江戸時代初期から岡崎市八丁町で続く伝統的な手法でなんと2年以上の熟成期間を経て生まれる八丁味噌。現在もたった2社のみがおこなっている製法で、味噌の中でもとくに貴重とのこと。地域によっても主要な味噌の傾向は違うものの、組み合わせて使ってもおいしい味噌について、その魅力をもっと知るために、今回、カクキューの早川さんに詳しくお話を伺った。
早川ちかこさん
合資会社八丁味噌(カクキュー) 企画室
本記事のリリース情報
「Welulu」にて「味噌」に関するインタビューを受けました。
2年熟成の賜物!伝統の製法で作る貴重な八丁味噌とは
── 今日はお時間いただきありがとうございます。今日は味噌についていろいろお話をお伺いしたいのですが、その前に…カクキューの建物って雰囲気があってとても素敵ですよね。
早川さん:ありがとうございます。おそらくご覧いただいたのは、黒と白を基調とした「本社屋」の建物かと思います。この建物は大正末期に建設が始まり、昭和2年に完成しました。愛知県で最初に国の登録有形文化財にも登録されていて、古きよき時代の雰囲気を感じられる建物なんですよ。
── そんなに古くからあるんですね。御社の歴史の長さが伺えます。
江戸時代の伝統的な製法を守るカクキューの「八丁味噌」
──続けてなのですが、カクキューの味噌作りの歴史についても教えていただけますか?
早川さん:当社は江戸時代の1645年に創業しました。現在も伝統的な手法を守り続けており、大豆と塩のみを原料に1.8メートルほどの高さの木桶に仕込み、自然の温度で2年以上熟成させるという方法を守っています
木桶の上に大量の石を積むのも製法の特徴で、この製法は江戸時代から続いています。江戸時代から現在まで、この製法で味噌作りをしているのは当社を含む2社だけです。
石は1つの桶に対して約3トン、数にして約350個も積み上げるのですが、1つ1つ職人の手で積まれています。一人前の石積み職人になるためには、10年以上の修業が必要なんですよ。この石積みは、お城の石垣の積み方「野面積み」と大変似ているため、徳川家康が生まれた岡崎城の石垣の技術を受け継いでいるのではないかと考えています。
── 350個もですか…!? まさにアートのようですね。石を積むのには、どういった理由があるのですか?
早川さん:当社の「八丁味噌」は、仕込み水が少ないため、石をたくさん積んで圧力をかける必要があります。十分に圧力をかけることで、桶全体に水分が行き渡るようにしています。
── 木桶での醸造や石積みなどの技術が、味噌の味にどのように影響するかも教えていただけますか?
早川さん:まず木桶醸造についてですが、最近はステンレスタンクで仕込むのが主流になっています。ステンレスタンクは手入れがしやすいというメリットがありますが、蔵独自の風味を出しにくいのがデメリットです。木桶の場合、その木の繊維の中に微生物が住み着いて、代々受け継がれることで独自の風味を生み出してくれるため、当社は木桶にこだわっています。
── 独特の風味は、木桶に住む微生物の影響もあったんですね。
早川さん:はい、そのとおりです。続いて、石積みについては、先ほど申し上げたように、当社の「八丁味噌」は仕込み水が少ないため、重しを載せなければ熟成がうまくいかなくなってしまいます。全体にうまく仕込み水を行き渡らせるためには、1つの木桶に対して約3トンの石を積む必要があります。「大きな石1つで重しをしたらいいのではないか」という考えもあるかと思いますが、細かく石を積み上げる技術は創業当時から続いているもので、私たちはこの文化を継承することも重要だと考えています。
── 石積み自体が伝統の一部なんですね。また、先ほど熟成期間は2年以上と伺いましたが、想像以上に長くて驚きました。
早川さん:そうですね。半年ほどで熟成が完成する味噌も多くありますが、当社の「八丁味噌」は2年以上の熟成が必要です。これは、仕込み水が少ないことや、豆麹(まめこうじ)の玉の大きさなど、さまざまな要因が影響しています。
たとえば、豆麹の大きさでいうと、親指大くらいの豆麹で作るメーカーも多いのですが、当社では大人の握りこぶし大くらいの大きな豆麹を使っています。玉が大きいために、熟成に時間がかかる点も1つの理由です。
また、当社は天然醸造と呼ばれる自然の気候の中で熟成させる製法を取っています。寒い冬、暑い夏を耐えて2年以上熟成させるので「二夏二冬」とも呼びます。今は多くのメーカーで、人工的に加温をした暖房の部屋で熟成させる方法が採用されており、このような方法では数ヵ月で味噌が完成します。
── 豆麹の大きさや自然の温度での熟成など、伝統的な方法を守っているからこそ、熟成期間も長くなっているんですね。熟成の期間が長いことで、風味にはどのような違いが生まれるのでしょうか?
