トップと語る、がん治療のいまと未来
抗体医薬でがん治療を変える
バイオテクノロジー企業
「ジェンマブ」の挑戦
バイオ医薬品の
先進地・デンマークから
世界へ、日本へ
鈴木 ジェンマブは、グローバルでは25年の歴史があるそうですね。会社設立の経緯や事業の内容を教えてください。
ダール
私たちジェンマブは、がん治療の抗体医薬品の研究・開発を専門とするバイオテクノロジー企業です。抗体医薬の研究者数名が1999年にデンマークのコペンハーゲンで立ち上げました。
そしてこれまで、50万人以上の患者さんに抗体医薬品を届けてきました。ほかのバイオテクノロジー企業や製薬会社、学術機関、研究機関、データサイエンス企業などとパートナーシップを築きながら、がん治療を根本から変えるための新たな取り組みを進めています。
鈴木 ジェンマブという社名の由来やビジョン、企業規模についてもお聞かせください。
ダール
ジェンマブ(Genmab)の「Gen」は、「多くの人々(General People)」を、「mab」は「抗体(モノクローナル抗体)」を意味しており、「抗体の力で、病に苦しむ多くの人たちに希望を届けたい」という私たちの願いが込められています。「2030年までに、人々を感動させる抗体医薬品でがんやその他の深刻な病に苦しむ患者さんの生活を大きく改善する」というビジョンを掲げています。
企業規模としては、現在、ヨーロッパ、北米、アジア太平洋地域に六つの拠点があり、世界全体で2600人以上の社員が働いています。日本では、約200人の社員が部門や国を超えて協力し合いながら、患者さんの生活を改善するために日々取り組んでいます。
鈴木 日本にも多くの社員の方がいらっしゃるのですね。ジェンマブの歴史の中で、どんな出来事がターニングポイントとなったのでしょうか?
ダール 私たちが自ら開発した治療薬を患者さんに直接届けることを決断したことだと思います。もともとジェンマブは「研究・開発」を行うビジネスモデルでしたが、薬剤の「販売」も手がけるモデルへと転換しました。今では、アメリカと日本に販売体制が整い、治療薬を必要とする患者さんにより早く届けられるようになりました。
鈴木 日本法人は2019年に設立されたそうですね。設立の背景や期待していることについてもお聞かせください。
ダール 日本では高齢化が進んでおり、がん患者さんの数も増えています。私たちの治療薬や抗体技術を通じて、日本の患者さんが抱える「満たされていないニーズ」に応えられると考えています。日本はジェンマブにとって非常に重要な国であり、私たちの科学の力で医療界に、そして多くの患者さんに、貢献できると確信しています。日本法人を設立できたことをうれしく思っています。
鈴木 ジェンマブの社員の皆さんは、企業の独自性や働き方、文化に誇りを持っていると聞きました。社長から見て、社員の方々に感じる「ジェンマブらしさ」とはどのようなものでしょうか。
ダール
ジェンマブで仕事をするというのは、かなりユニークな感覚があるのではないかと思います。ジェンマブには、「普通の枠を超えて非凡であること、独自性や自分らしさに誇りを持つこと」を意味する「Extra [not] ordinary(エクストラ・ノット・オーディナリー)」という私たちが作った言葉があるんです。
この「Extra [not] ordinary」は、ジェンマブで働く私たちがものを考えたり行動を起こしたりする際の基盤になっています。ジェンマブは、社員たちが自分らしくいられる環境であり、積極的に新しいアイデアや取り組みを生み出し、互いに尊重し合って、会社や仲間から必要なサポートを受けられる場所であることを目指しています。また、「患者さんのために自分は重要な役割を果たしているんだ」と社員一人ひとりが業務を通じて感じることができ、自信を持てる職場づくりを心がけています。
鈴木
自分らしくいることを尊重し合いながら、患者さんのために自信を持って働くことができるという社風はとても良いですね。「Extra [not] ordinary」という言葉も素敵です。
次に、がん治療に関する日本の課題についてはどうお考えでしょうか。
ダール
日本で薬を開発する際の課題の一つが、海外ですでに承認されている薬が日本で承認されるまでに時間がかかる「ドラッグラグ」です。さらに、「ドラッグロス」という問題もあります。これは、海外で承認されて使用されている薬が、日本で申請されなかったり、そもそも開発すらされなかったりする状況のことです。
