シリコンバレーのビジネスモデルと政治哲学の出口、そして地獄と折り合いをつけること – WirelessWire News

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シリコンバレーのビジネスモデルと政治哲学の出口、そして地獄と折り合いをつけること

2024.11.19

Updated by yomoyomo on November 19, 2024, 12:29 pm JST

地獄とは他人のことだ
(ジャン=ポール・サルトル『出口なし』)

2024年のアメリカ合衆国大統領選挙は、ご存じの通り共和党候補のドナルド・トランプが完勝し、返り咲きを果たしました。今回の大統領選挙については、シリコンバレーを中心とした米国テック業界の動向もいろいろと話題になり、選挙結果が確定した後もそのあたりについての分析記事が出ています。最初からそれに乗っかって後出し孔明もどうかと思いますので、選挙前に書かれた目線の高い記事として、『武器化する経済 アメリカはいかにして世界経済を脅しの道具にしたのか』の邦訳があるジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院教授のヘンリー・ファレルが、政治専門誌アメリカン・アフェアーズの2024年秋号に寄稿した「出口なし:シリコンバレーのビジネスモデルと政治哲学」を紹介したいと思います。

ファレルの論説文は、「読書会を運営する海賊は珍しい」という、そのタイトルから思いもつかない文章から始まります。ここでの「海賊」は、「ドレッド・パイレート・ロバーツ」と名乗り、ダークウェブで暗号通貨ビットコインを介して麻薬などを販売する闇市場サイト「シルクロード」を運営したロス・ウルブリヒトを指します。

「シルクロード」並びにロス・ウルブリヒトについては、『ツイッター創業物語』で知られるニック・ビルトンが『American Kingpin』、そしてヘンリー・ファレルの文章の中にも名前が登場し、『サンドワーム ロシア最恐のハッカー部隊』の邦訳もあるアンディ・グリーンバーグが『Tracers in the Dark』という優れたノンフィクションを書いていますが、いずれも邦訳が出ていないのは残念です。

それはさておき、ウルブリヒトは「シルクロード」で麻薬を売りさばきながらも、読書会でマレー・ロスバードの無政府主義的リバタリアン哲学の朗読を課す生真面目な一面がありました。ロスバードは「無政府資本主義」の提唱者として知られる経済学者で、通常の政治から退出することで、国家という「泥棒殺人鬼」から逃れ、「個人間の多数の自発的な相互作用」から生まれる自由を享受できるという思想です。この思想にウルブリヒトは魅せられました。

そのウルブリヒトにとって、シルクロードは単なる金儲けの手段ではなく、テクノロジーを駆使して政府の干渉を受けずに麻薬や銃を売買する自由を実現できる政治哲学の表現だったのです。

政治という下劣な妥協から逃れようとする野心的なリバタリアン気質は、もとよりシリコンバレー文化の一部でしたが、政治とその煩わしさから逃れたいというウルブリヒトの夢は、彼の逮捕からの10年あまり、ますます影響力を増しているように見えます。著名な投資家や起業家の何人かは、米国政府や東海岸のメディア、さらには自分たちの従業員にも愛想をつかしているように見えます(一方で従業員のほうも、いよいよ彼らに愛想をつかしつつあるわけですが)。

駆け引きにまみれた政治の世界から脱して、市場の選択と果てなき技術的進歩がもたらす目がくらむような自由への出口を見つけたい、と起業家が夢見るのは驚くことではありませんし、彼らの敵を粉砕すると約束する(ついでにウルブリヒトの終身刑も減刑する)、親関税と反移民を掲げるドナルド・トランプを彼らが喜んで受け入れるのは、もはやショッキングですらないのです。

そうした投資家や起業家の中で、政治哲学とビジネスモデルは(ウルブリヒトにとっての「シルクロード」同様)手を取り合っているように見えます。シリコンバレーのスタートアップをモデルに世界の地政学を作り変えるという奇妙なトリックひとつで、あらゆる自由と繁栄が育まれるという道理です。そしてそのとき、差し出がましい官僚、嘘つきな東海岸のジャーナリスト、社会正義の泣き言を言う連中、そうした進歩の敵どもの要求はゴミでしかありません。

しかし、少しでも目を細めて見れば、そこにある矛盾は明らかです。確かにシリコンバレーの技術革新のいくつかは現代社会の礎となっており、誇るべきものです。とはいえ、ビジネスプランと今どきな政治論争だけでは、人類の文明と政治の深遠な未来という大理論の土台としてはいかにも心もとない――ウルブリヒトが、裏切り者を排除するために殺し屋を雇い、彼のビジネスの終焉を早めてしまった事実は、そのあたりを物語っています。利益モデルは哲学ではありませんし、そういう振りをすべきでもありません。真面目な思想家をビジネスの大義名分を宣伝するためだけに利用すべきでもないのです。

