〈インタビュー〉結婚45年目の大女優が新婚監督に語る「夫婦の極意」
子育てを終え久々の2人暮らしに戻ったとたん、離婚の危機に直面する熟年カップルを阿部寛さんと天海祐希さんが演じた映画「恋妻家(こいさいか)宮本」(1月28日公開)。本作で監督デビューを果たした人気脚本家の遊川和彦さんと出演者の対談の第2弾をお届けします。今回のお相手は、映画界のレジェンド・富司純子さん。芸歴はもちろん結婚歴でも大先輩の富司さんとともに、映画作りの裏側から夫婦円満の極意まで、たっぷりと語り合いました。
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富司さんは遊川さん脚本、天海さん主演のドラマ「偽装の夫婦」(2015年、日本テレビ系)にも出演。勝気で見えっ張りな母親役のコミカルな演技が話題になりました。今回演じたのは、阿部寛さん演じる中学教師・宮本陽平の教え子の祖母。家族を正論でがっちり押さえ込む厳格な祖母は、優柔不断な陽平にとって天敵のような存在です。
富司純子 遊川さんが「監督デビュー」ということですが、私は特別なものは感じませんでした。「偽装の夫婦」の時も毎日ずっと現場にお見えでしたから。脚本直しでも「そこはそういう気持ちじゃない」とか細かく指示していらしたので、自然に監督になられた感じです。完成した作品にもお人柄が出ていましたね。見終わって、ふわぁっと気持ちがやわらぐ感じ。特にラストは監督の優しさが出てました。
遊川和彦 ありがとうございます。本当はいい人なんですよ(笑)。
富司 こういう大人が楽しめるコメディー、日本映画ではなかなかないですね。やっぱりホン(脚本)が書けないと……。
遊川 怒らせるとか泣かせるのは簡単だけど、笑わせるのは一番難しいんです。見ている分には気楽でも、実際は相当計算をしなければならない。それがしんどくて「真面目なものをやりましょう」ってなることも多い気がします。しかも、富司さんにコメディーに出ていただくのは、依頼する方も勇気がいる。でも、こう言うと失礼かもしれないけれど、富司さんですらまだ掘っていない鉱脈がある。ご自身もそこに興味がある。失敗を恐れず、何ができるかを一緒に探ってくれる人生の先輩がいることがどんなにありがたいかをしみじみ感じています。結構ひどいことやらせたから、周りは心配していました。
富司 あら、そうなんですか?
遊川 そうですよ。初登場の場面なんてまるでホラー映画だし(笑)。富司さんが「これは悪役なんですか?」とおっしゃるから、「そうです」とお答えしましたが、このおばあちゃん本人は悪役という自覚がない。正しく生きようと一生懸命やってきた結果、悪役なってしまったような人です。とはいえ、主人公の宿敵は強くて大きいほどいい。それで、「最後にこの人の人生が見えてくるように必ず撮るとお約束します。もし約束を破ったら二度と出て下さらなくて結構です」と決死の覚悟で富司さんにお願いしたんです。
富司 私の方こそ「こういうものをやらせてみよう」と思っていただけてとてもうれしいです。「偽装の夫婦」や今回のように、普段と違うものを引き出していただく機会は意外にないんです。女優さんの役柄選びでは、自分のイメージを守ろうとガードしてしまうところがありますが、私はいつも真っ白でいたい、プロデューサーなり演出家なりの思いを受け止められる女優でありたいと思ってきました。「この色になりなさい」という色に染まりたい。だから、こうして思わぬ色と出会う機会があるのはとても光栄で、幸せに思います。
遊川 富司さんほどの方だと、色を汚してはいけない、そんなことをしたら怒られる、と思いがちだけれど、それは間違いなんですよね。「偽装の夫婦」の時でも、富司さんは「私、トイレ」って席を立つだけで面白かった。ひどいことも言うんですよ。でも、富司さんが持っているキュートさとか、人間らしい弱さとか、いろんな要素が出てくるから面白い。普通のいいおばあちゃまをオファーするのももちろんありなんですが。
富司 いいえ、それはつまらないわ。
遊川 そうそう。「そこはいびってみましょうか」「もっとずるくしましょう」っていう場面を加えた方が、キリッとした時のりりしさも際立つ。役者なら誰もが「真っ白でいたい」と思っていてほしいところだけれど、できる人は少ない。「俺の芝居はこういうものだから、文句ないだろ」みたいな人もいるので、みんなビビッたり勘違いしてしまう。その方の本質を見抜けば、もっといろいろなことができるはずなんです。
富司さんは、出演作品の幅広さを見るだけで、「勝ち組」でいようなんてさらさら思っていないとわかります。新しいことに挑戦する、 気に入った作品のためなら何かしたいと思ってくれる、そういう先輩がいることは本当に心強い。
富司 私が演じた礼子という役がどういう育ちでどういう人生を送ってきたか、生まれた時からの履歴を監督が丁寧に書いて渡して下さったんです。それが体に入っていたから、迷うことなく演じることができました。私が自分で組み立てたら、監督の考えと違っていたかもしれない。でも、彼女がどんな思いで人生を過ごしてきたかがよくわかり、何の心配もなく役を育てていくことができました。すっごく面白い人生を送った方なんですよ、礼子さんって。だから「家族も自分と同じように生きてほしい」とつい押し付けて恨まれちゃうんです。
遊川 礼子さんはかわいそうな人なんですよ。幸せになろうと一生懸命やっているだけなのに、何度も裏切られて。自分で書いていて気の毒になりました(笑)。最初から悪い人なんていない、裏切られつづけた結果こうなった、ということでね。富司さんは、「本当は悲しい人なんだ」ということを踏まえた上で見事に役を組み立てて下さいました。
夫婦のズレをどう埋める?
