寂聴さんとの10年間。瀬尾まなほさん「一つ一つがいまの私の羅針盤」 | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
30歳からのコンパス
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寂聴さんとの10年間。瀬尾まなほさん「一つ一つがいまの私の羅針盤」

撮影/小山幸佑

昨年11月、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが亡くなった(享年99)。この10年、寂聴さんの秘書としていつも傍らで寄り添っていたのが、秘書の瀬尾まなほさん(34)だ。年齢差は66歳。大好きな寂聴さんから多くのことを学びながらも軽口をたたき合い、時に瀬尾さんから寂聴さんに今の女性たちの働き方を教える。はたから見てもほほえましく羨(うらや)ましい関係を築いてきた。

たまたまの縁から始まった

「瀬戸内との出会いが人生の転機だった」

そう瀬尾さんが言う通り、すばらしい出会いは人生を変える。瀬尾さんにとって、寂聴さんはまさに人生のコンパスだったに違いない。

寂聴さんとの10年間。瀬尾まなほさん「一つ一つがいまの私の羅針盤」
撮影/小山幸佑

学生時代から秘書を目指していたわけでも、寂庵に就職しようと決めていたわけでもない。それどころか、結局、大学生活4年の間に「したいこと」が見つからず、ただ、ふつうに就職して結婚して子どもをもうけて……という人生を“ふつう”に送るものだと思っていた。ところが、就職活動は思うようにはいかず、「本当にたまたま」縁があったのが、寂庵だった。

「瀬戸内については、『あの尼さん』くらいにしか思っていませんでした。私たち世代だと、作家ということ自体を知らない人がたくさんいただろうと思います。私もその一人でした」

尼僧だと思っていた寂聴さんは、波瀾(はらん)万丈の人生を送ってきたベストセラー作家。日常生活から対人関係、思想……と、共に過ごした10年で寂聴さんから学んだことは数知れない。

誰に対しても平等 「おもてなしの心」

例えば、歳時。旬の果物や旬を意識した和菓子があること、暖簾(のれん)などのしつらえも季節に応じたものを準備する。日本の四季や作法は寂庵で学んだ。そして、客人に対する心遣いやおもてなし。寂聴さんの人を幸せな気持ちにさせるような思いやりにはいつも圧倒された。

寂聴さんとの10年間。瀬尾まなほさん「一つ一つがいまの私の羅針盤」
提供/©2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

「例えば、テレビの収録など取材が終わると、お土産として瀬戸内の本を必ずお渡しするんです。当時の私は25、6歳、本はプロデューサーの方など代表者にお渡しすればよいと思っていました。でも、瀬戸内は『アシスタントの方たちにもあげてね』と言う。『先生の本なんか読みそうにないよ』と伝えても、『読む読まないは関係ない。私から本をもらったことが、彼にとったら良い思い出や経験になるかもしれないでしょ』とおっしゃった。そう聞いた時に、そこまで考えていない自分の浅はかさを思い知らされました。『瀬戸内寂聴がアシスタントの自分も気にかけてくれて本をくれた』ということは、確かに、おばあちゃんに自慢できることかもしれない。その人が何か感じるものがあるかもしれない。そこまで瀬戸内は考えている、それも自然に。やっぱり器が全然違うなと思い知らされました」

寂聴さんは誰に対しても平等で、偉い人もアシスタントさんも分け隔てせず、誰に対してもやさしかった。そんなやさしさは身近な人へも伝播(でんぱ)する。

寂聴さんとの10年間。瀬尾まなほさん「一つ一つがいまの私の羅針盤」
提供/©2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

「自分のことばかりではダメ」の後押し

2016年に設立された「若草プロジェクト」という団体をご存じだろうか。貧困、虐待、DV、いじめ、薬物依存などさまざまな問題に苦しみ、生きづらさを抱える若い女性たちを支援する団体だ。瀬尾さんは現在その団体の理事を務める。寂聴さんの「自分のことばかり考えていてはダメだよ。宇宙と自分、世界と自分、日本と自分ということを意識しなさい」という言葉に後押しされた。

「私はボランティア活動をするならその前に、まず私の家族が一番幸せで、友人たちが幸せで、と周囲の人たちを優先的に考えていたんです。でも、瀬戸内が反原発や反戦などで、自分の意見を口に出したり、デモに参加したりする姿を見るにつけ、私も自分の身近なことばかり見ている自分はもうそろそろ卒業なのではないか、そろそろ世界や社会のために自分が何かするべきなのではないかと思い始めるようになりました。そんな時に、瀬戸内にそう言われたんです。ちょうどそのタイミングで若草プロジェクトの話があり、瀬戸内から『まなほ、良かったら参加しなさい』と勧められました」

そこで知った現実は悲惨だった。瀬尾さんが当たり前に過ごした青春時代を、過ごせない女性たちがいた。父親から虐待を受け、自分に価値を見出せず、体を売り物にしている女の子がいた。

「すごくショックでした。呑気(のんき)に生きてきた私がこの問題に関わってもいいのか、当事者じゃないのに何がわかるのだろうとすごく思いました」

そんな瀬尾さんを寂聴さんは距離を置いて見てくれた。研修会に快く送り出し、学んできたことを報告すると、「まなほ、行くたびに頭が良くなっているね」「学んでいるね」と声をかけてくれた。

「多分、私がスポンジのようにいろいろなことを吸収していくことを良く思ってくれていたのかなって思います」

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