「誰もが抱える悩みや苦しみ。少しでも優しい気持ちに」映画『あのこは貴族』門脇麦×岨手由貴子監督インタビュー
生まれも育ちも東京のお嬢様と、地方出身の中流家庭に育った女子。出会うはずがなかった2人が1人の男性をきっかけに出会い、それぞれの人生を歩み出す映画『あのこは貴族』。山内マリコさんの同名小説を『グッド・ストライプス』の岨手由貴子(そでゆきこ)監督が映画化、主人公の榛原華子(はいばらはなこ)を演じているのが門脇麦さんだ。岨手監督にとって2作目の長編映画となる本作になぜこの物語を選んだか、そして門脇さんには自身が演じた華子という人物について話を聞いた。
「オリンピックを控えた東京の空気感を記録できるような映画を撮りたい」(岨手監督)
「東京は田舎者の集まり」と言われることもあるが、実際には東京生まれ・東京育ちの人も多く、その中には圧倒的な経済力を持った人もいる。以前から山内マリコさんのファンだったという岨手監督は、これまでの山内作品に多かった地方を舞台にした物語とクロスオーバーするように、東京の新たな一面を描いた原作に感銘を受けたことを明かす。
岨手 地方出身の人をはじめ多くの人が共感できる物語と、上流階級の世界や東京の構造論がハイブリッドに描いているところがとても面白かったんです。東京でオリンピックを控えているということもあり、その空気感を記録できるような映画を撮りたいと思いました。
映画化で最も気をつけていたことは、小説の中の登場人物を、感情を持った生身の人間にどう描いていくかだった。
岨手 演じがいがある人物でないと映像化する意義がないんです。役者が演じることで物語の厚みが増す、いかに役者が物語に影響を与えられるかが重要でした。主人公の華子は原作とそれほどキャラクターを変えていないのですが、内面を自分から話すことがないので、華子が何を考え、どう行動し、いつ決断するか。それをどのように映像化するかを、じっくり考えながら脚色しました。
「私も恵まれた環境で育ってきた。育った環境やまわりにいる人で、人は変わる」(門脇)
門脇さん演じる、主人公の華子は榛原家の三女。何不自由なく育てられた箱入り娘だったが、結婚目前に恋人に振られてしまう。30歳まであと少し、跡継ぎを連れてきて欲しい家族からのプレッシャーもあり、結婚への焦りを隠せない。門脇さんも東京生まれ東京育ち、どんな気持ちで華子を受け入れたのか。
門脇 私も華子のような境遇の人が身近にいて、また自分自身も恵まれた環境で育ちました。私の両親が「好きなように生きろ」というタイプだったので、そうならなかっただけなのですが、華子のようになった可能性もあるかもしれない。育った環境やまわりにいる人で、どんな人になるかは変わります。華子は、大人だけど何も自分で選択せず、失敗もしていない。だから、自分の人生がどこか他人事のようで責任感がないんです。そんな彼女がお見合いや結婚をし、様々な人と出会って、ぼやけていた自意識がやっと芽生えてくる物語だと思いました。
婚活を続けるも理想の結婚相手が見つからない華子だったが、高良健吾さん演じる弁護士の青木幸一郎と出会い、トントン拍子で結婚が決まっていく。経済的に何不自由なく育った2人の物語は、絵に描いたような完璧な結婚に見えるが、そこには予定調和ではない試みが生かされていた。
岨手 門脇さんとは、撮影にインする前と初日くらいにしか、華子について具体的な話をしていません。すごく信頼していましたし、言葉を重ねるよりも演じてもらいながら蓄積していくもののほうが大きいんじゃないかなと思いました。私にできることは、少しずつ積み重ねられた華子像や華子と幸一郎の関係を、脚本にとらわれ過ぎず演じてもらうことでした。それもあって、予定していた脚本と出来上がっていく華子像との間を埋めるために予定していなかったシーンを入れたり、脚本を直したりする“差し込み”を繰り返しました。
門脇 華子はつかみきれないというか、つかむところがない役なんです。一シーンごとに監督と探りながら見つけ、全部撮り終えた後に、「華子って、こういう子なんだ」と分かればいいと思い演じました。華子も幸一郎も、窮屈な者同士だったんですよね。家族や家柄、結婚をはるかに超えた大きなものを背負わされ、呪いをかけられ閉じ込められている。2人とも本音を隠して皮をかぶっている役柄のせいか、高良さんとは一緒にお芝居している感じが1ミリも感じられなかったんですよね。
岨手 印象的だったのは2人が最後に再会するシーンですね。脚本上では2人が戸惑っているイメージでしたが、テストでは2人ともめちゃくちゃ笑顔だったんです。
門脇 あのシーンは、私もしっかり覚えています。しがらみや先入観を抜きにして、やっと一個人として出会えた喜びというか。「共に乗り越えたよね」みたいな、旧友に会うような気持ちでした。やっと皮をかぶらずに対峙(たいじ)できるうれしさみたいなものも出ていて、それでラストシーンも変わったんですよね。そこはぜひ見てほしいですね。
「ラッシュを見て不安が消えた。俳優・門脇麦はすごいな、を実感」(岨手監督)
