今日の生活をあらゆる面で支えてきた「素材産業」。新興国が台頭し、業界の課題がより複雑化するなか、素材産業のさらなる「競争⼒強化」と「低・脱炭素化」を強力に推し進めているのが、三菱商事の「マテリアルソリューショングループ」だ。
2024年春の組織改編に伴い、素材ビジネスを一手に担う新たなグループとしてスタートを切った同グループの強みの一つが、グループ員それぞれが幅広い素材産業と日々対峙し、社内外での多様なキャリアを経て培ってきた幅広い知見・経験だという。それぞれの持ち場で目覚ましい活躍を見せる中堅社員に話を聞いた。(聞き手:朝日新聞GLOBE+編集長・関根和弘)
[聞き手]
関根 和弘(朝日新聞GLOBE+編集長)
脱炭素への貢献にも期待高まる「素材ビジネス」
──まず、皆さんがいまどのような素材を取り扱っているのか、ご紹介ください。
永塚 私は新規事業開発本部の環境素材事業部で、環境負荷の低減に貢献するために、主に「リサイクル」と「バイオ素材」の2案件に取り組んでいます。
一つは、廃棄物のリサイクルです。現状、廃棄物の全てが元の製品原料に戻せていないという課題があります。そこで、それらの廃棄物を元の製品原料に素材として戻すべく、新たなスキーム構築に取り組んでいるところであり、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現に資する事業だと思っています。
もう一つは、バイオ素材から製造された化学品を活用したブランドオーナーとのサプライチェーン作りです。具体例をあげると、昨今素晴らしい活躍を見せているスポーツクライミングの日本代表のユニフォームは、THE NORTH FACEなどのブランドを日本国内で手がけているアパレルメーカー、ゴールドウインさんと我々が2年近くかけて開発・サプライチェーン構築を進めてきました。マスバランス*の考え方を活用しながら、リニューアブル(再生可能)原料・バイオ原料の採用に加え、CCU(二酸化炭素回収・有効利用)技術を用いた、よりサステナブルなポリエステル製造サプライチェーンの構築を5カ国7企業で行ったもので、化学品の「脱石油」を進めることで、GHG(温室効果ガス)削減に寄与しようという取り組みです。
*製品を作るときの手法の一つ。原料から製品への流通・加工工程において、バイオ原料等の特定の特性を持った原料と特性を持たない原料が混合された場合に、その特性を持った原料の投入量に応じて製品の一部に対してその特性を割り当てる手法のこと。
活用したCCU技術は、三菱商事の関連会社である千代田化工建設などと共同で研究開発を進めてきたもので、社内外とも連携した横断的な取り組みです。
──三木さんが携わっている事業も、まさに低・脱炭素化の推進に寄与するものですね。
三木 そうですね。私はいま、機能素材本部の石化原料事業部で二つのチームを兼任しており、バッテリー用の素材や次世代型太陽電池などの事業開発を担当しています。
いま、三菱商事のモビリティグループが、EV(電気自動車)の普及やEVバッテリーの系統用蓄電池としての二次利用に取り組んでいますが(※前シリーズの記事を参照)、リチウムイオン電池などの「バッテリー」を構成する素材は、マテリアルソリューショングループが永らくパートナーシップを築いてきた化学メーカーによって製造されています。今後さらなる需要の拡大が見込まれるなか、バッテリー用素材のエコシステム*の構築を目指して、私たちも事業開発に取り組んでいます。
*エコシステム:業界や製品がお互いに連携して大きなシステムを形成すること。
もう一つは、最近メディアなどでも取り上げられている、ペロブスカイト太陽電池などの「次世代型太陽電池」の社会実装に向けた取り組みです。従来の太陽電池はシリコン型で非常に重く、設置できる場所も限られます。対して次世代型太陽電池は、特殊な原料溶液を基板に塗布して焼くことで発電層を作るもので、フィルムなどを基板にすれば薄くて軽く曲げられる太陽電池になり、ビルの壁面や曲線状の表面にも設置できます。
数年後の実用化に向けて、いま各メーカーが技術的な課題の克服に挑んでいますが、三菱商事としても、多様な素材や原料のサプライチェーンを構築することで社会実装に貢献できるよう、様々な取り組みを進めているところです。
技術コンサルから投融資まで、多彩な役割担う
──田中さんは技術コンサルティングに携わっているそうですね。
田中 私が所属している新規事業開発本部の素材事業推進部は、日本の素材産業の国際競争力を持続的に高めていくために、技術を切り口にした様々な価値を提供しようと取り組んでいる部です。
