近年よく耳にするようになった「ユニバーサルデザイン」という言葉。では「ユニバーサルデザインフード(UDF)」がどんな食品か知っていますか?名前を知っていても高齢者や嚥下に困難を抱える人向けの食品と捉えている人も多いのでは?実は年齢関係なく、「みんなにやさしい」食品であり、健常な人にもおいしく食べやすいよう設計されたユニバーサルデザインフード。日本発の取り組みがどんな発展を遂げているか。今回、日本介護食品協議会事務局の藤崎さんに「ユニバーサルデザインフード(UDF)」について詳しくお話を伺った。
藤崎 享さん
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ウェルビーイングに特化した「Welulu(https://wellulu.com/)」にて「ユニバーサルデザインフード」に関するインタビューを受けました。
「すべての人のためのデザイン」ユニバーサルデザインフードとは
── まず、UDFとは何か教えていただけますでしょうか?
藤崎さん:はい、UDFはUniversal Design Foodの略で、ユニバーサルデザインフードを指します。これは、どんな方でも食べやすいように設計された食品のひとつのカテゴリーです。
「ユニバーサルデザイン」という概念は、すべての人が使いやすいようにデザインされたものを意味していて、これを食品に応用したものがユニバーサルデザインフード(UDF)ということです。
── 「ユニバーサルデザイン」なフードということですね。ユニバーサルデザインを謳う文房具はよく見かけますが、食品もあるのですね。
藤崎さん:そうなんです、私たちの団体が設立されたのが2002年であることからも分かるように、まだ比較的新しい概念なんです。
── 実際にこのような食品が作られるようになった背景にはどのようなことがあったのでしょうか?
藤崎さん:2000年ごろに介護保険制度が始まりましたが、以降、高齢化率の進展に対して急速に意識の高まる中で、高齢者向けの食べやすい食品が必要なのではないか?と食品メーカーの間で議論があり、UDFが生まれました。
たとえば、赤ちゃんにはベビーフードが昔からありますよね。しかし、当時は介護食品は少なからずあったものの、それらは高齢者用食品として極端な分類やネーミングがなされていました。このため、心理面からもなかなか利用されないカテゴリーとして、商品化が進んでいるとは言い難い状況でした。そこで私たちは「どんな方でも食べやすい食品を提供する」という観点から、「ユニバーサルデザインフード」という言葉を作り出したんです。
── 介護保険制度の導入から高齢者向けの食品の今後を考えていく中で、最終的にはすべての人向けの食品として誕生したのですね。
藤崎さん:そのとおりです。高齢者向けに限っているのではなく、たとえば、歯の治療中の方や風邪などで体調を崩している方、そうでない健常な人でも普段の食事として無理なく食べられるように工夫されています。たとえばフランス料理のパテのように、パンに塗って食べたり、誰でも食べやすい食事の提供を目指しています。
──健常な人も含め「みんなにやさしい」食品なんですね。では、赤ちゃんも一緒に食べられるのでしょうか?
藤崎さん:ユニバーサルデザインフードは食経験のある方を対象にしているため、味付けがはっきりしているという特徴があります。
一方、ベビーフードは赤ちゃん向けに非常に薄味で、素材の味を活かしたものが特徴のため、ユニバーサルデザインフードは離乳食としては適しているとは言えません。ただし、幼児期以降であれば一緒に食べていただいても大丈夫ですよ。
──たしかに、大人が満足できる味付けだと赤ちゃんには味付けが強いですよね。ユニバーサルデザインフードの取り組みが日本発というのは本当ですか?
藤崎さん:はい、世界的に見ても、このジャンルに取り組んだのは日本が初めてではないでしょうか。
当時は介護食品の開発を検討する食品メーカーが少しずつ出てきましたが、たとえば、A社の「柔らかい」とB社の「柔らかい」が必ずしも同じ基準ではなく、消費者の混乱を招くような状況が容易に考えられました。それぞれの企業の独自の基準での「柔らかい」では消費者は比べようがないですよね。そのため、統一基準を作ることで、消費者がどの企業の製品でも同じ基準で比較・購入できるようにする必要がありました。
──一般の消費者でも簡単に区別がつくように、統一基準を作ったのですね。
藤崎さん:そうなんです。ベビーフード業界では早くから月齢別の基準を設けて商品を分類していましたが、介護食品にも同様の物差しを用意し、これを多くの食品メーカーが活用することで、消費者が安心して商品を選択できる環境を整えました。
──では、そのUDFの「区分」について教えてください。
藤崎さん:UDFには「容易にかめる」「歯ぐきでつぶせる」「舌でつぶせる」「かまなくてよい」の4つの区分があり、それぞれの区分は、かむ力の目安、飲み込む力の目安に基づいて分類されています。
──わかりやすいですね!区分を4つにした背景は何かあるのでしょうか?