早川さん:熟成期間が長いと、味の深みが増し、独特の風味が生まれます。
お客さまの中でも、伝統的な製法を守っている点や、ほかの味噌と比べて味が濃い点を評価してくださる方が多いです。また、八丁味噌の健康効果を期待して使ってくださる方もいらっしゃいます。地域的にも愛知県は味噌で味つけした名物が多く、地元の文化として支持されています。
原料や色で異なる味噌の分類
── 味噌にはさまざまな種類があると思いますが、改めて教えていただけますか?
早川さん:味噌は色や原料で分類されます。原料で分けると、大豆と塩だけで作る「豆味噌」、大豆、米、塩で作る「米味噌」、大豆、麦、塩で作る「麦味噌」の大きく3種類にわけられます。また、これらの味噌を2種類以上合わせた「調合味噌(合わせ味噌)」もあります。
当社が作っているのは、おもに愛知、岐阜、三重の東海3県で生産されている「豆味噌」です。ほかの地域では「米味噌」が一般的です。
── それぞれ風味にはどのような特徴があるのでしょうか?
早川さん:豆味噌は甘みがなく、非常に旨味が強いのが特徴です。豆味噌は加熱しても香りが飛びにくいので、煮込み料理に最適です。また、味が深いため、料理の隠し味や調味料としても使われていますよ。
一方、米味噌は米と大豆を主原料としており、米由来の甘みがあります。香りがよく、柔らかな味わいが特徴です。ただし、加熱すると香りが飛びやすいので、味噌汁などの短時間の調理に向いています。家庭でよく使われるのがこの米味噌です。
また、「調合味噌」は、それぞれの味噌のよさを活かしたバランスの取れた味わいが特徴です。
── 原料の違いによって風味や向いている調理法が異なるんですね。赤味噌・白味噌もよく聞くのですがどう違うのでしょうか?
早川さん:一般的に赤味噌は豆味噌が多いですが、仙台味噌のように米味噌の赤味噌もあります。豆味噌はすべて赤味噌ですが、すべての赤味噌が豆味噌というわけではありません。
── 米味噌は白味噌にも赤味噌にもなるのですね。
海外でも需要が高まっている味噌と赤だし
── 最近、海外での味噌の需要が高まっていると聞きますが、実際のところはいかがでしょうか?
早川さん:そうですね、日本国内での味噌の消費は減少傾向にありますが、海外では和食が健康食として注目されているため、需要が増えていて、輸出量は伸びています。
とくにアメリカは健康志向が強く、ビーガンの方々にも支持されています。フランスのシェフたちも味噌を使った料理を提供しており、寿司ブームにともなって赤だしが提供されることも多いです。
── 海外でも味噌が広く食べられるようになってきているんですね。赤だしについて、もう少し詳しく教えてください。一般的に、どのような味噌が使われるのでしょうか?
