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「“何となく”の見える化」の心理学的アプローチが地域住民に寄り添う地方創生につながる(金沢工業大学 神宮英夫教授)

2021.05.12

Updated by SAGOJO on May 12, 2021, 19:18 pm JST Sponsored by 金沢工業大学

「紙おむつから自動車まで」。心理学者の金沢工業大学・神宮英夫教授は、企業とタッグを組み、エンドユーザーを対象として幅広く商品開発に取り組んできた。その手法は、エンドユーザーが潜在的に「何となく」思い抱く製品に対する意見や感想を「見える化」すること。そうして導き出されたデータが、企業が開発する製品の改良に役立つのだ。

さらに、この心理学的アプローチは地方創生の場面でも役立つという。まずはその研究内容から詳しく聞いた。

言語化されない潜在的な意識を炙り出す「”何となく”の見える化」とは?

「”何となく”の見える化」が、神宮教授の研究手法のキーワードだ。いったいどういうものなのか。

「企業がユーザーにマーケティングした結果、『これは発売したら売れるぞ』と意気込んだものが、いざ発売すると思うように売れないことがあります。その原因の一つはマーケティングがちゃんとできていないから。そもそも、ユーザーが表現する『いい』や『悪い』という評価は、意識しているからこそ出てくる言葉なんです。しかし、ユーザーが明確に意識して発する評価は、心の底で感じていることの氷山の一角でしかありません。単純な分析では、こうした評価はデータに浮かび上がってこない。本人も意識していない潜在的、無意識的な評価を上手く導き出すこと。それが『”何となく”の見える化』です」

▲金沢工業大学情報フロンティア学部心理科学科・神宮英夫教授

例えば、冷凍食品の新商品を企業が開発したとする。企業は商品の発売前に、購買層である主婦らエンドユーザーを集め、試食会を開くなどして、ユーザーから直接意見を聞くマーケティング調査をするのが常だ。とはいえ、調査に参加する主婦らにどれだけ聞いたとしても、必ずしも製品開発やリニューアルに有効な回答が得られるわけではない。ユーザー代表とはいえプロではないし、冷凍食品を食べた感想を「余すところなく」誰もが表現できるわけではないからだ。

「何となく感じていることや、うまく表現できないこと。そして本人が自覚すらしていないことがあるわけですね。そうした潜在的な評価に、調査方法や分析方法を工夫してスポットライトを当てる。背後に隠れているものを見える化する。パターン化された解析を鵜呑みにせず、バリエーションのある解析をしてデータを取るわけです」

企業と組んで行う調査方法は、アンケートやペアインタビュー、ディスカッション、エクストリーマー(発言権が強い人)の調査など様々で、これらを組み合わせて行うという。

アンケート調査は、潜在的な意識を炙り出せるような分析をする。「普通は二つの項の相関をみて相関係数を取りますが、別の変数が二つの相関に影響しているかもしれない。変数を考慮するか、変数の影響をカットするような相関係数を取らないと、きちんとしたデータにならない。企業側にはそうした分析視点を提案しています」と神宮教授。

▲神宮研究室の学生によるカレーライスのマーケティング調査の一幕

また、インタビュー調査の場合は複数人のグループインタビューはほとんどせず、二人でディスカッションしてもらうペアインタビューを基本にしているという。その際、インタビュアーは話を振るくらいに留め、二人の会話の中に出てきた言葉を解析する。グループインタビューをほとんど行わない理由は、グループの中に発言権が強い人がいると、他の人の意見が流されてしまい発言自体できなくなることもあるからだ。

また、エクストリーマーにあえて調査をすることもある。「カレーを一日一食食べないと気が済まない、という特殊なエクストリーマーの意見を取ることによって、大多数の人たちのカレーに対する意識を探る方法もあります」と神宮教授。なおこれを「地方」に置き換えると、エクストリーマーは議員や地域の協会長、地元の名士のような人を指す。

これらの「何となく」を「見える化」するための心理学的アプローチが、地方創生の場面にも有効なのだという。神宮教授の調査・分析の具体例を紹介したい。

ローストビーフの「肉の硬さ」と「こんがり感」に影響を及ぼす「肉臭さ」

神宮教授の詳しい調査研究内容については、『ものづくりの心理学』(神宮英夫著、川島書店)を参照されたい。本稿では簡潔に、ローストビーフの商品開発の例を紹介したい。このローストビーフは、神宮教授が商品のリニューアルに協力し、売り上げを大きく伸ばした商品である。

