中条あやみさん「挑戦してできること、できないことを知り、経験を糧にしたい」
カヌーに乗って空を飛べるんだ!
映画「水上のフライト」で、カヌーを湖上で漕(こ)ぐ中条あやみさんのあるシーンを見た時、そう思ってしまった。光と水と静寂がまるで溶け合っているかのように美しい。そう思ったのは、カヌーを漕ぐ中条さんの姿があまりに滑らかに見えたからだろう。
一体、どうやって撮ったのか。CG? 失礼ながらご本人に尋ねてみると、本当に漕いでいると言うから驚いた。だが、中条さんは、「カヌーの経験がなかったので、このお話をいただいた時に『自分にできる気がしないです』と伝えました。カヌーだけではなく、主人公の遥は精神的にもすごく難しい役だと思い、本当に自分ができるかなぁと考えたんです。でも、遥を演じることで私も遥と一緒に成長していける。2人で成長していけばいいんだ!と思って挑戦することにしました」
上達しない自分が悔しい……
中条さん演じる遥は、体育大学で走り高跳びの選手としてオリンピックも射程に入る有望選手。絶対的な自信を持つ勝ち気な彼女は、記者からも注目されていた。ところがある日、練習の帰り道に不慮の事故に遭い、命は助かったものの走り高跳びはおろか二度と歩くこともできなくなってしまう。将来の夢を絶たれ次第に塞ぎ込んでいく彼女の希望となるのが幼い頃に習っていたカヌーだ。
「遥は挫折してすべてを失ってパラカヌーという新たな夢に出会いました。そこからまた負けたくないという気持ちが芽生えて……。私自身も結構負けず嫌いなので上達しない自分が悔しくて、練習は必死にしました」
カヌーの練習は大学内のプールで水の中に落ちることから始まった。水泳は得意だから恐れはなかった。幅の広いレジャー用カヌーを操れるようになると、いよいよ人1人がぴったり収まる、初心者にはバランスを取るのさえ難しい競技用カヌーの練習だ。
「タッタッタとメトロノームのように音を発する機械があって、そのリズムのスピードに合わせてカヌーを漕いでいくんです。目標のスピードは、お先真っ暗なくらい速かった。川に入るまでその音を聴き、川に入ってからもボートにその機械をくっつけながら、音を聴いて漕いでいく。あとは動画を撮ってフォームを確認し、腕の動きをチェックしながら練習をしていました」
初めてにもかかわらず、川に入ってからの上達が早かったという。
「(練習もそこそこに)撮影が始まってしまったので、私が川に落ちてしまうと乾かす時間がかかります。そこから撮り直しをしなければならない。そんなことをしていたら撮影時間がどんどんずれて日が暮れてしまう。そう考えたら、水の中に落ちられない状況になってきて。急に上達が早くなっていきました(笑)」
挫折をどう乗り越えるか
練習は厳しくも楽しかったらしい。今回遥を演じて気づいたことがあった。
「『好きこそものの上手なれ』ということわざを実感しました。私はカヌーが上手になるから好きになるのではなく、川に出て風にあたって、みんなと漕ぐのが楽しいと思ってから上達するのがすごく早かった。好きになると上達するのも早いんだなってわかりました。これからいろんなことに挑戦していく上で、すごく大切なことだと思います」
もっとも肉体的に厳しかったのは、カヌーの特訓だけではない。筋トレもかなりハードだったらしい。筋トレシーンは、「遥が真剣にカヌーという競技に向かっていくという大事なシーンだったので、私も熱い気持ちが込み上げてきちゃって、カットかかった瞬間に号泣したことを覚えています」と話すほどだ。
普段からパーソナルジムへ通っている中条さんだが、撮影前は腰やヒップを鍛えるトレーニングが中心。それが全部カヌーを漕ぐためのトレーニングに変わった。
「カヌーでは背筋が大事なのでそこを重点的に鍛えたり、上腕二頭筋の筋肉をつけたり、プロテインを飲んだりして本当にアスリートみたいな生活をしていました」
これまで一番ハードな撮影はチアダンスをモチーフにした映画「チア☆ダン」だと言う。だが、本作もそれに負けず劣らずのハードさだった。