そういった課題に対応するために、ジェンマブでは長年にわたり、薬の「同時開発」に力を入れてきました。米国、ヨーロッパ、日本での承認申請をできる限り同じタイミングで行うことで、日本の患者さんにも私たちの治療薬をできるだけ早く届けられるよう努めています。
鈴木
ドラッグラグやドラッグロスの問題は、日本で長い間解決されていない重要な課題だと感じています。自分に合った薬があるのに、それを使えない状況は本当につらいことだと思います。
私は、24歳の時に乳がんを経験しました。今はがんを経験した人やその家族が無料で相談などをできる「マギーズ東京」というセンターを運営し、患者さんを支援する立場にもいます。また、医薬品や医療機器の審査や承認を行う「PMDA」*1の運営評議会委員も務めていて、そこでもドラッグラグやドラッグロスは長らく課題として議論されています。
こういった状況からも、ジェンマブが日本のドラッグラグやドラッグロスの解消に向けて業界をリードして、積極的に取り組んでいることは素晴らしいことだと思います。
ジェンマブ独自の「抗体技術」で
がんに挑む
鈴木 ジェンマブが得意とする「抗体医薬」とはどういうものなのか、わかりやすく教えてください。
ダール 私たちの体には、病原菌などの異物が入ってきたときにそれを攻撃する「免疫」という仕組みがあります。「抗体」は体の中でその異物と結びついて無毒化するためのたんぱく質で、体に備わっているこの仕組みを利用して、病気の原因となる物質に対して抗体を作って、それを薬として使って治療や予防を行うのが「抗体医薬」です。
鈴木 その抗体医薬は、実際にはどんな病気に使われているのですか?
ダール がんや自己免疫疾患、アレルギー疾患、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、代謝性疾患、眼の病気、希少疾患、さらにはアルツハイマー病など、これまで効果的な治療法がなかったさまざまな病気に対する新しい治療の選択肢として、抗体医薬が注目されています。
鈴木 抗体医薬を使うことで、患者さんにはどんなメリットがあるのでしょうか?
ダール 抗体医薬品は、体の免疫機能を利用して特定の異物を正確に攻撃することができます。そのため、従来の低分子医薬品に比べると副作用が少なく、より効果的に病気を治療できる可能性があります。また、一部の抗体医薬品は、1回の投与で長く効果が続くため、投与回数が少なくて済むのも大きな利点といえます。このような特徴は、患者さんや医療従事者の皆さんにとって大きなメリットとなります。
鈴木 抗体医薬の存在が患者さんや医療従事者の負担軽減につながるのですね。これまで、ジェンマブはどのような薬の開発に取り組んできたのですか。
ダール
ジェンマブは、25年にわたって、血液がんと固形がんの分野で抗体医薬の研究と開発を行ってきました。バイオテクノロジー企業として、この分野のリーディングカンパニーだと自負しています。
ジェンマブが携わった疾患には、多発性骨髄腫、非小細胞肺がん、慢性リンパ性白血病、ALアミロイドーシス、甲状腺眼症、再発型多発性硬化症、大細胞型B細胞リンパ腫、子宮頸(けい)がんなどがあります*2。
日本では、これまで治療の選択肢が限られていた再発や難治性の大細胞型B細胞リンパ腫の患者さんの治療薬が使われています。これは二重特異性抗体による治療薬で、皮下注射製剤で扱いやすいことから、治療時間を短縮し、患者さんの負担の軽減にもつながると考えています。
鈴木 再発や難治性で治療の選択肢が限られていた患者さんへ貢献する薬なのですね。日本での承認も進むなかで、ジェンマブの研究・開発力の「強み」はどこにあると考えますか。
ダール まず、免疫システムに関して深い理解と知識を持っていることです。そして、効果と安全性をさらに高めるための技術開発に取り組んできた結果、現在、ADC(抗体薬物複合体)と、四つの次世代抗体技術プラットフォームを保有しています。「独自の抗体技術プラットフォームを使った創薬、開発ができること」がジェンマブの大きな強みだといえます。
鈴木 ジェンマブでは一般的な技術であるADCと併せて、四つもの新しい抗体医薬のプラットフォームを持っているんですね。抗体医薬の開発は世界中で進んでいると聞きます。実際の状況や今後の展望について教えてください。
ダール
以前は、抗体医薬の研究や開発を行う企業はごくわずかで、対象となる疾患もがんや自己免疫疾患に限られていました。しかし今では、多くの製薬企業がさまざまな病気に対応する抗体医薬の研究や開発を進めています。
