バブル経済崩壊後の1990~2000年代、雇用環境が厳しい時期に就職活動を行い、現在も様々な課題に直面する就職氷河期世代。親世代の高齢化も進む中、40~50歳代を迎えて心身の不調を抱えたり、就職先に恵まれず不本意ながら非正規雇用で働いたりと、苦しみ続けている人も多い。厚生労働省は、こうした就職氷河期世代を対象に、安定就労・正社員化の実現、多様な社会参加の実現を目指し、ハローワークや地域若者サポートステーション(通称・サポステ)、ひきこもり地域支援センターや自立相談支援機関などにおいて、官民連携による支援を続けている。都市部と山間部、沿岸部や工場地帯、観光地を抱え全国の縮図とも言える神奈川県で就職氷河期世代の支援に最前線で携わる3人に実情を語ってもらった。
神奈川労働局 ハローワーク藤沢 統括職業指導官 若狭 亜紀子さん |
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よこはま若者サポートステーション 施設長 池田 彩子さん |
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社会福祉法人 中心会 ユニバーサル就労支援事務局 伊藤 早苗さん |
今、就職氷河期世代の支援が必要な理由
――就職氷河期世代の支援は今なぜ必要なのですか?
若狭さん:卒業して就職活動をしたときに雇用環境が厳しかった就職氷河期世代には、就職がうまくいかず、社会人経験が少ない人、正社員雇用の難しさを感じている人がいます。また、ひきこもり状態にあったり、メンタルヘルスに課題を抱えていたりする人もいます。
池田さん:仕事のブランクが長い人や離転職を繰り返している人が多い世代です。就職がうまくいかない経験を重ねて孤立を感じ、社会の理不尽さに怒りを感じている人もいます。ブランクが長い方には、まずは就労体験をしてブランクを埋めることをお勧めしています。仮にその後に離職してしまったとしても、働いた実績があればその後の再就職がしやすくなるので、次は自分で頑張って就労できるという自信になる場合が多いと思います。
伊藤さん:高齢の親の介護など、自分自身のことだけではない課題を抱えている人が多い世代です。就職活動がうまくいかず、職場で教育を受けた経験やスキルが少ないということでコンプレックスを持っている人が多い一方、こだわりが強い人もおり、自ら選択肢を狭めている人も見受けられます。こうした人は自己理解を深めるためのサポートや、教育・訓練の機会があれば就業につながります。
誰かが必ずあなたを助ける、オーダーメードの就業支援も
――支援内容はどう違うのですか?どのように連携しているのですか?
若狭さん:退職後の雇用保険受給手続きのため最初にハローワークに相談に来る人が多いので、それぞれの課題を見いだすよう努めています。そこで企業との面接に進むのが難しい人には、就職氷河期世代専門窓口の担当者がつき、自己理解を深めることや応募書類の作成のサポートをしています。また、企業側に対して就職氷河期世代の雇用を働きかける取り組みも行っています。
池田さん:サポステは働くことに悩みを抱えている人を支援し、就労に向けたさまざまなサポートを行っています。全国に177カ所あり、それぞれ自治体(主にひきこもりや生活困窮窓口)と連携しています。私のところでは横浜市と協力して就職氷河期世代向けプログラムを実施していて、私自身も就職氷河期世代の皆さんと定期的に面談して就業支援を行っています。
ハローワークと比べると継続的で伴走型な支援が特徴で、ブランクが長い方は、まずは人と慣れることから始めることもあります。就業体験プログラムを通じ、そのまま就労する人もいます。
伊藤さん:「働きたいけど働けない、相談先も分からない」という人を想定し、社会福祉法人の地域貢献事業として10年前に取り組みを始めました。10年間で約550人を支援してきましたが、うち40%が就職氷河期世代の人でした。社会福祉法人なので自由に何でもできるのが強みで、オーダーメード型の支援を特徴としています。ハローワークなどの相談窓口には行けるけれど一般の会社で働くのは抵抗があるという人には、法人が運営している特別養護老人ホームや児童福祉施設で、掃除や配膳、事務作業など週1日1時間から就業体験してもらいます。ハローワークやサポステを補完し、情報共有して企業実習につなげることもあります。
――具体的な支援の例、連携してうまくいった例を教えてください。
若狭さん:現在進行中の例ですが、県外から親元を離れてきた、ある就職氷河期世代の女性はメンタルに課題を抱えていて、就労経験も家業の手伝いだけでした。臨床心理士と相談し、サポステに紹介して医療機関を受診してもらうことになりました。各機関と情報共有しながら就職活動を始めています。
池田さん:最初に接点を持った支援機関がどこであっても、各機関が連携しているので最終的にはご本人それぞれに合ったところにつながっていけると思います。サポステでは、ハローワークの支援だけでは安定した就労が難しい人を支援するケースが多いです。
伊藤さん:サポステの面談を経て紹介を受けた方で、就職氷河期世代の当時39歳だった男性は、就労意欲はあるのに新卒でつまずいてしまい、ひきこもりになった方でした。サポステが開催するプログラムには問題なく参加できていましたが、企業実習を怖がっておられました。ユニバーサル就労支援の職場体験で本人の強みと課題を見つけることから始め、サポステや企業と情報共有しながら企業実習に取り組み、就業につなげることができました。ハローワークで仕事を見つけるのが難しい方でも、週1日1時間からなら挑戦してもらえると思います。
働き盛りの就職氷河期世代、若年層より有利な点も
――企業側が若い世代の雇用を望んだりして、うまくいくことばかりではないと思います。いったん就業しても続かないこともあるでしょう。工夫していることはありますか?
