学びの現場で起きている「問い」を多様な人材で解決していくことで新しい学びの場の構築を目指す取り組み「未来の学校みんなで創ろう。PROJECT」。今プロジェクトを率いる東京学芸大学・金子嘉宏教授は、学びが本来持つ面白さを感じることができる教育を重要視しています。各人がウェルビーイングを実現できるようにすることを教育が求められる現在、社会のための人材育成だけでなく、個人の幸福と充実した人生の実現に重点を置いています。主体性を重視した学びとは? イノベーションを生み出すための発想力を育む「STEAM教育」とは?金子教授にお話を伺ってきました。
金子 嘉宏さん
東京学芸大学教育インキュベーションセンター長 教授
本記事のリリース情報
ウェルビーイングに特化したメディア「Welulu」にて金子嘉宏教授の研究が紹介されました
主体的な学びが子どもの人生を豊かにする
──はじめに、先生が行っている研究や「未来の学校みんなで創ろう。PROJECT」、主体的な学びがなぜ必要かについて教えてください。
金子先生:これまで「遊び」についての産学共同研究を多く行ってきました。その中で、今回の「未来の学校みんなで創ろう。PROJECT」は、新しい学習スタイルや教育手法を探究するプロジェクトです。特に子育てや大人の学習、そしてウェルビーイング(幸福や健康)に重点を置いています。
教育が「社会によって有用な人材を育成する」という目的に少し偏ってしまっていましたが、最近はウェルビーイングの概念が重要視されるようになってきました。単に社会的な役割を果たすためのスキルを提供するだけでなく、主体的に学ぶこと自体が人生を豊かにし、個人の幸せに寄与すると私は考えています。
私たちは、子どもたちが自分の興味や関心に基づいて学び、自分らしい人生を築くことができるような教育環境を提供することを目指しており、従来の学校教育が持つ「覚える」スタイルだけでなく、子ども達が主体的に学びをたのしむことができるようになることにも焦点を当て、新しい教育モデルの実現を目指しています。
主体的な学びにつながる「学びの個性化」と「協働的な学び」
──学びに対する考え方が変わってきているんですね。先生がこれまでに取り組んできた研究や活動を拝見して、「学びの個性化」と「協働的な学び」がキーワードになっているように感じました。それぞれの内容について教えていただけますか?
金子先生:まず個別最適な学びの中の「学びの個性化」は、各個人の興味や関心を起点とした学びを指します。例えば、子どもが3時間カブトムシを観察することも、その子にとっては非常に価値のある学びです。こうした個々の興味や好奇心に基づく学びは、主体的な学びであり、結果、創造性や探究心を育みます。
次に、「協働的な学び」とは、複数の個人が共同で学ぶプロセスを指します。例えば、地域コミュニティや学校外の活動などで、子どもたちは大人と一緒に学ぶことで新たな視点を得たり、社会的スキルを身につけることができます。これにより、子どもたちは単に知識を習得するだけでなく、社会に参加する一員として、社会に積極的に関わる態度を醸成することが可能です。
──現代の学校教育が抱える問題点についてどのようにお考えですか?
金子先生:人材育成という側面が過度に強調されてしまっているため、子どもたちの個々の興味や問いが見過ごされがちです。例えば、数学を学ぶ目的として、単に社会に出て役立つスキルを身につけるためだけでなく、数学そのものの面白さや美しさを感じることも重要だと考えています。私は知識を伝達すること、知識を身につけることは大変重要で、そのベースがあって初めて、考えることもできるし、表現することもできると考えています。
地域が連携した教育サポートが大切
──子どもたちの主体的な学びの支援として、学校、家庭、地域ができることは何でしょうか?
金子先生:子ども一人一人が自分の興味関心を起点に、主体的に学びを深めていくことを支援していくことが重要です。学校は学習内容が決まっているので、歴史が好きな子にも数学を教えなければならないし、古文が好きな子に化学を教える必要があります。
一方、家庭や地域の学びは、きまった学習内容がなく、子ども一人一人が、自分自身の好奇心に従って、学びを深めていくことが可能です。例えば、電気に興味がある子どもがいた場合、学校の授業では限られた時間内でしか学べませんが、家庭や地域ではその興味をさらに深めることができます。
将来的には、学校、家庭、地域が連携し、子どもたちの主体的な学びを支援する環境を整えることが重要です。例えば、学校の授業後に地域の大人が子どもたちと一緒に部活動を行うような形式は、子どもと大人が共に学び合う新しい教育モデルになります。このような教育モデルでは、子どもだけでなく大人も一緒に学ぶことができ、生涯学習の概念がより一層強調されます。子どもたちだけでなく大人も学校に通い、互いに学び合うというのが未来の教育の一つの姿なのではないでしょうか。
──大人と子どもが一緒に学校に通い、部活動のように一緒に学べる…、考えたことなかったです。でも、少しワクワクしますね。先生が思い描いている学校のカタチについて知りたいです!
