シリコンバレーが国をつくったら:問題の書『ネットワーク国家』が描く(ツッコミどころ満載の)理想郷
バラージ・スリニヴァサン『The Network State』が描く、暗号化技術に基づく国家は、同志が連帯する理想郷か、それとも新手の宗教国家か。リベラルデモクラシーから脱出を図るシリコンバレーの新・国家宣言を、池田純一さんとともに読み解きます。
モーゼの出エジプト(PHAS/Universal Images Group via Getty Images)
Text by Junichi Ikeda
リベラル・デモクラシーからの究極の脱出
2022年7月4日、246回目を迎えたアメリカの独立記念日に『The Network State(ネットワーク国家)』という本が刊行された。シリコンバレーでは常識の〈スケール〉の論理で、地球にひとつ、新たなコンセプトの人工国家をつくりましょうと勧めるものだ。
著者のバラージ・スリニヴァサンは、1980年生まれの起業家であり投資家。スタンフォード大学で電気工学と化学工学を学び、2007年に創業した遺伝子検査会社〈Counsyl〉で成功を収めた。その後は新興VCの〈Andreessen Horowitz〉のパートナーや、クリプトカレンシーの交換所である〈Coinbase〉のCTOを務めた。
そんな彼が本格的に現代のシリコンバレーのビジョナリーのひとりとして数えられるようになったのは、2013年に〈Y Combinator〉主催の〈Startup School〉で行った「Silicon Valley's Ultimate Exit」(シリコンバレー、究極のイグジット)という講演からだった。このとき次代の起業家たちに向けて、テクノロジーの可能性を何の制約もなく自由に追究するために、政府やBig-Techが管理するリベラルなアメリカ社会から脱出(Exit)することを推奨した。シリコンバレーはいまや、次代のルールづくりで「Paper Belt」と真っ向から対立している。Paper Beltとは、エンタメの街ロサンゼルスと高等教育の街ボストン、金融とメディアの街ニューヨーク、そして政治の街ワシントンDCからなる、アメリカ人の世界観を枠付ける特権を有した支配層が集まる4つの都市の総称だ。このPaper Beltの支配圏から離脱し新たな可能性を追求する上でカギを握るのがテクノロジーだ。今回の『The Network State』も、この脱出の方法を、近年注目を集めるクリプトの可能性に基づき考案したものだ。
スリニヴァサンはこの「Exit」の主張で注目を集め、ピーター・ティールやマーク・アンドリーセンなど、本気でテクノロジーによる世界革命を遂行しようとする投資家たちとのつながりを深めた。〈Counsyl〉の起業の際にティールから受けた出資の縁も含めてスリニヴァサンは「リバタリアン・イグジット」を旨とするピーター・ティール一党のひとりと思ってよい。〈Andreessen Horowitz〉時代には「新反動主義(neoreactionary)」の中核的人物で、ティールとのつながりも深いカーティス・ヤーヴィンの会社〈Urbit〉にも出資していた。
『The Network State』は、オンラインコミュニティを「ステイト(国家)」に昇格させる道筋を示す。何かと窮屈なリベラル・デモクラシーのアメリカからおさらばし、リバタリアンが何でも自由にできる新天地を目指す。その新天地がネットワーク・ステイト、いわば「バラージランド」だ。本書はそのつくり方の指南書である。具体的には以下の7つのステップで新たな国家をつくり出す。
“The Network State” Balaji Srinivasan 2022年の独立記念日にリリースされた、シリコンバレー発の新・国家宣言。PDFは無料でダウンロード可能→https://thenetworkstate.com
新しい国家をつくる7つのステップ
Step 1:まずはスタートアップ・ソサエティをつくる
重要なのはスタートアップの「カンパニー」ではなく「ソサエティ」であること。志を同じくする「魂」の集団であることが第一で、そのために「パーパス(purpose/目的)」や「コーズ(cause/大義)」が重視される。
Step 2:そのスタートアップ・ソサエティを「ネットワーク・ユニオン」へと組織化する
ただの同好の士の集まり=ソサエティを集団行動のできる組織へと練り上げ、ネットワーク化された「組合」へとランクアップさせる。
