UAさん「ハラリ氏のベストセラーが教えてくれること」
「eatrip」を主宰する料理人の野村友里さんと、現在カナダの島で暮らす歌手UAさんの往復書簡「暮らしの音」。コロナによって、様々な常識が見直されている昨今。これからの暮らしや世の中を、どうやって想像しよう? そうつづる野村さんの手紙から、今回UAさんが考えたのは――。
野村友里さんのお手紙「東京という街に、これからも住み続けたい?」から続く
友里ちゃん
ご存じのとおり、今、東京。2週間の自粛を終え、おかげさまですっかり充電して、新曲をたくさん録音しているところ! そういえばね、入国の際、羽田空港でPCR検査を受けたんだけど、笑っちゃうのよ。検査に必要な唾液(だえき)を、中さじくらいだったかな、ちょっと頑張らないとたまらない量が必要でね。一人ひとりブースに分かれて作業するのだけど、その目の前には、おいしそ~な梅干しとレモンの写真。ああ、日本に帰ってきたんだなぁって、思わず吹き出しちゃったわよ。
さて秋の長雨の最中、あなたからのお手紙読みながら、まず考えたのは、我々の「脳みそ」についてね。なんでこんなにもややこしんじゃろかと。
去年、息子に勧められ、今年に入って読み始めた『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)は、衝撃的で革新的な本。そもそも得意な分野ではないけれど、著者のウィットに富んだ比喩に魅せられ、何より「歴史を幸福の観点から眺める」というテーマに大興奮する。子供のスケボーパークやバイクパークに付き合うかたわら、ちょびちょびと読み進めたのよ。夏に上巻は読み終え、今回東京に来て、下巻を手に入れたところ。
2016年に邦訳が出版され、全世界で1200万部の売り上げを記録した世界的ベストセラーは、読者の世界観、歴史、人類学、経済学、科学の知識やイメージを刷新しただろうと思われる。著者のハラリ氏は、現在もヘブライ大学で歴史を教えていて、オンラインでの無料講義も行っているそうだけど、もしもこんなレベルの教師に若くして出会えていたなら、自分の人生観ももっと変わっていたかもな。しかし、こういった天才は往々にして時代に早すぎることもあるけれど、彼の場合、昨今の情報、物質的カオスの崩壊前夜のような時に、しかるべくして現れたようにも見える。
まず驚かされる記述は、第一部の「認知革命」。
200万年前には、異なる何種類ものホモ属がいたそうな。そして10万年前には少なくとも6種類の人類種がいた中で、一体なぜ我々ホモ・サピエンスだけが生き残ることができたのか、という話。
教科書に載ってたかどうかは定かじゃないけど、誰しも見覚えのある、猿から人への進化を表すかのごとく、左から右に、猿から人になって歩いている図があるじゃない? その図の真意については誤解が多く、いまだに物議を醸しているようだけど、もはやこれが進化を表す図ではないということは疑いの余地はなさそう。
じゃ何なのかと言うと……実は前の種をことごとく全滅させてきたということなんだと! ぶるぶる。でもどうやって?
それこそ、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが1対1で戦うなら、ホモ・サピエンスに勝ち目はなかったと言われるくらい、特に身体的能力が抜きんでたわけではなかった我々の祖先の脳に、 およそ7万年前、革命が起きた。 ネアンデルタール人は、目の前に起こる現実しか信じることができなかったのに対して、ホモ・サピエンスは「虚構」を信じるようになったのだと。架空の事物を語れるようになった。言葉を変えれば「うそ」をつけるようになったんだな。
そしてその「フィクション」を大きな集団で共有し始めるようになったというわけ。 そこで、目に見える現実だけしか信じられないネアンデルタール人の、多くて50人ほどの村を、話を聞いただけで信じちゃえるホモ・サピエンスが連携し、150人以上の集団になって襲い始めた。
その「認知革命」以降は、言わずもがな、国家、貨幣、宗教という、人類史最強の「虚構」が世界を構築し続け、都合が良いと集団が認識すれば、時には真逆にも価値観を変えながら、歴史は今に続く。
そして、「農業革命」「科学革命」を重要な軸として、本書は進んでいくのだけど、1万2000年前に起きた「農業革命」については、「史上最大の詐欺だ」と記される(笑)! 悠久の太古の時、自由に刺激的に多様な食物を獲得する「狩猟採集生活」を営んできた人類種は、「農業革命」以降、農耕技術を進化させ、爆発的に人口を増やし続けた。永続的に定住し、森を焼き、労働負荷をどんどん上げて、ストレスと疫病にさいなまれながら、小麦と稲を栽培してきた事象については、「ホモ・サピエンスが植物種(小麦と稲)に家畜化された」と皮肉る。
500年前に「科学革命」が起きて以来、人口は14倍、生産量は240倍、エネルギー消費量115倍へと増加してきたという事実は、こうして数字で見たところで、簡単には理解できない。「小さな変化が積み重なって社会を変えるまで何世代もかかり、社会が変わった頃にはかつて違う暮らしをしていたことを思い出せる人が誰もいなかった」と著者は言う。
「認知革命」により、他の人類種を絶滅させた後も、野生動物を絶滅させ続けている反面、食用の、羊10億頭以上、豚10億頭以上、牛10億頭以上、ニワトリ250億羽以上、そしてペットを、ある意味モノのように生産する現代のサピエンス。聖なる星「地球」を制圧し、宇宙にまで富を求め続ける。
脳は、宇宙からの、生命の源からのメッセージを瞬時にキャッチしている、私たちに内蔵された最高のデバイス、受信器なのではないかという物理学者の話を聞いたことがある。 でも、そのデバイスもまるで東京の街みたく、コンクリートな情報でぎゅうぎゅう詰めだと、受け皿としては機能しない。
「虚構」とは、ホモ・サピエンスの豊かな想像力の産物に他ならない。
ジョン・レノンは、今日この世を眺めたら、何を歌いたいだろうね。
イマジン。生命としての幸福を想像するために、意識的に健全に、脳をアップデートして、リフレッシュさせていたい。そして、ハラリ氏の言う、「人間至上主義的自由主義」という「現代のフィクション」のただ中で、ふと立ち止まって、「私たちは幸せなのか?」と問うとき、「私たちは何になりたいか?」ではなく、「私たちは何を望みたいか?」と強く心に尋ねていたい。
音楽ざんまいの東京滞在中、手に入れはしたものの下巻はまるで進まずじまい。島に戻ったら、ちょうど雨期に入る頃。続く下巻の「科学革命」「超ホモ・サピエンス」の章で脳を筋トレさせていただくつもりよ。
ああ、友里。
金木犀(きんもくせい)の香りがたまらないね。
うーこ