EV(電気自動車)の社会実装と脱炭素社会の実現に向けた課題解決を目指し、本田技研工業(以下、Honda)と三菱商事が、2024年7月に設立した「ALTNA(オルタナ)株式会社」(以下、ALTNA)。

今回は、三菱商事モビリティグループのeモビリティソリューション本部からALTNAに出向し、日々奮闘している2人の社員が登場。ALTNAが展開する新事業や、これからのモビリティの可能性について、朝日新聞GLOBE+の関根和弘編集長が話を聞いた。

[前編]のインタビューはこちら>>

座談会参加者
prof_三菱商事_本田祐輔氏
prof_三菱商事_飛松雄大氏
※本文は敬称略

[聞き手]
関根 和弘(朝日新聞GLOBE+編集長)

希少資源の海外流出、循環の仕組みづくりが急務

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ALTNA株式会社 経営企画部の飛松雄大氏

──竹内本部長への取材(※前編参照)では、世界的なEV化の流れや日本のEV普及の状況、さらにeモビリティソリューション本部設立の経緯について伺いました。飛松さんは、 EV市場の課題をどう見ますか。

飛松 EV市場を取り巻く課題は様々ありますが、私たちALTNAがとくに重きを置いて解決を目指しているのは、次の3点です。

第一に、“希少資源の固まり”であるEVのバッテリーの多くが、中古EVという形で国外に流出してしまっている現状です。これは、中古のEVやバッテリーを有機的に循環させるシステムが日本にないことが原因です。この先、希少資源のさらなる争奪が世界で進むなか、日本の国力を高めるという意味でも、この仕組みづくりは急務といえます。

第二に、ガソリン車に比べてEVの初期コストが高額であるという点です。バッテリーという高価な部品を積んでいるから、という側面はもちろんありますが、EVの中古車市場が未成熟で適正な価格がつかないことも大きな要因となっています(※詳細は前編参照)。EV普及のためには、ユーザーの負担するコストを軽減していく工夫が必要です。

第三に、再生可能エネルギーにおける需給ギャップの問題です。EVの駆動源は電力ですから、EVの普及が進めばより多くの電力を必要とします。発電時における脱炭素化はもちろん重要ですが、太陽光や風力などの再エネは、天候や時間帯によって発電量が変動するという特性があります。

それゆえ、「晴天の昼間、太陽光発電所からの発電量を電力系統で吸収・消費しきれず捨てざるをえない」「太陽光発電の発電量が減少する夕方、多くの人が帰宅するため家庭の電力需要が増加する」といった需給ギャップが生じてしまうのです。この需給のバランス調整と再エネの有効活用に大きな役割を果たすのが、「蓄電」の技術です。

Hondaと三菱商事の新会社「ALTNA」、この夏始動

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──そうした様々な課題を解決すべく、新たに設立されたのがALTNAですね。

飛松 EVの社会実装と脱炭素化の実現を目指すにあたって、Hondaさんも三菱商事もそれぞれが危機感や課題を抱えていました。そんななか、2年ほどにわたる綿密な議論を経て、2024年7月、合弁会社ALTNAの設立に至りました。

ALTNA では、Hondaさんが持つEV・バッテリーの制御技術やコネクテッド技術と、三菱商事が持つ蓄電池運用やスマート充電などの電力ビジネスに関する知見を組み合わせることによって、新たなモビリティサービス・新たな電力事業を展開していくことを目指しています。

── 社名に込められた思いを教えてください。

飛松 ALTNAという社名は、「代替物、新たなもの、選択肢」を意味するAlternativeから付けられています。これまで車といえば「ガソリン車」が主流でしたが、これからは「EV」という選択肢もある。車は「所有」することが一般的でしたが、「利用(リース)」をするという選択肢もある。さらに、脱炭素社会やリソースサーキュレーション(資源の循環利用)の実現に向けて、まだ見ぬ「新たな選択肢」を世の中に示していきたいという思いも込められています。

「バッテリーリース事業」で低価格のEVリースを実現

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──ALTNAが打ち出している三つの事業の一つ「バッテリーリース事業」について教えてください。

飛松 Hondaさんが2024年10月に発売を予定している新型軽商用EV「N-VAN e:(エヌバン イー)」を皮切りに、三菱商事とHondaさんの関連リース会社が連携し、新しいリース商品を販売します。

この車両のリースを行う際、バッテリーの所有権を我々ALTNAが保有し、バッテリー使用状況のモニタリングを行います。将来のバッテリー劣化予測を含めた継続的なモニタリングにより、バッテリーのSOH*を含めた信頼性を高め、新車時から中古車まで長期にわたってバッテリーを利活用します。
*SOH:State Of Healthの略。電池の容量劣化状態を表す指標

ユーザーにとっては、「リース会社からEVをリースする」というかたちは従来と変わりませんが、リース価格を従来よりも抑えることができます。

──リース車両のバッテリー部分だけをALTNAが所有するとは、ユニークな手法ですね。

飛松 そうですね。「車電分離」と我々は呼んでいますが、EVの車体部分とバッテリー部分の所有権を切り離して、バッテリー部分のみをALTNAで所有するというスキームです。 

