〈160〉「新橋大好き!」元会社員の夢が詰まったレトロ空間 「昭和ブック カフェ」
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東京・新橋を象徴するビルといえばやはり、SL広場に隣接するニュー新橋ビルだろう。1971年に開館し、あみだくじのように見える外壁が特徴だ。金券ショップ、居酒屋、マッサージ店、喫煙できる喫茶店などが軒を連ね、昭和の雰囲気が色濃く残っている。
昨年11月、このビルの3階に「昭和ブック カフェ」という新店が仲間入りした。店に入ると、スライド式の本棚がずらりと並ぶ。漫画の棚には『鉄人28号』『リボンの騎士』『あしたのジョー』『三国志』『銀河鉄道999』『ドラゴンボール』『うる星やつら』『キャンディ キャンディ』『ベルサイユのばら』……と懐かしのラインナップ。他にもアイドルの写真集や小説、エッセーなど、装丁からしていかにも昭和な本が充実している。
書棚の横には仕切りのついた1人用の座席が連なる。座り心地の良さそうな白いビジネスチェアが置かれ、一部は向かい合わせで座ることもできる。1時間400円でソフトドリンクが飲み放題。その後、20分ごとに100円が追加される仕組み。長時間利用のパック料金もあり、アルコールも用意している(現在、アルコールの提供は東京都の要請により休止中)。
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オーナーの鈴木清一さん(62)は、昨年3月に長年勤めた会社を定年退職し、この店をオープンした。会社員時代は職場が新橋に近かったこともあり、毎日のように新橋で飲み、多くの時間をこの地で過ごしたという。
「会社を定年退職したら、何をやるかも決めていないのに『新橋大好き』という名前の会社を立ち上げようと考えていました。なので、店名は『昭和ブック カフェ』ですが、運営会社名は『株式会社 新橋大好き』なんです」
ブックカフェにしようと決めたのは、定年を1年後に控えた2019年3月ごろのこと。いくつか思い浮かんだアイデアの中から直感で決めた。“昭和”をテーマにしたのは、昭和34(1959)年生まれの鈴木さんにとって「心のふるさと」のようなものだと感じているから。50~70歳代の男性をターゲットに考えていたため、“昭和”ならきっと彼らの心にも刺さるだろうという思惑もあった。
「もともと漫画が好きで、昭和の漫画や本はたくさん持っていましたが、店のために1年かけて古書店を巡って買い集めました。昔、古本屋に売って手放したものや、母に捨てられてしまったものも買い直しました(笑)」
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一番の仕入れ先は、SL広場で開催されていた「新橋大古本まつり」(現在は休止中)。あとは旅行を兼ねて北海道から九州まで古本屋をめぐり、本や雑誌、漫画を買い集めていった。現在の蔵書は約6000冊。「漫画」「戦争関連」「写真集」の三つを柱に、小説、エッセー、実用書などが並び、どの本も店内で自由に閲覧できる。
「漫画は自分が読んできた昭和の少年漫画が多くて、姉や妹が読んでいた少女漫画もあります。戦争は勇ましいものだけでなく、戦争責任や植民地問題など、さまざまな角度からとらえられるものを幅広く揃(そろ)えました。写真集は女性アイドルのものが大半です」
コロナ禍のさなかに「逆張り」開業
本当は定年と同時にオープンするつもりだったが、新型コロナウイルスの感染拡大で、しばらく様子を見ることに。夏を過ぎた頃にニュー新橋ビル内にいい物件が見つかり、契約にこぎつけた。新橋を象徴するニュー新橋ビルは第一候補の場所だった。
「去年の秋はコロナも少し落ち着いていて、間仕切りなどのコロナ対策を十分行えば、“ウィズコロナ”でやっていけるかなと開店に踏み切ったんですけど、こんなに大変になるとは。友達には『お前、逆張りしてるな』と言われました。逆張りで成功すればかっこいいんですけどね……」
オープン直後の11月はまだ新橋に来る人も多く、利用者は順調に延びた。しかし、今年に入って再び緊急事態宣言が発出され、客足が遠のいていく。そんな中、テレワークのために店を訪れる客が現れはじめた。店の向かいにあった電源とWi-Fi完備のカフェがコロナの影響で閉店し、そこを利用していた客の一部が流れてきたのだ。
