デザインで切り開く時代の最先端。気鋭の経営者の譲れない価値観
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企業やブランドのウェブサイトからユーミンのツアーグッズまで、手がけるデザイン領域を拡大し続ける「ラナユナイテッド」。創業者の木下謙一・代表取締役CEOは、インターネット黎明(れいめい)期の1990年代にその可能性に着目し、ウェブデザインの道に飛び込んだ。時代のニーズを先読みしてきた気鋭の経営者が手がけてきたこと、そして視点の先にあるものに迫った。
ウェブデザインからツアーグッズまで
1996年創業のラナデザインアソシエイツは、社員数約80人(関連会社含む)。三つのデザイン会社に加え、デザインの枠を超えた価値を提供する複数のスペシャリストチームで構成されたグループを「ラナユナイテッド」と呼んでいる。
2018年にグランドオープンした資生堂の本店「SHISEIDO THE STORE」では、ウェブサイトのデザインにとどまらず、ビル内を紹介する動画の制作も手がけ、サイトを通したブランディング全体を担った。
シンガーソングライター・松任谷由実さんのツアーグッズのデザインをするようになったのも、ウェブサイトの制作がきっかけ。
「サイトを気に入っていただいたことから、CDのジャケットも何枚かデザインさせていただきました。そこからCDの広告デザイン、ツアーに出るときのツアーグッズのデザインもやらせていただくようになりました」
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SNSの普及でニーズが高まった広告キャンペーンの仕事に対応するため、07年には専門会社「ラナエクストラクティブ」を設立。3Dプリンティングをテーマとした「ラナキュービック」や、映像制作を中心とした「ラナダブルオーセブン」、テレビ番組向けにデータを可視化するデータビジュアライゼーションなどを手がける「ラナグラム」といった事業部もある。
こうした事業部は、スタッフのリクエストに応えて立ち上げるケースも。「インターネットの世界は次々と分野が枝分かれして進んでいくので、自分ひとりだとフォローしきれない。みんなの興味があるところ、この分野が今後面白いのではないかという感覚は、とても頼りにしています」
活動拠点も東京にとどまらない。2017年、仙台市にオフィスを置き、エンジニアを現地で採用。IT企業の誘致や起業の支援に取り組む自治体のスタートアップ支援ポータルサイトの制作や運営も手がけている。
「復興支援という側面もありました。仙台は大学が多く、卒業生の地元志向も強いのですが、その人数を吸収するほどの就職先が十分にない。僕らも仙台市のIT企業誘致に乗った面もあるし、一緒に推進しているという両面があります」
こうしたポータルサイトの制作には、企業のウェブサイトとは異なる面もあるという。
「実際に補助金を申し込んでいただく機能性や、ベンチャーを支援するような施策をいかにわかりやすく伝えるか。もちろんこのサイトを通じて、『仙台、良さそうだな』と思っていただきたいので、地域のブランディングという面もあります。地方を盛り上げていくには、そういう広い意味でのブランディング的な考え方は本当に大事だと思います」
幅広い業務に通底するのは、デザイナー出身の社長ならではの軸だ。
「ウェブデザインの会社は、主宰している人がどの分野や職種出身かによって、かなりキャラクターが異なります。エンジニア出身の人、営業出身の人が社長をやっているケースもありますが、僕はデザイナー出身なので、うちの得意技は、デジタルのデザインと、グッズや印刷物、ロゴマークなど、アナログ分野のデザインを同時にやれるということ。そうすることで統一したイメージが作れるというのが強みだと思っています」
大学で出会ったコンピューターグラフィックスの衝撃
木下さんのデザイナーとしてのキャリアのルーツは、自動車に興味を持った子ども時代に遡(さかのぼ)る。
「もともと車が好きだったんですが、小学校3年生くらいのときに読んだ本に、車のデザイナーを取材した記事があったのです。イタリアの著名な自動車デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロだったのですが、そういう仕事があるということを初めて知り、衝撃を受けました。それまでは車にもデザイナーがいるという概念が全くなかったのです。『かたちあるものには全てデザイナーがいるんだな』という発見があった。それは鮮明に覚えています」
