カーボンニュートラル社会の実現に向け、モビリティ分野においても脱炭素化・電動化の実現は喫緊の課題となっている。2024年4月、三菱商事のモビリティグループに新設されたのが「eモビリティソリューション本部」だ。

電動車両であるeモビリティは、環境に優しい一方、製造・販売・保有・利用をめぐっては多様かつ複雑な課題が山積している。それらを解決すべく、産業の垣根を越えた新規事業を打ち出し、脱炭素化・電動化を加速させるという。目まぐるしい変化のただ中にいる同本部を、冷静かつ熱く率いる竹内優介本部長に話を聞いた。(聞き手:朝日新聞GLOBE+編集長・関根和弘)

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100年に1度のパラダイムシフトが起きている

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モビリティグループ eモビリティソリューション本部の竹内優介氏

──まず、いま世界で「モビリティの電動化」が求められている背景をお聞かせください。

温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル社会」に向けた取り組みは、「地球が生き永らえるため」「人類がこの先も地球上で生きていくため」のアクションであり、世の中のあらゆる産業が取り組むべき共通課題であると認識しています。 

特に、モビリティ業界は「100年に1度の大変革期」といわれており、「CASE」──Connected(インターネットでつながる)、Autonomous(自動運転)、Shared&Service(シェアリング&サービス)、Electric(電動化)──という四つの要素が、持続可能な社会の実現に重要な役割を果たすとされています。

CASEのE(電動化)、すなわち、ガソリン車から電気を動力源とする電動車へのシフトを進めることは、化石燃料の使用を減らしCO2排出量を削減するための重要な要素です。特に重きをおくべきは世界で急速に普及が進んでいるEV(電気自動車)であり、その導入・普及は、モビリティ業界に課された大切なテーマだと考えています。

──EVは、モビリティ業界のパラダイムシフトの代名詞的存在なわけですね。

その通りです。ただし、EV"だけ"が普及すればカーボンニュートラル社会を実現できるわけではありません。EVの導入が進めば、それだけ電力も必要になりますよね。我々は、EVをはじめとする電動車の導入を進めるのと同時に、産業界全体でそのエネルギーの脱炭素化をも推し進めることが使命であると認識しています。

日本は出遅れるも、EV化の流れは不可逆的

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(出典)日本自動車販売協会連合会/全国軽自動車協会連合会/CAAM/DOE/ACEA

──いま世界では、EVはどれくらい普及しているのでしょうか。

全世界の新車販売台数は年間約9,000万台に上ります(2023年実績)。従来はその大半がガソリン車でしたが、ここ数年で世界では爆発的に電動車の販売比率が上昇しています。

EV化が最も先行しているのは、中国です。2023年度の新車販売台数のうち、EV比率は約22%。PHEV(プラグインハイブリッド車)も加えると、実に約3分の1を電動車が占めているという状況です。これは、バッテリーやEVのメーカーを国策としてバックアップしていることも要因でしょう。

続いて、気候変動対策において世界をリードし続けているEU(欧州連合)。その次にアメリカです。アメリカは、経済安全保障のためにEVやバッテリーの生産拠点の設備投資を支援する税額控除や巨額の補助金を付けており、今後さらにEV化が進むと思われます。

新車販売台数で約500万台を占めるインドは、EVの販売比率はわずか2%程度ですが、今後、電動二輪も含めて急速に導入が進むと見られます。同じく新車販売台数約500万台の日本の状況は、EVとPHEVを合わせても、まだ約3%にとどまっています。

──やはり中国とEUで圧倒的にEV化が進んでいますね。今後の動きをどう見ますか。

国や地域によって産業政策や補助金の施策などが違うこともあり、EV化の加速のスピードはそれぞれですし、急な変革に対する揺り戻しの動きも起こるでしょう。ですが、中長期的に見れば、世界のあらゆるエリアで、EV、PHEV、FCEV(燃料電池車)といった電動車の比率はどんどん上がっていくことは間違いないでしょう。人類の共通課題であるカーボンニュートラル化の流れの中で、この動きは不可逆的に進展するものと捉えています。

