首都圏では過去最多の受験者数を更新し続ける中学受験。グローバル志向や自由な校風、大学附属校などへの入学を目指し、親も子も日々奮闘している。しかし第一志望に入学できる生徒はごく僅か。激しい受験競争の最中、親子共々うつ状態に陥ったり、入学後に不登校になったりと問題も多い。
プロの家庭教師であり、中学受験カウンセラーでもある安浪京子さんは、中学受験の親子のメンタルサポートを提供。「朝日小学生新聞」メールマガジンを始めとする様々なWeb媒体にて受験生の親子の悩みに寄り添っている。
ウェルビーイングな状態で中学受験に向き合うために、親子でできることとは。Wellulu編集部の堂上研が話を伺った。
子どもはなぜ「中学受験したい」と言うのか?
堂上:私の息子も現在、中学受験をするために塾に通っています。長女が受験したことや、周囲の子どもたちが塾に通っていたことをきっかけに、「中学受験したい」と言い出したんです。しかし習い事のサッカーを優先していたら中学受験の勉強の時間と両立させるのが難しく、本当に中学受験するべきか悩んでしまいます。小学生の感受性豊かな時期に、外で思いっきり遊ぶことができないので、受験は辞めても良いんじゃないかと思ったり、もう親子の喧嘩も増えたりで悩んでいます。子どもが受験したいと言い出したなかで、親の意向だけで止めるのも……と悩ましいところなのですが、親はどのように向き合うべきでしょうか。
安浪:どんなに敏腕な経営者の方でも、お子さんの中学受験となると皆さん同じように悩まれるんですよ。企業や仕事は経営理念に基づき、目的・目標に向かって行動しますが、中学受験には受験する確固たる理由を持っている方が少ない。特に首都圏はそれが顕著なんです。地方では中学受験するのが少数派の中で受験するわけですから、かなり覚悟を決めて、確固たる理由を持って受験します。しかし首都圏では「みんなが受験するから」で受験してしまう。お稽古事感覚で通って、途中で「こんなはずじゃなかった」となるんです。
堂上:姉の中学受験のときもそうでしたが、首都圏の小学校では受験する人が多いようです。
安浪:首都圏ではみんなが受験するから、通う塾や塾のクラスによってもヒエラルキーが生まれてしまうなどの問題も多いです。そして塾に通い始めると、なかなか親が辞めさせられないんですね。たとえばピアノやサッカーなどの習い事なら辞めても仕方がないかと思うけれど、勉強はやらないよりやっといた方が良いんじゃないかと思ってしまう。損切りが勉強にはできないんです。
堂上:なるほど。ただ子どもがしたいと言うのであれば、応援したいという気持ちもあります。
安浪:子どもが受験したいと言うのは、中学受験そのものについてよく知らないからです。小学4年生で塾に行き始めた時は、友達と一緒に、塾の往復や先生の雑談が楽しくて続けられます。でも学年が上がるにつれて、「こんなに授業日数が増えるなんて聞いてなかった」「こんなに難しくなるなんて」「こんなに宿題が多いなんて」と「こんなはずじゃなかった」が増えていきます。6年生になったらどれほど大変な日々が待ち受けているかを知らないから「やりたい」と言えるんです。4年生の段階で、6年生ではこれだけ授業数が増えて、毎週模試があって、過去問の宿題がこれだけ出て……と伝えたら、「やらない」と言う子が多いのではないでしょうか。
堂上:お稽古事感覚で通い始めたら、「こんなはずじゃなかった」となってしまう子が多いのですね。
安浪:中学受験に向いている子はやったら良いと思うんですよ。学校のテストで楽々9割以上取れていて、塾の大量の宿題にも覚悟を持って取り組めるなら。また、今は受験でも多様化が進んでいて、不登校だから、発達に特性があるからこそ、公立の中学では内申が取れないので受験したいというご家庭も増えています。ただ大手進学塾に行くのであれば、やはり相応の覚悟が必要です。それが難しければ、週に1回だけ家庭教師に来てもらう、国語のみで受験できる学校を考えるなどの方法もあります。無理に合っていない塾に通う必要はないと思います。