小さい頃から引っ越しが多かったことも、価値観に影響を与えたという。
「僕は富山出身なのですが、親の転勤で小学生のときに北海道に、中学生のときに東京に引っ越しました。そのたびに親以外に付き合う人が全員変わっちゃうので、けっこう大変な面もありました。でもそのことで、世の中にはいろんな価値観があるな、同じ日本の中でもひとつの考え方とか価値観が絶対じゃないのだな、という気づきがあって、それは今でもよかったなと思っています」
車のデザイナーという夢とともに、武蔵野美術大学に入学。そこで大きな衝撃を受けたのが、まだデザインの領域では珍しかったコンピューターだった。
工業製品は当時、最初は紙の上でスケッチするのが普通だった。そして、スケッチの中から良い案をモデルにしていく。だが、2次元のスケッチから3次元(3D)の立体物にするとき、「『スケッチはスタイリッシュだけれども、立体にしたら全然かっこよくない』ということがしばしば起きると気がつきました」。
「僕が大学生だった1988年~92年ごろは、ちょうどデザインやアートの分野に少しずつコンピューターが使われ始めた時代でした。CGを使った仮想空間の中では、スケッチでは描けない立体物の裏側も矛盾なく全てが描ける。だったら最初から3Dデータで作れば、立体にしたときにも破綻のないものができるのではないか。そこからコンピューターにのめり込んでいったのです」
卒業後、本格的にCGを学ぼうとNHKの関連会社に入社した。その後、CGで車のデザインを手がけるプロダクションに転職。車のデザインに取り組む日々はとても楽しいものだったが、その頃また大きな転機をもたらす出会いがあった。当時普及し始めたインターネットだった。
車のデザイナーからウェブの世界へ
「インターネットに感じたのは、自由さです。デザインにしてもアートにしても、自分で作品を作っても、それを多くの人に届けるのがけっこう難しかった。それが、ネットにつながっている人に対しては誰にでもコミュニケーションが取れる。次元がもうひとつ増えたようなインパクトを受けました。その自由さにもっといろんな可能性があるんじゃないか。それで会社を辞めて、ウェブのデザインをやろうと思いました」
フリーランスで仕事を始めたが、その頃はウェブデザインという仕事自体があまり認知されておらず、苦労もあった。
「大学時代の友人からは『そもそもそんな分野の仕事があるの?』と非常に心配されました。当時はインターネットかいわいで仕事しているのは理系の人の方が圧倒的に多くて、デザインを学んだ人は珍しかったと思います。プログラミングを専門的には勉強していなかったので、独学でやるしかないから、そのあたりも苦労しました」
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まず純粋に美しいかどうか
経営者として会社を成長させてきた木下さんが最も大切にしているのは、「クリエイティブファースト」ということ。
「いかにクリエイティビティが高いものを作るかというところが、やはり最も重要だと思います。いろいろな価値観がありますが、まず純粋に美しいかどうか。もちろんクライアントにとってはビジネスなので、本当にこのデザインで売れるのかが非常に大事な問題。デザイナーがそこで弱気になることも結構あります。でも長年さまざまなプロジェクトをやってきて感じるのは、最終的にやっぱりクリエイティビティが高いものは、ちゃんとエンドユーザーに受け入れてもらえるということなのです」
クライアントの要望に応えたサイトを作るには、コンサルティング的な要素も重要だという。
「毎回違うクライアントと違うプロジェクトをご一緒するので、最初にヒアリングをして、オリエンテーションを受けるところが、全体の半分に近い程度の重要度だと思っています。クライアントには、こういう趣旨でこのサイトを作りたい、こういうデザインがいいと言語化して伝えてくださる方もいれば、それが難しい方もいらっしゃいます。文章や言葉になっていても、本心はそうでない場合もあって、本人がそれに気づかれていないこともあるのです」
そんなときは、クライアントとワークショップに取り組み、ゴールは何かを一緒に探り当てていく。「そうでもしないと目的に沿ったサイトを作れず、的を外してしまう。毎回違うクライアントと話をして、エッセンスは何かを聞き出す。そういう意味で我々の仕事は、コンサルタントとかお医者さん的なところもありますね」。
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母校で20年、学生を「定点観測」
