尾上右近さん「空気づくりの職人になりたい」 3歳の時の感動が色褪せない理由
恋も秩序も必要ないくらい、偉大な存在
歌舞伎俳優を選んだ右近さんには、こんな思いがあった。自分自身がさまざまなメディアに出るようになれば、歌舞伎を見にきてくれるお客様が増えるかもしれない。そうすれば、清元も知ってもらえるかもしれない。ならば、自分は歌舞伎と清元の関係を知ってもらうきっかけになれる存在を目指すべきではないか――。
「歌舞伎は総合芸術なので、役者だけではなく大道具や小道具、照明、音楽はものすごく重要です。おこがましいのですが、役割が違うだけで歌舞伎は全員が主役なんだということを知っていただく、感じていただくきっかけ作りにもなりたいと思うようになりました。それには確固たる技術と、誰にも負けない情熱が必要ですが、僕がやらせていただけるのならと頑張ってきました。その結果、菊五郎のおじ様は役者の立場で歌舞伎に向き合っている僕自身の姿を見て、清元もやっていいという判断をしてくださった。そのお陰で役者としての自信がついたし、清元をやっていく上でも腹が決まったという思いがすごくありました。歌舞伎役者と清元が両立できたのは、師匠である菊五郎のおじ様の言葉と心意気と温かさということに尽きると思います」
「大きな力に身を任せながら、面白がることが伝統として受け継がれてきた歌舞伎のように、自身の人生を楽しむことを重視している」と、出会った仕事に全霊を尽くす右近さん。日々の積み重ねが「今日のわたし」を作っている。
来年は30歳。30代の夢を尋ねると、意外にも「鏡獅子をやりたい」と即答した。右近さんの「明日のわたし」は、3歳の頃と少しも変わらないどころか、ますます強くなっている?
「『次にやりたいのも鏡獅子』って、これはもう愚直にずっと言い続けようと思っています。人を好きになるのに理由はありませんが、僕にとっての鏡獅子もそうなんです。自分の人生にとって『鏡獅子』の存在は偉大で、恋も秩序も必要ないくらい(笑)。3歳の時の感動が、今も何が起きてもまったく色褪(あ)せません。それが特殊すぎてしまって、皆さまの共感を得られないとは思うんですが(笑)。『お前は変わってるな』というだけに終わってしまうかもしれないことはわかっていますが、でも、僕にとっての『鏡獅子』は、それくらい情熱というか想(おも)いがあるんですよ」
そこまで惚(ほ)れ込む対象があるとはなんとも羨(うらや)ましい。一体、何がそこまで右近さんを引きつけるのか。
「(舞台の)空気です。『鏡獅子』の幕が開いた時のお正月という空気、お殿様の前で踊らなければいけないという弥生の空気。そして、獅子が出てきたときの神々しい空気。空気に尽きると思います。僕が『空気づくりの職人になりたい』と常から思っているのは、『鏡獅子』あってのこと。歌舞伎では楽屋が良い空気の時はお客様が入ると言われています。コロナで楽屋を行き来できない今は、舞台上だったり舞台袖だったり、廊下だったりの一瞬一瞬にお互いを鼓舞することを忘れない、自分のことだけに走らない空気づくりを自分なりにしたい。歌舞伎に限らず、バラエティーにも映画にもそれぞれの空気があります。どのジャンルに行っても対応できる空気づくりは、自分にとっての武器になると思うんです」
右近さんの芸を作り上げるすべての原点は鏡獅子――。ここまで聞くと、彼の鏡獅子が組まれた日には見ないなんてあり得ない! すっかり彼の熱と勢いに呑(の)まれてしまった。
(文・坂口さゆり 写真・山田秀隆)
俳優、歌舞伎役者。1992年5月28日生まれ。東京都出身。清元宗家七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父に俳優鶴田浩二。屋号は音羽屋。2000年4月、歌舞伎座『舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)』の松虫で本名の岡村研佑で初舞台。05年1月、12歳で新橋演舞場で二代目尾上右近を襲名。18年1月に七代目清元栄寿太夫を襲名。20年7月、初のミュージカル「ジャージー・ボーイズ イン コンサート」に出演。21年7月には「ミュージカル『衛生』リズム&バキューム」で古田新太とダブル主演。10月、松平容保を演じた「燃えよ剣」で映画初出演。22年1月には「Japan Musical Festival2022」LINE CUBE SHIBUYA、秋にはミュージカル「ジャージー・ボーイズ」に出演予定。
尾上右近さん出演『花競忠臣顔見勢』は、歌舞伎公式動画配信サービス「歌舞伎オンデマンド」で配信中!