堂上:僕は公立中学での経験が良かったと感じているので、公立でも良いと考えています。とは言え、息子のことになると、私立中学という環境の方が良いのではないかという思いもあります。
安浪:子どもの成長段階や性格、タイミングによって合う・合わないはあると思います。様々なお子さんがいる公立中学に進んだことで苦労も含めて良い経験になる子もいれば、私立中学に行くことで自分の居場所が確保できる子もいます。ただ、塾選びでも学校選びでも重要なのは、桃源郷はないということです。塾も学校も魔法の箱ではないですから、難関校の合格実績を掲げる進学塾に通ったからといって、それだけで学力がつくわけではありませんし、グローバルを謳う学校に行ったからといってグローバルな子に育つわけではありません。塾や学校は単なる「場」であって、それを生かすかどうかは本人次第です。中学受験に乗っかってみたけれど子どものタイミングが合わないということであれば、中学受験を辞めるというのも選択肢です。
堂上:考え方が面白いですね。僕ら親は私立中学という「場」に行けばなんとかなるという考えに凝り固まっているのかもしれませんね。
中学受験で“安心”は買えない。親と子の価値観を軸に選択を
堂上:仮に中学受験をするとした場合、次に悩むのは学校選びかと思います。うちの息子にどういう学校に行きたいか聞いたら、「サッカー部が強すぎず弱すぎないところ」といった答えがかえってきました。子どもの希望はどう引き出したら良いでしょうか。
安浪:まだ11〜12年しか生きていないのですから、なかなか具体的な目標というのは定めにくいですよね。子どもの志望動機として、サッカー部の練習日数とか、制服が可愛いかとか、そういったお話はよく聞きます。でも、私が教えた生徒に、サッカー部が目当てで入学したのに、結局サッカー部に入らなかった子もいます。小学生の「これやりたい」が中学生になってもやりたいとは限りません。考え方が変わっていく時期ですから。
堂上:塾の先生からお勧めされる学校も、学校説明会に行ってみると良し悪しがあって難しいです。親が情報収集して良いと思っても、子どもが良いと感じるかは分かりません。親の価値観に基づいて親が判断してしまって良いのかと悩みます。
安浪:「親が良いと思っても子どもが良いとは限らない」という視点を持たれているのは素晴らしいですね。親子にとってどういう中学生活を送るのがウェルビーイングなのか、その軸をもとにベターな環境がどこかを判断する必要があります。塾の先生は入試問題と偏差値のプロであって、学校選びのプロではありません。塾と学校の関係性上で勧めてくることもありますから。そこは親が子どもにとって「良い」状態を知った上で、親も柔軟な価値観を持って選ぶ必要があるのではないでしょうか。
堂上:長女は受験で第一志望に行くことが出来て、現在海外留学しています。その様子を見ていると、やはり中学受験をした方が選択肢は広がるのかなとも感じるのですが。
安浪:今、お嬢さんがうまくいっている状態だからそう思うんですよ。たとえば私立でもコロナ禍によって海外留学が出来なくなった学校もありますし、公立でも海外留学を実施している学校もあります。必ずしも中学受験をしたから選択肢が広がるというわけでもないです。
堂上:確かにそうですね。どこに行ってもやる子はやるし、選択肢を増やせる子は増やせる。親は私立という「場」に期待しすぎなんですね。
安浪:中学受験に保険をかけたくなる気持ちはわかります。中学受験というみんなと同じレールに乗って、ある程度の場所まで行けるんじゃないかと期待・安心してしまうんですね。でも大学附属校に進学しても、その大学にお子さんが希望する学部がない場合もあります。繰り返しになりますが、小学生の時に興味を持っていたことと、高校生になって興味を持つことが同じとは限りません。本人に興味を持つことが見つかれば、自ら努力しますから。無理やり中学受験で安心を買おうとするのはお勧めしませんね。
堂上:中学受験のエキスパートながら、ここまでハッキリ言っていただけるとは……。多くの親が悩んでいることだと思います。
