やりたいかと聞かれたらやりたくない人が多いと思います。「自分も余裕はないけど、やらざるを得ないから」っていう。これまでの男性には仕事という逃げ道があり、実際に免れてきた世代もいますが、僕たちの世代は向き合わざるを得なくなってきています。

だけどそうして向き合っている人が背負える量にも限界がありますし、そもそもケアはこれまで女性に押し付けられてきたもの。男性がどうケアを取り入れていくか、自分自身も子育てを日々試行錯誤しながら考えているところです。

母親なしの育児はできないと思った

──小説には恭平と娘の志乃、章吾と息子の耕太の4人暮らしをはじめ、さまざまな家族のかたちが登場するのが印象的でした。

意識して書いたというより、結果的にそうなりました。小説の中に「行為によって親になる」という章吾の台詞があるのですが、僕も育児をしていて同じことを感じます。子どもが手を洗う時に洗面台に届くように抱き上げるとか、そうした日常的な一つひとつの行為の集積が親子の信頼関係を作るんですよね。子どもが安心して育つなら、肩書や血のつながりは関係ない。

これは自分の中で一つの答えになっています。ただ、書く中では自分の偏見にも向き合うことになりました。

「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

──どういうことでしょう?

今作は男性同士が家族を作る物語ですが、母親なしで、女性なしで育児ができるのか自分に問うた時に、最初「できない」と思ったんですよ。そこで、自分が子育てをどうしても妻ありきの、女性ありきのものと考えていることに気がつきました。

思考を重ねる中で、自分は本当にゲイのカップルを偏見を持たずに見られているんだろうか、どこかで家庭は男女が作り女性が育児をするものだと思っているんじゃないかという疑問を突きつけられて、すごく揺さぶられたんです。頭で理解していても、体では納得しきっていなかったんじゃないかと。その偏見と向き合う中で、最終的に多様な家族のかたちを描く物語になっていきました。

物語を考えはじめた時は、どうすればこの2人が一緒に住んで家族を作っていけるのかまったくわからなかったんですよ。現代のリアルな男性らしさをなくして問題のない人物にしてしまうこともできただろうけど、嘘(うそ)をついて一緒にいるようにはしたくなかった。お互いに問題を抱えながらも一緒にいるかたちを成立させるのには、時間がかかりましたね。

──難しさの中で、男性同士の連帯の可能性を探しているように感じました。

そうですね。僕は女性ではないので本当のところはわかりませんが、女性同士の連帯は比較的うまくいく印象があるのに、リアルな男性同士の連帯って難しいなと思います。戦場や職場で共通の目標に向かうことはできても、家庭の領域だと途端にそばにいるのが女性になってしまうというか。

だけど男性同士が連帯できないと、その皺(しわ)寄せが女性にいくのが現状です。自分にできるぎりぎりを描きたかったのはあります。

なんで怒られるかわからない葛藤も小説に

──『プリテンド・ファーザー』には女性もたくさん登場します。描く時に意識したことは?

普段から妻と接している時に考えたことのほかに、女性の担当編集者の意見を頼りました。井口という、女性の視点から思ったことを率直に言う恭平の後輩が登場します。井口の言い回しや「こういうところに腹が立っている」というのは、僕が書くと頭でわかっているだけのものになっちゃうんですよね。それを担当編集者に「女性はもっとこうです!」と説明してもらったおかげで、より言語化できたというか、自分ひとりでは書けなかったものになりました。

──読んでいると、白岩さん自身が書きながら育児や男性性の問題に悩んで、体当たりで取り組んでいるのが伝わってくるようでした。

普段の生活から向き合わないと書けないんですよね。小説でだけいいことを書いても文章が滑るというか、実感がこもっていないのがわかってしまうので。

この作品を書いている間は、「悩んで文章を1行書くくらいなら、子どもを1時間みていたほうがいいな」と思っていました。もちろん仕事と関係なく子どものことはみるんですけど、子どもと長く過ごしたほうが小説を書くうえでもいい気づきがあると思っていたんです。

「いい父親のふりをしている」 白岩玄さんが“男性性”と向き合い、拡張家族の物語を描いた理由

もっと多様な「父親の感情」を

──2018年発表の『たてがみを捨てたライオンたち』から継続して男性性をテーマに作品を描いています。白岩さんからみて、この間に社会はどう変わったと思いますか?

『たてがみを捨てたライオンたち』は、文芸誌連載時のタイトルが「ライオンのたてがみは必要か?」でした。2018年の単行本化の際、編集者から「フィクションだからこそ、現実の先を行かないと」と言われ、今のタイトルになったんです。当時は僕自身がたてがみを捨てられていないし、世の中の先を行き過ぎているんじゃないかと危惧しましたが、数年後にはまさにたてがみが必要ない時代になりましたよね。

これからは「父親」が問われる時代なのかなと感じています。ただ、父親自身の感情はまだ言葉にするのが難しい。母親の存在感が大きく、父親の感情を言葉にすると「まだその段階なの?」と言われることもあって、どうしても軽視されがちなんです。ただ、そこから積み上がっていくものでもあると思っています。

──男性はおしゃべりや、自分の気持ちを出すのが苦手とも言われます。『プリテンド・ファーザー』を読んで、恭平や章吾との対話を通じて自分の感情に気づく人が増えるといいですね。

男性同士ってあまり悩み相談をしない印象があるんですよね。僕も&Mで「パパ友がいない」という連載をしていましたけど、本当にいないんですよ(笑)。

男子同士の会話って、その場にあるものより大きいカードを出すゲームな気がするんで。8が出ていたら8以上しか出せなくて、それ以下は引っ込めるしかないというか。息子を見ているとそれを感じるんですよ。ヘラクレスオオカブトとかティラノサウルスの話をやたらとしたがる(笑)。最強のやつを出せば勝ちって思想がすごく強い。子どもを育てているとなんの色もなく生まれてきた子どもが徐々に染められていくのがわかるので、社会の中で男性は男性にさせられるのだなと感じます。

僕らの世代は、子どもを持つことで父親の立場から男性の問題に疑問を持つ人も多いように感じるんです。そうした男性が増えることで、これからはもっと多様な「父親の感情」が世に出てくるのではないでしょうか。僕も自分が知らない父親の感情を見てみたいし、それが集まれば、また少し世の中が変わっていくんじゃないかと思っています。

(文・小沼理 写真・山田秀隆)

PROFILE
白岩玄

作家。1983年、京都府京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で第41回文藝賞を受賞しデビュー。同作は第132回芥川賞候補作となり、テレビドラマ化される。他の著書に『空に唄う』『愛について』『未婚30』『R30の欲望スイッチ――欲しがらない若者の、本当の欲望』『ヒーロー!』『たてがみを捨てたライオンたち』、共著に『ミルクとコロナ』がある。

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