【概要】
期間:12月3日(金)~12月23日(木)
※3週間限定配信(ご購入時より7日間ご視聴可能)
料金:『花競忠臣顔見勢』本編単品販売3300円(税込み)
「歌舞伎オンデマンド」公式HP:https://www.kabuki-bito.jp/kabuki-contents/ondemand/
第三部『花競忠臣顔見勢』は、名場面が凝縮された「忠臣蔵」を新たな演出で見せる。「切腹した塩冶判官のために浪士たちが仇(かたき)討ちに向かう物語。演じる顔世御前は、キーマンとなる塩冶判官の妻役。高い地位にある高師直(こうのもろのお)に横恋慕されていることから物語がねじれていく。重々しい空気の中、紅一点で舞台へ出ていくので、その空気感と色気の双方が必要なのかなと思っています。顔世御前は夫である判官を失ってから出家をして葉泉院になりますが、そこにつながっていく雰囲気も出していかないといけない。(松本)幸四郎のお兄さんや(市川)猿之助のお兄さんが新たな忠臣蔵を目指して新基準を示してくださった演目でもあるので、そういう気持ちに応えるべく、非常に意識して演じています」(右近さん)
【概要】
期間:12月1日(水)~26日(日)
第一部 午前11時~
第二部 午後2時30分~
第三部 午後6時~
※開場は開演の40分前を予定
休演:8日(水)、20日(月)
公式HP:https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/736
第二部の『男女道成寺(めおとどうじょうじ)』は、初心者にもわかりやすい「道成寺物」。道成寺の鐘供養のために奉納の舞を舞う美しい白拍子花子(勘九郎)と桜子(右近)の物語。二人が舞ううちに、桜子が実は左近という狂言師(右近)であることがあらわになり……。「京鹿子娘道成寺」の趣向を取り入れ、男女の踊り比べが楽しい演出。
『ぢいさんばあさん』は、森鷗外の短編小説を原作に、1951年に初演された新歌舞伎。江戸番町に住む江戸大番役の美濃部伊織(勘九郎)とるん(菊之助)は評判のおしどり夫婦。子どもも生まれ、幸せに暮らしていた矢先、伊織は喧嘩(けんか)で負傷した義弟の宮重久右衛門(歌昇)に代わり1年間単身京都で勤めをすることになる。翌年の桜時の再会を誓い別れる二人だったが、伊織は京でふとした弾みから同輩の下嶋甚右衛門(彦三郎)を誤って斬ってしまい、越前にお預けの身となって江戸への帰参が叶(かな)わなくなってしまう……。右近さんは、久左衛門の息子・宮重久弥として登場。
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9月から連続3か月ではなくて、10月からだと思います。10、11、12月で3か月連続です。
Fg3CbSdtIqKIさま
本記事を担当しました編集部員の久保田と申します。
コメントをありがとうございました。
確認いたしましたところ、ご指摘のように「10月から3カ月」が正しいことがわかり、記事本文を修正いたしました。
編集作業時の確認作業が不十分で、申し訳ございません。
ご指摘に感謝いたします。
今後も&wをご愛読いただけますよう、お願い申し上げます。