現在は、同じ病気の原因物質に対して複数の抗体医薬が異なる企業によって同時期に開発される、大競争の時代です。この競争環境は、よりよい医薬品を1秒でも早く患者さんに届けるうえで、非常に健全なものではないでしょうか。
鈴木
私が乳がんになった2008年頃は、ちょうど分子標的薬*3が使えるようになったばかりでした。私の病態にぴったり合う治療があったことで、命を救われました。この経験から、「治療の選択肢が増えることは、命を救うこと」だと実感しました。抗体医薬の開発によって新しい治療の選択肢が次々と生まれていることは、まさに「希望」だと思います。
また、副作用や投与回数が少ない治療は、患者にとって負担が少なく非常にありがたいことです。新しい治療法を待ち望む患者さんからの期待も、ますます高まると思います。
ダール ジェンマブという社名の通り、抗体医薬で多くの患者さんに希望を届けていくために、全力で取り組んでいきます。
一人でも多くの患者さんに、
希望を届け続けたい
鈴木 ジェンマブは今後、がん治療をどのように変え、日本の医療にどのように貢献していけるとお考えですか。
ダール
高度な科学的知見を持った専門性の高い人材が集まり、医療従事者の皆さんと協力しながら、がん治療に取り組んでいきます。そして、患者さんがいち早く新しい治療を受けられるよう開発を加速し、日米欧で同時開発を行うことによって、ドラッグラグやドラッグロス問題の軽減に貢献したいと考えています。
特に、悪性リンパ腫をはじめとする血液がん、さらに今後は婦人科がんをはじめとする固形がんでの薬剤の研究、開発に力を入れ、より多くの患者さんに新たな治療選択肢をお届けできるよう取り組んでいきたいです。
鈴木 最後に、ジェンマブをどのような企業に成長させたいと考えているか、お聞かせください。
ダール 社員が毎日の仕事を通じて、患者さんに貢献していると実感できる職場であり続けることが大切です。ジェンマブが掲げる「2030年までに、人々を感動させる抗体医薬品でがんやその他の深刻な病に苦しむ患者さんの生活を大きく改善する」というビジョンに沿って、日本のがん患者さんに抗体医薬で貢献できる企業を目指し、全力を尽くします。
鈴木
創薬はとても重要ですが、医療従事者の皆さんや患者さん、そして将来患者になり得るすべての方に、新しい抗体医薬の存在を知ってもらうことも大切だと感じます。必要な方に、適切に薬が届くことを心から願っています。
今、日本では年間約100万人ががんと診断される時代です。人はいつか必ず死を迎えますが、それまでの生き方がとても重要です。すべての患者さんが多くの選択肢の中から自分に合った治療を選べ、納得のいく人生を送れるようになってほしいと思います。
ダール 鈴木さんの個人的な経験を伺って、私自身も日々の仕事に対する励みになりました。会社としても、これまで以上に多くの方々に迅速に治療薬を届けたいという思いを強くしました。
鈴木
私もジェンマブの取り組みとダール社長の患者さんに対する熱い想いを伺い、本当に心強く思いました。がんは難しい病気ですが、新しい抗体医薬の治療法は日々進化していることがわかりました。こうした薬を開発してくださる方々の存在が、患者さんを励ます力になると信じています。
また、がんになって孤独や不安を感じる方は多いと思いますが、がんは一人で向き合うものではなく、多くの人が支えてくれることを忘れないでほしいと思います。誰かに頼ることも大切です。どんながんの方でも「マギーズ東京」*4へのご相談をお待ちしています。
どんな状況でも希望を持ち続け、皆さんが自分らしく生きていける社会を目指して、一緒に頑張りましょう!
PROFILE
- クリストファー・ダール/デンマークに本社を置くジェンマブの日本法人代表として、2024年1月、ジェンマブ株式会社代表取締役社長に就任。欧州における製薬企業の要職を経て、5年前に日本へ。デンマーク・コペンハーゲン大学薬学修士号取得。
- すずき・みほ/2008年に乳がんを経験。元日本テレビ記者・キャスター。若年性がん患者団体「STAND UP!!」や「一般社団法人CancerX」を創設。2016年、がんを経験した人や家族らが無料で訪れ相談できる「マギーズ東京」を東京都江東区豊洲にオープン。2019年からPMDAの運営評議会委員。著書に『もしすべてのことに意味があるなら──がんがわたしに教えてくれたこと』。