その一環として2022年に、ドイツのエンジニアリング会社を親会社とするFEVコンサルティング社と三菱商事のジョイントベンチャー、Beyond Materials株式会社を設立しました。三菱商事のグローバルなネットワークや素材産業における事業知見と、FEVが持つ自動車産業などのユーザーニーズや設計・開発力、素材に関する専門知見を掛けあわせることで、「様々な素材産業とエンドユーザーとの架け橋」となればと思っています。
──Beyond Materialsでは、具体的にはどんなことをするのですか。
田中 一言でいえば、市場から求められる素材を開発するための技術コンサルティングサービスです。例えば、素材メーカーが新たな素材を開発する際、自動車メーカーなどのエンドユーザーが「将来的にどんなものを求めているか」を把握できた方がずっと効率はいいですよね。そういった市場調査から戦略立案・実行、製品開発・実証試験、マーケティングまで、一気通貫で幅広い支援・サービスをデジタル技術も活用しながら提供していくのが私たちの役割です。
ひとくくりに自動車の素材といっても、EVとなるとこれまでとは部品の構成が大きく変わりますし、今後さらに強化されるであろうリサイクルの規制への対応も必要です。とくに今後は、使い終わったシートをまた新たな車のシートにする、といった「車から車へ」のリサイクルが求められていく時代ですから、必要な技術レベルも上がります。エンドユーザーの課題やニーズを的確に把握するために、こうした技術コンサルティングはより一層重要になっていくと考えています。
──松井さんは、2023年から鉄鋼総合商社のメタルワンに出向しているそうですね。
松井 はい。鉄鋼製品の加工・製造、販売、在庫・物流等を担っている事業投資先のメタルワンに出向しています。3人と違って私はいま営業の第一線にいるわけではなく、事業投資総括部に所属しており、主に「投融資」と「企画」の業務に関わっています。
「投融資」は、既存事業投資先の経営課題をどう解決して収益を改善していくのか、検討する仕事です。さらに、新規投資についてはどういった事業に投資するのか、どういうリスク・リターンとなるかなどの観点で案件を深掘りし、判断します。マネジメントの判断を必要とする案件については、議論してほしいポイントと判断材料を整理し、説明も行います。
もう一つの「企画」業務は、リスク管理のための社内規程の整備や、案件が付議される際の項目の整理といった、会社運営や事業投資先管理に関わる制度・仕組み作りです。要は、会社全体として「どういう制度を作ればうまく経営できるか」をマネジメントと一緒に考える仕事です。
「トレーディング」で足腰鍛え、次なる道へ
──今日お集まりいただいた皆さんは、入社から10年以上が経ったいわゆる「中堅社員」といわれる方が多いですよね。入社後、どのようにキャリアを重ねて力をつけてきたのか、ぜひ教えてください。
三木 マテリアルソリューショングループの若手は、トレーディング業務(商品の売買・仲介)を担当することが多く、私も2014年に入社して3年間は「工業塩」のトレーディング業務に従事していました。工業塩といってもイメージがわきにくいかもしれませんが、例えば「塩化ビニール」という素材の重要な原料は、文字通り「塩」なんです。私は、メキシコの事業会社(株式は24年2月に同国政府へ全量売却済)が生産した塩をアメリカやアジアの顧客に販売するという業務を担当していました。
入社4年目になるとメキシコにトレーニーとして派遣され、株主の立場でパートナーであるメキシコ政府と協議したり、事業会社へ出向している社員と共に現場で業務を進めたりする経験もしました。
帰国後、今度は「メタノール」のトレーディングに3年間従事しました。将来の価格変動を見込んで取引をする「見越取引」のノウハウなどもみっちり学ぶことができました。
──その後、広報の仕事にも携わられたそうですね。
三木 入社8年目に「三菱商事全体を見てみたい」と思い、社内出向で2年間、広報部報道チームに異動しました。広報部で仕事をするなかで、「三菱商事グループがどんな方向に進んでいるのか」「三菱商事は社会からどんな役割を期待され、どんな価値提供ができるのか」といったことにも考えが及ぶようになったので、すごくいい経験だったと思います。
──永塚さんも、やはりトレーディングからキャリアをスタートしたんですか。
