不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏) | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
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不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

 

コロナ危機のなかで苦境に立たされた文化芸術関係者。アート業界でも施設の営業縮小が広がり、少なくないアーティストが作品発表や販売の機会を奪われた。今年に入って再び美術館の休館が相次ぐなど、その流れは今も続く。

美術館やギャラリーに足を運び、アート作品を鑑賞する――そんな日常は姿を消し、業界全体で変革を迫られたこの1年。オンラインに活路を見いだし、国内外で様々な取り組みが進められてきた。それによって生まれたアートの世界のニューノーマルとはどんなものだったのだろうか。

現代美術家・伊藤知宏さんがアーティスト目線でニューヨーク(NY)の街の魅力をつづる当連載。今回はウェブ版「美術手帖」編集長の橋爪勇介さんをゲストに招き、コロナ危機以降の現代アートに関する出来事で、とりわけ印象に残るトピックについて語り合ってもらった。

 

プロフィール

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

橋爪勇介(はしづめ・ゆうすけ)
ウェブ版「美術手帖」編集長。1983年三重県出身。立命館大学国際関係学部卒業。美術年鑑社『新美術新聞』記者を経て、2016年より株式会社美術出版社。2017年にウェブ版「美術手帖」を立ち上げ後、副編集長を経て2019年より現職

 

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

伊藤知宏(いとう・ちひろ)
画家、メディア・アーティスト。東京都出身、武蔵野美術大学卒業。文化庁新進芸術家海外研修制度研修員、欧州文化首都招待芸術家などを経て、NY在住。近年は花、野菜、音を詩的に描くことに挑戦したり、短編実験映像を制作したりしている

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既存の資産で「新しい見せ方」を 編集力が問われる美術館

橋爪 コロナが日本に押し寄せてきたときのことは今もよく覚えています。世界最大規模のアートフェア「アート・バーゼル香港」が中止になるというニュースが2月初旬に入ってきて、私は対岸の火事のように見ていたのですが、2月下旬に京都のアサヒビール大山崎山荘美術館や、三鷹の森ジブリ美術館が臨時休館をはじめた。それから2月27日に東京国立博物館が閉まり、やがて日本では開いている美術館がほとんどなくなってしまいました。

伊藤 そんななかで3月に江戸東京博物館の特別展『江戸ものづくり列伝』の解説付き映像をニコニコ動画で生配信していたのが記憶に残っています。ニコニコでは数年前から、全国の美術館の展示会場内を専門家らの解説付きで配信する「ニコニコ美術館」という生放送番組を不定期でやっていました。その枠組みを生かして、臨時休館する美術館などに「展示をネットで配信しないか」と呼びかけ、博物館などがそれに応じた。ネット番組の動きの早さには驚かされましたね。

橋爪 そこから1カ月、2カ月ともなると他の美術館やギャラリーも「自分たちができることは何か」を模索しはじめるようになって、動画サイトに限らずSNSやVRなどさまざまなメディアで作品をオンライン公開するようになりましたね。国立科学博物館(『おうちで体験!かはくVR』)や森美術館(『未来と芸術展』)をはじめ、小さなギャラリーでも積極的にVRを活用したところがありました。

伊藤 その辺はアメリカも同じで、たとえば以前この連載でも取り上げたピッツバーグの著名な美術館「マットレスファクトリー」が、3月からYouTubeでミュージアムツアーを公開しました。アーティストの展示室に入り、様々な作品を数分かけてゆっくり見て回るもので、草間彌生さんの新しい展示室などを紹介していました。こうしたVR風の展示は、夏にかけてどんどん増えていった印象です。

橋爪 緊急事態宣言が解除されたのち、多くの美術館が入場者数を制限し、事前予約制を導入したことも、コロナで大きく変わった出来事のひとつですよね。施設側としては入場料収入が格段に落ちたため、クラウドファンディングで支援を募ったりして、急場をしのぐところもありましたが、とにもかくにも根本的にビジネスモデルを見直さなければならなくなってしまった。

たとえば海外の有名作品を取り寄せて行う大規模展は、高額の輸送費や保険料を数十万人の観客を動員してペイするビジネスモデルと言われますが、以前のように来場者がすし詰めになって作品を見るという状況は、当分はあり得ない。それゆえ、美術館はこれまで蓄積してきたコレクションや常設展をどう活用するかが重要になってきていて、これまで以上に館の活動内容や実力が問われています。来場者数の減少を穴埋めするべく入場料を値上げし、さらには入場料やグッズ販売などとは別の収入源も確立していかなければならないわけで、それを今ある資産やこれまでの知見を生かしてどう実現するのかと。