「中古EVのバッテリーの状態を正しく把握できる仕組みがない」という問題点については(三菱商事eモビリティソリューション本部長の)竹内がお伝えしましたが(※前編参照)、この事業では、ALTNAが一貫してバッテリーを所有しモニタリングすることによって、中古車時点でもユーザーに対して信頼に足るリース車両を届けることができます。

──この事業によってEVのリース価格が安くなるとは、どういう仕組みなのでしょうか。

飛松 これまで、日本で車載用途を終えたバッテリーの多くは、バッテリーとしての価値が残っているにもかかわらず中古車として海外に流出してしまっていました。このあと詳しく説明する「リパーパス蓄電事業」では、「車載」利用が終わった後のバッテリーを「系統用蓄電池*」として利活用することで収益が得られます。その利益をEVユーザーにも還元するため、EVのリース料金をこれまでよりお求めやすい価格でご提供できるというわけです。
*系統用蓄電池:電力系統(発電所や変電所など)と直接つないで充放電する蓄電池。

「ガソリン車」ではなく「EV」に、そして「所有」ではなく「利用(リース)」することを提案するこの事業は、まさにユーザーに新たな選択肢を示すものであり、我々の社名を体現するような事業だと思っています。

バッテリーの「リパーパス蓄電事業」、再エネ拡大に貢献

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──では改めて、バッテリーの「リパーパス蓄電事業」について教えてください。

飛松 先ほどのバッテリーリース事業で車載利用を終了したバッテリーを、今度は「系統用蓄電池」として二次利用し、運用を行う電力事業が「リパーパス蓄電事業」です。

蓄電池は、電気が足りない時には放電し、電気が余っている時には充電することができます。この機能は、再エネの需給ギャップ調整をはじめ、電力系統における需給バランスを安定させるために非常に大きな役割を果たします。またこうした蓄電池による調整力の機能提供は、天候や時間帯によって発電量が不安定になる「間欠性」を有する再エネの普及拡大を支える役割も果たします。

ALTNAでは、リパーパス(二次利用)の蓄電池を活用した電力関連事業を展開する予定です。

──リパーパスの蓄電池を活用した電力関連事業とはどういうものでしょうか。

飛松 車載用途を終了したバッテリーを活用した系統用蓄電池をいくつも置き、運用するイメージです。今後、電力系統の安定を支える重要な存在になるはずです。

また、ALTNAの所有するバッテリーは、車載利用時からのモニタリングデータを活用することで長期的・安定的な運用が可能ですが、より一層の効率性を求めてさらなる技術的な追究も重ねていきます。

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──系統用蓄電池としての利用が終了した後、バッテリーはどうなるのですか。

飛松 系統用蓄電池としての役目を果たした後のバッテリーは、また次なるリサイクルへとつなげていきます。このようなバッテリーの循環システムを整えることは、希少資源の国外流出を防ぐことにもつながります。ゆくゆくは、新車EVのバッテリーの原材料として活用する、究極の「リソースサーキュレーション」を実現することを目指しています。

「スマート充電事業」で電力コストを最適化

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ALTNA株式会社 スマート充電部の本田祐輔氏

──三つ目の事業、「スマート充電事業」について教えてください。

本田 一言でいうと、ALTNAのエネルギー制御システムによって「電力が最も安い時間帯にEVが充電される」というサービスです。例えば、ユーザーが夜7時に帰宅し、EVの充電を始めたとします。翌朝8時に出発するとしたら、夜7時〜翌朝8時の間で最も電力の調達コストが安くなる時間帯に、自動的に充電がなされます。ユーザーの手間をかけることなく、充電コストを抑えることができます。

──電力の調達コストが安い時間帯を、ALTNAが見極めるということですか。

本田 電力の卸取引市場の価格は、電力系統において「電気が足りない」という需給逼迫(ひっぱく)時には上昇する傾向があり、逆に「電気が余っている」という需給緩和時には価格が下落する傾向にあります。

ALTNAでは先進のエネルギー制御技術を活用し、こうした電力系統の需給状況や卸取引市場の価格変動を踏まえて、ユーザーの利用タイミングに合わせつつ電力コストを最適化するプランを提供します。

今後EVがさらに普及すると「夕方の時間帯にEV充電が集中し、電力系統に過大な負荷がかかる」という新たな問題も懸念されていますが、その解決にもこの事業が寄与できるでしょう。

──「スマート充電」は、再エネの有効活用にも寄与するそうですね。

本田 その通りです。脱炭素化に向けて再エネを拡大していく、つまり、再エネを電力系統に大量に接続していくにあたっては、発電量の変動を吸収しコントロールする調整力が必要です。「スマート充電」のシステム下では、電力網で再エネの余剰が発生する時間帯に充電を行うことができますから、その調整力の機能の一部をEVの蓄電池が担えるということ。再エネの導入促進・有効活用への一助となります。