経営者だけではなく、教育者としての顔も併せ持つ。母校の武蔵野美術大学で約20年間にわたり、造形学部デザイン情報学科の非常勤講師を務め、ウェブデザインなどについて教えた経験は大きい。
「少し前には3年生のゼミで、『ポップアップ』をモチーフにしたプロジェクトをやりました。ポップアップは『急に飛び出す』という意味ですが、最近はファッションブランドが売り場スペースを借りてポップアップショップをやったり、現代アートの世界でも、ある場所にインスタレーションを作り込んで、会期が終わったら壊したり、という取り組みが多い。『突然現れる』『気がついたらなくなる』といったサプライズ的な思考が重要な要素になっている気がして、スクリーン上でも現実世界でもいいから、ポップアップをテーマに何か考えましょう、というプロジェクトを展開しました」
若い才能と触れ合うことは大きな刺激にもなっているという。
「毎年新しい学生を担当するので、結果的に長年20歳くらいの学生を定点観測することになったのですが、20年前と今の学生のマインドが全く変わってきていることがわかります。地方から出てきて一人暮らしをしている学生が減るなど、経済状況による変化も感じますね」
次世代の車のインターフェースを探りたい
木下さんは「まだまだ今はインターネットの黎明期」と見る。
「例えば建築のように何千年も歴史があるものと比べると、インターネットはまだ生まれたてほやほや。これから全く変わると思います。スマホが出てきてから十数年で、世の中がガラッと変わりましたよね。今後も生活を全く変えてしまうようなデバイスやサービス、考え方が、必ず出てくる。何年かしたら、『なんであんな板(スマホ)を持っていたんだろう』っていう世の中になると思います」
今後の事業展開としては、何に注目しているのだろうか。
「自分たちがエンドユーザーに対して直接訴求できるものも作っていきたいという思いがあります」
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例えば、現在力を入れているもののひとつが、オフィス向けのデジタルサイネージの開発だ。駅など公共空間にあるデジタルサイネージをオフィスの中に持ち込もうという取り組みで、フリーアドレスになった会社で、社員がどこに座っているかをリアルタイムで検索できたり、会議室の予約ができたりする機能を持ち、複数人で見て操作できるものだという。
さらに、「自分の中に通奏低音として常にある」と語るのは、木下さんのデザインの原点でもある車だ。
「自動車というものが今、非常に揺れていますよね。自動運転が本格的に実用化されれば、もう運転しなくていいので乗っている時の行動が全く変わります。車は全く新しいものになるかもしれない。かたちも、人々のパーソナルモビリティーに対する意識も全く変わると思うんです。テスラのように、インターフェースを1枚のスクリーンに集約して、ハードウェアのスイッチを極力減らすという思い切ったことをやっている会社もあります。表示するものや操作するものが変わったときに、どういうインターフェースになるのか。それを探していきたいのです」
パソコンからスマホ、そして次は、モビリティーのスクリーンへ。木下さんの視線は、世の中の変化の最先端をとらえて離さない。ラナユナイテッドは、次にどんな進化を見せてくれるのだろうか――。
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1969年生まれ。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業。CG、インダストリアルデザインのプロダクションを経て、97年にラナデザインアソシエイツを設立。資生堂や大手出版社のデジタル戦略を担当するほか、インスタレーションやテレビ番組用のデータビジュアライゼーションなど、仕事の幅を広げている。デジタルクリエイティブを中心に据えているが、松任谷由実のCDジャケット、マーチャンダイズも手がけるなど、トータルなクリエイティブディレクションを強みとする。グッドデザイン賞など国内外で受賞多数。武蔵野美術大学非常勤講師を約20年にわたり務めた。双子姉妹の父でもある。
株式会社ラナユナイテッド
東京都港区六本木7-7-7 TRI-SEVEN ROPPONGI 7F
ウェブサイトの構築・運営/メディア戦略のコンサルティング/映像制作/インスタレーションおよびサイネージの企画・実装/アプリ開発
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