Step 3:成員同士のリアルの信頼関係を築きつつ、クリプト経済を立ち上げる
リアルでオフ会を開催することで成員同士の信頼を深め、組織の規模と継続性を高める。同時にクリプトカレンシーを使ってソサエティ内で独立した経済を回し始める。
Step 4:リアルの不動産をクラウドファンドで調達する
構成員同士の信頼が得られ、基金の蓄積も進んだら、クラウドファンドを通じて、アパート、家屋、果ては街(タウン)を購入し、オンライン上のデジタル市民を、ともに生活できるリアルのコミュニティへと呼び込む。
Step 5:購入した各地の不動産でできたコミュニティをデジタルでつなげる
各地で購入したバラバラの不動産/コミュニティをデジタルでつなぎ、「ネットワーク・アーキペラゴ(群島)」に編み上げる。この「ネットワーク群島」は世界中に飛び地として散在する。アクセスのためにはクリプトパスポートを用意する。MR(Mixed Reality)技術を使い、オンラインとオフラインの世界をシームレスに連結させる。
Step 6:ブロックチェーンを使ってセンサス(国勢調査)を実施する
ネットワーク化されたソサエティの規模が十分大きくなったら、クリプトを使ってセンサスを実施し、人口や所得総額、不動産の取得状況を把握した上で、その結果を世界に向けて公開する。そうしてスタートアップ・ソサエティへの疑念を解消する。
Step 7:外交的に他国から認知してもらう
集団としての十分な規模を対外的に示すことで、まずは、既存国家政府のひとつから外交的に独立を承認してもらい主権を確保する。以後は外交相手の国家を増やすことで、新種の「ネットワーク・ステイト」としての存在を確立する。
この7ステップのなかでとりわけ重要なのは、リアルの不動産を獲得することで自分たちの存在を現実の世界に示してみせるところだ。この点が従来の「ヴァーチャル・ステイト」のようなオンラインで完結した概念とは異なる。
そうすることで、従来の「ある領土のなかで多様な価値観の持ち主が集まった国」に代えて、「領土に左右されずにむしろ価値観的に同調した人たちからなる社会集団」を、新種の国家へと格上げする。ネットワーク・ステイトの国民は世界中に散らばっているが、信じる対象は同じである。
こうしてスタートアップ・ソサエティとして始まった集団が、人口でも経済活動でも既存の国家と遜色ない規模にまで成長したら、ちょうどビットコインが既存の通貨と肩を並べるマネーになったのと同様に、現存する国家群から主権を勝ち取り、最終的には国連からも認知されるとスリニヴァサンは考えている。
ということで、以上が「1000ワードでわかるNetwork State」の説明を簡単に紹介したものだが、当然、ツッコミどころはある。
それってただの「カルト国家」では?
まず、ネットワーク・ステイトを確立するにあたって、ブロックチェーン技術に基づき自律分散組織をつくることよりも、創業すべきは「会社」(カンパニー)ではなく「社会」(ソサエティ)であり、そのために何らかの信条(faith)が必要だと説くところ。それだけ聞けば「カルト集団」のリクルートの話かと思える。加えて、ステイト=国家として認められるほどの規模をもつ集団の構成員が皆、共通の信条なりイデオロギーなりの賛同者だとなると、それなら新手の「宗教国家」なのではないかと訝しんでしまう。
言ってしまえば、バチカン市国が、世界中のカトリック教会の領地を「国土」、信者を「国民」であると宣言し、信者の所有/経営する経済組織の総体を「国家経済」として計上することで、「世界分散国家カトリックチャーチ」として独立を宣言するようなものだ。現状のバチカンに足りないのはクリプトカレンシーだが、それもバチカンへの寄付は新規にデジタルで発行するバチカンマネーでのみ受け付けるというお触れを出せばよい。むしろドルやユーロを運用しているアメリカやEUよりもクリプトへの移行は容易かもしれない。
「ネットワーク・ステイト」がもっともらしく思えるのは、すでにFacebookが30億人の登録ユーザーを数える、という事実があるためだ。30億人のユーザーのなかから、任意に「盟約の仲間たち」を切り出しただけでも、十分「ネットワーク・ステイト」の候補足り得る集団をつくり出せる。ただし掛け声だけでは、せいぜい「宗教団体」や「カルト集団」、あるいはただの「ファンダム」にとどまってしまう。現行の国際秩序のなかで主権を有する「ステイト」として認定されるためには、人口と領土、さらにその領土の獲得と維持に必要なだけの国家経済の存在を証明しなくてはならない。そのために利用されるのが、既存の国家権力の監視・監督をかいくぐることのできるクリプト技術である。