金子先生:学校区はコミュニティを形成するのに適した単位であり、学校自体が様々な施設を備えています。グラウンド、プール、実験室、音楽室、図書館など、多くの設備がすでに整っています。これらの施設は、ただの教育施設としてではなく、コミュニティの中心としての機能を果たす可能性があります。
学校を単なる子どもの学びの場から、地域コミュニティ全体が利用できる場所に変革するために、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて、最新の技術や情報が集まる場所にできると良いです。そうすると、大人も子どもも共に学び、創造し、楽しめる「大人の遊び場」としての役割を果たせるようになります。大人が子どもと一緒に部活動や学びの活動に参加することで、互いに新しい発見を共有し、学びの楽しさを体験することができます。
主体的な学びにもつながる「STEAM教育」。その目的やメリットとは?
横断的に学び、創造力を育む「STEAM教育」
──最近、「STEAM教育」という教育概念を良く耳にするのですが、どういった教育システムなのでしょうか?
金子先生:STEAM教育は、各分野の知識・技能を個別に学ぶのではなく、横断的な知識・技能を学びながら、何らかの価値を創造していくプロセスを体験することが本質です。このためには、今ここにない何かをイメージし、それを現実にする、というアートの要素も非常に重要で、イノベーションはこのような「0→1」を生み出す力から始まります。
その上でまずは、子どもたちが自分たちの関心を深く掘り下げ、社会のありたい姿、どんな価値を実現したいのかを描くことから始めます。子どもたちが実際に問題解決に取り組むことで、STEAM教育はより実践的な学びとなります。この過程では、科学や技術、工学、アート、数学の各分野の知識・技能を横断的に活用し、価値を創造する問題解決を体験することができます。
STEAM教育の例:岩手県山田町での活動
──STEAM教育の一例としてなのですが、先生が過去に実施した岩手県山田町での活動について教えてください。
金子先生:山田町では、観光資源をベースにしたSTEAM教育のプロジェクトを行いました。このプロジェクトでは、子どもたちが町の観光協会や役場の人と一緒に町の問題点や観光白書を学び、観光客数の増加や滞在時間の延長、消費金額の増加などを目標としました。
特徴としては、子どもたちが自分たちで問題を発見し、解決策を考える過程に重点を置いていることです。子どもたちは観光に関する問題点を掘り下げ、その解決のためのアイデアを考え出します。重要なのは、ただ問題を調べて発表するだけでなく、実際にプロトタイプを作成し、その有効性をテストすることです。
この中でもちろん失敗も生じますが、子どもたちは失敗から何を学べるかを考え、再び問題解決のサイクルに戻ることで、探究と創造のサイクルを体験することができます。このように子どもたちが自分の力で何かを成し遂げる経験を通じて、自信と責任感を持つことにも繋がります。
──学びのプロセスにおいて重要なことはありますか?
金子先生:新たな問いを生み出すことは非常に重要です。私自身、授業の最後には学生たちに「今日の授業でどんな新しい問いが生まれたか」というレポートを書かせています。この自ら振り返り、問いを顕在化させることは、授業の内容を深く理解し、さらに主体的に深く学ぶためには不可欠です。
このような探究のサイクルを通じて、学びはより豊かになります。特に、STEAM教育においては、プロトタイピングや実際のプロジェクトに取り組むことで、新たな問いが生まれることが重要です。
子どもの主体的な学びを尊重するために。親ができる教育サポート
子どもの興味や関心を起点とし、自分事として捉える環境づくりを!
