ハードウェア・ベンチャーを"軽く"始めるための5つの技術トレンド
大それた表題だが、答えだけわかればいい方にはは140文字以内で済む。
- クラウドファンディング
- 3Dプリンター
- JetPCB
- オープンソースハードウェア
- おめぇさんの気合(トレンドでも何でもないけどw)
である。タイトルは釣りではないが、ベンチャーってのは釣りワード的何か。これは嫌いなキーワードなので以下「スタートアップ」と書く。
クラウドファンディング
手前味噌なCerevo DASH*1はさておき、Kickstarterはあまりに有名だが、今北産業な方にむけて簡単に解説。クラウドファンディングとは『こんなプロダクト(ここではHW)作ってみたいんだけど、欲しい人いる?hoge円出してくれる人がたらその金使って今から作るよ』と出品者が問い、『ほすぃ!hoge円出すから作ってくれぃ』という人(ユーザ)が一定人数集まれば商品化を開始、お金を払ってくれた人に商品を届ける、という仕組みだ*2。あ、どーでもいいけどメディアが騒いでるサーバとかWebサービスの「クラウド」とは別ね。あっちはCloud、こっちはCrowd(群衆)。欲しい!って人たちの少しづつのお金を集めて将来の「価値(完成したハードウェア)」を作る、一種元気玉的な仕組みだから。
ここまでがハテナマークだらけ、という方にむけて100倍わかりやすく説明するなら、最少催行人数が設定された旅行会社のツアーパッケージだと思えばいい。価値(この例だと楽しい旅行)が得られるかどうかは『俺、いきたい!だから金払って予約するね』という人が最少催行人数ぶん集まったら実施が決定する。払う!って人が集まらなければツアーは中止され、全額が返金されるはずだ。なぜなら、最少催行人数以下ではボリュームディスカウントが効かず、ホテルや航空券、ツアーコンダクターの人件費をペイできないからである。Cerevo DASHやKickstarterといったクラウドファンディングも仕組みと論理は同じである。そして、対価を払ってから価値(旅行、ね)が得られるまでは結構な時間がかかる。ゴールデンウィークの海外旅行は4−5ヶ月前から予約しないとなかなか取れないけど、支払いは3ヶ月前に要求されるはず。そして、予約確認書という紙切れに何十万円という金を払うのだ。勿論、その紙きれは3ヶ月後に飛行機とホテルとツアーコンダクターという形で「届く」。
話をハードウェア×クラウドファンディングに戻そう。大多数の電子機器の外装に使われているプラスチックは材料費こそ安いが、プラスチック成形部品を作るには原材料を射出成形するための金型を作る必要があり、それには数百万円からものによっては一千数百万円もの初期投資が必要だ。先の例でいうツアーコンダクターの人件費である。ホテルや航空券にあたるのはハードウェアに組み込まれる電子部品やPCB(電子基板)。数百個、ものによっては数千個まとめて買わなければびっくりするほど割高になってしまうし、まとまった数量をコミットできなければ売ってすらもらえないものもある。だから、最低生産数量(以下、MOQ。Minimum order quantityの略)を一定量に設定しないと、現実的な価格で提供することは勿論、完成させることすら困難になるのだ。
1万台作れば原価5千円で作れるものが、1000台だと8千円になり、100台だと2万円になり、10台だと2.5万円になる*3。ツアーの例でいう最低催行人数に相当する最低生産数量が定まっていれば原価を予想しやすくなる。
そろそろまとめよう。クラウドファンディングサービスはまさにハードウェアを開発・生産するため生まれたようなもの。事由は、最低生産数量をコミットできること、生産前に必要な費用が入ってくることの2つ。
前述した例で1000台作ると仮定したら仕入れ値は800万円。これに金型代の500万円、その他設計費の200万円をあわせれば1500万円は集めなければ持ち出しが発生するという計算になる。クラウドファンディングサービス上で『俺が考えたこのクールなハードウェアに1.5万円を払ってくれるという人が1000人集まったら生産するぜ!』と募集をかければ、一円の持ち出しもなく夢のハードウェアを作ることができるというわけだ。
おっと、一番大事なことを忘れていた。クラウドファンディングで1000人集まったプロダクトを世界各国のディストリビューターが放おっておく訳がない。その後1個1.5万円で世界各国にて販売すれば、台あたり7000円の利益が出続けるのである。
※式を簡略化するためにディストリビューターのマージンは考慮してない
3Dプリンターと出力サービス
クラウドファンディングを上手く使えば...と簡単に言ったものの、実際に動くプロトタイプ(試作機)がないプロジェクトには「欲しい!」と言ってくれる人が集まりにくい。そりゃぁそうだ、購入者からすれば実現可能性すら怪しく、実際にどういった動作をするのかすらわからないプロダクトにお金なんて払いたくない。チップ程度の金額ならよいかもしれないが、1万円を超えるような金額となればなおさらだろう。
