中谷美紀×原田マハ 10年越しで実現した映画と、政治との向き合い方
原田マハさんが原作の『総理の夫』が映画化され、9月23日から公開される。日本で初の女性総理大臣となった凛子を演じているのは、中谷美紀さんだ。
実は原田さんは「もともと中谷さんの大ファン」。撮影のあった昨年秋に原田さんはパリに滞在していたため、コロナ禍もあって撮影現場を訪れることができず、公開前にはぜひ中谷さんとの対談をと希望していたと言う。&wではそんな原田さんの希望がかなったお二人の対談をお届けします。
PROFILE
1976年1月12日生まれ、東京都出身。93年、ドラマ「ひとつ屋根の下」で俳優デビュー。主な映画出演作に、「ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer」(00年)、「電車男」(05年)、「源氏物語 千年の謎」(11年)、「ひまわりと子犬の7日間」(13年)、「清洲会議」(13年)、「渇き。」(14年)、「繕い裁つ人」(15年)、「FOUJITA」(15年)など多数。著書に『オーストリア滞在記』(幻冬舎文庫)。公式Instagram
1962年7月14日、東京都出身。伊藤忠商事、森ビル、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年にフリーランスのキュレーターとして独立。03年執筆活動をスタート。05年、『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、翌年に作家デビュー。12年に『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。その他、主な小説に『キネマの神様』『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』『リーチ先生』『異邦人』『美しき愚かものたちのタブロー』『総理の夫』など。また、19年には世界遺産・清水寺で開催された展覧会「CONTACT」で総合ディレクターを務めた。
10年越しで妄想が現実に
原田 主人公の妻で日本初の女性総理大臣の凛子は、実は美紀さんをイメージして書いたんです。この直前に、『本日は、お日柄もよく』という小説を書いたのですが、その時に政治や選挙について結構勉強したんです。いろいろ政治ネタを仕入れたので、もう一歩踏み込めるかなというなんだかモヤモヤした思いがあったんですよね。
それで、この小説の企画会議の時に『総理の夫』というタイトルだけがポーンと浮かんできて。でも、編集者は最初、全然ピンと来ていなかったですね。総理大臣は男性だという既成概念がある。「女性総理大臣の話です」と言ったら「面白そうですね」と。私は妄想が先走って、その場で「映像化したら絶対面白くなりますよ! 女性総理役は中谷美紀さんで」と編集者と話したんです(笑)。
ただ小説を書いたのは10年以上前なので、美紀さんは当時30代。30代で総理大臣はないだろうから、今から10年後くらいに映像化したら美紀さんで、と妄想していたんです。だから、今回お話をいただいた時はすごくうれしくて。美紀さんのお名前を伺った時は、「え!? マジですか!! 妄想した時のままなんですけど」って興奮しました(笑)。
政治が背景だけどエンタメの王道を走る
原田 美紀さんは凛子役をすぐに承諾してくださったんですか。
中谷 もちろんです。原田さんが書かれた当時、日本で女性の総理大臣が誕生するなんてありえない。でもそのありえないことを、夢物語でもいいから演じてみたいと思いました。私自身が、ぼんやりとこんな世の中になったらいいなと思いながらも、決してそれを声高に叫ぶこともできず、ただ漠然と夢を夢として持っているだけで、この世の中を変えようとか、そういったことに自分は何も加担してこなかった。協力もしてこなかった。そんな中で、凛子は自分の理想を全てかなえてくれている。本当にこの役を演じられるのは幸せなことだと思いました。
河合勇人監督が徹底して照れずに堂々とエンターテインメントの王道を走って下さったので、それに私たちも乗っかって演じることができました。台本の登場人物に「クルマサカオウム」と、オウムが出てきた時に私は「やった!」と思ったんですよ。
原田 それはなぜですか。
中谷 「これはあくまでもコメディーなんだよ」という監督からの意思表示だと思ったんです。映画はあくまでも政治と私たちをつなぐ媒介であって、この映画をきっかけに政治にも興味を持っていただければいいなと思っています。実際に私たちが投票へ行くまでの筋道を作るとしたら、やはりこれは絶対的にエンターテインメントでなくてはいけないと。
原田 面白くないとね。
中谷 そうなんです。そこを監督が堂々と作ってくださった。ありがたかったです。でも、(田中)圭くんはこのオウムに嫌われてたんですよ。
原田 えぇ? どうしてですか?
中谷 ネタバレになってしまうかもしれませんが、(凛子の夫役の)日和が凛子へプロポーズするシーンで、圭くんはオウムの入った鳥かごを(話すのをやめさせようと)揺らすことになっていたんです。それが一番最初に撮影したシーンだったんですが、それ以来、オウムは圭くんを威嚇をするようになってしまって。私たちが近づいても普通にしているんですが、圭くんが近づくとトサカをものすごく立てちゃって本当に大変だったんです。研究者だから鳥に話しかけるシーンがあったのですが、よくご覧になると、トサカがちょっと立っているんですよ(笑)。
原田 映画を見る際の注目ポイントですね(笑)。
試写の後、「現実に戻るのがつらかった」
原田 美紀さんは原作から取り入れたいと思ったことはありましたか。
中谷 あえて取り入れなかったことはあります。原作では凛子はショートヘアです。書かれた10年前だったら、私も絶対ショートヘアでした。でも今、世界中の女性リーダーたちを見渡したときに、英国のテリーザ・メイ前首相やドイツのアンゲラ・メルケル首相は別ですが、ずいぶんとロングヘアの方が出てきているんですよね。
原田 ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相とか。
中谷 フィンランドのサンナ・マリン首相とか。ショートやロングにこだわる必要もなくなったというか……。
原田 ありのままですよね。ショートとロングのどちらが女性らしいという感じも最近はありませんしね。
中谷 私があえて原作に逆らってしまったところです(笑)。
原田 私は今年4月に映画を拝見したんですけど感動しました。凛子が真っすぐに日本の女性に向き合いながら、国民のために働くという理想の総理大臣像を、大変凜々しく演じてくださっていて……。でも、すごく正直なことを言っていいですか。
中谷 はい。
原田 試写を見た後に、日本の現実に戻るのがつらかったです。多分、映画を見た人は全員同じ思いになるのではないかな。そのくらい凛子は国民に寄り添う。政治ってもともと誰のものなの? と思わされた。美紀さんは体当たりで演じてくださって、本当に色々と勉強していただいたと思うんです。
凛子像を作っていく上で、どんなところに一番気を遣われましたか。
中谷 物語で政治色はあまり出していないのですが、原田さんは小説の中で「脱炭素」について書かれていたじゃないですか。それが台本に入っていなかったので、「絶対大事だから何とかして入れてください」とお願いしました。ちょうど新聞で、日本を代表する大きな企業が脱炭素を目指して再生可能エネルギーに投資をするという記事を読んでいたこともあり、日本もようやく変わりつつあるので、それが入ってないと映画が公開される頃にはすごく恥ずかしいものになってしまうと思ったんです。
原田 それはうれしいです。映画はエンターテインメントなんだけど、そういうこともきちんと盛り込むことが大事。だから、見ていただける内容に仕上がったのではないかと思いました。政治は遠い世界というのが私自身もあるので、興味を持っていただければ本当にうれしい。でも、私は拝見していて凛子がかなり中谷さんとイコールになってしまったんです。お会いしたら「総理!」って言ってしまうのではないかしらと思っていました(笑)。
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