美村里江さん「幸も不幸も決めるのは自分自身。あの時、嘘をつかなくてよかった」
「役作りを一つの冒険として考えると、わからないと思うことが多いキャラクターほど楽しいんです」
そう笑顔で話してくれたのは、俳優の美村里江さんだ。映画「空に住む」では、何不自由ない暮らしを送る明日子を演じた。
映画は、突然両親を交通事故で亡くしたものの泣けないまま日々を過ごす主人公・直実(多部未華子)が、再び自分自身の人生を歩み出すまでを描く。
同時に、直実の後輩で、不倫相手の子を妊娠しながら結婚式を迎えようとしている愛子(岸井ゆきの)、美村さんが演じる優雅な生活を送る専業主婦・明日子という3人の女性たちを通して、心にモヤモヤを抱えながら今を生きる現代女性のリアルな姿を映し出す。
三人三様の女性たちだが、美村さんが演じる明日子はなかなかの曲者だ。
明日子は主人公・直実の叔母。ひとりぼっちになった直実は、叔父が投資用として持つタワーマンションの一室を提供されて住み始める。
同じタワーマンションに住む夫妻は何かと直実を気に掛け、明日子は食事を持って行ったり、直実に料理を教わろうとしたり。誰もがうらやむセレブ生活を送るも、空虚感を抱いている明日子は、自分が持て余すパワーを直実へと向けるようになっていく。次第に明日子のおせっかいは度を越して、ついには直実が不在の間に部屋へ入って帰りを待つほどに……。
自分は本当に幸せ者です
「青山真治監督と最初に盛り上がった会話は、『明日子は困った人だよね』でした(笑)。明日子は自分のしていることを本当に親切だと思っているんです。だから厄介。親切の押し売りが過ぎますよね」
美村さんは、そんな明日子の困ったところは困ったまま、自分がわからないところは彼女が何を考えているのかなと思いながら演じたと言う。
「その方が明日子の心のガサガサした滑らかではない、澱(おり)の部分が見えるのではないかと思いました。そう、直実の動きを見て彼女の感情を逆撫(さかな)ですることを意識しました。見てくださるみなさんに『うざったいな』と思ってもらえれば、大成功です」
幸(こう)も不幸も決めるのは自分自身――。そう考える美村さんにとって、「自分が恵まれている」ということに気づけない明日子はわからないことが多かった。だが、明日子のように「この人、困った人だな」といった役を演じることは楽しかったらしい。
「キャラクターを深掘りしていくと山あり谷ありで、さらにこの人物にはもっと裏があったと気づくこともあります。何より『この人は何を考えているんだろう』と考えることが面白くて。キャラクターをより理解しようという姿勢になるからでしょうね。私は自分と近い役の方が気をつけないと浅い表現になってしまう気がします」
今を生きる女性たちの生きづらさを描いた本作だが、美村さん自身はキャリアの中で生きづらさを感じたことはないのだろうか。
「私は恵まれてきたとしか感じていないんです。新型コロナウイルスの自粛期間に入った時も、今までできていたことができなくなるという事態がバタバタと続きました。撮影が止まり、先々まで決まっていた仕事も飛びました。でも、その時に『今まで幸せだったんだなぁ』とすごく感じて、なんだかうれしくなってしまった」
「今まで恵まれていたことがはっきり見えて、自分は本当に幸せ者だと思ったんです。これから先、例えば役者をやめなければならなくなったとしても、どうなってもがんばろうと思えました。わりと能天気な性格をしていると思います(笑)」
あのとき思い切って休んで良かった
もっとも、そう思うようになれたきっかけがあった。
美村さんは2003年、ドラマ「ビギナー」(フジ系)のオーディションで1万人の中から選ばれて主演デビュー。その後、いくつもの作品で主演を務め、順風満帆に俳優としての道を歩んでいた。ところが、2006年から2年間の休業に入る。周囲の思惑とは裏腹に、美村さんの中では次第に主演を張ることがプレッシャーとなり、「辞めたい」という思いが募っていったと言う。
「自分に嘘(うそ)をつけませんでした。『今の立場は分不相応かも』と。もっと向いている人がたくさんいるのを見て、『私は脇役で光っている先輩のようになりたい』と思ったんです。難しい道だとしても、そちらへ行きたい。その思いを事務所に伝え、きちんと話し合って現実にできた」
「新型コロナウイルスの自粛期間に立ち止まって改めて思ったことは、『あのとき思い切って休んで良かった』ということでした。自分の気持ちに嘘をついて、そのまま役者を続けていたら、人に当たってしまったり、不幸せだと思ったりしていたかもしれません。周りに思いを説明するのは難しかったですが、言えたから今があるのかなって思っています」