永塚 そうですね。私も「世界中から物を買って、世界中に売る」という貿易実務・物流の基礎をしっかりと学ぶところから社会人人生が始まりました。私が扱っていたのは「プラスチック」で、その規模は若手でも年間10万トンほどにも達していました。
その後、三菱商事プラスチックという事業会社に出向し、国内外で、自動車部材の複数ソーシングや車体軽量化に資する炭素繊維などの素材の営業活動を行っていました。入社7年目にはアメリカのMitsubishi International Polymer Trade Corporationに出向。ここでも自動車材を主としてプラスチックから光ファイバーまで、100品目以上の取引を担いました。
──その後は、経営管理の仕事も増えていったわけですね。
永塚 帰国後は、旧合成樹脂部の経営企画チームにて、事業投資先の経営計画の策定や、会社経営におけるリスク管理などを学びました。さらに、環境素材事業部では資産(ポートフォリオ)の入れ替えにも従事し、ファンドを含めた事業をより最適なパートナーに売却するといったことやTOB(株式公開買付)も経験。「時代に即したかたちに変化し続ける」ことの大切さを実感しました。いま入社14年目ですが、まさに総合商社らしく、本当に多様な経験をさせてもらってきたと思います。
──松井さんのキャリアの変遷についても教えてください。
松井 私も2012年に入社した後、まずトレーディング業務で商社で働くための足腰を鍛えてもらいました。扱っていた商材は、主に製鉄原料になる「ニードルコークス」。売買の交渉からデリバリーやドキュメントの準備、外航船・内航船の手配、アフターサービス、代金回収まで一連の業務を担当しました。
2015年からの5年間は、韓国で立ち上げた工場の中国向けマーケティングというミッションを背負って、北京に駐在。政府機関とのハードな折衝も、地方の工場を訪ね回る泥くさい営業も色々と経験し、勉強になりましたね。鉄鋼市況のどん底もてっぺんも味わった、ジェットコースターのような駐在生活でした。
──帰国後に、投融資の業務に携わるようになったんですね。
松井 コロナ禍で日本に帰国し、グループ全体の投融資案件を担当することになりました。営業時代に「1トンでも多く、1ドルでも高く売ればいい」と思っていた私は、経営計画書をまともに見たこともなければ、社内の意思決定プロセスなども全く気に留めていなかったのですが(笑)、この1年でその基礎をみっちり勉強させてもらうことができました。
さらにその後、事業投資総括部に社内出向し、三菱商事全社の投資案件を担当することに。案件の種類・数も規模感も全く違う多種多様な投資案件を扱ったこと、そしてグループCEOが「どういう経営判断をするのか」をそばで学べたことは、とても大きな財産になりました。
柔軟で多様な人材登用が生み出す、新たな価値
──田中さんはキャリア入社で三菱商事に入られたそうですね。転職のきっかけは。
田中 私が三菱商事に入社したのは2023年の秋のことで、その前は13年間ほど素材メーカーに勤めていました。取り扱っている製品に愛着もありましたし、営業や原料調達、経理、企画、海外駐在など幅広く経験し、大変やりがいを持って働いていました。
転機の一つになったのが、内製できるよう準備を進めていたお客さんの動きを察知できずに、工場を閉鎖しなければならなかったこと。「良いものを作れば売れる」と信じて技術を磨くことも重要ですが、「国内外の市場でどんな動きがあるのか」「今後どんな技術が求められていくのか」といった情報があってこそ、メーカーも安定的に効率よく製造・開発・販売ができるのだという思いを強く持ちました。
また、日本の素材産業は高い技術力がありながら、近年、一部では国際競争力が低下してきているという課題があります。この点については、キログラムあたり単価ではなく、素材の持つ機能がもっと評価されるべきだという思いがあります。ユーザーのニーズへの対応やアフターサービスといった、スペックシートに載らない部分にも、差別化できる要素はあると思っています。
日本の素材産業に変革を起こして、競争力向上に貢献したい──。そんな思いで、三菱商事の新規事業開発本部のドアをノックし、いまに至ります。
──三菱商事内では割と短いスパンで異動があるように思いますが、皆さんはどう感じていますか。
三木 私は、知らなかった新しいことを学んだり習得したりするのが好きなんです。自分なりのスケジュール感としては、担当になった1年目でしっかりと基礎を固め、2年目で自分の考えを実行に移し、3年目は後任に引き継いで組織に知見を還元していくイメージ。ある製品・業界で習得・吸収したことをまた新たなフィールドで生かせるというのは、とても楽しいですし、日々充実感を持って仕事に向き合えています。