当然ながら、自由や技術革新を主張するのが愚かとか邪悪というのではありません。政治理論を自己正当化や自己を慰める道具にするのが問題なのです。困ったことに、高度に知的な人にとって、なぜ自分が正しいか、なぜ自分の思い通りにするのが許されるべきか、その論拠や正当性を見出すのはとても容易だったりします(暗号学者のブルース・シュナイアーにちなんだ、「人は誰でも、自分自身ではそれを破る方法が思いつかないほど強固な暗号システムをつくることができる」という「シュナイアーの法則」は、これの言い換えとも言えます)。

シリコンバレーの思想家たちは、ビジネスモデルから説得力のない壮大な社会理論に紡ぎ出すのではなく、優れた理論から出発して、それと自らのイデオロギーとの齟齬を認めつつ、そのビジネスモデルから引き起こされる結果について真剣に向かい合うべき、とヘンリー・ファレルは警鐘を鳴らします。シリコンバレー人種が軽視する古典的自由主義に学べば、現実の自由市場には、強力であると同時に抑制的な国家が必要であり、それなしには、「シルクロード」がそうだったように、市場はギャングスター資本主義に堕落する傾向にあります。

ジョン・ペリー・バーロウの「サイバースペース独立宣言」やティム・メイの「クリプトアナーキスト宣言」といった政治文書が注目を集めることもあったものの、ビジネスモデルこそが一貫してシリコンバレー哲学の最も重要な担い手でした。マーク・アンドリーセンは「ソフトウエアが世界を飲み込む理由」で、シリコンバレーの広範なビジネス理念を明晰に表現しましたが、それを創造したわけではありません。アンドリーセンはジョセフ・シュンペーターの「創造的破壊」の議論を引き合いにしながら、世界は交錯する粗悪な既存システムの泥沼であり、破壊されることを望んでいるというシリコンバレーのベンチャーキャピタリストや起業家の世界観を辛辣に表現しました。

しかし、常に正当化より前に実践がありました。例えばUberが、地域の交通ルールは既存企業に有利なように作られているという前提からスタートし、その代替ビジネスモデルは、ルールに背くことでルールが変わることを期待し、執拗に法律を破ったように。またPayPalは、タクシー業界とは比べものにならないほど大きな獲物を狙い、自分たちのサービスが米ドルにとって代わることを期待しましたが、当時自分たちが国際通貨がどのように機能するか分かっていなかったことをピーター・ティールは後に認めています。

そして、(シュンペーターと同じく)シリコンバレーは市場に対する愛情と独占への甘さの両方を持っています。ピーター・ティールが、経済競争は敗者のためのものであり、独占を築くチャンスを探すべきと教え子に説いたことはよく知られます。ベンチャーキャピタリストは、素早く動き、物事を打破するスタートアップを愛しながら、投資した企業が市場を支配して投資家に利益をもたらすことを望みました。

独占は国家との関係を複雑にします。マイクロソフトは1990年代に米司法省との独占禁止法違反の裁判闘争を経て、連邦政府との良好な関係を築くことに専心するようになりましたし、Googleはオバマ政権時に「政府との垂直統合を成し遂げた」と言われるほど密接な関係を構築し、リベラルなテクノクラートとシリコンバレーは蜜月の関係にありました。

しかし、2017年以降、西海岸のテクノロジストと東海岸のテクノクラートの間に暗雲が立ち込めます。多くのリベラル派は、ソーシャルメディアのビジネスモデルの土台にあるアルゴリズムがドナルド・トランプの大統領選勝利を後押ししたと責め、ジャーナリストはシリコンバレーのリーダーに懐疑の目を向けるようになりました。ビッグテックは、自分たちのビジネスモデルに政府の照準が定められたと懸念するようになります(2021年にリナ・カーンがバイデン政権で連邦取引委員会委員長に就任した後は特に)。

アルバート・O・ハーシュマンの名著『離脱・発言・忠誠 企業・組織・国家における衰退への反応』を引き合いにしながら、「発言」よりも「離脱」が重要だと説き、シリコンバレーは「ペーパーベルト」都市による規制から離れ、イノベーションのための「究極の出口」を目指すべきとするバラジ・スリニヴァサンネットワーク国家』はこの流れの反映と言えますし、暗号通貨並びにWeb3のフレームワークが、信頼が急落した既存国家からの「離脱」を実現するより強力でより公正な基盤となりうるという確信が裏付けとなっています。

クリプトのフレームワーク上での「スタートアップ社会」の実現というスリニヴァサンのヴィジョンは、池田純一氏が指摘するように「ツッコミどころ満載」ではありますが、シリコンバレーのリベラルデモクラシー国家からの離脱志向としては、ピーター・ティールの海上自治国家、イーロン・マスクの火星植民の系譜に連なるものであり、突然変異的なものではありません。

そのスリニヴァサンを自身のベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツに引き入れたマーク・アンドリーセンも先鋭化を見せます。アンドリーセンは「AIの進歩を阻むのは一種の殺人」と訴える、「われわれは信じる」という言葉が113回も登場するお気持ち表明檄文「テクノ楽観主義者宣言」の中で、「社会的責任」、「持続可能な開発」、「ESG(環境・社会・ガバナンス)」、「技術倫理」、「信頼と安全」などを敵リストに挙げるところまで行きました。