ということで、フィクションやシミュレーションとして読む分には、たしかに興味深い。ネットワーク・ステイトの実現に向けた段階論が記されているからだ。だが、本気でステイトをつくるつもりなら心許ない部分も少なくない。意地の悪い見方をすれば、単に「ゆくゆくは分散型の群島国家をつくり出すことができる」と、クリプトのポテンシャルを「盛る」ことで、世界中の富裕層からクリプトへの投資を募ろうとしているだけのようにも見える。
よくて個人主義者の楽園
なぜなら、結局のところ、通常の世界地図では描くことができない「極小の不動産を世界中からかき集めた群島国家」を国家たらしめるには、まずは「クリプト」が不可欠だからだ。世界中の金融ネットワーク、物流データネットワークから外れた「オルタナティブ」なネットワークをクリプトベースで築き、そこで十分な規模の「オルタナティブな経済」を立ち上げることで、ようやく主権についての議論ができる。
明言は避けているが、ネットワーク群島としてのバラージランドが独立主権国家として認められる上で、軍事力としてサイバーアタックを想定してもいるのだろう。最初にバラージランドを主権国家として認知させようと狙いをつけた国に対しては、まずはサイバーアタックをかけて、その国の基本インフラを人質に取りながら承認を強いる、というような外交手腕が駆使されるのかもしれない。
……とまぁ、こんなことを考えてしまえるから、どこまで本気なのか、真意を知りたい。というか、どこまで正気なのかが気になってしまう。たとえば、2022年現在であれば、世界中のトランピーな人びとをオンラインでかき集めれば「トランプランド」をつくることは存外容易なように思える。
なにしろ、トランピーな人たちのトランプ愛は強固なのだから、スタートアップ・ソサエティを立ち上げる際に必要な「精神的紐帯」を築き維持していくための目的や大義はすでにある。トランプ専属のソーシャルメディアとして〈Truth Social〉もある。世界各地に散らばった不動産というなら、さしあたってはトランプのホテルチェーンをトランプランドの国土として接収すればよい。ベースとなる経済基盤も、トランプの賛同者に「ピーター・ティールと仲間たち」あたりでも加わればまずは十分だろう。ネットワークされた「トランプランド」の承認には、サイバー攻撃などかけなくても、アメリカ大統領時代にトランプが知った機密情報でも匂わせながら複数の国家に「お願い」すれば十分かもしれない。
こんな悪夢くらいならすぐに思いつけてしまう。
さらに本書で気になったのは、国家だというのに、その永続性についてはあまり気にかけていないように思えるところだ。もちろん、スタートアップ・ソサエティの募集の頃から構成員のモラルについては注意を喚起している。ボトムアップによる集団のモラルの高さという点では、アメリカ入植初期のピューリタンに注目しているが、プリマス/マサチューセッツを支えたピューリタン集団が、第2世代、第3世代の信仰心の低下への対処に悩んだことは有名な話だ。
一方、ピューリタンの厳格さに反発した人たちは、追放されたり自ら抜け出し(イグジット)たりして、逃げ出した先で今日のコネチカット州などの母体をつくった。結果、各人の志向に合わせて教派が分裂し増殖していったわけだが、そのような社会のメカニズムについて、バラージが注意深く思考を巡らせているようには思えない。一代の人びとが未来永劫存続するとでも思っているのだろうか? もっとも、シリコンバレーの住人らしく、この先、不老不死を実現させ、自分たちだけのコミュニティが未来永劫続くと本気で信じているのかもしれない。究極の個人主義者たちの楽園である。
現在のマサチューセッツ州のプリマス・ロックに上陸を果たした「ピルグリム」たち。欧州の国教会やピューリタニズムに反発し、大西洋を超えて新天地をつくり上げた。(PhotoQuest/Getty Images)
会社をつくるように国家をつくる
ともあれ、重要なのは、ひとたびネットワーク・ステイトという形で新たなステイトを地球上に誕生させることができれば、それに触発され新たなステイトの誕生が続くのではないか、という期待だ。
スリニヴァサンの目的は、ステイトの資産の組み換えと再配置にある。シュンペーターいうところの「資産の社会的な再配置」としての「イノベーション」だ。いまある資産を一度壊し、組み合わせ直し、新しいものをつくり出すという考え方だ。