それから異動することによって、ある部では当たり前だったことが次の部では実行されていないなど、改良の余地に気づけることもあります。そういうフレッシュな視点、新しい風が吹き込まれるという点でも、会社全体にとってプラスになっていると思います。
松井 たしかに異動が多いように見えるかもしれないですが、例えば営業で扱う商品がAからBに変わっても、投融資案件の規模感が変わっても、それぞれの仕事のやり方や考え方の軸というものはぶれないんです。だから、異動で戸惑ったり右往左往したり、ということもないですね。
むしろ、扱う商品や対面業界が変わることによって、新しい知見・経験を得ることができるので、私も自分自身の成長につながっているなと感じています。会社にとっても、状況に応じて適材適所に人材を投入できるという点でメリットが大きいのではないでしょうか。
永塚 柔軟性のある人材登用に加えて、人材そのものの多様性も大切なポイントだと思います。とくにマテリアルソリューショングループは、化学系から鉄鋼、エネルギーなど人材のバックグラウンドも様々です。さらに最近は、田中さんのようなキャリア入社の方が増えており、メーカー、自動車、広告、コンサル、金融など、幅広い業界のエキスパートが仲間に加わってくれていますから、新しい視点や知見の獲得につながっています。こうした組織だからこそ、新たな挑戦も資産入れ替えも含め、柔軟で多様な事業展開が可能なのだと思います。
経験を強みに、素材産業へ価値ある「ソリューション」提供を
──就活生に向けて、この仕事の面白さを一言で伝えるとしたら、どんな点をアピールしますか。
田中 まずは、やはり素材産業の持つ「産業接地面の広さ」でしょうか。素材を起点として、食料から衣服、自動車、建築、航空機と、世の中のどんなことにも関われるという面白さがあります。
三木 日本の素材産業の「技術力の高さ」は、やはりいまも多くの分野で評価されています。素晴らしいパートナーさんと一緒に世界の舞台で戦えるというのは、すごく魅力ある仕事だなと思います。
松井 素材産業はありとあらゆる産業に関わるので「ビジネスチャンス」が多いですし、うちのグループは新しい事業をどんどん開発していく機運もあるので、やりがいは大きいと思います。それから、「海外で働きたい」という人にはぴったりですね。もちろん国内も含め、色々な場所に行けるというのも魅力の一つではないでしょうか。
永塚 同感です。ちなみに私はこの3カ月だけで、10カ国ほど出張に行きました。グローバルな舞台で活躍したいと思っている人には、間違いなくおすすめです。日本国内もプライベートではなかなか行かないような山奥まで出かけたりするので奥深いですよ(笑)。こんな風に足で稼ぐということもできるし、頭で構想を練って会社を動かすこともできる。本当に「何でもできる」のが、マテリアルソリューショングループの面白さだと思います。
──最後に、今後の素材ビジネスへの思いをお聞かせください。
田中 素材産業というのは、鉄やプラスチック、合成樹脂など、普段はメーカーそれぞれが個別に役割を担っているのですが、例えば「自動車のサプライチェーン」として俯瞰(ふかん)してみると、面白いコラボレーションの余地やビジネスチャンスなど、まだまだ新たな価値を生み出せる業界だと思います。
三菱商事のマテリアルソリューショングループは、そういう視点を持って素材産業を変革し、新たな「価値」を創造できるところです。影響力のある仕事ができることにワクワクしますし、その強みを最大限に生かして、今後も日本の素材産業に貢献していきたいと思っています。
永塚 私はこの1年間で、自動車、家電、小売り、食品、アパレルなど40社以上もの異なるお客様と面談をしました。これはつまり、幅広いお客様が必要とする多種多様な素材をマテリアルソリューショングループが扱っており、また、その開発から製造、加工、販売、物流、会社経営、コンサルティングに至るまで、多種多様な価値をマテリアルソリューショングループがお届けできているということだと思います。
グループ名に「ソリューション」と付いている通り、マテリアルのみならず、それにまつわる課題の「解決策」まで提供できるのが我々の強みです。この強みを生かして、今後も様々な社会の課題解決に貢献していきたいですね。
次回は、マテリアルソリューショングループ座談会後編をお届けします。