発表のポイント

  • アレルギー性鼻炎の症状を持つ患者と疾患モデルマウスの鼻汁から脂質の代謝物(15-HETrE)が検出されました。
  • 15-HETrEをマウスの鼻に投与すると、鼻腔が狭窄して鼻閉を引き起こしました。このメカニズムとして、15-HETrEが鼻粘膜血管を弛緩させ、透過性を亢進していることがわかりました。
  • 15-HETrEは鼻閉を悪化させることが分かっているプロスタグランジンD2の受容体を介して、血管を弛緩させることがわかりました。
  • 15-HETrEはアレルギー性鼻炎における鼻閉を重症化させる原因物質である可能性があり、この阻害は画期的な治療法になる可能性があります。

15-HETrEによる鼻閉の悪化

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科の放射線動物科学研究室の研究グループは、アレルギー性鼻炎患者、疾患モデルマウスの鼻汁にジホモγリノレン酸の代謝物15-ヒドロキシエイコサトリエン酸(15-HETrE、注1)を検出し、それが鼻づまり(鼻閉)の症状を引き起こすことを、マウスを使って明らかにしました。
 本研究では、15-HETrEはマウスに横たわりや腹式呼吸などの呼吸困難に関わる症状と鼻腔の狭窄を起こし、鼻閉を引き起こすことを示しました。このメカニズムとして、15-HETrEはマウスの鼻粘膜の血管透過性を亢進し、血管を弛緩させました。さらに、15-HETrEはプロスタグランジンD2受容体(DP)やプロスタグランジンI2受容体(IP)を介して、マウスの血管を弛緩させることを示しました。プロスタグランジンD2は鼻閉悪化因子として、創薬対象となっている脂質代謝物です。今回の発見は、これまであまり注目されてこなかったジホモγリノレン酸の代謝物が、古典的な脂質の受容経路に関わり、鼻閉を悪化させることを示唆するものであり、より良い鼻閉の治療法開発に繋がることが期待できます。

発表内容

〈研究の背景〉

 アレルギー性鼻炎は、花粉やハウスダストなどの抗原に曝露された際に、くしゃみ、鼻水、鼻づまり(鼻閉)などの症状を引き起こすアレルギー疾患です。特に鼻閉は慢性化し、患者のQOLを著しく低下させます。しかし、現在ある治療薬はくしゃみ、鼻水などの症状と比べて鼻閉に奏功しにくく、より良い治療法の開発が求められています。
 患者の鼻粘膜が抗原に曝露されると、プロスタグランジン、ロイコトリエンなどの脂質代謝物が免疫細胞から放出されます。これらは、鼻粘膜の血管において血流量の増加や、血管壁のバリアの崩壊を起こし、鼻粘膜を肥厚させ、鼻閉を引き起こします。患者の鼻汁からは、様々な脂質代謝物が産生されることが報告されていますが、その多くは鼻閉に与える作用が明らかになっていません。過去の研究において我々は、ジホモγリノレン酸の代謝物である15-HETrEと呼ばれる脂質を、アレルギー性鼻炎モデルマウスの鼻汁(鼻腔洗浄液、注2)中に検出しました(Nakamura&Tachibana Allergy 2023)。本研究では、15-HETrEが鼻閉に与える影響を評価しました。

〈研究の内容〉

 アレルギー性鼻炎の症状を持つ患者の鼻水に含まれる脂質の成分を、質量分析装置を用いて解析したところ、5人中4人から15-HETrEが検出されました。続いて、卵白アルブミン抗原をマウスの腹腔内及び鼻腔内に複数回投与し、アレルギー性鼻炎モデルを作りました。このマウスの鼻汁中に含まれる脂質の濃度を質量分析装置にて測定したところ、抗原刺激後には約0.064 ng/mL15-HETrEが検出されました。
 15-HETrEが鼻閉に与える影響を評価するため、マウスの鼻腔に20 µg15-HETrEを投与したところ、腹式呼吸や横たわりの行動を引き起こしました。これは鼻閉によって呼吸がしにくくなったためと考えられます。また、15-HETrEを投与したマウスの鼻腔を、CT スキャンにて撮影したところ、投与10分後には鼻腔の容積が減少し、鼻閉が起こっていることが確認されました。
 次に、15-HETrEがマウスの血管に与える影響を調べました。青色色素を静脈注射したマウスの鼻に20 µg15-HETrEを投与すると、血管からの色素漏出量が増加し、血管透過性が亢進しました。20 µg15-HETrEを鼻腔内投与したマウスの鼻粘膜の血管を染色して、顕微鏡下で観察すると、15-HETrEは鼻粘膜の静脈洞を弛緩させることが分かりました。また、生体ライブイメージングを用いた実験においても、1 µg15-HETrEの投与が、マウスの耳の血管を弛緩させる様子が観察されました。
 最後に、15-HETrEが血管の収縮に与える影響を、マウスの摘出大動脈を用いて調べました。0.1-3 µM15-HETrEの処置は、収縮した血管を弛緩させました。この弛緩反応は、Gsタンパク質共役型受容体(GsPCR)であるDPIP受容体の阻害剤によって、抑制されました。同様に、カルシウム活性化K+チャネルや電位依存性K+チャネル(注3)の阻害剤によっても、15-HETrEがおこす血管の弛緩反応は抑制されました。これらの結果から、15-HETrEDPIP受容体を刺激し、細胞内のcAMP-PKAシグナルを介した経路によってK+チャネルを活性化させ、血管を弛緩させることが分かりました。

〈結論〉

 15-HETrEは、DPIP受容体を介してアレルギー性鼻炎における鼻閉の症状を悪化させる、新しい脂質代謝物であることが証明されました。

発表者

東京大学 大学院農学生命科学研究科
  尾崎 乃理子(獣医学専攻 放射線動物科学研究室 博士課程)
  坂本 直観(獣医学専攻 放射線動物科学研究室 博士課程)
  堀上 大貴(獣医学専攻 放射線動物科学研究室 博士課程:研究当時)
  橘 侑里(応用動物科学専攻 放射線動物科学研究室 博士課程:研究当時)
  永田 奈々恵(応用動物科学専攻 放射線動物科学研究室 特任講師)
  小林 幸司(食と動物のシステム科学 特任講師)
  平山 和宏(獣医学専攻 獣医公衆衛生学研究室 教授)
  村田 幸久(獣医学専攻 獣医薬理学研究室 准教授)

発表雑誌

雑誌
Allergology International
題名
15-Hydroxyeicosatrienoic acid induces nasal congestion by changing vascular functions in mice
著者
Noriko Ozaki, Naoaki Sakamoto, Daiki Horikami, Yuri Tachibana, Nanae Nagata, Koji Kobayashi, Yoshino Taira Arai, Masayoshi Sone, Kazuhiro Hirayama, Takahisa Murata* *責任著者
DOI
10.1016/j.alit.2023.12.007
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893024000029

用語解説

  • 注1 15-HETrE
     ジホモγリノレン酸がリポキシゲナーゼという酵素によって代謝され、産生される脂質である。生理活性についてはほとんど明らかになっていない。
  • 注2 鼻腔洗浄液
     マウスの鼻腔を還流させた生理食塩水で、鼻粘膜で産生される物質が含まれる。
  • 注3 カルシウム活性化K+チャネルや電位依存性K+チャネル
     血管の平滑筋細胞に発現しているK+チャネル。これらのチャネルが活性化すると細胞膜が過分極を起こして、血管が弛緩する。

問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 E-mail:amurata[アット]g.ecc.u-tokyo.ac.jp

※[アット]を@に変えてください。

関連教員

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村田 幸久