富司さんは歌舞伎役者の尾上菊五郎さんと結婚して今年で45年目。女優の寺島しのぶさん、歌舞伎役者の尾上菊之助さんという2人の子供を育て上げた母親でもあります。そんな結婚生活の大先輩の目から、宮本夫妻はどんなカップルに見えるのでしょう。、
富司 けっこういい夫婦ですよ。どちらも相手に文句を言うなんてぜいたく(笑)。幸せなんじゃないですか?
遊川 お、そうですか?
富司 幸せでしょう。子どもが独立したから新婚時代の気分に戻って名前で呼びあおうなんて、かわいいじゃないですか。ふつうの夫婦ではなかなか……。
遊川 ないですか。
富司 ぜ~んぜん! うちなんて、老婆と老人のふたり暮らしですから(笑)。
遊川 名前で呼び合ったりしませんか?
富司 うーん……、あっちは偉そうに「純子!」って呼びますけどね。こっちが「秀幸!(夫・尾上菊五郎さんの本名)」なんて呼ぶのは絶対にありえない。弟子などが周りにおりますから、いつも「旦那さまどうなさってる?」「旦那さまがこうおっしゃってたわ」という形になる。だから、いつも私が……。
遊川 私が……、何です?
富司 ……虐げられている。
遊川 いやいやいや(苦笑)。でも、なんだかんだ言っても、男ってかわいいところがあるじゃないですか。わかりやすいし、脇が甘いし。
富司 監督はまだ新婚さんでいらっしゃるから、ラブラブなんですよ。
遊川 はい、恥ずかしながらまだ結婚2年目、まだまだ甘いです。言い訳させてもらえば、その前に15年くらい付き合っていたんですけど……恐妻家です(笑)。でも、最近思うんですが、男はどうしても「言わなくてもわかる」と考えがちだけれど、言わないとわからないことも多い。そのズレは大きいですね。
富司 そうです、そうです。
遊川 そこは男がもうちょっと「言わなきゃわからないんだ」と考えていいのではないか、相手を見ることも大事だな、と思いますね。僕なんかまだ2年目のくせに相手をあんまり見ない。めんどくさいんですよ。でも、ちゃんと目を見ると愛してますオーラが自然に出るらしいので、最近は見るようにしています。女性はそういうことで安心したいところがあるみたいだし。
富司 本当にそうですよ。男の人は外に出ていけばちやほやされるけれど、女の人はいいことがないじゃない(笑)。
遊川 ご主人にも、もう少し奥様を見るように、と。
富司 いいえ、うちは無理(笑)。それに、何にも言わなくてもわかっちゃいますもの。何か隠しているな、と思っても、まぁ勝手におやんなさい、と。結婚して40年以上でしょう。積み重ねてきたものがあるから、もう猜疑(さいぎ)心なんてないんですよ。黙っていてもわかりあっているというか、考えていることは一緒というか……。
遊川 それはすてきじゃないですか。ズレとかは感じないですか?うちの場合は、「私は求められていないのでは?」というのが不満の根本にあるようです。逆に僕の方も「優しくしてよ」なんて言うんですが、「してるわよ」とピシャッと言われて終わり(笑)。男としては「そういうことじゃないんだよなぁ」みたいなズレを感じることがある。40年たつとそんなことも無くなるんでしょうか。
富司 向こうは思ってるかもしれませんよ。聞いたことないけど。……思っているのかなぁ? わかんないわ。若い頃はいろいろありましたけど、日常は回って当たり前だと思い、そのリズムでやってきたので、何があっても「好きにしなさい」っていう心境ですね。夫婦って、お互いのやり方があるじゃないですか。私はそばにいるときは「夫」だと思うけれど、一歩外に出たら「ご自由に」ですね。私がこういう男を選んだから、これで行くしかないな、と。
遊川 ご一緒に映画を見に行ったりすることは?