若狭さん:若い人が欲しいという企業は確かに多いです。しかし、就職氷河期世代はまだ働き盛りで、60歳定年だとしても10年間は働けます。正規雇用の経験がないだけで専門性の高い人もいます。年齢や離転職回数だけで見ないでほしい、と企業側に呼びかけています。
事務職の希望者が一番多いのですが、若手から高齢者まで希望者が多く求人は少ない職種で、経験の少ない就職氷河期世代には厳しいのが実情です。一方でIT関係の仕事はマッチング率が高く、本人の能力があれば年齢・経歴問わず採用してもらいやすいため、公的職業訓練でスキルを磨いてもらう支援を行っています。
池田さん:仕事のブランクが長い方に対しては採用を控えてしまう企業も多いので、選考前に「職場体験の期間を設けませんか?」と企業側にお願いしています。職場体験を通じて、求職者側にも企業側にもそれぞれを知ることができるというメリットがあります。また、メンタル不調やひきこもりなど本人の経歴も事前に企業側に開示することで、後から齟齬(そご)が生じるなどといったミスマッチを防ぎ、納得して安心して受け入れてもらうようにしています。いろいろな人に活躍してほしいという思いがある企業の場合、人手不足を解消するためにも試しに受け入れてみようというところも増えてきています。
いったん就業して辞めてしまった人は、また支援を受けに戻ってくる人も多いですが、離職そのものを失敗とは考えません。人間関係でうまくいかなかった人であれば、どんな会社だったらうまくいくのか一緒に考えます。サポステがあることで「うまくいかないときにも頼れる人がいる」ということを知っていただき、孤立を感じることがないように支援を続けています。
伊藤さん:就職氷河期世代は仕事をするにはまだ十分な体力があります。「できれば最後の就職にしたい」と考える人も多く、離転職に比較的抵抗が少ない若い層より有利な点もあります。若年層と違って「一カ所で頑張りたい」という意識が強い世代でもあり、企業側の反応も変わってきています。ひきこもりだった人は、昔はそれだけで見送りという企業もありましたが、今は就職氷河期世代の人たちの思いを汲んでもらえるようになってきました。
就職氷河期世代の就職は「今がチャンス」、親はゆっくり見守って
――働きたいけれど働くのが不安、ひきこもり期間が長いなど課題を抱えている人へのメッセージはありますか?
若狭さん:まずは相談してください。就職したいけれどどうしたらいいか分からないと躊躇(ちゅうちょ)する人も多いですが、できることとできないこと、やりたくないことを整理して、今できることから目指せると思っています。
池田さん:相談員は親身に応えるようにしていますが、それでもこちらの力不足があってうまくいかず、来なくなる方もいます。でも、負担はかけてしまいますが、あきらめずにまた別の相談機関を頼ってみてほしいです。合わなかったら別の相談窓口もあるという気軽な気持ちで相談してもらえたらと思います。
伊藤さん:就職氷河期世代の人には「今がチャンス」だと伝えたいです。時代や雇用の状況は変わってきています。就職氷河期世代の人がうまくいかなかったのは個人のせいではなく、社会の問題でもあったと認識されてきています。
制度や支援は今、充実しています。40~50代で正社員になるのは無理だと思うかもしれませんが、60代で未経験の職種にチャレンジする人もかなり一般的になってきています。「今、自分にもようやくチャンスが来た」と思ってもらえるとうれしいです。
――高齢化が進み、子供の将来に不安を抱える就職氷河期世代の親御さんへのメッセージはありますか?
若狭さん:親が焦ると本人も影響を受けます。本人がチャレンジしてみようと思っているなら、ペースはゆっくりかもしれませんが、見守ってもらいたいです。
池田さん:本人にプレッシャーをかけすぎると逆効果になります。心配なときは、自治体のひきこもり支援や生活困窮者自立支援相談窓口など、親だけで相談できるところに行ってみてください。
伊藤さん:本人からすれば親への感情は複雑です。育ててくれた感謝もあれば、これまで助けてくれなかったという恨みもあります。親子で話し合うのが難しい状況であれば、親の気持ちを軽くするためにも、親だけで行けるところに相談してもらいたいです。私のところでも大丈夫です。
――どんな人が就職しやすいのですか?最後にもう一度、就職氷河期世代へのメッセージをお願いします。
若狭さん:メンタルに課題があったり、ひきこもりの人であったりしても、自分がどうしてこうなったんだと振り返ることができる方、自分のことを知ろうとする方はうまくいきます。相談することで不安は解消します。恥ずかしいことだとか、障害があるから、などと思わず気軽に相談してください。
池田さん:まずやってみる、ということができる方は就職まで早いと感じます。それが難しい方でも、少しずつ進んでいくことができます。どこに相談したらいいか分からずに迷ってしまうと思いますが、まずは行きやすいところに相談してみてください。もしそこが合わなくても、より本人に合った機関を紹介してもらえるでしょうし、一人で考えるよりは必ずヒントがあると思います。
伊藤さん:自分の課題を理解し、それを認められる素直さが大切です。年齢が上がることで不利になると思われがちですが、自分に向き合うことができる方であれば60代でも仕事が決まります。近くに公的機関がなくても、どこの地域にも支援活動をしている人がいます。世の中にはきっと自分を応援してくれる人がいると信じてください。
厚生労働省の就職氷河期世代支援ポータルサイト
https://www.mhlw.go.jp/shushoku_hyogaki_shien/