たとえば1980年代に登場したLBO(Leveraged Buyout・レバレッジド・バイアウト/借入金を活用した企業・事業買収)によってM&Aが活性化した結果、70年代までに無定見なコングロマリット化によって焼け太りし、多数の遊休資産を抱えていたアメリカの大企業は次々と解体された。その結果、社会全体で企業資産(=生産資源)の再配置が実現し、企業のみならず社会の景観も変貌した。
『The Network State』の方法に従えば、ステイト(国家)についてもこれと同じように、戦争や革命のような暴力的な手段に訴えることなく平和裏に、ステイトのもつ資産の組み換えや再配置を地球規模で実行できる。既存の社会秩序に揺さぶりを加え、レジリエントな仕組みにつなげられるのかもしれない。
「ステイトの基本は人である」という原則を逆手に取って、集団構成員の望む形に、主権をもつステイトが変容できる方法を探る。スリニヴァサンが、多民族・多言語・多文化で、しかもいまだにカースト制度をもつインド出身だからこそ望む、体制変革のための平和的な手段なのかもしれない。その点では、彼の「Exit」はただの逃走手段ではなく、逃走した後に新たなステイトを生み出し、既存の国際秩序に揺らぎをもたらそうとするものだ。
ITの登場によって産業社会を情報社会に変貌させるという方向性が明確になり、結果、起業も当たり前になり会社の数が爆発的に増えたのと同様に、ネットワーク・ステイトという形で新国家の成立が可能になれば、ステイトの数も爆発的に増えるのかもしれない。それは地球上の世界の成り立ち、さらには世界観・宇宙観を根底から変えるものになる。
クリプトは「信」のシステム
もっとも、ネットワーク・ステイトの成立の要であるクリプト技術のひとつであるEthereumの開発者ヴィタリック・ブテリンは、国家の地位のような大きな目標まではどうやら望んでいない。DAOとして、ボトムアップの自律分散型組織がボトムアップのままどこまで既存の社会秩序をハックし上書きしていくことができるのか。彼が関心をもつのはその実験であり、国家vs市場の対比で言えば、ブテリンが与するのはあくまでも市場の秩序の社会集団への拡張だ。
市場の論理でどこまでやれるか。コードによってどこまで法を代替できるか。その意味では、スマートコントラクトというのはよい「セグエ(つなぎ)」、つまりコードによっていままでロー(Law)が担っていた「契約」という社会的な行動制約・規制を代替することで、契約の存立条件を変えていく。
言い方を変えれば、「契約制度」をピボットにして、ローの世界からコードの世界へと社会の制御方法を切り替え、結果として社会のありようも変えていく。それに伴い、当然、人びとの意識や行動についても変化がもたらされることだろう。ブテリンにとって国家の変容は、人びとの意識の変容の次に自発的に生じる、進化的な産物なのかもしれない。
その点でブテリンは、技術志向のエンジニア的発想のもち主であり、Ethereumの試みは現在進行形の巨大な社会実験である。対してスリニヴァサンは、最初に望むべき未来/理想世界のイメージを描き、それに向けて必要な技術を新規に調達する。クリプトも、彼が2013年に青図を示した「究極のイグジット」のための手段のひとつでしかない。ブテリンが実装を担当するエンジニア(プログラマー)、スリニヴァサンが開発資金を確保するVC投資家、というふたりの立場の違いをよく表している。
ブテリンが気にしているのは、結局のところクリプトの利用は人びとが抱く「信」に依拠しているという事実だ。彼が電力消費の減少、分散化の維持によるシステム独占の排除などEthereumの更新に力を入れているのも、人びとがEthereumを反社会的な存在と認識し見限ることだけは何が何でも避けたいからだ。そのような風評が飛び交い信頼を失った時点でEthereumは限界を迎える。
そもそもビットコインの成り立ちからして「ビリーフ・システム(belief system)」に依拠していた。ビットコイン教会という一種のカルトだ。サトシ・ナカモトなる教主が、リーマン・ショックという惨事(アポカリプス)の後にネットに降臨し、正体を明かさずにビットコインだけを残して立ち去ったからこそ、ビットコインに対する信仰が生まれ最初のクリプトカレンシーとして定着した。「クリプト=(聖堂の)地下」とはよく名付けたものだ。その後、ギリシア危機で表舞台に現れ、以後、代替通貨として認知された。