──ALTNAがスマート充電の先に目指す姿とは、どういったものなのでしょうか。

本田 いまALTNAが取り組んでいるのは、電力系統の状況に応じて充電タイミングをシフトする、つまり、系統からEVへの充電を一方向で制御する技術「スマート充電」を用いた事業です。

ただし中長期的には、EVと電力系統が双方向で電力をやり取りする技術(いわゆる「V2G:Vehicle to Grid」)の活用も視野に入れています。現時点では、制度上の問題や技術的な課題など多くの壁がありますが、いずれ「V2G」の事業化を実現できれば、EVを「蓄電池」として機能させることでその利用価値を向上することにつながり、EV普及を後押しするものと期待しています。まずは「スマート充電」から事業化を成功させ、その後「V2G」へと発展させていく。そんな青写真を描いています。

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「移動手段」を超えた、EVの新たな価値を引き出す

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ALTNA株式会社のサービス概念図

──お話を伺って、「モビリティ」という領域を超えた、全く新しい事業に取り組まれていることがよく分かりました。

飛松 そうですね。今日は「バッテリーリース事業」「リパーパス蓄電事業」「スマート充電事業」の三つの事業をご紹介しましたが、ALTNAとしての事業は今後まだまだ広がっていくと思います。

ALTNA の事業は、「EVの社会実装を推進」していく取り組みであると同時に、脱炭素化への貢献やリソースサーキュレーションの実現といった「社会課題へのチャレンジ」でもあります。これから先、志を同じくする仲間をどんどん増やしていくことが、モビリティとエネルギーの未来と社会を変えていく力になると思っています。

本田 面白いデータがあるのですが、「稼働率」という視点で車を見ると、一般的な個人ユーザーの車両の稼働率はたったの1割なのだそうです。つまり、走行するのは1日あたり平均2時間程度で、残りの22時間は駐車しているだけであると。この駐車している時間帯に、EVを「蓄電池」として活用してしまおうというのが、先ほどの「V2G」の発想ですよね。 

このように、モビリティの「移動手段」以上の価値を引き出していくこと、機能を与えていくことが、今後はさらに求められていくと思っています。

初志を貫き、楽しみながらチャレンジを

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──ALTNAの会社の雰囲気はいかがですか。Hondaの社員さんから影響を受けていることなどもあれば教えてください。

飛松 二つの会社から人員が集まってできた組織ですが、Hondaさん出身か三菱商事出身かといったことを意識することはないですね。そもそも、不動産や電力、自動車、電池、あるいは経営企画など、実に多様なバックグラウンドの人が集まっていますから、互いのスペシャリティを認め合いながら、いい関係性を築けているのではないかと思います。

本田 そうですね。侃々諤々(かんかんがくがく)議論しても、根底には常に相手へのリスペクトや信頼がある。そういう文化は、両社に共通しているところだなと日々感じています。Hondaさんらしさという点では、物事を考える際に、「どこが新しいのか」「なぜやるのか」「誰の役に立つのか」といった問いを常に大事にされていて、刺激を受けますね。

飛松 たしかに「それって、世の中にとって何がいいんだっけ?」と議論の途中で立ち返るような場面は多いですね。単に儲(もう)ければいいという考えではなく、ビジネスのあり方として立ち戻るべき場所を示してくれるというか。それから、本田宗一郎さんの信念や言動に関する話が割と頻繁に出てくるんですよね。創業者の思いがこれほど社員の皆さんに浸透しているというのは、すごいことだなと思います。

ちなみに、ALTNAはシェアオフィスに会社を構えていることもあって、会社の雰囲気も社員の服装もベンチャー気質というか、カジュアルです。僕らは今日割と小綺麗な格好でやって来ましたが(笑)、こういうラフな感じもまた、オープンなマインドで仕事ができる一因かもしれません。たかが服装、されど服装ですね。

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聞き手の関根和弘編集長(左端)とともに

──最後にあらためて、この事業への意気込みをお聞かせください。

本田 いま、既存の産業の垣根が、どんどん曖昧(あいまい)になっていることを感じます。現にモビリティ業界も、EVを遠隔制御できる通信機能の搭載をはじめ、電動化とソフトウェア化が同時並行で進んでおり、すでに電力業界とは切っても切れない関係になりつつあります。こうした他分野との融合を通じて新たな価値を引き出していく事業はすごく面白いし、ワクワクします。

また、こうした「業際」のビジネスであるからこそ、素晴らしいパートナーとの協業が不可欠です。Hondaさんや国内外の様々なパートナーとともに取り組んでいくビジネスは困難も多いですが、それ以上にやりがいがあります。これからも楽しみながら仕事に邁進(まいしん)していきたいと思っています。

飛松 ALTNAはやっと走り出したばかりです。これから先、予想外の困難や壁にもぶつかるでしょう。でもどんな時も、自分たちは「人類のためになる事業」をやっていくのだという初志を忘れず、チャレンジし続けていきたいと思っています。

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