富司 全然ないです。うちでもチャンネルはあの人が握っておりまして、しょっちゅう洋画などを見ていますけれど、私が見ていても、いつの間にかチャンネルが変わっている(笑)。気が短いのか、台所にちょっと立って戻ってくるともう別のものを見ているの。とにかく自分本位、私は飼いならされてしまったんです、まったくね。
遊川 ますますご主人にこの映画を見ていただきたくなった(笑)。
富司 いえいえ、無理ですよ。とにかく、娘の映画も見ないし、息子の舞台は一緒に出ているからあれですが、よその舞台に出るときは一切見に行きませんから。
遊川 奥様の作品は?
富司 もちろん見ません(笑)。朝ドラや大河ドラマは見たかもしれないけれど、他はどうかしら。とにかく、チャンネルをカチャカチャ回して、自分が演出するときのアイデアを探している感じ。いろいろ見ていますが、家族が出ているから、というのはないですね。うちは特殊なの。
日々の積み重ねが夫婦を作る
そんな富司さんが、世のご夫婦に見てほしいと感じたのは、宮本夫妻が互いの大切さに気づく場面。歳月を積み重ねた関係だからこそわかる世界が描かれていたと言います。
富司 人生っていろんなことがあるけれど、積み重ねていくことが大事だと思うんです。縁があって一緒になって別れてしまう人も多いけれど、一緒になったからには、お互いひかれるものがあったはず。宮本さんの奥さまは3人いるなかでカスをつかんじゃった感じで付き合い始めるわけだけど、旦那さまのぐじゅぐじゅ煮え切らないところがかわいいと思ったから選んじゃったんじゃないかしら。だから、あの夫婦はずっと一緒に歩いて来られたんだと思います。
遊川 本当にその通り。積み重ねていったら高い所に来ていたようなもので、いきなりそんな所にはいけないんです。それが夫婦生活の面白さ。人それぞれ違うかもしれないけれど、日々の積み重ねがあるから、最終的によかったと振り返ることができるんじゃないか。一緒に生活してくれる人がいる奇跡と喜びをかみしめる、その行為だって一種の積み重ねですよね。その繰り返しが人生なんじゃないか。映画をみながらそんなことを考えていただければと思います。
富司 きっと感じると思います。「帰りに手をつないでみようかな」とか「おいしいものを2人で食べに行こう」とか。そういう気持ちにさせる映画ですね。
遊川 そういう小さなことが優しさなんだと思います。相手は感謝してくれないかもしれないけれど、くじけずに行きましょう(笑)。
(構成・深津純子 撮影・篠塚ようこ)
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■富司純子(ふじ・すみこ) 1945年生まれ。マキノ雅弘監督にスカウトされ、藤純子の芸名で1963年に女優デビュー。「緋牡丹博徒」のヒロイン・お竜役で絶大な人気を博す。結婚を機に引退したが、1989年の「あ・うん」で映画出演を再開。相米慎二監督「あ、春」、深作欣二監督「おもちゃ」、李相日監督「フラガール」、是枝裕和監督「空気人形」、周防正行監督「舞妓はレディ」など多彩な作品に出演。
■遊川和彦(ゆかわ・かずひこ) 1955年生まれ。テレビ制作会社ディレクターを経て、1987年に「うちの子に限って…スペシャルⅡ」(TBS)で脚本家デビュー。「女王の教室」(日本テレビ)で向田邦子賞受賞。「家政婦のミタ」(日本テレビ)は最終回が40%の高視聴率を記録。NHK連続テレビ小説「純と愛」など多くのテレビドラマの脚本を手掛けた。
■「恋妻家宮本」 重松清の小説「ファミレス」を遊川監督が大胆に脚色。ひとり息子が独立し、結婚以来27年ぶりに夫婦水入らずの生活を始めた中学校教師の宮本陽平が、本の間に妻が隠した離婚届を発見する。仲良くやってきたはずなのに、なぜ? 真意を問いただせぬまま、陽平は夫婦の関係を見つめ直す。1月28日から全国公開。
監督・脚本 遊川和彦、原作:重松清「ファミレス」上下(角川文庫刊)、出演:阿部寛 天海祐希 菅野美穂 相武紗季 工藤阿須加 早見あかり 奥貫薫 佐藤二郎/富司純子
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