「がんばらない」をがんばったら ギタリスト・村治佳織さん
いま、あなたに会いたい――。&編集長が各界で活躍する話題の方を訪ねて、思いをじっくり掘り下げる「編集長インタビュー」。&w、&M、&Travelの3マガジン横断型インタビューの初回は、ギタリストの村治佳織さんです。長年朝日新聞の文化記者を務めた星野学編集長が、村治さんに初めてインタビューしたのは2000年のこと。今回、12月に発売するベストアルバムの音源を聴いて「あれっ?」と思い、会いに行ってきました。
「後ろは振り返らない」若い頃
星野:大変ご無沙汰しております。
村治:2000年と2005年でしたよね、取材していただいたのが。
星野:はい。最初のインタビューは、村治さんがロドリーゴの「アランフェス協奏曲」を初めて録音してCDを出された時でした。まだ21歳ぐらいでいらっしゃいました。
村治:ああ……私が、ロドリーゴさんにお目にかかった直後ですね。
星野:そのお話をされていました。1999年、ロドリーゴが亡くなる半年くらい前に、会いに行かれたのでしたね。
村治:ええ。おかげで曲への愛着もいっそう増しました。テレビのドキュメンタリー番組になってたくさんの方が見て下さり、20年たった今でも「覚えています」とおっしゃる方もいて。自分の心に残すだけでも幸せな出会いでしたが、映像が残ったこともラッキーでした。
星野:でも、私のインタビューではロドリーゴさんとお目にかかった時のことを「もう思い出さない」とおっしゃっていましたよ。「あまり後ろは振り返らない」と。切れ味のいい語り口、さすが江戸っ子だと思いました。
村治:そうでしたか(笑)。
「小さな世界」を見つめた新録音
星野:12月1日にベストアルバム「ミュージック・ギフト・トゥ」を出されます。収録した17曲のうち、ミュージカル「キャッツ」の「メモリー」だけ新録音ですが、音、変わりましたね。「小さな世界」をきちんと見ているというか、細部を大切にした響きがします。
村治:うれしいご感想です……。ギターはミクロコスモス(小宇宙)が広がっている楽器だと思っているので。「メモリー」は今年10月に録音したのですが、1曲を数週間、集中して練習する時間がとれたので、細部まで心を届かせることがよりできたかなと思っています。
星野:生き生きした、すぐそばで弾いて下さっているような演奏です。
村治:あなたのために弾いている、という感じ?
星野:ええ。コンサートホールで千人に向けて弾く音とは違う。
村治:そう受け取っていただける演奏を、実現し続けられるようがんばります。大勢の方々を前にしても、一人ひとりが自分のために弾いている、と思って下さったら、こんなにありがたいことはないですから。
星野:演奏家としての心境の変化も、そこかしこに感じますね。
村治:そこまで聴いて下さるとは……録音した甲斐がありました。最後の弱音は、ささやきかけるようにというか、弦を触るだけのような感覚で弾いています。
同業の弟・奏一さんが録音に立ち会い
星野:村治さんは若い頃から、楽曲の全体像と、どう弾きたいかがよくわかる演奏をされていました。大局観があるというか。でも、新録音は親密な演奏です。
村治:いろいろな要因があると思いますが、コロナ禍の時期にレコーディングをさせていただけてありがたい、という気持ちがありました。あと、自分の演奏を最初に聴いてくれるディレクターの席に弟(ギタリストの奏一さん)が座っていたんです。弟に向けて弾いたわけじゃないんですが、最初に聴いてくれるのが弟で、「今のテイクよかったです」とか「音程少し直してください」とか、ギタリストならではの指摘もあって、フラットな気持ちで弾けたからかもしれません。
星野:同業の弟さんにディレクションしてもらうのは、どういう気分ですか。
村治:初めてなのでどうなるかなと思いましたが、私たちは普段から丁々発止をする間柄じゃなくて、お互い認め合っているというか。弟はLINEの連絡さえも佳織さん何々ですか、と言葉遣いが丁寧なんですよ。その意味では普段の録音と変わらなかったです。
愛されている作品ばかり17曲
星野:ベスト盤は7年ぶりですね。どんな17曲ですか。
村治:映画音楽のような有名な作品を中心に、コンサートでよく弾く曲を選びました。演奏会では、お客様がどの曲で喜んで下さるかわかります。この曲は本当に愛されているなあ、と実感できる曲ばかり集めたので、その意味では「決定盤」ができたなあ、と。1曲目の「愛はきらめきの中に」は、実際にコンサートで最初に弾くことが多いんです。優しい雰囲気ですし、こういう時代に演奏会へ足をお運び下さるお客様への感謝も表せます。「ムーン・リバー」「愛のロマンス」「ガブリエルのオーボエ」と続きますが、演奏会でもこの順番でよく弾くんです。
星野:「ムーン・リバー」は映画「ティファニーで朝食を」の挿入歌ですが、ご自分でギター独奏用に編曲したのですね。
村治:映画音楽を集めた前のアルバム「シネマ」に収録したものです。映画の中でオードリー・ヘプバーンが窓辺でギターを弾くシーンが忘れられなくて。あの状況に似せた、私ならではの編曲をしてみたくて。
星野:映画音楽は管弦楽曲も多いから、編曲次第で雰囲気が変わりますよね。弦を押さえる場所でも音色が……。
村治:変わりますよね。ギターは同じ音を何カ所かで出すことができて、こっち(音が高いハイポジション)だと柔らかい音になります。左手の移動が少なくて済むローポジションのほうが演奏リスクは低いのですが、最近はリスクが高くても美しい音を出したくて、指使いも変化してきました。
村治さんのCDは、何枚かもっていてよく聴いています。朝日新聞デジタル記事もとても参考にになり、興味深かったです。
音楽って若いころを明らか音が変わります。曲調もさることながら、若い時に気が付かなかった音、気にならなかった音に気付くようになり、その音を求めて自分の次の音に変えていくのです。才能ある人は皆通る道ですね。佳織ちゃんのギターは上手なギタリストから佳織というギタリストとして変わりかけています。これから益々楽しみです。体に気を付けてがんばってほしいです。