ある日、幸一郎のスマホに表示された“時岡美紀”という名前。それが水原希子さん演じる、富山出身のごく普通の家庭に育った美紀だった。美紀は苦学生で、父親の失業により水商売で学費を稼ごうとするが、あえなく大学を中退。今は会社員として働き、大学の同期生だった幸一郎と度々会う関係に。華子とは対照的な美紀の世界は「描きやすかったからこそ不安が多かった」と監督は振り返る。
岨手 水原さんは門脇さんとは違うタイプの俳優さんなので、演出方法も違っていました。映画とは関係ないプライベートの話や世間話をしながら、美紀を探っていく感じでしたね。美紀パートが描きやすい分不安だったのは、メインである華子パートが物語として成立するかという点でした。華子も幸一郎も、本音や感情を表に出さないし、そもそも感情移入がしづらい。だけど華子パートが面白くないと映画として成り立たないので「ここが勝負だよね」とプロデューサーとも話していました。でも、撮影後に粗くつないだラッシュを見ると、華子パートがちゃんと物語の軸になっていたんです。積み重ねてきた華子のグラデーションが重みになり、ラストにつながっていたし、華子が実在感をもってそこにいました。その時に改めて、俳優・門脇麦はすごいな、と思いました。
門脇 とてもうれしいです。私は『グッド・ストライプス』が大好きで、ご一緒できるのがすごく楽しみでした。多分監督的には、美紀パートを描くほうが得意だろうなとなんとなく分かっていました。華子を演じるにあたり、キャラクターの幅はあまり決めずにやっていましたが、一つルールがあるとするなら、自我を何パーセント出すか、度合いを計算してやっていましたね。
華子の友達、逸子を演じるのが石橋静河さん。世界を行き来するバイオリニストで、保守的な華子にアドバイスをくれる自立した女性だ。美紀の友人、平田を演じるのが山下リオさん。同郷出身で同じ大学に進学した同級生だが、Uターンし地元の企業で働いている。門脇さんと石橋さん、水原さんと山下さん、その2組をつなぐ高良さん。この5人のキャスティングも奇跡的だったという。
岨手 ロッテルダム国際映画祭のインタビューでも「役者がすごく良かった!」と褒められました。華子には、脚本の段階から門脇さんしか考えられませんでした。水原さんと山下さんは、以前に別の作品で共演していて、本当に平田と美紀のように久しぶりに再会したみたいで。「監督、ミラクルキャスティングだよ!」と盛り上がっていました。
門脇 私と(石橋)静河ちゃんは東京出身で留学もしていて、バレエもお互いにやっていて。ちょっと似ているんですよね。高良さんは、希子ちゃんといる時にとても楽しそうだったじゃないですか? 美紀パートのほうにノリが合っていて輝いていたのが、ちょっと気になりました(笑)。
岨手 高良さんと水原さんは、『ノルウェイの森』での共演もあって、現場でも仲が良さそうでした。高良さんが「美紀といる幸一郎は楽しそうなんだよね」って、わざわざ門脇さんに言っていて。「幸一郎、そういうとこやで……」と思いつつ(笑)、天然なところが愛される幸一郎になった一因だと思うんですよね。
「みんな悩みや苦しみを抱えている。人生賛歌の映画」(門脇)
華子と美紀、交わることのなかったはずの2人が出会い、物語は思いも寄らない展開へ進んでいく。東京を舞台にしたこの物語には、富の格差、東京の社会的構造、女性蔑視、分断など、社会批判的なメッセージも盛り込まれている。しかし最も感じて欲しい部分は「別にある」と声をそろえる。
門脇 華子と美紀、一生交わらないかもしれない2人が出会って、人生を前向きに捉えられるような言葉を掛け合ったり、自分らしくいられる時間だったりを共有します。華子は美紀に憧れているし、美紀は華子の置かれた環境を羨(うらや)ましいとも思っている。人は、隣にいる人がつい羨ましく感じてしまうけれど、実はみんな同じような悩みやそれぞれの生きる苦しさを抱えています。この映画は、全ての人に向けた人生賛歌だと思うんです。見てくれた人が、少しでも優しい気持ちになってくれたらうれしいですね。
岨手 例えば女性が、すごく不本意な扱いを受けた時に「これはおかしい」と声を上げるための映画ではなく、「傷ついた」と自分の心を認められる映画になっていると思うんです。誰かと別れるのは悲しいし、誰かに認められないと悲しい。でも、優しい言葉をかけられればうれしい。人と人が触れ合った時の当たり前の感情をすくい取っている映画です。社会派とかガールズムービーとか構えずに見て、楽しんでもらえたらと思います。
(文・武田由紀子/写真・花田龍之介)
『あのこは貴族』作品情報
キャスト:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ
監督・脚本:岨手由貴子
原作:山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
(c)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
2021年2月26日(金)全国公開
公式サイト:anokohakizoku-movie.com
公式Twitter:@aristocrats0226
公式Instagram:@aristocrats0226