伊藤 NYだと、たとえばメトロポリタン美術館が、最大40人まで参加可能で日本語を含む4カ国語に対応したオンラインツアーを行っています。海外からも集客力がある美術館だから成立する部分は否めませんが、これも一つのマネタイズのかたちでしょう。

映像の有料配信もそれなりに広がっています。マンハッタンにある実験映像中心の私営文化施設「アンソロジー・フィルム・アーカイブス」では、動画共有サイト『Vimeo』を通じて、2019年に亡くなった映像作家ジョナス・メカスさんの未公開映像や同施設の劇場で新規上映を予定していた作品などを期間限定で有料配信し始めました。

また、コロナの影響で閉館することになった劇場などで、作品をオンライン上で無料公開し、寄付を募る投げ銭方式を採用している場合もあります。

橋爪 アメリカにはチップやドネーション(寄付)文化がありますからね。

伊藤 はい。寄付形式には最初は戸惑ったのですが、試しにドネートしてみたら、館長からお礼のメールが届いたことも何度かあり、人助けをしたような不思議な気分が味わえました。日本はいかがですか?

橋爪 日本だと森美術館が昨秋始めた「MAMデジタル・プレミアム」が注目の取り組みですよね。アーティストトークなどの映像を500円で72時間レンタルするサービスで、もともと同館がYouTubeで無料公開していた動画に、資料画像を加えるなど付加価値をつけて有料で提供しています。この試みが成功するかどうかはまだわかりませんが、会場まで行きたくても行けない人もいますし、そうした状況はこの先しばらく続くでしょう。なので、リアルでの展示やイベントができなくなった分をデジタル配信サービスで補完する、そんなハイブリッドな取り組みはこの先さらに増えていくのではないかと思います。

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

「MAMデジタル・プレミアム」での奈良美智氏のアーティストトークの模様/画像提供:森美術館

なぜアーティストは日本よりアメリカに希望を持つのか

橋爪 コロナ禍では、施設側だけでなく、アーティストも大きな変化を迫られました。ギャラリーやミュージアムなどの実空間が閉ざされたことで、世界中のアーティストが発表の機会を失った。当然、収入も途絶えてしまう。そうした状況下でフランス、ドイツ、アメリカなどは早い段階から国としてアーティスト支援を打ち出しましたが、日本はそうはいかなかった。社会的にも「アート=不要不急のジャンル」という空気があったように思います。それは現代を生きるアーティストへの評価の低さを感じさせるものでした。

伊藤 日本で大規模な客数を動員する展覧会といえば、仏像はじめ日本の歴史的な遺産に関するものやすでに亡くなった著名な画家のものが多い。多くの人にとってアートは「今のもの」じゃないですよね。

橋爪 でも、このコロナ禍において重要なのは今生きているアーティストたちをどう支援するかですよね。そういう意味では日本の特殊な事情が浮き彫りになった年でもあったのかなと思います。

伊藤 アートの社会での位置づけを考えると、僕は日本よりアメリカのほうに希望を持ってしまうところはあります。アメリカには日本に比べてアートを購入する文化が広く根づいていて、ぼくの小さな作品でもオンライン経由で気軽に「買いたい」と言ってくれる方がいます。実際ちょくちょく売れます。しかも日本の相場の倍くらいで。もともと多民族国家で多様性を尊重する考え方もありつつ差別もあるので、自分たちのコミュニティーを守るため、仲間内のアーティストの作品を買って生活を支え合う文化があります。このへんは、日本で活動するよりアメリカに希望を見いだしてしまう理由のひとつです。

橋爪 正直、日本にはそういった身近さがあるとは言えないですよね。一昨年の「あいちトリエンナーレ2019」では、現代アートが少なくない日本人にあまり親しみを持たれていないことが顕在化しました。現代アートは社会的なメッセージを持つ存在、という肯定的なものではなく、どこかけしからんものとして受け止められた節があった。買う、買わない以前の問題ですね。

伊藤 アメリカではアートと社会は密接に結びついています。世界中が注目した「BLM」(ブラック・ライヴズ・マター)では、アーティストやデザイナーらがデモ用の画像を作成し、プラカードなどのアイテムにあしらうフリー素材として提供するなど、さまざまなかたちでアーティストが抗議運動を支援しました。

そしてもう一つ、アートが社会と分かちがたく結びついていることを象徴していると感じたのが、昨年8月にメトロポリタン美術館で展示されたオノ・ヨーコさんの新作です。

橋爪 NYのメトロポリタン美術館で発表されたものですよね。正面入り口に掲げられる展覧会の横断幕をアートに置き換えた作品で、掲げられた二つの幕にはそれぞれ「DREAM」「TOGETHER」と書かれている。

