健康に暮らし、働く。なんでもない毎日を大切にしたくなる『哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』書評
仕事、結婚、からだのこと、趣味、お金……アラサーの女性には悩みがつきもの。人生の岐路に立つ今、全部をひとりじゃ決め切れない。誰かアドバイスをちょうだい! そんな時にそっと寄り添ってくれる「人生の参考書」を紹介。今回は、『102歳、一人暮らし。 哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方(石井哲代・中国新聞社/文藝春秋)』を、ライターのミクニシオリさんが書評します。
上がる気配のない、日本の景気。会社員として安定したお給料をもらっているはずなのに、それでもどこか安心しきれず、10年、20年先、年を取った自分の姿の想像がつかないという人は、私だけではないはずだ。
資産運用したって、マッチングアプリで婚活してみたって、この不安が根本的に解消されるわけではない。先の見えない中、なんとなく生きていかなければいけないのは、誰にとっても不安なことだ。
「資産が2億円あれば、運用だけで暮らしていけるらしい」なんて言うけれど、そこまでがむしゃらに働いたり、稼ぐためにスキルを身につけたりする行動力なんてない。ならばなるべく着実に、目の前の毎日を生きていくしかない。
“一歩一歩ていねいに、一生懸命生きる”を、体現している人はいる。たとえば、広島県尾道市で暮らす102歳のおばあちゃん、哲代さんだ。哲代さんは100歳を超えてから、自身の過ごす日々を書き記した日記が、中国新聞に掲載されるようになった。その内容をまとめたのが『102歳、一人暮らし。 哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方(石井哲代・中国新聞社/文藝春秋)』だ。
【この本を読んで分かること】
・「大変」を「楽しい」に変換し、毎日前向きに生きるコツ
・「人生100年時代」を先にこなした先輩のカッコいい生き様
・今の自分の「過不足」を考えるきっかけ
「自分の機嫌を自分で取る」のが、おばあちゃんの暮らしのコツ
102歳の哲代おばあちゃんは、尾道の田舎で1人暮らしをしている。子どもはなく、80代の時に最愛の夫を亡くしたという。だけど、写真の中の哲代おばあちゃんは笑顔いっぱいだ。どうして哲代おばあちゃんが元気で明るいのかは、日記を読み進めていくうちにすぐ分かる。
日記に記されているのは、何気ない日常。秋は干し柿を作り、節分の日には年の数だけ豆を数え、たまに美容室にパーマをかけに行く。なんてことない日々のように思えるかもしれないけれど、おばあちゃんの毎日には驚きと発見が満ち溢れている。
もちろん、老人の身体は言うことをきかないこともあるという。それでも哲代おばあちゃんは、家の前の坂道を毎日何往復もしたり、天気のいい日には畑の草むしりをしたりする。「これも運動じゃと思うたら、苦になりません」……面倒くさいこと、大変なこともポジティブに変換。できることを着実にこなしながら毎日生きる人の日記を読んで、何か考えさせられない人はいないだろう。
哲代おばあちゃんが紡ぐ言葉は柔らかく、それでいて丁寧。1日数行の日記からも、彼女の暮らしが容易に想像できる。毎日生きること、暮らすことに全力なのだ。「心の落ち込みは魔物」というのは哲代おばあちゃんの言葉だが、弱気の虫にやられないよう、自分で自分の機嫌を取りながら生きる人の日記を読んでいると、勇気が湧いてくる。
「身の丈に合った暮らし」のために、切磋琢磨。忘れがちだけど大切なこと
哲代おばあちゃんの日記には、金言もたくさんだ。「同じ一生なら、機嫌よく生きていかないと損」。「自分の心は自分で育てるしかない」。どこかで聞いたことがあるような言葉なのかもしれないが、他の誰に言われるより、心に響くのだ。それは、会ったことがない読者にも伝わるくらいの?生き様”が、日記から伝わってくるからだ。
生きてきた100年の歴史の中で、哲代おばあちゃん自身が学んできたことが、本の中に詰まっている。私たちにはまだ分からない30代の苦労も、その先の中年時代の苦労も経験し、私たちにとっては不安で仕方がない“人生100年”を生き抜いているのが、哲代おばあちゃんだ。もちろん生きた時代は違うけれども、それでも「長い人生を元気に生き抜くコツ」は、100歳を超えた彼女の暮らしの中に、ふんだんに含まれている。
彼女の暮らしを見て思うに、何事も考えすぎていいことはない。哲代さんは、おばあちゃんだから考えずにいられるわけではない。なるべく長く生きようとたくさんの本を読んだり、計算ドリルをやったりしている彼女は、きっと頭が良い。将来を見ないフリするでもなく、ただ身の丈にあった暮らしを続けるために、努力を続けている。
生き急ぎがちなアラサー世代。なんでもなく、くだらない毎日を過ごしていると、自己肯定感が下がることもある。だけどおばあちゃんの言葉を聞いていると、毎日の炊事や洗濯も、イヤイヤ乗っている満員電車も、意味のないことではないと思えてくる。
「なんでもない」と思っていた自分の暮らしを肯定できるような、そんな優しさが本に溢れている。むしろ、どうなるか分からないことに杞憂しすぎるくらいなら、生活で工夫できることを考えたくなる。気づいたら、読んでいるこっちまで生きることに前向きになってしまうのだ。
「これでいいのかな」と思った時、何度でも読み返したい
本を読みながら「自分はどんな人生を生きたいだろう」と考えた。巨万の富を築きたいかと言われればそうではないし、子どもが欲しいかだってまだ分からない。だけど哲代おばあちゃんの暮らしには、少しだけ憧れた。
100歳を超えたおばあちゃんが、田舎で1人暮らしていくのは簡単なことではないだろう。だけど彼女の日々は輝いてみえるし、小さな幸せに溢れている。私も、自分だけのキラキラを見つけ続けられる人生を生きたいなと思った。
そのために何をしたらいいかは分からないけれど、哲代おばあちゃんを見習って、まずは毎日お味噌汁を作ってみることにした。もしかしたら3日坊主になるかもしれないので、手に届く場所にこの本を置いておこうと思う。日々の暮らしや自分のことを大切に思えなくなってしまう時が来ても、いつでもこの本を見返せるように。
(ミクニシオリ)
※この記事は2024年05月18日に公開されたものです