航続距離や充電インフラだけじゃない EV普及の障壁

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──日本でEVがなかなか普及しない要因は、どこにあるのでしょうか。

色々な要因があるのですが、充電インフラやメンテナンスの体制をはじめとしたEVのエコシステム*が構築されていないことが大きいと思います。
*エコシステム:業界や製品がお互いに連携して大きなシステムを形成すること。

ユーザーの視点に立ってみると、例えば、1回の充電で走行できる距離が短いという「航続距離」への不安があり、「充電インフラ」が足りず充電の利便性が低いことや、「バッテリーの劣化や寿命」も心配でしょう。また、ガソリン車と比べた際の「車両価格の高さ」は気になるし、乗り終わってからも「中古EV市場の未熟さ」ゆえ、適正な価格がつかないのではという懸念もあるでしょう。こうした不安や心配事を完全に解消できていないため、買い替えに結びついていないのだと思います。

──中古車市場でEVに適正な価格がつかないとは、どういうことですか。

例えば400万円でEVを購入したとします。5年後に買い替えようと思って中古車市場に出しても、ほとんど値段がつかないというのがいまの日本の状況です。つまり、5年間で400万円、年間80万プラス電気代が支払うべきコストとなる。ガソリン車と比べるとこれはやはり高いですよね。

なぜこんなことが起こるかというと、中古EVのバッテリーの状態を正しく把握できる仕組みがないからです。バッテリーのモニタリングが適正に行われれば、「5年間乗ったそのEV、バッテリーの残量は8割残っているから少なくとも2、3年は乗れますよ」とか「中古EVとしてこれくらいの価値がありますよ」といった、適正な判断がなされるはずです。

中古EVを循環させる仕組みが整っていないことは、EVへの価格転嫁だけでなく、さらに大きな問題をはらんでいます。日本の中古車市場で値段がつかないEVの大部分は、ニュージーランドをはじめとする国外に輸出されています。これは、バッテリーの中に入っているリチウムやカッパー、ニッケル、マンガンといった高価な「希少資源」が国外流出していることを意味します。世界中で希少資源の争奪が進む今日、この状況にはすぐに手を打つべきです。 

バッテリーのマネジメントができておらず、そのリサイクルの仕組みも整っていないために、「高額な車両価格」としてユーザーに跳ね返り、EV普及の障壁の一つとなっている。さらに、バッテリーに含まれる希少資源は国外に流出してしまっている。それがいまの実態です。

eモビリティの課題解決に挑む新組織 ついに始動

──そのような様々な課題を解決すべく、2024年春、モビリティグループに新たに設立されたのが「eモビリティソリューション本部」ですね。

eモビリティソリューション本部は、電動モビリティ(eモビリティ)関連の新規事業開発を加速させるべく新設されました。EVやバッテリーを起点とした事業・サービスの開発を通じて、利便性を損なうことなくEV導入・普及を加速させ、脱炭素社会の実現に資することをミッションとしています。

この本部では、先ほどお話ししたEVをめぐる様々な課題解決のために、「フリート(車両)」「バッテリー」「エネルギー」「マテリアル」という四つのマネジメントを複合的に組み合わせたeモビリティソリューション事業を提供します。EVの普及を推進しながら、それによって生じる次なる課題に対応していくというイメージです。

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三菱商事のeモビリティソリューション事業の概念図。
※1.CN:カーボンニュートラルの略称。
※2.BESS:Battery Energy Storage System(バッテリーエネルギー貯蔵システム)の略称。
※3.LTV:Life Time Value(顧客生涯価値)の略称。

──「フリート」「バッテリー」「エネルギー」「マテリアル」の四つのマネジメントとは、具体的にどういうものですか。

まず、航続距離やバッテリー劣化、充電にかかる時間やコストに対する不安を解消するには、どういう走行をして、どうやって充電されたのかといった運行データを蓄積し、最適な運用の提案を行う「フリート」のマネジメントが大切です。法人顧客向けにEV導入支援・リースなどの事業も展開し、IT技術を活用してサービスの高度化を図ります。