役者は人を演じるのが仕事。だから人から離れてはいけない
復帰後は「光る脇役」を目指して役者道を邁進(まいしん)する。美村さんが役者として大切にしているのは、「人を演じる仕事なのだから人から離れてはいけない」ということだ。
「人の生活や世の中のこと、今がどういう時代なのか、ということを、自分のどこかに入れておかないと、演技ができなくなってしまうと思うんです。だから普段から外に出て人間観察しようと心がけているので、用がなくても街をウロウロしています(笑)」
実は、明日子も実際に見かけた女性が生かされていると言う。その人はオープンカフェですごくおいしそうなランチプレートを前に、無の表情で写真を撮り、加工して、スマホを投げ置き、美しいランチプレートをあえてそうしているのかと思うほどぐしゃぐしゃにし、半分以上残して店を出て行った。
「思わず彼女を見続けてしまいました。彼女の心に何があるのか気になって。人間のふとした瞬間を見て、誰にもわからない心のうちを感じてストックしておく必要が役者にはあると思います。自分だけの殻に籠(こ)もって、それを忘れてはいけないと思っています」
あまり手間のかからない人間でいることで心を穏やかに
自粛期間は外では人間観察が思うようにできなかったが、その分、インターネットとSNSで人間観察をしたそうだ。一体どんなふうに?
「例えばこれは自粛期間前ですが、明日子の場合は、彼女に似た感じの人のインスタグラムを探しました。この人がどういう生活をしている人なのか、どういうところで気分が変わってしまう人なのか、感情を表に出さないのかとか。ブログですごく絵文字を入れそうだなとか(笑)。インターネット上でも人間観察はいっぱいできますよ」
普段から「暇さえあれば、役について勉強の時間や役作りの時間をたくさん作りたい」と言う。そのために「その他であまり手間のかからない人間でいる」ことを心がけている。例えば、悩みができれば、解決方法をAプラン、Bプラン、Cプランと用意して、「ジタバタする時間をコンパクトにする」のだとか。
「そうするようになって、安心して勉強の時間や役のことについて修練する時間を確保できるようになりました。だから、20代より30代になってから仕事が楽しくなりましたね」
笑顔で語り続けた美村さんは、つくづく演技が好きなんだなと思う。彼女の演技を見て、話を聞いて、改めて「光る脇役」について考えさせられた。
みなさんも自分に嘘をつかない選択をしてほしい――。自身の経験に裏打ちされたその言葉が説得力をもって響いた。
(一部敬称略)
(文・坂口さゆり インタビュー撮影・植田真紗美)
◇
美村里江(みむら・りえ)俳優
1984年6月15日、埼玉県生まれ。2003年、ドラマ「ビギナー」(フジ系)の主演で「ミムラ」としてデビュー。以来、05年、ドラマ「いま、会いにゆきます」(TBS系)、映画「着信アリ2」「この胸いっぱいの愛を」に主演。その他ドラマ出演作に、NHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」(12年)、NHK大河ドラマ「西郷どん」(18年)など。映画出演作に「落語娘」(07年)、「天国からのエール」(11年)、「カノン」(16年)、「パラレルワールド・ラブストーリー」(19年)など多数。書評やエッセーなどの執筆活動も評価され、複数誌で連載を持つなど幅広く活躍。18年に現在の芸名に改名した。
ヘアメイク:小森真樹(337inc.)Maki Komori
スタイリスト:小倉由香(コミューン)
「空に住む」
郊外の小さな出版社に勤める28歳の直実(多部未華子)は、両親を突然交通事故で亡くした事実を受け止められないまま、叔父の雅博(鶴見辰吾)が用意してくれた都会のタワーマンションに愛猫と一緒に移り住む。まるで空に住んでいるかのような部屋から外を見下ろすと、そこにはスター俳優、時戸森則(岩田剛典)がモデルになっているビルボードが。ある日、直実はその時戸と同じエレベーターに乗り合わせる。実は彼も同じマンションの住人で、時戸にオムライスを作ったことがきっかけで彼との交流が始まるのだが……。
10月23日(金)公開
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典、鶴見辰吾、岩下尚史、高橋洋、大森南朋、永瀬正敏、柄本明
監督・脚本:青山真治
脚本:池田千尋
原作:小竹正人『空に住む』(講談社)
(c)2020 HIGH BROW CINEMA
https://soranisumu.jp/