このビットコインの救済神話がなければ、後続のクリプトが選択されることもなかっただろう。それほど最初のクリプトとしてのビットコインの宗教性は無視できない。金のような実物資産の裏付けのない不換紙幣が行き着いた極北として、人びとの信用のみで彼らの間を「流れ(current)」続ける「通貨(currency)」となったのだから。
1世紀頃につくられた皇帝ネロの「クリプトポルティコ」(地下回廊)の装飾(DEA / V. PIROZZI/De Agostini via Getty Images)
「脱出」の欲望は止まらない
このようにビットコインのお陰でブロックチェーンは世界に浸透したが、その技術インフラとしての可能性、特にその拡張性の高さに注目し、自律分散型の社会システムへの新たな信仰を立ち上げようとしているのがブテリンだ。彼のEthereumによるDAOなどの試みは、文字通り分散的でボトムアップなものであり、いますぐ国家の統治機構たる政府に成り代わろうとするたぐいの試みではない。
ブテリンは『The Network State』の刊行直後にレビューを公開しているが、そこに示されたのは、文字通り世界中の人びとが利用することを想定した上で、まさに最大多数の最大幸福を考えた上で最適なシステムを開発しようとするプログラマー/アーキテクトの設計態度だった。スリニヴァサンの提案のなかにある暗黙の予見を可能な限りあぶり出し、それに対して反論を講じるであろう人の立場からの検討も加え、当面の間取るべき妥協点を探ろうとした。
たとえば、これはブテリンがカナダ人であることも影響しているように思うのだが、ネットワーク・ステイトへの参加を検討する者は、アメリカだけでなくグローバルサウス(と呼ばれる多くは元植民地だった国々)の人たちもいることを考慮に入れている。実際、インドからの移民2世であるスリニヴァサンのフォロワーにはインド人が多い。
こうした利用者の多様性を踏まえてブテリンは可能な限り中立性を保とうとする。スリニヴァサンのように、利用者の行動動機を「Woke Capital」「Communist Capital」「Crypto Capital」の3つに分類して絞り込むようなこともよしとしない。
この3つは、従来のリベラリズム、コミュニズム、リバタリアニズムが、インターネットの登場を経て、より身近な行動指針や道徳のレベルにまで落ちてきていることを言い換えたものだが、だからといってそれらがひとりの個人の中できれいに切り分けられるものでもない。システム屋のブテリンは一般ユーザーがそうした気分屋であることを忘れない。ネットワーク・ステイトの提案は、マニフェストとして書かれている分、拙速で期待を高めすぎており、その反動でEthereumをはじめとする自律分散システムへの信頼そのものを損ねてしまうかもしれない。その怖れにブテリンは敏感だ。
こう見てくると、「ネットワーク・ステイト」も、スケールによる動的な発展に伴うさまざまな隘路から自由なわけではない。本書をフィクションとして読むべき理由もそこにある。その際、シリコンバレーの最右翼が「Exit」の欲望に駆られていること、その事実を甘く見てはいけない。イグジットはスリニヴァサンにすれば、幸福を求めて国を出る、命をかけた移民たちの情熱に通じる。
だからこそ彼は、ネットワーク・ステイトの始まりを信念(faith)に求め、最終的なネットワーク・ステイトの設立を「リバース・ディアスポラ」と形容していた。どこまでも技術は手段であり、ステイトを生み出すのは信念であり歴史なのだ。
「イグジットは、幸福を求めて国を出る、命をかけた移民たちの情熱に通じる」。1870年代に製作された「メイフラワー号」の模型(Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images)
池田純一|Junichi Ikeda コンサルタント、デザイン・シンカー。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科(情報数理工学)修了。電通総研、電通を経てFERMAT Inc.を設立。『〈ポスト・トゥルース〉アメリカの誕生:ウェブにハックされた大統領選』(青土社)など著書多数。
来週10月4日は、デザイナー、アーバニストとしてこれまで世界各国の都市プロジェクトに携わり、ストラテジック・アーバンデザインの最前線を走る、ダン・ヒルさんのインタビューをお届けします。お楽しみに。