そのために重要なのが「バッテリー」のマネジメントです。バッテリーがどういう状態にあるのかモニタリングを適正に行うことで、中古車市場でのEVの価値は変わるはずです。また、中古の車載バッテリーを定置用蓄電池として転用する事業も進めていきます。

さらに、バッテリーのリチウムやカッパー、ニッケル、マンガン、モーターに使う磁石のレアアースなどの希少資源のリユース・リサイクルをはじめとする「マテリアル」のマネジメントも重要です。

「エネルギー」のマネジメントには幅広い意味がありますが、ユーザー視点でいうと、電力の需給に合わせてEVの充電のタイミングを制御することで、安く充電できるようになるということです。さらに、EVのバッテリーを住宅用蓄電池として利用することで、電力の有効活用にもつながります。車両から家庭へ電力を供給するこのシステムは「V2H(Vehicle to Home)」といってすでに実用化されていますが、そのメリットを周知することでEVの普及はもっと進むと思います。

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──EVに搭載されているバッテリーを「蓄電池」として使うとはどういうことか、もう少し詳しく教えてください。

いま、再生可能エネルギーの導入を日本でもどんどん進めていますが、太陽光発電や風力発電などの再エネには、天候や時間帯によって発電量が不安定になる「間欠性」という特性があります。この間欠性を補って電力を安定供給するには、ほかの電力源や「蓄電」技術を用いた調整が必要です。この蓄電の方法として、系統用蓄電池*の設置や、EVに搭載されているバッテリーを活用するという方法があります。
*系統用蓄電池:電力系統(発電所や変電所など)と直接つないで充放電する蓄電池のこと。

電力の需給バランスは「同時同量」、つまり需要と供給が同じ時に同じ量になっていないと、電力供給を正常に行うことができなくなってしまいます。近年は再エネ導入が進んだことにより、例えば日照の多い昼間などに出力制御、すなわち「この時間帯はこれ以上系統で受けきれません」とストップがかかり、再エネによる電力が捨てられてしまうという事態が起きています。

「系統用蓄電池」や「車載用蓄電池」を活用して需給バランスの均衡を図ることは、貴重な国産エネルギーである再エネの出力制御を減らして、さらなる再エネの導入を可能にし、「エネルギー自給率向上」にも資するものです。もちろん「脱炭素化」にも貢献できます。

将来的には、EVのバッテリーを電力網(グリッド)に接続し、「いまの時間帯は需要が少ない」というタイミングでEVユーザーが安く電気を買って蓄電し、逆に「いまの時間帯は供給が少ない」という場合に売電できる、「V2G(Vehicle to Grid)」のシステムの実現も目指しています。

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Hondaと三菱商事による「化学反応」にワクワク

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三菱商事からALTNAに出向している本田祐輔氏(左)と飛松雄大氏(右)とともに

──三菱商事では「共創価値の創出」を掲げています。EVをめぐる課題はそもそも多様なセクターとの協業が不可欠であり、まさに「共創」による事業といえますね。

2022年、私が経営企画部事業構想室に在籍していた時に、「バッテリー総合戦略」を担うタスクフォースを立ち上げ、関連する六つのグループとともに新たな事業展開を模索していました。そのタスクフォースが、この度新設したeモビリティソリューション本部の前身となっています。

6グループと取り組んでいたという成り立ちからも分かる通り、この事業は、モビリティ的視点だけではなく、エネルギーやマテリアル、DXといったあらゆるセクターの垣根を越えたソリューション開発が必要です。ですから、いまも電力ソリューショングループとは日常的にやり取りがありますし、バッテリーのリサイクルについてはマテリアルソリューショングループや金属資源グループと、金融知見やデータDXについてはS.L.C.グループと、といった感じで日々緊密に連携し、新規事業開発を進めています。

EV普及とその先のカーボンニュートラル社会の実現は、三菱商事の多様な産業に対する接地面積、そして社内外との共創があってこそ成し遂げうるものだと思っています。

──2024年7月には、ALTNA(オルタナ)株式会社を設立しました。

EVの社会実装と脱炭素社会の実現に向けた課題解決を目指し、本田技研工業(以下、Honda)と設立した合弁会社が「ALTNA株式会社」(以下、ALTNA)です。まずは、EV利用コストの最適化や、希少資源を多く含むバッテリーの価値向上と国内での資源循環、さらに、再生エネルギーの普及に向けて需要が拡大する系統用蓄電池による調整力の供給などを目指して事業を展開していきます。