早川さん:赤だしは豆味噌と米味噌を混ぜて作ることが多いです。お店や家庭でもこの2種類を調合して使います。料理屋さんの赤だしを自宅で作れるようにと考え、当社では「赤出し味噌」も販売しています。これを使えば、自宅で簡単に本格的な赤だしを楽しめるようになっています。
── とても便利でおいしそうですね。自宅で赤だしを作る際に、工夫や楽しみ方があれば教えてください。
早川さん:自宅に複数の味噌を揃えておいて、その日の気分で好きな分量を混ぜて楽しむ方法もおすすめです。たとえば、産地の異なる味噌を食べ比べたり、混ぜたりして、各地の味の特徴を味わうのもいいですし、調合比率を変えることで、自分好みのオリジナル赤だしを作るのもいいですね。とくに、遠方の産地の味噌を混ぜると個性が引き立ち、よりおいしく仕上がりますよ。
戦国武将にも愛された!日本人に刻まれた「味噌」は身体によいものという感覚
── 御社のホームページでは、味噌にまつわることわざも紹介されていましたね。なぜこれほど多くのことわざがあるのでしょうか?
早川さん:味噌にまつわることわざは非常に多いです。これはきっと科学的な研究が進んでいなかった時代でも、味噌の身体への影響を実感していたからだと思います。
味噌には発酵食品特有の働きが期待でき、栄養素が吸収されやすい状態になっているほか、ビタミン、ミネラルが豊富に含まれています。また、特に八丁味噌には抗酸化作用のある褐色成分「メラノイジン」が豊富に含まれております。
当社では味噌の効能に関する特別な研究はおこなっていないため、具体的な健康効果についてはお伝えできないのですが、昔から「味噌汁一杯三里の力」ということわざも残っているように、多くの人が味噌の身体への影響を実感してきたのはたしかです。
── たしかに、ことわざからも、昔から味噌が健康にいいものとして知られていたことがわかりますね。
早川さん:戦国時代の武将たちが味噌を食べて元気だったという逸話も残っています。とくに徳川家康が味噌好きで長寿を保ったという話は有名です。
また、伊達政宗は日本で初めて味噌工場を作ったと言われていて、武田信玄は信州味噌のルーツを作ったとされています。こうした武将たちが味噌を好んで食べていたことからも、味噌が力の源と考えられていたのではないでしょうか。
── 伊達政宗や武田信玄など、名だたる武将たちが味噌を食べていたというのは興味深いですね。
早川さん:「味噌汁一杯三里の力」のほかにも「味噌は医者いらず」や「味噌は腹の妙薬」ということわざもあります。当社の社員たちも昼食時に簡単なお味噌汁を作ってよく飲んでいます。
── 昔の知恵が今も生きているのですね。興味深いお話をありがとうございました。
味噌をもっと上手に使う豆知識!
家庭でおいしい味噌汁を作るコツ
── 社員のみなさんも昼食にお味噌汁を飲んでいるとおっしゃっていましたが、どのように味噌汁を作っているのですか?
早川さん:冷蔵庫に常に味噌を常備しています。当社の合わせ味噌「赤出し味噌」を使う場合は、大さじ1杯程の味噌をスプーンですくってお椀に入れ、鰹節粉末を少し加えてお湯をお椀8分目(約160cc)まで注ぎ、好きな乾燥具材を加えて味噌を箸でさっと溶かして簡単に作っています。即席味噌汁のような感じで、手軽に楽しんでいますよ。「八丁味噌」を使う場合は、固くて溶かしにくいので、まず耐熱容器に八丁味噌を大さじ1杯程入れ、水を大さじ2杯程加えてから600Wの電子レンジで1分程加熱すると味噌がかなり柔らかくなるのでよく溶かし、そこへお湯を継ぎ足して鰹節粉末や乾燥具材を加えてからいただきます。
── 昼食に汁物を食べるのはいい習慣ですね。
早川さん:豆味噌、とくに八丁味噌は固くて溶けにくいので、お鍋で多めに作る際は味噌こし器を使うと便利なんです。茶こしの大きいバージョンのようなもので、八丁味噌を入れてお味噌汁の鍋に数分つけておくと柔らかくなります。さらにスプーンでかき混ぜると溶かしやすくなりますよ。
── ありがとうございます。家庭でお味噌汁を作る際のポイントを教えていただけますか?
早川さん:白味噌(米味噌や麦味噌)で作る場合、香りが飛びやすいのが特徴です。そのため、白味噌を溶かしたら加熱しすぎないことが大切です。お味噌汁を作るときは、具材を先にだしで煮ておき、最後に白味噌を溶かすようにしてください。
── 米味噌、麦味噌の場合は、加熱しすぎないことがポイントですね。では、御社の「八丁味噌」など、豆味噌でお味噌汁を作る際はいかがでしょうか?