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

Yoko Ono (b. 1933, Japan), DREAM TOGETHER, 2020, installed at The Metropolitan Museum of Art © Yoko Ono. Image credit: The Metropolitan Museum of Art, Photo by Anna-Marie Kellen

伊藤 オノ・ヨーコさんって僕らの世代のアーティストからしてみれば、伝説的な存在ですよ。彼女を一躍有名にした1964年の《カット・ピース》というパフォーマンスは、ステージ上にオノさんが座り、観客が順番に壇上に上がって彼女の衣服にはさみを入れていく奇妙で危険なもの。「無名の東洋人」「若い女性アーティスト」という社会的弱者であった彼女が、まな板の上のコイのごとく人々に切られる(殺される)ことで、そのとき抱いていた心的な苦痛から解放されることを狙ったものです。そのインパクトは尋常ではありませんでした。その後のベトナム戦争への反戦メッセージもしかり、彼女は時には過激に、時に斬新なかたちで、社会に一石を投じています。

そんなオノさんがこのコロナ禍で「危機を乗り越えるために、世界が一緒になって、新しい夢を見て、現実を変えていこう」というメッセージを発した。その舞台となったのがメトロポリタン美術館。世界最大級の規模を誇り、アートの世界で権威の象徴でもあるため、一般の感覚からすると少し距離を感じる美術館ですが、あえて作品を屋外に置くことで誰もが見えるようにした。このやり方は本当に素晴らしいと思いました。

橋爪 あの作品はオノさんならではのアプローチですよね。世界的に知られるアーティストのダミアン・ハーストやKAWSらがチャリティーセールを実施して収益を慈善団体に寄付するなど、他にもアーティストが社会に勇気を与える行動がコロナ禍では目立ちました。

またそれと同時に、誰もがステイホームを強いられるという制約がアーティストの創作や発表スタイルに変化を与えましたね。個人的には、アーティストの布施琳太郎と詩人の水沢なおが、「隔離式濃厚接触室」と題して、一人ずつしかアクセスすることのできないウェブページを公開したのが印象的でした。布施さんは展覧会の価値を「体験」に見いだし、それが奪われるオンラインビューイングやバーチャルツアーなどは疑問視していた。それで、“オンラインなのに入れるのは一人だけ”という「新しい体験」を提示した。まさにコロナの影響を受けた作品だと思います。

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

「隔離式濃厚接触室」Webページ、2020 写真:竹久直樹

不本意な「不要不急」のレッテル もがき続けたアート関係者の1年 (橋爪勇介×伊藤知宏)

「隔離式濃厚接触室」Webページ、2020 写真:竹久直樹

伊藤 今はどのアーティストもそういう新しいスタイルを模索していますよね。ただ、一つ言いたいことがあって、オンラインでのアート表現というのは、コロナ禍で突然生まれたわけではなく、以前から行われてきたことの地続きだと思います。ワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)のインターネットが一般化する1990年代初頭よりも前からデジタル・アートの試みは始まっています。通信技術の革新とともに広がり続けたそうした表現が、コロナ時代に入って急速に膨張した。アートという太い木から枝分かれしたジャンルに実がなったような状態といえる気がします。そしてそれは、この先どんどん成熟していくのかもしれません。

橋爪 これから新しい試みが出てくるかもしれないと思うと、それはそれで楽しみですね。ただ、そうなるにはアーティストが継続して活動するための社会的な支援が不可欠でしょう。

先に触れたオンライン公開も有料コンテンツ販売もそうですが、2021年は今まで遅れていた日本美術業界のデジタルトランスフォーメーション(デジタル活用によるビジネスモデルや業務内容の変革)元年になると思います。その発展に大いに期待していますし、その分野への助成も積極的にしてもらいたいですね。

伊藤 今年以降のことで言えば、僕自身は引き続き目の前のことに向き合い精進していくしかありませんが、映像作家としては一つ思うことがあります。いずれコロナ前の日常自体が作品になっていく気がするのです。今は誰もがスマートフォンを持っているじゃないですか。コロナが収束した後、人々がコロナ前に撮影していた写真や映像が集約され、ビフォー・コロナを映し出すアーカイブ施設ができるのではないかと思っています。最近、ステイホームで映画を見る機会が増えたんですけど、すでに懐かしい感じがするんですよ。マスクもせずにみんなで集まって。

橋爪 ああ、その感覚、すごくわかります。

伊藤 アクリル板もソーシャルディスタンスもなく、みんなでワイワイ話している映像とか、今見るとドキッとしますよね。そんな感覚は、当然コロナ前にはありませんでした。その意味で、この先、創作環境の制約を乗り越えた新しい作品だけでなく、「過去に普通に存在したものに新しさを見いだす作品」も生まれてくるのではないかと思っています。

(構成=&編集部 下元陽 トップ画像=伊藤知宏)

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