よしよし、する。by フクちゃん(飼い主・小林達彦さん&風子さん)
人間を思うがままに操る、飼い猫たちの実例集「猫が教える、人間のトリセツ」。
「猫と暮らすニューヨーク」の筆者、仁平綾さんと、イラストレーターのPeter Arkle(ピーター・アークル)さんがお届けします。
猫が床にぼてんと寝転がり、ふわふわのおなかをこちらへ差し出す。そうかそうか、なでて欲しいのか。わしわし、なでまわすと、猫は観念したように、じっとなでられている。まったく、わがままな甘えたがりなんだから。と、にやけた口でつぶやく……。そんな愛猫との些細(ささい)な日常が、尊く、愛(いと)おしく感じられるような、小林さん夫妻と飼い猫フクちゃんの物語です。
「子どものころから、猫を飼う夢をよく見ていました。普段あまり夢は見ないし、覚えていないほうなんですけどね。夢のなかで、自分の家を猫が歩いていて、かわいいなあって思う。夢からさめたときは、すごく幸せな気持ちになるんです」
そう話すのは、京都で造園業を営む小林達彦(こばやし・たつひこ)さん。
それは予知夢だったのだろうか……。2010年、区役所の駐車場で妻の風子(ふうこ)さんが、がりがりに痩せたキジトラのオス猫を発見。保護センターなどに連絡したけれど、届け出がされていないことから、ふたりの家族として迎えることになった。以来、その保護猫を飼うようになってから小林さんは「一度も猫の夢を見なくなった」そうだ。
「ふくふくと太って、幸福になってほしい」
そんな願いをこめて、フクちゃんと名付けたオス猫は、夫妻のもとでふくよかに成長し、全盛期は体重が8kgになったことも。
とにかくおおらかな性格で、「一度もフー!っと言われたことはありません」と小林さん。食事よりも、遊ぶことよりも、ふたりに“よしよし”されるのが大好き。全身をなでまわされるのが至上の喜びで、すぐにゴロゴロを炸裂(さくれつ)。
「仕事から帰ると、なでてほしくて必ず寄ってきます。よくそのまま台所でよつんばいになって、フクちゃんを“よしよし”していましたね。5分ぐらいしていたことも……」。それなりの年齢の成人男性が、よつんばいで一心不乱に猫をなでる。「ちょっと異常な光景ですよね(笑)」
ヒーラーでもあったフクちゃん。偏(へん)頭痛もちの小林さんの頭が痛くなったとき、あるいは風子さんのおなかが痛くなったときは、「よく『フクちゃん、なおしてー』と言って、患部にフクちゃんを当てていました(笑)。フクちゃんのおかげで、痛みが楽になる気がするんです」。
どんなときでも、フクちゃんは嫌がらず、されるがまま。とにかくふたりと一緒にいたい。なでてほしい。かまってほしい。そんなフクちゃんは、「自分のことを赤ちゃんだと思っている、というのが僕たち夫婦の見解でした」と小林さん。
そんなフクちゃんとの突然の別れがやってきたのは、昨年5月のこと。帰宅した風子さんが、いつものようにソファで寝ているフクちゃんをなでたところ、その体は冷たく、すでにかたくなっていたという。小林さんは、仕事先から急ぎ獣医へ向かった。
「眠るように亡くなっていました。獣医さんからは、突然死だろうとのことで。1週間前に定期検診を受けたときは、少し太りぎみだけど健康って言われていたのに。その日の朝、出かけるときに、フクちゃんの頭をちょいちょいっとなでて、行ってきます、そう言ったのが、最後になってしまいました」
昼寝をしていて、そのまま。それは猫も気づかないぐらい突然で、きっと痛みもなく――。そんな獣医の言葉は、いくばくかの慰めにはなったかもしれない。でも、小林さん夫妻の悲しみや喪失感は、どれほどのものだっただろう。
「もう、フクちゃんを“よしよし”することができない。寂しいです。妻とね、話すんですよ。自分たちがフクちゃんを“よしよし”していたけれど、実はフクちゃんに僕たちが“よしよし”されていたんだなあって」
愛猫に求められるがまま、頭や体をなでて、甘やかして、かわいがって、愛情をいっぱい注いできた。でも、本当はそうすることで、人間のほうが、猫になでられ、甘やかされ、かわいがられて、愛情を惜しみなく注がれていたのだ。猫ってやつは。いったいどこまで計算高く、愛おしい生き物なんだろう。
フクちゃんが旅立ってから、数カ月。しばらく猫は……と思っていた小林さん夫妻だけれど、たまたま小林さんの仕事先である寺で、子猫が保護され、もらい手がないため引き取ることに。むーちゃんというメスの白黒猫が、新しい家族の一員になった。
最初の数日は、姿を見せず隠れたまま。フクちゃんとは違って、フーッ!と威嚇(いかく)もしてくる暴れん坊猫。でも少しずつ距離を縮めて、「いまは、むーちゃんに“よしよし”してもらってます」と小林さん。
“よしよし”のほかにも、猫を飼って気づいたことがある、と小林さんは言う。
「猫っていうのは、自分の都合で生きている。人間はときどき深刻になったりするけれど、猫が深刻になることはありません。こちらに何かあっても、いつもどおり、“よしよし”させてくれるし、いつものように遊んで、寝る。その関係のなさがいいし、その関係のなさにめちゃくちゃ救われます」
同情もなければ、逆に非難もされない。「こればっかりは猫じゃないと」と小林さん。私たち人間の暮らしに猫が必要な理由が、またひとつ、わかった気がした。
庭師・北山安夫に師事したのち「達造園」として独立。京都を中心に庭の手入れや工事を行い、デザインから施工まで幅広く手がける。
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手芸作家。刺しゅうのアクセサリーや雑貨、ぬいぐるみなどを製作。
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