藤崎さん:決定に至るまでには多くの議論がありました。多いものでは16段階といった案もあったんですよ。ですが、最終的には識別しやすさや実用性を考慮して4段階となりました。
区分が多すぎても選ぶのが難しくなり、少なすぎても適切な選択ができなくなるだろうと考え、見た目や感触で即座に識別できるだろう、と4つの区分に行き着いたという形です。
──たしかに、あまりに細かすぎると迷ってしまいそうです。統一基準の作成後、業界全体では何か変化はありましたか?
藤崎さん:はい、設立当初は会員企業数は38社だったのが、現在では96社と2倍以上に増えていて、企業の関心の高まりやユニバーサルデザインフードへの前向きな姿勢をたしかに感じています。
また、生産数量や製品数も増加していて、コロナ禍以前では年率110%~120%といった2桁増を記録したりなど、右肩上がりで推移してきました。これからもさらなる企業の参入にともなって、市場が発展していくことが期待されます。
──設立からこれまで約20年、成長が続いているのですね。現在はどのくらいの製品が市場に展開しているのでしょうか?
藤崎さん:いまでは市販用、業務用をあわせて2000品目を超えます。ドラッグストアや総合スーパー、ECで購入できる市販用では大手企業が積極的に市場展開していますが、消費者に多くの選択肢の中から選んでほしい!という考えのもと豊富な製品展開が進められています。
──多くの選択肢の中から選べる、食のたのしさは重要ですよね。
お餅やおせちまで?家族みんなでユニバーサルデザインフード
ユニバーサルデザインフードのおもな種類
──実際に、ユニバーサルデザインフードにはどのようなものがあるのでしょうか?
藤崎さん:一般的なカテゴリとしてはレトルト食品、冷凍食品、乾燥食品、そしてとろみ調整食品が挙げられます。
まず、一般市販用として主力となっているのがレトルト食品です。常温で保存できるため、災害時などにも利用しやすいという利点があります。ムース食やミキサー食など、家庭では調理が大変なこともあり、これらの 活用によって在宅の食事介護シーンでも便利にご利用いただけます。
ほかには、通販が中心ですが冷凍食品も手軽に利用できるため利用度は高い様子です。乾燥食品は、災害時の非常食としても利用されることが多いですが、アルファ化米のユニバーサルデザインフードもございます。水やお湯で戻すだけで柔らかく食べられるのがよい点ですよね。
あとは、とろみ調整食品という粉末状の製品で、水分に溶かしてとろみをつけることで、食事や飲み物を飲みやすくするためのものがあります。
──とろみ調整食品は初めて聞きました!たとえばどんな食事や飲み物に加えるのでしょうか…?
藤崎さん:たとえば、水やお茶などの飲料はもちろんですが、だし汁に加えてあんかけ風にすることもできますよ。唾液の酵素で分解しませんので、時間がたってもサラサラにならずに水分をとっていただけます最近では炭酸飲料にもとろみをつけやすくした商品も発売されていますよ。
──なるほど!あんかけ風、おいしそうですね。災害時の非常食としてもというのも素敵ですね。
藤崎さん:そうですね、とくにレトルト食品は賞味期限が1年半から2年程度と比較的長いため、非常食として利用していただけます。もちろん缶詰などの3年や5年といった長期ではありませんが、日常的に消費しつつ新しいものを補充していく「ローリングストック」を行いながら取り入れるとよいです。
──活用の幅が広いというか、誰にとっても身近な存在な気がしてきました。
藤崎さん:非常食にといった消費者の声も受けつつ、最近では、メーカーも賞味期限の延長を研究しています。常に多様なニーズに応えるため、製品の改良や新たな取り組みが進められているんですよ。
食べる楽しさを損なわない
──製品も常に進化をしているのですね。たくさんの製品が生み出される中、これは驚いた!というような技術や製品はありますか?
藤崎さん:そうですね、食品を柔らかく加工するレトルト殺菌の技術も非常に優れていますが、介護食品の間では「凍結含浸法(とうけつがんしんほう)」という技術が以前よりよく知られています。これは食品を一度凍結してから酵素を染み込ませることで柔らかく加工する技術ですが、見た目はそのままの野菜や魚、肉などがスプーンで簡単に潰せるほど柔らかくなるというものです。
──見た目をそのまま保ったままで柔らかくなるのですか?!