安浪:色々悩んだ後に中学受験を辞めたというご家庭とお話すると、家庭内がとても平和ですよ。スッキリした表情をされています。もちろん、皆が納得した上での場合ですが。
堂上:辞めるという選択肢が家族のウェルビーイングに繋がることもありますよね。
勉強を楽しむために、「期日」を廃止せよ
堂上:ある時、息子から「なぜChatGPTがある時代に暗記しなきゃいけないのか」と質問され、僕はうまく答えられなかったので、Chat GPTに聞いてみたら「忍耐力」と返ってきました。息子には、中学受験は「忍耐力」を見極めたいらしいよと、暗記する必要性については答えられませんでした。
安浪:暗記は忍耐力ではありませんよ。だって好きなことであれば、子どもはなんでも覚えます。受験勉強では点数を取るために決められたカリキュラムをこなさなければいけなくなるため、「嫌なものを無理やりやらされている感」が出てしまいます。学校の先生が「罰として宿題を増やすぞ」と言うのも良くないですよね。本来、覚えることによって知識が増えたら、世界が広がるよ、ということを教えてあげなければいけないのに。
堂上:それはシステムが変わるべきでしょうか。子どもたちにとって勉強が楽しい環境を作ってあげるにはどうしたら良いとお考えですか?
安浪:1番の元凶は「期日」だと考えています。学校のテストでも、塾のカリキュラムでも、期日に間に合わせるために子どもは勉強させられてしまう。私が家庭教師をしている家庭では、期日を作りません。子どもが興味を持つ分野があれば、塾では2週間分の内容を2カ月ほどかけてその分野を深掘りすることもあります。
堂上:なるほど。どんどん探求できれば、どんどんその分野を学ぶ意欲が湧きますね。
安浪:そうです。また、6年生の秋に私が必ずさせるのが、行きたい学校の過去問分析を子ども本人にしてもらうことです。塾が作った過去問の傾向を見ても、苦手分野を克服しようとは思いません。でも、自分で過去問分析をするからこそ、「本当にここがよく出るんだ」と気づけるし、それを勉強しようと主体性を持てるんです。
堂上:自分で気づく機会があることが大切なのですね。そして、自分のやりたいことに熱中できる環境は子どもにとって大切ですね。とはいえ、期日があるから、やらざるを得ない分野が出てくるのですね。
中学受験のプロが、受験より趣味を優先する理由
堂上:子どもによって受験の向き不向きや取り組み方が異なることが分かってきました。安浪さん個人が考える、子どものウェルビーイングはありますか?
安浪:子どもが自分の興味関心のあることに、知的好奇心を発揮して楽しんでいる状態です。うちの子どもはずっと、とある趣味にハマっていて、めちゃくちゃすごいんですよ。その趣味を攻略するためにPCでプログラムを組むなど、真面目に練習しています。中学受験のために塾に通っていましたが、無理やりやらされている、こなしている様子が見えました。そこで夫と話し合い、今は息子の関心の強い趣味を大事にしています。
堂上:そうなんですね。好きなことをやれるのは良いと思いつつ、結局我慢せざるを得ないのが受験というイメージがあります。そこで、ストレスが溜まった子どもは、答えを写したり、塾に行っていると思ったらゲームセンターに行っていたり……。
安浪:あるあるですよ。無理やり親が引っ張って偏差値の高い学校に入れても、自ら動き、追求する大人にはならないと思います。ですから、我が家では趣味の方が優先順位が高いです。中学生になったら興味関心が変わるでしょうし、小学生の今、関心のあることを追求して努力する経験をして欲しいんです。
堂上:素晴らしいですね。
安浪:この仕事をしていて、色々なご家庭を見てきたからそう考えられるようになったのだと思います。もし兄弟がいれば、子どもによってやり方を変えていると思います。
堂上:ご夫婦で話し合われて優先順位を決められたというのもポイントのように思います。例えば、夫は中学受験は不要だと考えていても、妻は中学受験してほしいとか、夫婦によって価値観が異なることは多々あるなかで、そのすり合わせも重要ですよね?