ローストビーフの改良にあたり注目したのは、フレーバーの添加などで「風味を変える」ことではなく、その製造工程だ。製造工程とは、ローストビーフができるまでに行う熱加工処理や冷却、殺菌段階などを指す。エンドユーザーの評価から、潜在的に感じていることを抽出して商品改良を行なった。

製造工程が異なるA、B、C、Dの4種類の試作品をエンドユーザーに食べてもらい、「見た目の良さ」「こんがり感」「香ばしさ」「肉臭さ」「肉の硬さ」「ジューシー感」「水っぽさ」「高級感」などの評価を得た。

これらの評価を分析すると、例えば試料Bは「備長炭で焼いた牛肉なのにも関わらず高級感は感じられておらず、肉臭さもある」という結果が現れてきた。

また、一般的に企業が行うマーケティング調査では、下図左のように相関関係を見て分析することが普通だ。相関関係を見ると「肉の硬さ」と「こんがり感」の間の関係性はデータとして現れてくる。神宮教授は、これを下図右のように「偏相関」で分析する。すると、「肉の硬さ」と「こんがり感」の間に「肉臭さ」がどの程度影響しているかを見ることができる。

「偏相関を取ることで、真の相関関係が現れてきます。データを解析すると、臭みと柔らかさがポイントになっているとわかりました。これは、一時的なデータを見るだけではわからなかった『潜在的に』ユーザーが感じているポイントです。結果としては、『焼き時間』を長くすることで臭みが取れて肉臭さもなくなって美味しくなるとわかり、リニューアルした結果すごく売れました」

分析する対象によっては、ユーザーがインタビュー中に表現する「ふわふわ」「つるつる」といったオノマトペや、「はぁ」「ふぅ」といった感嘆詞、ある評価が表現される「時系列」など、様々な指標からデータを分析することもある。

では、何となく、無意識的に感じているものを心理学的に明らかにしていくこのアプローチが、地方創生とどのように関わっていくのだろうか。

地域住民が「言葉にできない思い」に寄り添う地方創生を

「地方創生に際しては、ヒアリング調査などを各地域で行うと思います。そこで出てきた回答を踏まえて地方創生のグランドデザインが描かれて話が進んでいくと思うのですが、その『地域の人が答えたこと』の中にも、うまく言語化されない『潜在的な何か』があるのではないか、ということです。そしてその『何となく』住民が感じていることを汲み取ることができなければ、地域の人が本当に納得するかたちとしての地方創生の絵図は描けないんじゃないかと考えています」

地域の人たちにとって日常的なことほど、「当たり前のことすぎて」住民側からあえて言葉として表現されないことがある。意識的に、改めて、敢えて、表現されたものからだけ地方創生の方向性を決めてしまうと上手くいかないのではないか、という指摘だ。

神宮教授が描いている地方創生のあり方とは、「地域住民の心にいかに寄り添ったものになっているのか」、ということなのだ。

実際、地方創生が叫ばれた当初はヨソモノの効果や視点が注目され、多くの観光資源開発が行われた。あるいは、地元のリーダー(エクストリーマー)を育成しよう、という試みにも力点が置かれてきた。そして今では、後述するように、AIやIoT化、各分野のDXなど、科学技術の導入が地方創生の起爆剤になる、といわれている。もちろん、これらのアプローチが有効な場合もあるし、決して間違っているということではない。しかし、神宮教授はこう解説する。

「ヨソモノや地元リーダーの意見を聞くことを否定しているわけではありません。でも、それらの意見は、本当に地域住民の心に沿うようなものなのでしょうか。住民が『本当はこうしてほしい』『そうしてほしくない』という気持ちを無視することにつながらないだろうか。ここにズレがあると、住民側は乗れません。特に、地域の人たちが大切にしている文化やしきたり、伝統、人や自然とのつながりなどは、そこに当たり前にあるものなので、あえて言語化されないことがある。そういうところに気持ちが及ぶような創生のあり方が必要なのではないでしょうか」

地域住民の潜在的な気持ちへとアプローチするために「”何となく”の見える化」の手法が有効なのではないかと神宮教授は考える。意識すらされないことまで深掘りできれば、観光資源のプロモーションも違ったかたちになるのではないか。そうすれば、地域住民の気持ちに沿った展開ができるのでは、ということだ。

技術導入の落とし穴。人は「便益」だけを求めているわけじゃない。

さらに神宮教授は、昨今、期待をこめて行政やメディアが取り上げている、科学技術導入のあり方にも疑問を呈している。

「技術者は自分の技術に自信を持っていますし、それが地方で展開されて便利になればみんなハッピーだしいいじゃないか、と考えるわけです。科学技術が導入されれば地方創生につながるのだと。でも、本当にそうなのでしょうか。便利で利益があることだけを人は求めているのではなくて、不便なことに価値があるという場合もある。そういう視点が抜け落ちているんじゃないかと思うんです」