ヘンリー・ファレルは、「ここ数年、シリコンバレーの思考は自らのビジネスモデルに酔いしれており、荒唐無稽な前提がより荒唐無稽な主張を生み、また元に戻るというフィードバック・ループに陥っている。そろそろ酔いを醒ます時だ」といささか呆れ気味に書いています。

それに続いてファレルは、シリコンバレーの思想的指導者は、彼らがインスピレーションを得て飛びつく政治思想家の言葉をちゃんと読み直して、その複雑なニュアンスを理解すべきと説くわけですが、大統領選でドナルド・トランプを支持したティール、マスク、そしてアンドリーセンの米右派テックによる権力奪取の大勝利という状況を見れば、「離脱は重要だが、健全な政治を支える唯一の自立原則にはなりえない。創業者とスタートアップが市場で競争するというシリコンバレーのビジネスモデルは、秩序の普遍的な基盤にはなり得ないし、そうあるべきでもない」というファレルの言葉がシリコンバレーで顧みられることはないでしょう。残念ながら。

大統領選挙では、マスクのXはトランプ支持の拡声器となりましたし、またクリプト・ブロがトランプを支持するにとどまらず、暗号通貨を使用した賭博サイトPolymarketは投票前にトランプ有利の予想を煽りましたが(言うまでもなくそれをマスクがXで拡散)、このサイトはピーター・ティールの投資会社が出資しており、選挙運動への影響を意図した市場操作が疑われます。案の定、選挙後に違法な市場操作の疑いでPolymarketのCEOがFBIの家宅捜索を受けましたが、マスクが「政府効率化省(DOGE)」のトップに起用されトランプ政権下で影響力を誇示することが予想され、企業がその権勢を恐れてXへの広告出稿を検討する現実は、ファレルが言うところの「ギャングスター資本主義、お仲間による内部専制、あるいは単なる無秩序」に近いと言いたくなります。

また、スリニヴァサンによる『ネットワーク国家』支持者のための学習会も盛況らしいですが、我々が今学ぶとすればそれよりも、『ニック・ランドと新反動主義』、『失われた未来を求めて』、『終わるまではすべてが永遠』といった木澤佐登志氏の著作のほうではとワタシは思います。白状すれば、ワタシは木澤佐登志氏の仕事をいささか奇怪なものとして見てきましたが、マスクがDOGEでまさにカーティス・ヤーヴィンの「新官房学(Neocameralism)」を具現化しようとしている現在、もはや彼の仕事を「預言的内容」といった腰の引けた表現で済ますわけにはいかないとしか言えません。

彼のような迫力ある文章の書けないワタシは、市場競争のシステムをその政治的/社会的基盤から切り離すことはできないというヘンリー・ファレルの主張に寄り添うしかないわけですが、『ネットワーク国家』に好意的な人にも、ヴィタリック・ブテリンなどはそうした限界に向き合っているようで、それは好ましい方向性と思います。

ぬるいと言われようが、ファレルがこの文章の最後に書く開かれた社会における原則こそ民主主義を護るために必要だと思うので、それを引用してこの文章を終わります。

最後に、そして最も一般的なことだが、開かれた社会は必然的に煩わしいものだ。そこは、あなたと意見の合わない人、目標の達し方に関して異なる願望や理解を持つ人、あなたを批判し、困らせ、往々にしてあなたを不幸にする人でいっぱいなのだから。あなたは連中が間違っていて、明らかにバカげた信念にまんまと取り込まれてしまっているのをいろいろな形で指摘して応じることもできる。連中だって、ほぼ確実にあなたと同等の正当性をもって、あなた自身の際立った愚かさや欠点を指摘するので応じることができるわけだが。

良くも悪くも、この痛みと混乱は避けられない。自由で開かれた社会に住みたいのであれば、それに耐えるしかないのだ。シリコンバレーの思想家たちが出口を空想するとき、彼らが意見の相違を我慢する必要がないのを切に望んでいるという認識を避けるのは難しい。それは人間として当然の反応だ。私たちは誰ひとりとして反論されるのが好きじゃないし、自分の世界観に大きな欠陥や間違いがあると気付くこともできないものだ。

シリコンバレーの思想家たち、そしてそれ以外の我々も、勇気を奮い起こしてそれに折り合いをつけ、おそらくはそのエネルギーを、どうすればより良く、より有益な方向に向けることができるかを考えるべきなのだ。改宗者に説教をする読書会や、党是を命じるTwitter/Xでの宣告がなくとも、彼らは自分たちと意見の異なる人々と積極的に関わり始め、意見の相違を許容するだけでなく、それを有益なものにするプロジェクトに取り組むかもしれないのだ。

もしかしたら、そこにビジネスモデルがあるのかもしれない。たとえそうでなくとも、地政学の悪化と政治的な内部分裂が、日々互いを増幅させている。テクノロジー起業家と自由社会の政治機関の間でより健全な関係を築けば、起業家自身とその政敵の双方に利益をもたらすだろう。出口は存在しないのだ。私たちは共にこの世界から抜け出せないし、それを理解するのは早ければ早いほどいい。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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