UAさん「本当の自分って?」聞かれて言葉に詰まった
「eatrip」を主宰する料理人の野村友里さんと、現在カナダの島で暮らす歌手UAさんの往復書簡「暮らしの音」。トキメキについて語っていた野村さんへ、UAさんからのお返事です。
野村友里さんの手紙「トキメイたことを五つ書きだしてみる」から続く
友里さま
ついさっき、明日会おうとテキストを交わしたあなた。きっと、チョウが花から花へと移り気に舞うように、話題は尽きないのだろうけど、こうして今も手紙を書いているのだから面白いわね。手紙を書く行為自体、レア感すらあるけれど、お顔を見て話すのとも違う扉が開くのも確かだからね。いよいよ夏本番。あなたは一昨日オランダから帰ってきて、私は東京の路地裏を歩いている。エアコンの室外機からの熱気で、目を閉じると砂漠の熱風に立っているかのよう。
新作のプロモーションでラジオ番組にたくさん出演したのだけど、radikoの人気も高まってるそう。昨今のビジュアル重視のメディアに憔悴(しょうすい)気味で、目を使わないで済むラジオを好む人も増えているのかしら。
担当するラジオ番組に届くお手紙は、地方のかたと都内のかたとの趣は違っている。「アジサイの葉っぱの上にカタツムリの赤ちゃんが産まれてましたよ」「お茶摘みをして、もんで煎って、楽しかった」こちらはfrom地方。「ベランダで陽に色あせたデッキチェアに座って、ビールを飲みながら新作を聞いています」「最近はまっていることは何ですか?」from東京。
そうね、あなたと仕事のパートナーのいきちゃんの共通項ね、「嫌なものは嫌」なのよね。私もデビューの頃、事務所の社長と交わした約束は「とにかく嫌なことはできないので、嫌になったら辞めさせてほしい」だったのよ。「しょうがない」が増えてきたら要注意なのはわかってるはずだけど、世間を渡るにこのせりふを聞かない試しがないのも本当よね。
先日、政治学者の中島岳志さんと対談する機会があってね、大感激していたところ。中島さんと若松英輔さんの共著『いのちの政治学』という御本にサインをいただいた際、言葉を書き添えて くださったの。
「平凡の非凡」
「賛成の反対なのだ」の『天才バカボン』のパパみたいー、なんて冗談はさておき、その「平凡の非凡」 とは、作家アンドレ・ジッドさんの名言で、平凡なことを毎日平凡な気持ちで行うことがすなわち非凡である、ということだそう。
非凡というと、類いまれな才能があることのように思いがちだけど、 実はごく平凡なことを継続し続けることであって、これが一流となる道に参入する扉であると。「一流になる」という「目標」が立ってしまうと、途端に気が遠くなってしまうかもしれないけれど、「好きが高じて気づけば名人」みたいな、もっと下世話に言えば「ナントカ馬鹿」ってやつよね。 それって最も憧れる人生だし、子育てにしても、子供がそんな「ずっと好きなこと」を見つけるまで、お手伝いさせていただきます、の姿勢なんだものね。
アンドレ・ジッドさんの名言といえば、「うその自分で愛されるよりも本当の自分で嫌われた方がいい」という言葉があるんだそう。こちらは、コロナ禍、国が国の責任を逃れたいがために、無言の圧力で国民の気持ちを利用しているようなこのご時世に、刺さる言葉じゃない?
しかしね、またラジオ番組の話になるのだけど、OGRE YOU ASSHOLEの出戸学くんにインタビューしていたら「大体、本当の自分て何なんですか?」と逆に問われて、言葉に詰まってしまったのよ。だって本当の自分って本当に考え出したら、なーんにも残らないような感じがして訳が分からなくなるでしょう?
ただね、「これが好き、あれは嫌」って言ってる自分がいるのはわかるのよね。聞こえてくるのね。それっていわゆる「我思う、ゆえに我あり」。トキメキたいからといってトキメけるわけじゃなし、悩みたくて悩んでるわけでもない。好きも嫌いも意志の上でそうしているわけじゃなくて、どうしようもなくそうなってしまうのが人の性。そこにうそつき始めたら病気になってしまうもの。
中学1年の頃、国語の教科書で『よだかの星』(宮沢賢治著)を学んでね、先生が生徒に尋ねながら「よだか」についての七つの考察が黒板に書かれたの。細かい違いは忘れてしまったのだけど、総じて「よだか」は、「なりたかった星になれたのだから幸せだった」的なものが六つ挙げられ、七つ目は「その他」だった。それで私はどう考えても「よだか」が幸せだったと思えないものだから、1人だけ「その他」に手を挙げてその訳を話した。それでも誰も「その他」に手を上げる子はなく、私しかそう思ってないことが不思議で仕方がなかったの。
こんなことも思い出したよ。小学6年の冬、毎週、6クラスある学年女子のマラソンがあってね、何といつも2位だったのね。1位の子は、ずば抜けて速かったんだけど。だからてっきり私は長距離が速いと思い込んで、中学では陸上部に入部したのね。ところがふたを開けてみると平均どころか、明らかに速くはない……。おかしいなぁ。そしてハタと気がついたことは、その小学校のマラソンでは、実はほとんど誰も本気で走ってなかったんだわ(笑)。
これ書いてて気づいたんだけど「よだか」の時も、おそらくクラスの半数は「どっちでもいいや」ってことだったのかもね。長い間、どちらの思い出も腑(ふ)に落ちないように思えたけど、結局、自分が自分たる所以(ゆえん)を知れた気もする。
そうそう、幼い頃よく見ていたバカボンのパパにも名言がたくさんあるのよ。こちらは谷川俊太郎さんと赤塚不二夫さんのコラボ作品の名言。
「自分ガニコニコスレバ 自分モ嬉シクナッテニコニコスルノダ」
「自分ガ怒ルト自分ハコワクナルノデ スグニ自分ト仲直リスルノダ」
「自分ハトッテモ傷ツキヤスイカラ 自分ハ自分ニ優シクスルノダ」
「自分ノ言ウコトサエキイテイレバ 自分ハ自分ヲ失ウコトハナイ」
すごくない? バカボンのパパ、さすがだわ。 もしもトキメいていたいのなら、まずは毎日懸命に、何が好きで何が嫌いか、自分のいうことに耳を傾けていることからなんじゃないかと。自分らしさって結局その積み重ねなのだろうね。
友里、Are U Romantic? Happy Happy Birthday.
うーこ
編集を担当しています&編集部の山下です。今回の「暮らしの音」はUAさんです。「本当の自分」への問いや、UAさんが触れてこられた名言の数々。ぜひ!お読みください
こういう自己への深い洞察をバカボンパパの名言を通して見るのは、素敵です。
素敵なお手紙をのぞかせて頂きました。絵画のような写真も素敵でした。よだかの星のお話に似たような経験が私にもあった為、思い出してみました。日々の小さな事から自分に繋がっていくのだなとしみじみ感じました。ありがとうございます。