安浪:もちろんです。夫婦仲が悪いと受験は上手くいきません。夫婦でお互いの足を引っ張り合うことが起こると、子どもは不幸でしかありません。
堂上:足の引っ張り合いというのはどういったことでしょうか?
安浪:たとえば、お母さんが仕事で帰ってくるのが遅いので、「これをやっときなさい」と課題を与えますよね。でもお父さんは「そんなのやらなくて良いよ、新しい映画見ようぜ」とか言って一緒に映画を見てしまう。次の日、お父さんのいない時間に、お母さんに「なんでやってないの」と怒られる。
堂上:これはあるあるですよね……。子どもが振り回されてしまいますね。
安浪:子どもが可哀想です。夫婦のすり合わせは非常に重要ですよ。中学受験を経験して良かったと思っている人と、公立で良かったと思っている人が夫婦の場合、価値観は大きく違います。しっかり話し合わなければいけません。
堂上:夫婦だけでなく、子どもがどうしたいか、子どもの意思を尊重したいとも思うのですが。
安浪:子ども自身もどうしたら良いか分からなくなっているケースも多いです。特に小学6年生の秋になったら、両親それぞれの思いも分かるし、ここまでやってきたという思いもあるし。親の気持ちを察して答えてしまいます。ですから、本当に深いところまで、腹を割って話さないと本音は出てきません。
堂上:どのように話し合えば本音が出てくるでしょうか?
安浪:何を聞くかより、話し合い方が重要です。「受験どうするの?」と詰め寄っても、子どもの心は開きません。学校でどんなことがあったかとか、何気ない会話から始めてほぐしていき、子どもがリラックスして話せる状態を作ってあげてください。つい親は正論を言いがちですが、正論を展開すればするほど子どもは本音を言えなくなります。受験勉強中の子どもの体は凝っているので、マッサージしてあげるのも効果的です。身体がほぐれると心もほぐれるので、親子マッサージは受験期の親子によく推奨しています。
堂上:子どもたちもストレスを抱えていますもんね。
安浪:ストレスを抱えて、学校でも塾でも休める場所がありません。11月に入ってくると、入試本番まで3カ月。ここまで来たら少し無理してでも走りきりなさい!と言う親が多いですが、この3カ月で無理することによって中学生に入ってから不登校になるケースも珍しくありません。合格をしたから終わりではなく、その先も子どもの人生は続いていきます。もし今頑張れなくても、冬休みに頑張ればいい。毎日、全ての日で頑張ろうとする必要はありません。あるいは、あと3カ月であっても、もうダメだと思ったら引く決断も必要です。
堂上:どうしても親は「こんな時期に休んで大丈夫か」と不安になってしまうものです。
安浪:どんな受験生でも、全方位完璧な状態で入試に臨めることなんてありません。何が出題されるかは、最終的に運もあります。学習内容を網羅したい気持ちは分かりますが、それは不可能だと考えて、子どもに無理をさせ過ぎないようにしてあげてください。ただ大切なのは、本人が「これだけやった、頑張った」と自信を持つこと。そして入試当日は「ここまで頑張り切ったから大丈夫、やっていないものは出ない」と信じて送り出してくださいね。
堂上:今日は、僕自身の個人の相談のようになりました。けれども、安浪さんとお話しさせていただき、悩んでる自分が意味ないとも感じさせていただきました。早速、夫婦と親子で話してみます。どういう状況と判断が、本当に子どものウェルビーイングな状況をつくれるか考えてみます。貴重な時間をいただき感謝です。ありがとうございました。
安浪 京子さんの著書はこちらから
安浪 京子さん
株式会社アートオブエデュケーション 代表取締役
堂上 研さん
Wellulu編集部プロデューサー