繊維・ファッション産業にはサステナビリティが必要だ。そうさけばれるようになってそれなりの年月がたった。いまや「サステナブルファッション」を標榜しない製品・ブランドのほうが少ないほどであるし、特別な意識をもたない者であっても、自分が着ている服は大丈夫か──そんな意識がぼんやりと頭の中をめぐるようになったかもしれない。
課題も影響もわかった。さて、問題はそれをどう変えるかであるが、その正解は実のところ誰もわかっていない。そして、世界中でどのような試行錯誤や可能性、失敗があるかも知らない。生産も、責任も、複雑な構造をもつ産業に極限まで外部化してしまったわたしたちが衣類に対して想像できることは、あまりに少ない。知っているようで知らない繊維と衣類について、いま一度サステナビリティの観点から問い直す。それがいまわたしたちには必要だ。
今回は、「繊維to繊維」を目指す東レの大川倫央、東レが生み出した、100%植物由来ナイロン素材を用いたブランド「エコディア®」の若き開発者のひとりである兼田千奈美、そしてファッション産業のサステナビリティ推進を行なうunisteps共同代表の鎌田安里紗とともに、繊維の現場の具体的な実践から、サステナブルな世界へ向けたあるべき姿を紐解いていく。
なぜ、衣類の循環が難しいか
東レは、繊維産業における資源循環事業の構築を目指している。その起点となるのが、回収したPETボトルなどを原料としたリサイクル繊維ブランド「&+®(アンドプラス)」やユニクロと協業して開発する「リサイクルダウン」だ。
&+®は、高度な選別・洗浄技術と異物を除去するフィルタリング技術を活用してPETボトルをリサイクルし、バージン繊維(新しい原料から作られる繊維)と同等の機能・品質をもつポリエステル繊維だ。最近ではナイロンのリサイクルも対象にするなど、活動が進化している。またリサイクルダウンは、ユニクロが販売するダウンジャケットを店頭で回収し、東レ独自の技術でダウンとフェザーを取り出した後、洗浄した上で、貴重な資源である羽毛を再利用し、製品化したものである。
これらの製品は単にリサイクルを行なうことだけの話ではない。繊維の循環におけるある課題を解決し、バージン繊維を使用した製品と同等の機能・品質をもつリサイクル製品を実現することで、繊維産業全体のサステナビリティに繋げようと試みている。
衣類から衣類へと循環させるプロセスは、非常に複雑だ。経済産業省の産業構造審議会 製造産業分科会 繊維産業小委員会資料では、回収衣料のうち、1種類の素材(ポリエステル100%など)でできた衣類は27%しかなく、2種類以上の素材が使用されたものは73%を占める。わたしたちが日頃着用しているもののほとんどが、素材が混在した衣類なのだ。
質の高い(バージンに近い)原料に戻すにはそれぞれの素材を選別する必要があるが、回収された衣類の素材選別は、基本的に人間が目視・手作業で行なうため、多大な時間とコストを要する。この素材抽出と選別の難しさが、衣類の循環が進まない大きな原因のひとつなのだ。リサイクルダウンの事業責任者である東レの大川倫央は、この課題に同社がどうアプローチしていくかを明かす。
「東レが目指しているのは、抽出・選別の自動化です。最終的には、複数の素材からでも自動で精緻に判別・分離して、質の高いリサイクル繊維を大量かつ高速に生産。それによって繊維・ファッション産業がつくった衣類を完全に衣類へと循環させていけるよう研究開発を続けています。その起点として、ポリエステルの&+®におけるPETボトルリサイクルやリサイクルダウンからアプローチし始めたのです」
&+®の日本でのPETボトルリサイクルでは、海外と比べて不純物が少なく、分別の仕組みが整備された日本の使用済みPETボトルを回収。無色透明の質の高いPETボトルを人間による手作業だけでなく機械によっても選別している。またリサイクルダウンでは、複雑な表地の薄いキルト構造になっていることでダウンの抽出に非常に手間がかかるダウンジャケットから、自動でダウンを抽出・分離する技術を用いた。繊維・ファッション産業における資源循環のボトルネックに対して「まずできるところからしかけていく」。大川はそう付け加える。
バイオベースで「長寿命」を実現する
一方、製品・資源のリサイクルとは異なる視点から循環にアプローチするのが、バイオマス由来ポリマー素材・製品の統合ブランド「エコディア®」だ。トウモロコシやトウゴマといった100%植物由来原料を使用して、重合・紡糸したナイロン繊維「エコディア®N510」を開発。近年では、吉田カバンの人気ブランド「ポーター」で全面リニューアルする「タンカーⓇシリーズ」の生地(表地)にも採用されるなど、活用が進んでいる。東レの開発者である兼田千奈美は、同事業のコンセプトをこのように説明する。
