いま、自分の足で立とうとしている娘へ
〈依頼人プロフィール〉
鈴木由香さん(仮名) 48歳 女性
東京都在住
金融系会社勤務
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2011年の震災以来、娘(22)は家に引きこもり、大学を2年間休学しています。写真家を目指して都内の芸術系の大学へ通っていましたが、震災の惨状をテレビや新聞で見て、いろいろと考えることがあったようです。
娘は写真が好きな私の影響で、小学校5年生くらいから写真を撮り始めました。時間があれば撮影旅行にもよく一緒に行き、コンテストなどでは大きな賞もいくつかいただきました。親の私からみても、「写真に向いているんじゃないか」と思い、大学受験では、写真学科へ進むのが自然な流れでした。
でも、あの震災があってから、カメラに触るとじんましんが出るといい、部屋に閉じこもったまま。半年ほどたった頃には家出をして、5週間ほど家に帰ってきませんでした
もともと人を撮るのが好きで、彼女にとって写真を撮ることは人を撮ること。それが、あの惨状を見たとき、もし自分がその場にいたら、被災者にカメラを向けられないと思ったようなのです。人を撮れないのなら写真を撮る必要はなく、写真を撮らないなら、自分が存在する必要もない。大学に行く意味もない、と。
「なぜ生きなきゃいけないの?」と泣き続けていました。そんなに繊細すぎたら社会でやっていけないと内心思いながらも、ドキュメンタリー写真だけが写真じゃない、と励まし続けました。でも、根底にある問題はそれだけじゃないようでした。
「今まで何の疑問を抱かずに写真を続けてきたけど、それはママの言う通りにやってきただけ。たまたまここまでスムーズに進んできたけど、写真を選んだのは自分の意思じゃなかった。いつもいい子で居続けるのに疲れた」
そう娘は言いました。
確かに、彼女は生まれてからずっと手のかからない子でした。親である私たちには、それが当たり前だと思っていたところもあります。「世の中で一番好きなのはママ。嫌いなのもママ」。そう言われたこともありました。私が過度に期待しすぎたのかもしれません……。
でも先日、「やっと、自分でどうすれば元気になるかわかったよ。黙って見守ってくれてありがとう」とダイニングテーブルにメモがおいてありました。
鼻の奥がツンとしました。娘も家族も、みんなが苦しんだ2年間。長い時間転んでいたけれど、そろそろ立ち上がる時期がきたようです。新たに歩き始めようとしている娘に、エールを込めて花を贈りたいです。
花束を作った東信さんのコメント
自分が彼女の立場だったら、どういうものが欲しいだろう。そう考えたときに、気持ちを奮い立たせてくれるものがいいな、と思って黄色の花を選びました。「立ち上がる時期が来た」とあったので、前へ向かって一歩踏み出すときの後押しになるような花束がいい。だから、あれこれ小細工をするより、荒々しく。気の向くままに思いを込めて作りました。
メインはひまわりです。4種類の力強いひまわりを入れています。普通は横に横にと広がっていくような丸い花ですが、今回は上に上に立ち上がっていくイメージで、花弁を上へ向けて活けています。パワーが上へ向かって行くようでしょ?
その周りに添えたのはマリーゴールド。花言葉には「生きる」「生命の輝き」などといった意味があります。そのほか、エピデンドラム、カーネーション、バラ、ピンポンマム、グレビレアなど黄色のグラデーションでまとめました。
観葉植物のカポックも入れ、若々しさも加えています。リーフワークは、斑入りのベンジャミンの葉。5、6枚の葉をワイヤーでまとめたものを何セットも作り、花の下にいれてボリュームを出しています。
花を活ける人間として、僕も震災以降いろいろと考えることがありました。僕らが毎日向き合っているのは、植物という生命そのもの。だから余計、生命というものについて考えてしまいます。そんな中、僕はやはり前を向いて生きて行くことが大切なんだと思いました。震災を経て、生きる価値を再確認した気がします。
人によっては、へこんだり、お休みが必要だったりする人がいるでしょう。でも、後から振り返ったときにそんな苦しい時間も人生において必要だった、と思えるようになるといいですね。
まだまだ若いし、焦らずがんばれ! 生まれてきたんだから、生きなきゃいけない。生きてほしい。そんな僕からのメッセージも花に込めました。立ち上がり、すてきな写真をこれからも撮り続けてくれたらうれしいです。
ライター・宇佐美里圭
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。花を贈りたい人とのエピソードをお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に、&wで紹介させていただきます。
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