──大人が子どもの学びに関わる際のポイントについて教えてください。
金子先生:一人ひとりの子どもの興味や関心を起点とした主体的な学びをサポートすることが重要です。子どもが主体的な活動を重視し、その学びを記録し、履歴を残してください。また、専門家や他の興味を持つ子どもたちと繋げてあげることで、学びを深めるきっかけになります。今や半分以上の学生が総合型選抜や推薦で入学する大学入試の状況を考えても、学校外での主体的な学びが重要視されています。学校の外での学びは、特に記録を残すことが大切です。
ほかには、子どもたちが自分事として取り組むことができるような問題提供も重要です。例えば、SDGsなど大きなテーマを与えるのではなく、例えばジェンダー問題に興味を持った子供がいたとしても、ジェンダー問題という抽象的なことではなく、学校の制服の問題やトイレのことなど、身近な問題に落とし込んでいくことが重要です。そうすることで問題解決を自分事化することが可能です。また、興味を見つけやすいように、様々な刺激を提供し、対話を通じて興味の方向を探ることも大切です。大人の役割は、子どもたちの個性や興味を引き出し、支援することにあります。
また、子どもたちに接する際に重要なのは、彼らの話をじっくりと聞き、彼らが自分のやりたいことを見つける手助けをすることです。これは特に中高生において重要で、彼らが自分の興味を見つけやすくするためには、小さな興味から始めることが有効です。
──子どもたちの声にちゃんと耳を傾ける際のポイントなどはあるのでしょうか?
金子先生:まず、拡散的思考の段階では、アイディアの出し惜しみは一切必要ありません。この段階では、子どもたちと同じレベルで思考し、積極的にアイディアを出してください。このプロセスは、自由に思考し、創造性を発揮するための環境を作り出します。
一方で、収束的思考の段階では、アプローチを少し変える必要があります。この段階では、子どもたちに焦点を絞って考えさせることが重要です。大人は答えを知っていても「問い」で返し、子どもたちに考える機会を与えてください。彼らの思考力や問題解決能力を高めることができます。
──最後に、これからの研究についてお聞かせください。
金子先生:これからの研究テーマとして、特に部活動の変革に注目しています。現在、部活動の地域移行が進んでいる中で、私は指導者を教員から地域の人へ変えるだけでなく、部活動の本質的な変革を目指しています。本来、部活動というものは、子どもたちの主体的な学びを支えるものであるべきはずが、競技スポーツの側面が強くなってしまっているので、子どもたちが本当にやりたいことを追求できるような部活動の形を作りたいと考えています。
中でも、部活動の地域移行を進める中で、学校側が準備できていない活動を地域がサポートする形が重要だと考えています。相撲をやりたい子どもに地域のスポーツクラブが場を提供したり、複数の活動に参加できるようなシステムを構築したり、遠隔地からの専門家のアドバイスを取り入れるなど、子どもたちが多様な興味を追求できるようにしたいです。
部活動が地域のコミュニティ形成に貢献し、より多くの人々が関わることで、地域の活性化にも繋がると期待しています。このような部活動の変革が、地域移行の新たな形となり得ると考えています。
Wellulu編集後記:
金子先生のインタビューでは、現代教育の変革と、子どもたちの主体的な学びへのアプローチが中心的なテーマでした。金子先生は「未来の学校」プロジェクトを通じて、知識・技能を獲得する教育はとても大切だと考えています。それに加えて、主体的な学び、価値創造的な問題解決の体験が大切だと考えています。ウェルビーイングの概念を教育に取り入れ、学び自体が人生を豊かにするという考えも印象的でした。教育システムの未来については、学校、家庭、地域が連携し、子どもたちの主体的な学びを支援する体制の構築が重要であるとも言及しています。今後、教育システムがどんどん進歩していくことで、これらの新しいアプローチがより発展し、学びが個々人の幸福や社会への貢献に直結することが期待されます。
専門分野は社会心理学、教育支援協働学。一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構事務局長、一般社団法人STEAM Japan理事、一般社団法人教育支援人材認証協会理事、NPO法人東京学芸大こども未来研究所理事、日本教育支援協働学会理事を兼任。文部科学省 学校施設の質的改善・向上に関するワーキンググループ委員、小金井市子ども・子育て会議 議長。こども、教育関連の企業に勤めながら、「遊び」についての産学共同研究を数多く実施。現職にて、新しい学びの場の創造プロジェクト「Explayground」、学校の変革プロジェクト「未来の学校みんなで創ろう。PROJECT」等の公教育のシステム変革の実践事業やSTEAM教育の推進等に取り組んでいる。