早川さん:豆味噌は加熱に強いため、多少煮立たせても問題ありません。一度に多めに作って、次の日に温め直してもおいしくいただけます。
ただ、甘みが少ないので、まろやかな味わいが好きな方は玉ねぎなど甘みの出る具材を入れるのがおすすめです。とくに豆味噌は魚介類の臭みを消す効果が強いので、シジミやアサリなどの貝類と合わせると、よりおいしくなります。豆味噌の深い旨味が魚介の風味を引き立ててくれますよ。
家庭で手軽に試せる豆味噌の活用法
── 豆味噌は甘みではなく、深みが特徴なんですね。
早川さん:豆味噌は大豆のタンパク質が熟成過程で旨味のアミノ酸に変わるため、非常に旨味が強いです。米味噌は米のデンプンが甘みに変わるため、甘みが特徴です。
たとえば、甘酒も米のデンプンが甘みに変わることから作られます。名古屋めしの味噌カツやどて煮には豆味噌が使われますが、砂糖やみりんを加えて甘みを足しています。
── 味噌カツやどて煮に使われているのは豆味噌なんですね。
早川さん:はい、豆味噌は本当にさまざまなシーンで活用でき、デザートにも使えます。味噌ソフトクリームは塩キャラメル風味になり、あんこに入れると黒糖風味になります。チョコレートに加えると高級感が出ますよ。
── デザートにも活用できるんですね!想像できないです。味が気になります。ほかにも自宅でできる豆味噌の活用方法について教えていただけますか?
早川さん:豆味噌はカレーやデミグラスソースに入れると、長時間煮込んだような深いコクが出ます。さらに豆味噌には酸味を和らげる効果もあるので、トマト料理に入れるとまろやかになり、コクが増します。
また、田楽味噌も豆味噌で作るのがおすすめです。香りが飛びにくく、加熱してもおいしさが保たれるんです。さらに八丁味噌を使えば、田楽味噌はもちろんのこと、作った田楽味噌で豚肉とキャベツ、ピーマンと一緒に炒めれば回鍋肉も作れます。
──回鍋肉は特別に調味料を用意する必要があると思っていました!ぜひ試してみたいです。
早川さん:当社のホームページで紹介している八丁味噌を使った「煮味噌」も、ぜひご家庭で試していただきたいレシピです。
煮味噌は砂糖、かつお節、卵、ネギと八丁味噌でつくれるお手軽レシピです。ご飯にもすごくあうんですよ。
──おいしそうです。
早川さん:また、お酒のアテとして、しょうが・白ごま・ねぎなどを八丁味噌に混ぜ込みこんがり焼いた「焼味噌」などもおすすめです。
──焼味噌は初めて聞きました。 自宅でぜひ作ってみたいと思います。
早川さん:味噌はどんな食材にも合うので、冷蔵庫の残り物などを活用して食品廃棄を減らしつつ、新しい料理を楽しんでもらえたらと思います。
また、具だくさんのお味噌汁にすれば、一品で栄養豊富な食事にもなります。たとえば味噌汁の具材はネギや豆腐が定番ですが、カレー粉やトマトなどを入れてみても新しい味わいを楽しめます。固定観念を取り払って、自由に組み合わせを試してみてください。
── 新しい味噌の楽しみ方について、大変参考になりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
江戸時代の伝統の製法で時間をかけて作り上げた「八丁味噌」。近年、海外でも味噌の認知度があがり、創作料理で味噌の名前を見かけることもしばしば。私たちにとって当たり前の存在ですが、この素晴らしい製法や歴史が大事に続いていくよう、味噌の楽しみ方を知り、おいしく食べる習慣を続けていきたいと感じました。
大学で栄養学を学ぶ。卒業研究は味噌のアレルギー抑制効果について。大学在学中にカクキューの味噌蔵をしたことがきっかけで八丁味噌のファンになり、大学卒業とともに入社。入社当時から主に広報活動を行っている。