1mで25cmも登る!? 急斜面を駆け登る・駆け下る競技「バーティカルレース」
ランニング好きの1年間のスケジュールは秋から冬が忙しい。東京マラソンをはじめとした主要レースが、気温が低くて寒い時期に開催されるためです。一方で、春から夏にかけてはトレイルランニングが盛り上がる季節。山の中を走るレースは、比較的涼しく(寒いことさえあります)、直射日光を浴びることも少ない。暑い時期に走るにはもってこいの競技なのです。
そんななか、今回注目したのが、トレイルランニングではなく、「バーティカルレース」。聞き慣れない言葉ですが、これはスカイランニングの競技種目のひとつで、垂直方向へ「登る・下る」「ファスト&ライト」という要素が求められます。平たくいうと、空へ向かってかけ登る・かけ下る競技なのです。
5月3日に長野県上田市で開催された「上田バーティカルレース」で、まさに「垂直」なコースが設定されていました。「猿飛佐助(さるとびさすけ)コース」「真田幸村(さなだゆきむら)コース」の2つがあり、前者がエリートクラス。
世界基準を満たしており、途中、40度近い傾斜のある全長5km(標高差:+1000m)のコースで、約150人がエントリーし、2019スカイランナージャパンシリーズ(VK)第2戦・ISF(国際スカイランニング連盟)公認レースとなっています。
後者が一般クラスで、スタート・ゴール地点はエリートと同じですが、距離が短く3.7km(標高差:+700m)となっています。こちらには男女合わせて約550人がエントリー。
舞台となったのは、長野県上田市の北側、最も市街地に近い太郎山。子どものころからの登山遠足の定番となっている地元のシンボルです。そんな太郎山のふもとにある大星神社がスタート地点。
上田バーティカルレースは、エリートだけでなく、小学生から70代までの多くの参加者がいることも特徴的。1分間隔でスタートの合図がなり、2人1組で太郎山の頂上を目指します。
アスファルトの道を数百メートル進むとすぐに山の入り口に。普段からランニングをしている人でも、急な斜面を目の前にしてギョッとすることでしょう。というのも、山に入って最初の1kmで約250mもの高さを登らなくてはいけないのです。
1mで約25cmあがる階段を上る計算になるのですが、不安定な山道は、しっかりと足裏でグリップしないとすべってしまい、一歩一歩しっかり駆け上がらないといけません。自然と足の裏に力が入る。
とはいっても、駆け登っていられるのも最初の数百メートルほど。すぐに息があがり、全身から汗が噴き出し、足の節々からSOSが発せられます。
山道に入ってすぐに理解できたことは、このレースの目標は、無事歩いて登頂すること。それだけでも自分を褒めてあげたくなる道のりなのです。
なんとか800mの位置まで上がっても(歩いて登るにも精いっぱい)、まだ、ゴールまでの距離は半分。気づけば、両膝(ひざ)に両手をついて全身を使って登るように。一歩登るにも一苦労。
そんな状況の中、「ザッ、ザッ、ザッ……」と一定リズムで足音が聞こえてくる。エリートに参加している選手です。自分よりも長い距離を登ってきた彼らは、苦しそうな表情を浮かべながらも、しっかり走っている。小刻みに足を動かしながら、この急登(きゅうとう)をまさしく「駆け登っている」のです。
「がんばれ! いけ!」
厳しいコースだからわかるレースの苦しさ。筆者をあっという間に追い抜いていったエリート選手の背中を見ながら、自然と声が出るのです。
「ドドドドドドドドド……」、遠くから聞こえてくる音。
神社の門の下に太鼓をたたく男性とドラムをたたく男性がいました。レースも終盤にさしかかり、足が止まり始めた参加者を鼓舞するようにリズムをつくる彼ら。レース開始からたたきはじめ、すべての参加者が通り過ぎるまで続けているのでしょうか。仮にそうであれば、約4時間もの間、たたき続けていることに。登り続けている自分たちも当然しんどいのですが、彼らもまた……。苦しそうにランナーを鼓舞し続ける2人の姿が印象的でした。
彼らの脇を通り過ぎると、ご褒美が。
少し遅い開花の桜を堪能しながら、上田市の全景を見ることができるのです。山々に囲まれた上田市の景色に引き込まれながら、久しぶりに走る平坦(たん)な道を喜ぶ。
そして、いよいよ最後の登りに。目の前に競える相手がいるからこそ頑張れる。肩をぶつけ合いながら走る選手らも。
多くのマラソンレースがそうであるように、一人の力だけだとなかなかゴールまでたどり着くことができません。いろんな人の声援があってこそのレース。「上田バーティカルレース」の醍醐味(だいごみ)は多くの人がゴールで待ち構えてくれていること。それも、自分たちと同じ道のりを登ってきた仲間が迎えてくれます。
「あともう少し!」
「これが最後の登り!」
「いい顔してるぞ!」
なんとか取材チームもゴール。息が上がっているのはもちろんのこと、おしりからアキレス腱(けん)にかけて、もう力がはいらない状態。立っていることも座っていることもできない、どんな姿勢でもしんどいというまれな経験となりました。そうこうしているうちにひときわ大きな歓声が。
「上田バーティカルレース」の女子エリートの選手が最後に駆け登ってきました。みごと優勝したのは、吉住友里さん。陸上部の経験のない市民ランナーで、フルマラソンでの優勝経験もある実力者です。3.7kmのコースを58分かけてゴールした取材チームに対して、5kmというさらに厳しいコースを51分で駆け上がってきました。
次々とゴールに流れ込むエリート選手。何人かはゴール後すぐに倒れ込み、立ち上がれません。この駆け登りレースに、力の限りを尽くした様子でした。途中で転倒もあったのでしょう。足に傷を作っている方も。
最後まで競り合って走ったからこそ、ゴールできた。そんなシーンも見ることができました。
エリート選手と同じコースで参加することができるバーティカルレース。途中出会った方は70歳。普段、走ったりはしていないけども、この山登りレースには参加しているとのこと。それぞれの目的別に楽しめるのがこのレースの魅力ですね。来年度も開催の予定。皆さん、ご自身の足を試してみませんか。
帰り道は歩いて下山。
(写真・野呂美帆)