人生に、キャンプが必要な理由。スノーピーク3代目社長が描く未来
『FIELDWORK ─野生と共生─』
キャンプ人気が止まらない。長引くコロナ禍で自然に癒やしを求める人が増えるなか、“3密”を避けられるレジャーとしても注目され、一段とニーズが高まっている。昨年は芸人・ヒロシさんによる『ヒロシのソロキャンプ』がヒットし、「ソロキャンプ」が流行語に選ばれたほか、人気コミック『ゆるキャン△』もドラマ化され話題に。今年に入っても、メンズ誌『OCEANS』が初のアウトドアムック本を出したり、セレクトショップのユナイテッドアローズが「BEAUTY&YOUTH」でアウトドアレーベル「koti」を立ち上げたりするなど、盛り上がっている。
そんなキャンプ人気を牽引(けんいん)している企業の一つが、「人生に、野遊びを。」を社是とするスノーピーク。創業者であり登山家でもあった山井幸雄さんが、日本を代表する金属加工の町、新潟県の燕三条で、職人たちと自ら欲しい登山用品をつくり始めた。その後、息子さんであり、後の2代目社長となる、山井太さんの入社を機に、キャンプギアもスタートし、ファミリーキャンプ文化を確立。現在はアパレル事業やキャンピングオフィス、アウトドアの知見を生かした地方創生も手掛けるなど、さらに存在感を増している。
『FIELDWORK ─野生と共生─』は、昨春、32歳で、父からバトンを受け継ぎ、3代目社長に就いた山井梨沙さんによる初の著書。キャンプを通して世の中を変えたいと話す著者が描く未来を、一緒につくりたくなる一冊だ。
生後6カ月でキャンプデビューし、休日は父のキャンプギアの試作品検証を兼ねて家族でキャンプをするのが常だったという著者。生きていくうえで大切なことは全て、自然や人とフラットにつながることができるキャンプの体験から学んだという。社長となった現在も、フィールドワークを続けながら、数々のプロジェクトを生み出している。そんな彼女が大切にし、現代人にこそ必要と説くのが、本書のキーワードともなっている「野生」の感覚だ。
著者いわく、野生とは、「自然と共生して生きていくために必要な、まさに直感的かつ本質的に物事を見極める力」。「キャンプなど自然に深く触れる時間のなかで自由を感じ、幸福感に包まれるのは、今でも心の奥底に誰しもがもつ野生の感覚を呼び覚まされるからに違いない」とも言う。
だとすれば、現在のキャンプ人気は、人口が集中し自然と切り離されがちな都市を、コロナという未曽有の事態が襲うなか、何とか自らの野生を取り戻そうとする人々のもっと本能的なところから起こった現象なのかもしれない。「野生は消えない。生まれることもない。ただ起こされるのを待っている。その寝床を訪ねるあなたはもう一つの故郷を知ることになる。どこから来て、どこに消えていくのか、その故郷はあなたの名前を呼んでいる」――。本書の帯に書かれたGEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーさんの言葉が印象的だ。
共生の時代を生き抜くために
著者が交流したことで自身の指針に確信を持てるようになったという、人類学者の石倉敏明先生いわく、「私たちはいま、それぞれの場所で、人間を唯一の例外者とするのではない、共生と共存の道筋を発見する必要に迫られている」。
「人間性の回復」を社会的使命に据えているスノーピーク。これからの“共生”の時代を本質的に生き抜くためにも、特に大都市に暮らすこれからを生きる世代にキャンプに行ってもらいたい、と著者はいう。彼女いわく、「人間らしさは無駄に宿る」。確かに遠くまで車で行き、時間をかけてテントを張って、火を起こすキャンプは、何かと効率が重視される現代において、逆行する行為かもしれないが、だからこそ人は元気になるはずだと。
また、キャンプをすると、自然のなかでは皆、ひとりの人間であり、人間もまた自然の一部であるということを思い出すことができる。「そもそも境界線は存在しなかった。そのことに気づかせ、自然や人とつながることで人生を豊かにしてくれるのがキャンプなのだ」。
これから私たちは、自然と文明、地方と都市をますます行ったり来たりしながら、著者が言う自然と不自然がバランスを取りながら共生する“ネオネイチャー”を生きるだろう。その際、カギとなるのが野生であるということを教えてもらった。
私自身、実は最近、月に1回ペースでキャンプに出掛け、スノーピークのテントを使わせてもらっている。夫と「4歳の息子のためにいい体験になるのでは」と話し、始めたものだったが、本書を読んで、行っていてよかったと心から思った。ときには自然のなかに身を置き、五感を研ぎ澄まし、ひとりの人間としてリセットして、大切なものがいつでもしっかり見えるようでありたい。ファミリーキャンプを息子のためだけでなく、家族みんなが野生を取り戻し、来たるべき未来への一歩を踏み出す時間にできたらと思う。
わかすぎ・まりな
湘南 蔦屋書店で雑誌、ファッションを担当するほか、湘南T-SITEの広報、イベント販促も務める。ファッション業界新聞社で編集、展示会事業を担当した後、湘南T-SITEの立ち上げに参加。
現在、住む鎌倉は、自分にとっての“パワースポット”。