「PETボトルやダウンのリサイクルが製品・繊維そのものの循環を目指している一方で、エコディア®はCO2の循環がミッションです。エコディア®N510の原材料に使う植物が成長過程で行なう光合成によって、廃棄物焼却時に排出されるCO2をオフセット(相殺)するサイクルを目指しています」
またエコディア®N510は植物由来の素材でありながら、強度や耐熱性、寸法安定性、染色性など、一般的に使用される石油由来のナイロン6と同等の機能を有することが大きな特徴だ。衣類の所有期間はこの30年で50%短くなっているとされている。これは消費と廃棄の高速なサイクルを促してきたファッション業界が生んだ、大きな課題のひとつである。それに対して、植物由来の合成繊維のさらなる堅牢性向上によって衣類サイクルの長期化にアプローチしていくことが、自分たちにできることのひとつだと、兼田はいう。
「繊維の開発者として、繊維でどう環境に配慮していけるか。そう考えたとき、やはり丈夫で長持ちする製品を作ることだと思うんです。そのためには、石油由来のナイロンの品質に近づけ、また、堅牢性を高めることで長寿命を実現し、環境に配慮した製品づくりに取り組んでいきたいです」
その欠点は本当に欠点か? ファッションの創造性から考える
環境負荷を低減させ地球資源の循環を生み出しつつも、「環境にいい」だけでは既存の価値観を大きく動かせないことを理解しているからこそ、バージン繊維と遜色のないリサイクル繊維、既存のナイロンに劣らない堅牢性など、これまでユーザーや市場が求めてきたクオリティを追求する。
いま存在する素材の価値を損なわない品質や機能性を、新しい素材においても担保することは、東レのみならずあらゆる産業・企業に課された、サステナビリティを社会実装するうえでの命題でもある。unistepsの鎌田安里紗は、東レのこれらの事業についてこのように切り出した。
「あまりに多岐にわたる論点をもつ故に、持続可能性への最適解はまだ誰にもわかりません。しかし、たとえそうであったとしても、多大なエネルギーとコストを投じて社会に新しい価値を打ち出す。この挑戦と試行錯誤そのものが、大きな価値のあることだと思います」
一方で、この「バージン繊維のような」「石油由来のナイロンのような」素材を追求することは、逆に言えば、バージン繊維や石油由来のナイロンの模倣に過ぎなくなってしまう可能性もある。既存の素材と置き換えられる新しい素材の価値を追い求めながらも、かえってその可能性を狭めかねない。
耐久性や堅牢性など、市場の既存の要求を満たしつつ製品の高みを目指していくことは絶えず使い手に向き合ってきた企業のあるべき姿である。と同時に、必ずしもこれまでと同等の機能をすべて盛り込んでいく必要があるのか。そうした視点も、時には必要なのではないか。鎌田は、ファッションにおける創造性の観点から、議論を発展させていく。
「デザイナーは、新しい素材が生まれたとき、それで何ができるかを考えます。時に特定の機能が劣る点があったとしても、それを価値に転換してクリエイティビティを発揮し、思わぬ使い方を生み出すんです。既存の素材より環境負荷が低いが、縮みやすいという難点をもつ生地があったとします。その縮むという性質は、これまでのアパレル産業の生地の考え方からすると絶対に許されない欠点だった。しかし考え方を変えると、縮むという欠点は素材に動力を生む特性であると捉えることもできます。例えばデザイナーのYUIMA NAKAZATOさんは、水分に触れると縮むあるバイオベース素材の欠点を生かして、個々の体型にフィットする美しいオートクチュールのドレスを制作しました。素材開発側が欠点と考えているものが、創造性のタネとなることもあるんです」
このような鎌田の視点に対して、兼田は次のように呼応する。
「わたしたち素材メーカーは、新しいものをつくろうとしたときに、過去から備わった機能にさらに機能を付け足しがちで、つい技術やスペックを詰め込み過ぎようとして自分たちを苦しめている部分も大いにあります。新しい素材は絶えず生まれているのに、縫製技術が生まれた2万年前からある枠組みに当てはめて考えてしまう。既存の枠組みや代替素材の位置付けに固執することなく、柔軟な発想でサステナ環境に配慮した素材を開発していくことは、本当に必要なことだと感じます」
「証明」を超えた、これからの透明性を探れ
