退職直前、突然に。生きていく希望を灯した妻の言葉
読者のみなさまから寄せられたエピソードの中から、毎週ひとつの「物語」を、フラワーアーティストの東信さんが花束で表現する連載です。あなたの「物語」も、世界でひとつだけの花束にしませんか? エピソードのご応募はこちら。
〈依頼人プロフィール〉
浅野幸伸 67歳 男性
無職
大阪府在住
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大手企業のエンジニアとして情報システム部門などを手がけたあと、早期退職してさまざまな企業やポジションを経験。一時は1000人以上の部下を抱えるまでになった最後の企業を、3年前に定年退職する予定でした。その直前のことです。
次の日からたまった有休を消化する予定で、実質的に最後の出社日となった秋晴れの日でした。単身赴任中の客先で、脳梗塞(こうそく)で倒れました。それまで兆候らしきことは一切なく、まさに青天の霹靂(へきれき)といったできごとでした。
幸い一命はとりとめ、訪問していた客先の近くの救急病院で1カ月間入院したのち転院し、リハビリ病院に半年間入院。右半身まひで「要介護2」と「身体障害者手帳1級」の認定を受け、今は自宅で週1回の訪問リハビリを受けながら生活を送っています。
定年したら妻と、新婚旅行で行ったハワイか、家族旅行で行ったヨーロッパあたりをのんびり旅行でもしたい……そう思っていましたが、それもかないそうにありません。その代わり妻は、私の入院中は病院近くの社宅に泊まり込んで世話を焼いてくれたほか、今も自宅で私の介護をしてくれています。
再発防止のため、カロリー計算をしながら毎日の食事作りをしてくれたり、雨の日以外はリハビリと散歩を兼ねた私の歩行練習に毎日付き合ってくれたり、妻には迷惑のかけっぱなしです。
私は何事にも「まあ、ええやんか」と鷹揚(おうよう)な気質ですが、妻は対照的に、極めて几帳面(きちょうめん)。こまやかな心遣いで、私のリハビリ生活に寄り添ってくれています。
妻はピアノをこよなく愛しているほか、料理や読書の趣味も。そんな妻が付き合ってくれる毎日の散歩は、子供のこと、孫のこと、親のこと、また趣味のことや季節の移ろいについてなど、たわいもないことを思いつくままおしゃべりする、楽しい時間になっています。夫婦の関係は、以前と比べてさほど大きな変化はありませんが、妻がしてくれるさまざまなことに対して、私から「ありがとう」の一言が素直に出るようになったことは、ひとつの変化かもしれません。
客先で倒れたあの日の翌朝、私が目覚めると、空には美しい朝日が輝いていました。その朝日のなかホテルから駆けつけてくれた妻が、私の顔を見るなり涙ながらに言った言葉にグッときたことが、今も忘れられません。
「ああ、よかった。生きていてくれて……」
輝かしい朝日と妻のその言葉で、私の心に生きていく希望の火が灯(とも)されたと言っても過言ではありません。今はリハビリも兼ねて、SNSに毎日身の回りのことを投稿するまでになりました。花を贈るということは、感謝の気持ちを贈るということ。妻にそんな花束を贈りたいと思う毎日です。
花束をつくった東さんのコメント
投稿者様が倒れられたあと、目覚めた病院で印象的だったという美しい朝日。その朝日を受けて、キラキラ輝いていただろうフレッシュな草花をイメージして作ったアレンジメントです。
黄色い花が放射状に咲き、星の形のようにも見えるセダムやアルケミラモリスは、日の光を受けた輝きのイメージ。また珍しいグリーンのユリの花は、朝露が輝くみずみずしい庭の様子を表現しています。
この日は投稿者様にとっての、いわば第二の人生の始まり。その人生にこれからたくさんの花が咲くことを祈って、カーネーションなどのつぼみを多く使っています。投稿者様ご夫妻の新しい人生の幕開けにエールを込めたアレンジです。
文:福光恵
写真:椎木俊介
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
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