「フルマラソン2時間切り」達成時のシューズ 業界騒然のナイキ「アルファフライ」、ついに市販へ
「大山鳴動してネズミ1匹も出なかった……」。まさにそんな顚(てん)末だったのが、前回書いた「厚底禁止」騒動だ。
騒動のきっかけはイギリスの複数のメディアが報じたことだったが、アッと言う間に日本中に広がって、テレビのワイドショーまで取り上げる始末だった。だが、結果はあまりに拍子抜けだ。世界陸連は1月31日、シューズに関する次のような新ルールを発表したのだ。
・ソールの厚さを40mm以下に制限する。
・複数のプレートを靴底に内蔵してはいけない。
・レースの4カ月以上前から一般購入できること。
※医学的理由などでカスタマイズされたものは許可される
昨年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で東京オリンピックのマラソン代表に選ばれた男女4選手のうち3人が履いていた“ピンクの厚底”で知られる現行の「ナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」は、ソールの厚さ37mmでプレートは1枚しか入っておらず、普通に市販されているので誰でも買える。つまり、まったく問題ない「な〜んだ」の結末だった。ところが、である……。
そんな拍子抜け発表からわずか6日後の2月6日未明に、こんどはナイキ側から衝撃的な発表があった。“ナイキの厚底”の次世代版「ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%」がリリースされたのだ。
これは、エリウド・キプチョゲ選手が昨年10月に非公式ながら人類初のフルマラソン2時間切りを達成したときに着用していたシューズの市販モデルで、実はキプチョゲ選手が偉業を成し遂げたときから、あの靴がいつか市場に出てくるのではないかと業界関係者の間で話題だったシロモノなのだ。
もっと言うと、世界陸連の新ルールでは現行のヴェイパーフライはOKでも、アルファフライはNGなんじゃないかとうわさされていた(実際にそういう報道もあった)。だが、発表されたアルファフライはまるで新ルールを先取りするかのように、すべての条件を完璧にクリアしている。まず、靴全体の高さは約7mm高くなっているが、ソールの厚さは約39.5mmとしっかり40mm以下だ。
キプチョゲ選手が2時間切りしたときに履いていたプロトタイプはプレート3枚入りだったなどという情報がネットなどには流れていたが、実際は間違いで、プロトタイプも市販モデルもルール通り1枚入りだ。
そして、アメリカでは2月29日に数量限定で発売開始されるという。日本発売は未定だが、いずれにせよ東京オリンピックの「4カ月以上前に一般購入できる」条件は余裕でクリアできる。この新ルールはむしろ、ナイキを追って新シューズ開発途上の他のメーカーに厳しいと言ってもいいだろう。それにしても、ナイキは絶妙なタイミングですごい商品を投入してきたものである。
大きな推進力を生み出し、耐久性にも優れたエアバッグ
「厚底禁止」騒動では、シューズの反発性に問題があるかのような報道が散見されたが、アルファフライはそうした指摘を蹴散らすかのように、ヴェイパーフライよりさらに反発性(エネルギーリターン)を高める設計になっている。その最大の特徴は、前足部のソールにエアバッグ(ズーム エア )が二つ、横に並べて装着されていることだ。ズーム エアは1978年に開発されたナイキのイノベーションの象徴といえる素材で、現行の高反発フォーム素材(発泡体)であるズームX フォームよりさらに高い反発性があるという。
他のシューズでは、エアバッグはたいていミッドソールの中に埋め込まれているが、アルファフライではむき出しで、なにやら挑戦的な雰囲気を醸している。母指球に力を入れてつま先から蹴り出すときに、このエアバッグの超高反発が大きな推進力を生み出すことになる。
もうひとつ、エアバッグを搭載したことのメリットが耐久性の向上だ。気泡の集合体であるフォーム素材は長く走るとどうしてもヘタリがくる。超軽量を追求したズームX フォームはとくに耐久性が課題だった。
アルファフライは、ズームX フォームに耐久性に優れたズームエアを組み込んだことで、シューズ全体の耐久性アップに成功した。これまで“ナイキの厚底”の唯一の弱点と言われた耐久性の問題が、これでかなり解消されたはずである。
一方、エアバッグを搭載したことと、かかと部のフォーム素材を増量したことで靴全体の厚みが約7mm増し、安定感に不安が生じた。そこで、足のフラつきを抑え、安定性を確保するために、ちょうどエアバッグが埋め込まれた前足部の幅がやや広めにつくられている。また、エアバッグからの突き上げ感を分散するため、プレートの形状にも工夫を凝らしたという。
ナイキ本社のシューズ開発担当者であるブレッド・ホルツ氏(ナイキ ランニング フットウェア ヴァイスプレジデント)は、「クッション性を追求するフォーム素材とエアバッグのバランスをどうするかなど、微妙な調整を何度も繰り返して、いまの形に仕上がりました」と語っている。
ヴェイパーフライで記録を塗り替えてきたトップアスリートたちが、この“スーパー厚底”を履いたらどんなことが起きるのだろう。とりあえず、直近の東京マラソン(3月1日)は注目だ。設楽悠太選手(Honda)と大迫傑選手(ナイキ)がオリンピック代表の最後の1枠を巡っての一騎打ちが予想されるが、両選手ともこのアルファフライを着用することになるはずだ。日本記録がまた更新されるか、目が離せない。
そして、8月。札幌で開催される東京オリンピックのマラソンは? 前出のホルツ氏は、「(ナイキ選手のアルファフライの着用率は)90%くらいになるでしょう。すでにエリートアスリートは徐々にアルファフライに移行してきています。オリンピックまでには多くの選手に履いてもらえるようになると思います」と自信を見せた。
ちなみに、気になるお値段だが「アメリカでは275ドルです」(ホルツ氏)とのことだった。
(画像:すべてNIKE)