藤崎さん:驚きですよね。見た目が通常の食品と変わらないので、「目」で食べる楽しさを損なわないというものです。また、栄養価も保たれているため、介護が必要な方々でも安心して食べられるようになっています。
お餅からおせち料理まで、家族みんなで楽しめる
──食べることに困難を感じていても、変わらないおいしそうな見た目のまま食事ができるのですね。
藤崎さん:かつては食品としてまだまだ開発の余地があった介護食品も、見た目や味付けなどが向上し、今では非常に美味しくなっているんですよ。
商品としては、たとえば高齢者の方が好きだけど食べにくいな、となりがちなお餅なんかもいくつかのメーカーが製品化していたりするんです。
──お餅まで!喉に詰まらせるのでは…という怖さから食べたくても食べれない人、たくさんいらっしゃいますよね!
藤崎さん:ほかにも、おせち料理もあったりして、見た目が華やかなだけでなく、家族みんなが楽しめる、みんなでおいしく食べれる、そんな食品がどんどん増えていますね。
──今後のユニバーサルデザインフードの展望についてもお聞かせください。
藤崎さん:今後の展望としては、より一層多くの世代にユニバーサルデザインフードを知ってもらい、利用してもらうことが目標です。本会では7月11日を「ユニバーサルデザインフード(UDF)の日」として記念日にいたしました。11月11日は厚生労働省が「介護の日」と制定しましたが、これら記念日には毎年「UDFプレゼントキャンペーン」を実施するなど、このようなイベントを通じて、広く認知を得られるよう努めています。
さらに、食べやすさだけでなく、美味しさや栄養価も兼ね備えた製品を増やしていくことで、家族全員が一緒に食事を楽しめるような環境を提供したいと思っています。
ユニバーサルデザインフードの選び方・活用方法
──自分に合ったユニバーサルデザインフードの選び方を教えてください。
藤崎さん:ユニバーサルデザインフードはかたさや粘度に配慮した一般の加工食品ですが、食べやすさの4区分がありますので、この表示を見ながらお好きな物をえらんでください。
これまで食べたことがない方は、まず「容易にかめる」区分の食品から試してみるとよいと思います。卵焼きやだし巻き卵の柔らかさが目安となります。。
もし普通の食事が食べにくいとして、普段から医師にかかっている場合は、利用してもよいかどうか医師や専門家に相談するようにしてください。
──「みんなに優しい」食品ですが、現在どのような人がおもにユニバーサルデザインフードを利用していますか?
藤崎さん:食べやすさに合わせて選べるため、かたいものが食べにくくなったご高齢の方はもちろんですが、歯科治療中、歯列矯正中の方々などにもご利用いただいている様です。
──ユニバーサルデザインフードを利用したアレンジレシピがあれば教えてください。
藤崎さん:最近では、各メーカーがアレンジレシピを提供しており、ユニバーサルデザインフードに少し工夫を加えることで、新たなメニューを楽しむことができます。
たとえば、ユニバーサルデザインフードと他の食材を併せることでエネルギーや栄養価のアップが図れます。他にも、ユニバーサルデザインフードのペーストをパンに塗ったり、料理のソースとして利用するなど、さまざまなアレンジが可能です。
この際、一つ注意点としては、UDFを使ったアレンジレシピは、そのUDF製品に表示のある食べやすさの区分(容易にかめる~かまなくてよい)とは違うものとなりますので、必要に応じて食事をする方の様子を見守るなど配慮が必要となります。
──最後に、ユニバーサルデザインフードをもっとみんなでたのしむためのアドバイスは何かありますか?
藤崎さん:たとえば、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に食事をする際に、ユニバーサルデザインフードを利用してアレンジすると、、家族みんなで同じメニューを楽しむことができます。このように、家族や友人と一緒においしく楽しい食事時間を過ごしていただきたいですね。
編集後記
食事に困難を感じる人向けだと思っていたユニバーサルデザインフード。スタートは高齢者向けの食品の必要性ではありながらも、対象をグンと広げて、どんな人でも食べやすいように設計された食品ということで、もっと認知度が上がるといいなと思いました。食事のたのしみを諦めなくてよい、たとえどのような状況でもおいしく食べることができる、安心な社会にもつながると思いました。製品の発展も進んでおり、これからのさらなる普及が気になる分野です。
日本大学農獣医学部卒業。93年4月、社団法人日本缶詰協会(現:公益社団法人日本缶詰びん詰レトルト食品協会)に入り、業務部に所属。22年より業務部長。代理業務を行っている日本介護食品協議会に対しては、06年4月より事務局長を兼任。
【主な業務内容】
缶詰、びん詰、レトルト食品の普及啓発業務、企画・調査業務等に従事。並びに日本介護食品協議会にて内外の窓口役として連絡業務、広報業務、調査業務等に従事。