神宮教授の視点を理解するには、「便益」「不便益」という概念を知っておく必要がある。便益とは文字通り「便利で利益があること・もの」。不便益とはその逆だ。

開発が急がれている「自動運転」を例に出そう。自動運転技術は、周知のようにAIによる運転制御技術を導入した車で、これが実用化されれば人間が運転する必要はなくなり、誰でも安全に車で移動できるようになる。つまり、便利で利益があるもの、と考えられている。しかし、一方で「車の運転の楽しさ」は奪われてしまう。車が単なる移動手段に過ぎなくなるからだ。「不便益」にも価値があるという一つの例である。

また、神宮教授によると、大手冷凍食品会社に「こんなに一生懸命に冷凍食品を作っているのに、なぜ思ったほど売れないのか」と問われてデータを取ったことがあるという。その際にテーマとなったのは「冷凍食品の罪悪感」だった。

つまり、冷凍食品はユーザーにとって便利であることは間違いないのだが、「冷凍食品を使ってしまった」「お弁当作りに横着してしまった」など罪悪感も同時に覚えてしまう。そこに「売れない理由」があるのでないか、と神宮教授は考えたのだ。こうして、多少なりとも冷凍食品を使うことの罪悪感を軽減することがマーケットの成長につながる、との結論が導かれた。

いずれにしても「便益」ばかりを求めては思わぬ落とし穴がある、ということである。地方創生の文脈でも、同じようなことがあり得るだろう。

「そもそも、科学技術を展開すればみんながハッピーになるのなら、とっくにどこでも上手くいっているはずで、地方創生に苦労はないはずです。でも、そうなっていない。そうなっていないのは、不便益でも地域の人たちが大切にしていることがあるからなのではないか。ただ、それはうまく表現できないことなのかもしれない。そこに『”何となく”の見える化』が役立つものと思っています」

とはいえ、科学技術の導入自体を否定しているわけではない。

「熊や猿、鹿などの獣害が起きた時に、『単に追っ払ってしまえ』であるとか『処分してしまえ』と科学技術を使って対応しようとする前に、地域の人たちが日常生活の中で動物たちとどのように折り合いをつけて暮らしてきたか、共存共栄を図ってきたかを汲み取ったうえで対応する必要があると思う。そういう人々の気持ちに寄り添ったかたちの技術導入が必要なんじゃ無いかな、と思っています」

地方に暮らす人たちが「何となく」抱く感情を汲み取り、それを地方創生に生かしていくべき。この神宮教授のアイデアの実践編とも言うべきイベントが、この5月20日(木)13:30〜、オンラインで開催される。詳しくは下記を参照のこと。

金沢工業大学 INNOVATION HUB 2021地方創生フォーラム~“ひと”中心で生み出す地方発イノベーション~

2021年5月20日 (木)

13:30〜15:00

■開催趣旨

「世代・分野・文化を超えた共創教育」を実践する金沢工業大学(KIT)は、平成30(2018)年白山麓に地方創生研究所「KITイノベーションハブ」を開設し、中山間地域におけるIoT、AI、ビッグデータ等を活用した課題解決を目的として、自治体や多くのメンバーシップ企業と連携し研究活動を進めてきました。その過程で、科学技術の導入が地域にとってどうあるべきかを、心理学による「UX(ユーザーエクスペリエンス)」の観点から感性評価の手法を用いて、地方における技術イノベーション導入を多面的に検証していきます。また、地方創生研究所では、この観点と切り口が、真の地方創生を生み出すために欠かせないものであると考えています。今回のフォーラムでは、これまでの事例を様々な角度から検証し、”技術”だけでなく”人”が中心となって地方から創出されるイノベーションについて議論します。ご参加の皆様とこれからの地方創生イノベーションについて考える機会になれば幸いです。

■対象者

〇地方での持続可能な社会を実現するオープンイノベ―ションに興味のある方

〇ベンチャー企業や大学との連携に興味のある方

〇データを活用した実証実験等に興味のある企業の方

〇行政における地方創生の実務担当者

〇社会人、学生、研究者(大学)等の枠組みを超えた共創に興味のある方

■参加費:無料

■定員:300名

※定員に達し次第締め切りとさせていただきます

(取材・執筆:杉田 研人 写真:土屋香奈 企画・制作:SAGOJO)

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プロフェッショナルなスキルを持つ旅人のプラットフォームSAGOJOのライターが、現地取材をもとに現地住民が見落としている、ソトモノだからこそわかる現地の魅力・課題を掘り起こします。