アニメ『ゴジラ S.P』【1】高橋敦史監督「意味のないシーンやセリフは一つもない」
第1回は、監督を務めた高橋敦史さんに本作の企画の経緯や制作時のエピソード、昨今の日本アニメ作品に対する考え方を聞きます。
【2】作家・円城塔「脚本を書き上げた今も、ゴジラとは何かを問い続けている」
【3】徹底的に“天才”を演じきる 声優・宮本侑芽、新しい役柄への挑戦」
【4】声優・石毛翔弥 旧作からの学びを糧に、新たな表現を紡いでいく
「ゴジラ」は自由度の高い不思議なコンテンツ
『ゴジラ S.P』の企画が走り出したのは今から2~3年前のこと。2016年公開の映画『シンゴジラ』の大ヒットを受け、今度はTVアニメでこれまでゴジラに触れてこなかった層を取り込むことを狙った。ただ、高橋さんがこの話を受けた際、2Dと3Dを活用したアニメーション制作であると決まっていたため“何となく”のアイデアは出ていたものの、企画自体ほぼゼロに近い状態だったという。
「ゴジラをTVアニメのフォーマットでつくってくれと言われました。アニメ制作会社に『ボンズ』と『オレンジ』を据えて手描き×3DCG・3Dでアニメをつくること、そして物語のアイデアが出ていたくらいで、とにかく新しいことをやりましょう!という感じでした。
それは『卵を使った美味しい料理を何でもいいからつくって!』と言われているようなもので。卵だけだとちょっと……せめて和食か洋食か教えてくれませんか?状態ですよ。ゴジラという素材を使っている以上、今まで誰も見たことのない作品をつくるのは無理なので、せめてオムライスに山椒(さんしょう)を乗っけてみましたレベルの新しさまではやろうと制作を進めました」
『シン・ゴジラ』のヒットはあれど新しさを追求するならば、同じような設定を組むわけにはいかない。また、ポリゴン・ピクチュアズ制作の劇場アニメ三部作『GODZILLA』との差別化を図る必要もあった。
歴代ゴジラシリーズでは、様々な物語が描かれ表現が試みられてきた。例えば、1954年公開の一作目『ゴジラ』や2016年公開の『シン・ゴジラ』は恐怖の象徴である一方、コミカルな表現が用いられた作品もある。1965年公開の『怪獣大戦争』では赤塚不二夫漫画作品『おそ松くん』中のギャグ「シェー」をゴジラが行い、1972年公開の『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』では吹き出しでゴジラが会話する。『ゴジラ対ガイガン』は正義の怪獣としてゴジラが描かれた。
「自由度の高い不思議なコンテンツだからこそ難しさはありました。ともすれば、何をしてもいいのではないかと」
ゴジラの振り幅の大きさが、SF作品に定評ある芥川賞作家・円城塔さんのシリーズ構成・脚本の起用につながった。2014年に放送されたTVアニメ『スペース☆ダンディ』11話で脚本を務めた円城さんと絵コンテを務めた高橋さんのタッグが6年越しに再び実現したのだ。
「円城さんの『スペース☆ダンディ』の脚本がとても面白かったんです。円城さんは当時アニメの脚本も初めてで、たしか最初はSF考証で入っていたと思います。お願いしたら書いてもらったという話でした。そんなこともあって、本作ではこちらから円城さんの参加をお願いできないかと提案させていただきました。そこから改めてストーリーを考えていくことに。円城さんはSFの方なのでSFを軸に行きましょうと固めていきました」
スタッフの集合知で完成した“新・ゴジラ”
SF以外でのアイデアはもう一つあった。それは「謎解き」の要素である。『ゴジラ S.P』の主人公・神野銘(カミノ・メイ)と有川ユンの二人は天才的な頭脳を持っていはいるが一般人だ。高橋さんがこれまで惹(ひ)かれてきたゴジラシリーズの主人公の多くは、怪獣という未知なる生物へ積極的に戦いを挑むタイプではなく、あくまでも厭戦的なタイプだった。そのため本作は、軍事力ではなく頭脳で謎を解き進めながらゴジラに立ち向かうキャラクターを主人公に据えている。高橋さんいわく「日本の有名な探偵キャラクター(たとえば明智小五郎や金田一耕助)対ゴジラをイメージしてほしい」とのこと。
「謎解き」にちなみ、作中には様々な数式や文字列が登場する。これはすべて円城さん監修だ。シーンごとに表示される数式にはすべてに意味が込められている。
「円城さんの得意な方に舵(かじ)を切っていきました。物語冒頭に古めかしい絵画が駅前に飾られているシーンが登場しますが、そこに描かれている人や文章、怪獣たちの名前の漢字にも円城さんのアイデアが込められています」
一方で円城さんのSFは難解だ。ゆえに映像化困難な点もあったという。そこで、円城さんの脚本をベースに高橋さんは“エンタメ”の要素を組み込んでいった。
「円城さんの文章はとても面白いのですが、とにかくセリフ量が多くどう映像化したものかと。多くの場合TVアニメは1話約20分で300カット弱、平均して1カットあたり6秒で構成されていますが、本作は10~20秒ずっとセリフのカットがザラにありました。それだと見ている側はつらくなります。そのため、アクションシーンを入れ、ロボットを入れ……とこちら側で足させていただきました」