Hondaさんとは、2年ほどの時間をかけてじっくりと議論を重ねてきました。意外な組み合わせだと驚かれることも多いのですが、チャレンジ精神旺盛な社風も含め、カルチュラルフィット(企業文化の相性)はすごくいいと思います。

何より両社の目指す未来像が共通しているので、議論の過程で意見がぶつかることがあっても、ピュアに「共同事業のALTNAとしてどうあるべきか」という部分に立ち返ることができるのは両社の強みだと思っています。まだ始動したばかりですが、今後、Hondaさんと三菱商事でどういう化学反応が起きるのか、とてもワクワクしています。

──ALTNAの事業に寄せる期待をお聞かせください。

まさに社名の通り、EVの社会実装と脱炭素社会の実現に向けて様々なAlternative(代替物、新たなもの)を開発し続けていくことが、ALTNAのミッションです。

まずは、EVのバッテリー部分と車体部分の所有権を切り離す「車電分離」というコンセプトの事業にチャレンジします。詳しい内容については、改めて現場のメンバーに語ってもらいますが(※シリーズ後編を参照)、大きな可能性を秘めた事業であり非常に期待しています。

常識を疑い、戦略をもって実行に移すべし

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──eモビリティソリューション本部では、ALTNA以外でもすでに蓄電の事業に取り組んでいるそうですね。

はい、その通りです。NTTアノードエナジーさんと九州電力さん、そして三菱商事の3社で、蓄電実証事業を九州で実施しています。九州地区では、太陽光発電などの発電量が需要を上回る場合の出力制御が行われる状態が頻発しています。さらにこの先、需給ギャップによって捨てられてしまう再エネの量は増えていくと想定されています。そこで、このエリアに系統用蓄電池を設置し、太陽光発電の出力制御量を低減させるとともに、需給逼迫(ひっぱく)時に電力供給する実証事業に取り組んでいます。

──そのほかに、注目すべき技術や事業はありますか。

ドイツの大手メーカー、Bosch(ボッシュ)さんと共同開発した「バッテリーマネジメント技術」を活用したサービスの提供に向けて準備を進めています。これは、バッテリーモニタリングを通じたリアルタイムでの状態把握、残存寿命予測、そしてこれらのビッグデータをベースにしたユーザーへの使用方法のレコメンデーション等のサービスです。

また、「バッテリー交換式の技術」にも大きな可能性を感じています。いま、物流やタクシー、バス業界でも電動化への対応が求められていますが、その障壁の一つが充電です。「交換式バッテリー」を活用したサービス提供によって、これまで積み上げてきた効率的なオペレーションを損なうことなく、電動化に対応していけると期待しています。

また、この技術を使って、交換式バッテリーステーション、いわゆる“EV版ガソリンスタンド”を日本各地に設置すればユーザーの航続距離の不安も解消できますし、“分散型蓄電所”とみなせば、需給ギャップが発生した際の調整力としての活用も見込めます。

──最後に、eモビリティソリューション本部のメンバーへの期待をお聞かせください。

我々が対面している業界は、スピーディーで非連続な様々な変化にさらされています。「いままで常識だったから」「昔からこのやり方だから」という姿勢では通用しません。

変化を先読みして、事業開発やソリューション開発を生み出す「構想力・発想力」をいかにブラッシュアップするか。さらに、その構想・発想をどう「戦略」に落とし込んでいくか。関係各所と連携しながらいかに「実行」までこぎつけられるか、我々の力が試されています。自分の担当する案件・プロジェクトを絶対仕上げるのだという強い思いと当事者意識を持って、これからも仕事にあたってほしいですね。……要求水準が高いですか(笑)? でも、必ずや期待以上の成果を出してくれるメンバーだと信じています。

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インタビュアーの関根編集長(左)と

後編は、eモビリティソリューション本部の社員2人の対談を掲載します。

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