また鎌田が関心を寄せたのは、エコディア®N510のもうひとつの特性である。それは、同素材を使用した生地から、植物由来かどうかをトレースできることである。エコディア®N510に含まれる植物由来の炭素を同定することによってバイオベース素材であることを科学的に検知し、証明できるのである。&+においても、繊維原料に特殊な添加剤をフットプリントとして投入してリサイクル素材であることを識別するトレーサビリティの技術が用いられている。鎌田は、その可能性を次のように語る。
「サステナビリティが価値をもつ時代になり、嘘をついてでもサステナブルだと言いたくなった。だからこそグリーンウォッシュの規制が欧米を中心に厳しくなっているわけですが、これは規制による証明・認証のフェーズからひとつ歩みを進める可能性をもっているかもしれません」
現在、欧州中心にサステナビリティを担保するための法規制が進み、さまざまな認証制度が次々と生まれている。これはある意味、性悪説を前提にした、規制によるサステナビリティの証明であり、それによって認証が目的化するリスクも存在する。大川は、それが現状必要なものであることは理解しつつ、異なる可能性を模索する必要もあると指摘する。
「日々立ち上がるサステナビリティへの論点と追加されていく基準に対応する個々の企業にとっては、技術的にも、コスト的にも大きな壁となっていることも事実です。食産業では『この野菜は〇〇さんがつくりました』といった、安心へのアプローチがさまざまにありますよね。お客さまの感覚に寄り添った新しい安心のつくりかたも、これからのファッション産業には必要だと感じています」
これに対して鎌田は、透明性へのヒントとなる、ある経験を明かす。
「徳島の高校で授業をした際に、女子生徒のひとりに『好きで買っているブランドの労働環境が良くないという情報をSNSで見かけました。やっぱり買わないほうがいいですか?』と、あるファッション系のECプラットフォームについて訊かれたことがあります。この質問はわたしにとって非常に興味深いものです。ごく普通の高校生でもファッション産業の課題をさまざまなところで見聞きしていて、環境問題に特別な意識をもっているというよりも、自分がかわいいと思って買っているものが環境破壊や人権・労働の搾取につながっていないかは知って安心したんです。今後、サステナビリティがより広く浸透した社会へと進んでいくには、複雑な基準や情報開示を超えた新しい透明性が必要になるかもしれません」
100年後のために、小さく、早く
「基準」が求められるひとつの背景には、サステナビリティに関する研究や調査が進んだことによる、提示可能な客観的な事実が蓄積されたことがあるだろう。ある調査によれば、2000年以降、衣類の生産量の増加率は人口の増加率を上回っており、「つくりすぎ」という課題を、もはや否定することはできない。鎌田はこのように続ける。
「しかし、その最適解はまだ誰も見いだせていないというのがファッション産業の現状ではないかと思います。サステナビリティにアプローチする技術はまだ新しく、比較や検証には時間がかかります。自分たちの製品がバリューチェーンやサプライチェーン、あるいは地球環境においてどのような影響があるかを把握したくても、複雑過ぎる産業のエコシステムがそれを難しくしています」
とはいえ、わからないから現状維持でいいかといえば、明らかにまずい。取り入れていくべき新たな論点が次々と立ち上がっていくなかで、企業にとっては、時間をかけているとますます予測不能なハードルが生まれてくる。
「そうしたなかで、&+®やリサイクルダウン、エコディア®のように、小さくても新しい試みをはじめ、生活者が手に取れる製品にして改善を繰り返していく。このプロセスは非常に重要だと思います」
個別の新しい技術・事業の可能性にはじまり、ファッションやクリエイティブに与えるインスピレーション、そして産業・社会にもたらすインパクトへと射程を広げながら、繊維のサステナビリティを議論した。最後に大川は、自身の願いも込めながら、東レのこれからのあるべき姿を語り、議論を締めくくる。
「わたしたちは、これまでよい繊維、よい機能をつくりだすことに腐心してきました。正解はわからないけれども、モノをひたすらつくり続けるだけでは、もはや気候危機への対応は間に合わないし、東レ自体も生き残っていけない。100年後の未来のために、数年後の世界を想像して小さく、早く、可能性のあることはすべてやる。繊維や服に携わる仕事は、社会の豊かさをきちんと考える仕事なんだと、未来の世代が憧れや誇りをもてる職業にすることが、いま繊維にかかわる人間の責務だと思うのです」