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「うちも電源とWi-Fiは設置していたのですが、テレワーク利用は想定していませんでした。来客が減っている中、ありがたいです。テレワークの人は仕事をしているのでまず本を読まれませんが、何人かは休みの日にも来て、本を読んでくれたのがうれしかったですね」
数十年ぶりに“新入社員”からやり直し
コロナ禍という未曽有の状況に加え、鈴木さんが飲食店初心者ということもあって、運営は失敗の連続だという。例えば、「いいものを置けばお客さんは喜んでたくさん飲むはず」とドリンクバーに高価な天然果汁飲料を入れてみたが、短い賞味期限に消費が追いつかず、1箱を廃棄せざるを得なかった。また、フード類の提供を始めた時は、メニューに写真を載せなかったため、なかなか注文してもらえなかった。
「ナポリタンが300円なのですが、写真がないとどんな料理かわからず、『安すぎるけど大丈夫?』と逆に不安にさせてしまったみたいで……。写真をつけてからは注文が増えました」
メニューを見てみると、チキンライスの写真の横になぜかスプーンではなくボールペンが置いてあるのも気になった。
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「会社勤めの頃、現場で写真を撮る時は大きさの比較のためにボールペンを置くのが基本でした。その感覚で、ナポリタンの大きさを伝えるために当たり前のようにボールペンを置いたのですが、後で人に突っ込まれておかしいことに気づきました」
鈴木さんいわく、今の自分の状態は“上司のいない新入社員”。メニューに写真を載せる、賞味期限を考慮してドリンクを仕入れるといった、飲食店経営者にとっては基本中の基本かもしれない事柄も、手探りで学んでいる状態。しかも注意してくれる上司がいないので、失敗して初めて気づくことも多い。
「長年会社で働いていろんな部署も経験したから、自分はそれなりに分かっている方だと思っていました。でも、いろいろ失敗してばかりで、何十年かぶりに新入社員に戻ったみたい。普通に考えれば、再雇用制度でそのまま会社で働いていた方が安定していたでしょう。でも、へそ曲がりで好奇心旺盛な人間だからこっちを選んでしまいました。大変だけど正解だったと思っています。ただ、ワクチン接種が進み、コロナが少しでも早く収束してくれるといいのですが」
勤め人のパラダイスとも言われる新橋が、かつてのようなにぎわいを取り戻すのはまだ先かもしれない。でも、長年新橋を愛し、新橋を少しでも盛り上げようと孤軍奮闘する鈴木さんの姿を見ると、応援せずにはいられない。昭和を知る人も、そうでない人もニュー新橋ビルに入って、つかの間の“タイムスリップ”を楽しんでみては。
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大切な二冊
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『ベルサイユのばら大事典』(著/池田理代子)
『ベルサイユのばら オールカラーイラスト全集』(週刊マーガレット特別編集)
少女漫画の不朽の名作『ベルサイユのばら』。どちらも作品についての情報やイラスト満載の本。店で閲覧できる。
「“ベルばら”は、連載していた『週刊マーガレット』を姉と妹が買っていたので、リアルタイムで読んでいました。オスカルが命を落とした時に連載が終わると思いきや、マリー・アントワネットが処刑されるまで続いて、『主役はどっちだ?』と疑問に思ったんです。僕にとっては20世紀最大の疑問で、ずーっと答えがわからなかった。」
「店のために古本屋を巡っているときにこの2冊を見つけました。どちらも人物紹介のページがあるのですが、『週刊マーガレット』が編集した方はオスカルで、池田理代子さんが監修した方はマリー・アントワネットだったんです。そのあと、NHKで池田さんが出ている番組を偶然見て、『マリー・アントワネットを描きたかった』と発言していてやっと20世紀最大の疑問が氷解したんです。だから僕にとってこの2冊は答えを教えてくれた大切な本ということになります」
フォトギャラリーへ(下の写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
昭和ブック カフェ
東京都港区新橋2-16-1ニュー新橋ビル3F-314区画
「book cafe」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
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