高橋さんがエンタメ要素を組み込んだのには「見ていて飽きないものをつくりたい」という思いもあった。スタッフそれぞれの趣向で本作は描かれているのだ。
「過去のゴジラや東宝特撮作品に出てくる表現がここで使えるのではないか、という作業がとても多かったんですよ。だから、今回は、ちょっとしたセリフ、登場するロボットのデザイン、画面の奥に見えている看板やモブのおじいさんが、実は劇場版何作目のあのシーンのもの……というように、スタッフ一人ひとりのこだわりがたくさん詰まっています。であればそれを売りにしようと思いました。意味のないシーンやセリフは一つもありません。とても不思議なつくりになっています」
今できる自由度の高さで『ゴジラ S.P』を制作
『ゴジラ S.P』でこのような制作手法を用いたのには「昨今の日本アニメ制作のあり方を少し崩したい」という高橋さんなりの考えがあった。多くのアニメは、カット数、セリフの長さや言い回し、音楽をかけるタイミングなど、定型化したフォーマットの中で表現されている。
高橋さんは日仏共同制作アニメに監督として携わった経験がある。日本と比べるとフランスのアニメ制作は制約がほとんどないという。
「フランスでは作品に合ったシステムを一から考えて組むので、かなり自由度があります。本作でもその経験を生かし、手描き・3DCGどちらも活用したアニメーションや円城さんの脚本・スタッフの趣味趣向を取り入れるなど一定の自由度を持たせた作品がつくれたらいいなと考えながら制作しました」
「新しいものに目を向けていかないと滅んでしまうから」と高橋さんは言う。日本でつくられるアニメは現在、純国産の作品はほとんどなく、一部の工程を海外のアニメ制作会社に発注している。今以上に様々な文化圏の知識や技術が融合された作品が生まれていくことで、逆に日本のアニメの持続可能性を高められると高橋さんは期待している。
「フランスのアニメーターは日本のアニメが大好きです。日本アニメをリスペクトしていることが表現の中で分かる。ただ、それと同時にフランス文化圏の表現が融合されているんです。日本アニメの背景のようで、空気や光の感じが違う。誰が描いたのか問うと『代々画家の家の人だよ』と。さすが、画家という職業が成り立つ国ですよ。いろんな文化がハイブリッドになればなるほど、面白い作品や見たことのない表現が生まれるのではないかと思いました」
海外でのアニメ制作で経験を積んだ高橋さんが今後どのような作品づくりをしていくのか期待しつつ、現在できる限りの制作手法で完成された『ゴジラ S.P』を楽しみたい。
「『ゴジラ S.P』は、意味がよく分からなくても画をぼんやり眺めているだけで面白い作品になっています。ぜひ見てください(笑)」
(取材・文=阿部裕華 写真=かさこ)
プロフィール
高橋敦史(たかはし・あつし)
アニメーション監督、演出家。スタジオジブリ出身。2001年映画『千と千尋の神隠し』で監督助手を担当。その後、マッドハウスへ拠点を移し、現在はフリーランス。代表作に『RIDEBACK -ライドバック-』『Wakfu Episode BONUS 「Ogrest, la Légende」』『青の祓魔師 ―劇場版―』『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』など。
作品情報
『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』
<放送・配信情報>
2021年4月1日(木)~ テレビ放送開始
毎週木曜22:30 TOKYO MX、KBS京都、BS11 /24:00 サンテレビ
2021年3月25日(木)~ Netflixにて国内配信開始(毎週木曜1話ずつ先行配信)
<キャスト>
神野銘:宮本侑芽 有川ユン:石毛翔弥
加藤侍:木内太郎 大滝吾郎:高木渉 金原さとみ:竹内絢子
ペロ2:久野美咲 ユング:釘宮理恵
佐藤隼也:阿座上洋平 山本常友:浦山迅 鹿子行江:小岩井ことり
海建宏:鈴村健一 李桂英:幸田夏穂 マキタ・K・中川:手塚ヒロミチ
ベイラ・バーン(BB):置鮎龍太郎 リーナ・バーン:小野寺瑠奈
マイケル・スティーブン:三宅健太 ティルダ・ミラー:磯辺万沙子 松原美保:志村知幸
<スタッフ>
監督:高橋敦史
シリーズ構成・脚本:円城塔
キャラクターデザイン原案:加藤和恵
キャラクターデザイン:石野聡
怪獣デザイン:山森英司
コンセプトアート:金子雄司
CGディレクター:池内隆一・越田祐史・鈴木正史
VFXディレクター:山本健介
軍事考証:小柳啓伍
美術デザイン:平澤晃弘
デザインワークス:上津康義
美術監督:横松紀彦 色彩設計:佐々木梓
撮影監督:若林優 編集:松原理恵
音楽:沢田完 音響監督:若林和弘
アニメーション制作:ボンズ×オレンジ
製作:東宝
<主題歌>
OP:『in case…』BiSH(※「…」の正式表記はピリオド三つです)
ED:『青い』ポルカドットスティングレイ
(C)2020 TOHO CO., LTD.
TVアニメ『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』公式サイト
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