「今回は遥がすべてを失って立ち直るまでは本当にハードな精神状態でした。遥の気持ちを理解しようと思った時に、私も俳優の仕事ができなくなったらと考えると、すごく苦しかったです」
本作は「挫折をどう乗り越えるか」が鍵。CM、ドラマ、映画と幅広く活躍する中条さんとは無縁のように思えるが、挫折経験を尋ねると、間髪を容(い)れずに「ありました」と意外な答えが返ってきた。
「10代の頃は、いろんなオーディションを受けてはことごとく落とされていたんです。もうこの仕事やめようかな、向いていないのかなという挫折の繰り返しでした。そんな時に飲料メーカーのオーディションがありました。内容は今回のような走り幅跳びと、ハードルを超えること。そして、歌を歌うことでした。もちろん受かりたい。でも、もしこれで落ちたら本当にこの仕事を考え直そうかな。そう思って受けたこのオーディションに受かって、CMに起用されたのが18歳の時でした」
初出演ドラマ「黒の女教師」(TBS系)では右も左もわからず周囲に助けてもらい、気づいたらお芝居の世界にいた感覚だと言う。だが、そんな彼女にも「プロ意識を持って俳優を続けよう」と転機となる作品があった。広瀬すずさんをはじめ同年代の俳優たちと共演した「チア☆ダン」だ。
「広瀬さんに関しては私より年下なんですけど、主演としてみんなを引っ張り現場に立っている姿を見て、プロだなと思いました。私はそれまでは部活のような感覚でお仕事をしていたので、そこからきちんとプロとしてお仕事としていきたいという気持ちが芽生えていきました」
本作でまた挑戦することの楽しさを知った中条さんは、「これからもいろんなことにチャレンジしてできること、できないことを知り、できないことも糧にしたい。最近は、姪(めい)っ子たちの姿を見て若いお母さん役にも関心がでてきました」と話す。そして、今回の映画でカヌーの技術を習得しただけにちょっとした夢ができたとも。
「(オリンピック銀メダリストの)羽根田卓也さんはファッションショーでお見かけしたり、私がアシスタントをしていた『アナザースカイ』にゲストで来てくださったりしたこともあるので面識があります。今回習得したカヌー技術で、羽根田さんとカヌー対決をしてみたいと密(ひそ)かに思っています(笑)」
(文 坂口さゆり/写真 岸本 絢)
中条あやみ
俳優。1997年2月、大阪府出身。2011年からモデルとして活動をスタート。17年から女性ファッション誌「CanCam」の専属モデルを務め、若い女性を中心に圧倒的な支持を受ける。14年「劇場版 零~ゼロ~」で映画初出演にして初主演。17年、「セトウツミ」で第71回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞、18年「チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~」で、第41回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。その他の出演作に、「ライチ☆光クラブ」(16年)、「覆面系ノイズ」(17年)、「3D彼女 リアルガール」(18年)、「雪の華」(19年)など多数。
映画「水上のフライト」
交通事故に遭い2度と歩けなくなったヒロインがパラカヌーと出会い、新たな道を切り開くヒューマンドラマ。脚本家の土橋章宏が、実在するパラカヌー日本代表選手との交流を通じ、作り上げたオリジナルストーリー。
体育大学に通う遥(中条あやみ)は走り高跳びで世界を目指し、有望スポーツ選手として活躍していた。ところがある日、不慮の事故で下半身不随となり2度と歩けない体になってしまう。母郁子(大塚寧々)の心配をよそに、将来の夢を絶たれた遥は心を閉ざして自暴自棄になっていく。そんな彼女の家に、亡くなった父の友人宮本(小澤征悦)がやって来て、幼い頃に習っていたカヌーに誘われる……。
監督:兼重淳
出演:中条あやみ 杉野遥亮 高月彩良 冨手麻妙 高村佳偉人 平澤宏々路 大塚寧々 小澤征悦ほか。
11月13日から全国公開
(c)2020映画「水上のフライト」製作委員会
https://suijo-movie.jp/