試作機をどう作るか? これも従来は費用が課題だった。家電展示会で大手メーカーや通信キャリアがコンセプトモデルのモックアップを展示することはよくあるが、あのモック、動かないくせに80万円とか100万円とかするのである。クラウドファンディングで資金集めをする前の段階で試作機が必要なわけだから、このコストは自腹で払う必要がある。『スタートアップなんて一撃必殺。この試作機がユーザーのお眼鏡に叶わなければあきらめる!』という無謀な人はどうぞ貯金を切り崩して本職のモックアップ屋さんに頼めばいい。
しかしながら、この試作機が驚くほど安く...そう、たった数万円で出来るのであれば、その数十万円で何十回もトライすることができるのである。ここでいうトライは、商品Aの試作機をクラウドファンディングで世に問うてみたが鳴かず飛ばずだったので、つぎは商品Bを、だめならCを……とトライすることである。こんなローリスクなトライはない。
で、どうやって数万円程度でクールな試作機を作るかだが、そこで3Dプリンターを使うのである。3Dプリンターとは、あなたが描いたCADデータを食わせると、プラスチックでできた立体物をコンマ数ミリ単位の精度で全自動で作成する特殊な立体物出力装置である。その仕組についてはWebに専門家の解説が山ほどあるので割愛するが、とにかく思った通りの立体物を簡単かつ短時間(といっても数時間から十数時間)で作り上げてしまえる技術である。これがここ数年でびっくりするほど性能が向上し、価格もこなれて一般的になってきたのである。とはいっても最新型の3Dプリンターは数千万円もするので個人やスタートアップ企業が購入することは難しい。が、3Dプリンターによる立体物出力サービスというものがあり、誰でも手軽に3Dプリンターによる出力サービスを受けることができるようになってきたのである。数千万円の3Dプリンターを企業が購入し、1回の出力で数万円、といった値段設定をして3Dプリンターの時間貸し商売をしている業者さんが何十社と登場してきたためだ。
つまり、3Dプリンター用のCADデータを作ることさえできれば、たった数万円で試作機の外装を作ることができてしまうのだ。参考までに、Cerevoがクラウドファンディングで欲しい!という人を募集している巻き尺付きiPhoneケース「iConvex」の外装はたったの2万5千円で作ることができた。個人で何度もトライできる、といった意味がおわかりだろうか。
※右の写真は3Dプリンター Objet24で出力したiConvexの第二弾試作筐体
JetPCBで激安基板作成
『俺が作りたいのは電子機器。外装が安く作れたって電子基板をいちから試作するには何十万円というコストがかかるんでしょ?』という意見も既に時代遅れだ。
百聞は一見にしかず、ChromeユーザーもFirefoxユーザーもここはぐっと我慢してIEを使って http://JetPCB.com/ に今直ぐアクセス。ん?IEがないOSを使ってる? そんなアルミ製のリンゴをしゃぶってるガキは帰りなw ……おっと、誰かにキーボード入力を乗っ取っられたようだ、失敬。
で、Factから行くと巻き尺付きジャケット「iConevex」の基板は、JetPCBにてたったの2万円で作れてしまうのである。外装とあわせて4万5千円程度。これに細かな部品を通販サイトで買って数千円。
そう、iConvex試作機の持ち出しコストはたったの5万円前後なのだ。プロダクトデザイナーとハードウェアエンジニア、組込みソフトウェアエンジニアが集まって「いっちょやってみようぜ」となったら数万円でクラウドファンディングサービスに掲載するための試作機ができてしまう。個人や資金のないチームでも数十回トライできる、と言ったのはこういうことなのである。
※写真はiConvexの第二次試作機PCB。JetPCBにて作成したもの
OSHW(オープンソースハードウェア)
前項のコストからは、回路設計の手間などは省いた。しかし、ゼロから回路設計していてはかなりの時間がかかるし、ましてや外部業者に頼むとなるとものすごいコストがかかる。
そこでオープンソースハードウェア(以下OSHW)だ。3000円から1.5万円ぐらいで何種類ものOSHWが出まわる、いい時代になった。作りたいものに合わせたOSHWを購入し、必要なIOを足し、不要なIOをリワークで削る。組込みソフトウェアを乗せて動作確認がきたら、公開されているとなっている回路図やガーバーデータをベースに自分たちが作りたいオリジナルな電子基板の設計図を作ればいいのである。
ゼロから作るよりも調整・修正のほうが楽なのは言うまでもないだろう。MSP430 LaunchPad、Aruduino、mbed、LeopardBoard、BeagleBoard、BeagbleBone、PandaBoard、そしてつい最近リリースされた最強のOSHWと名高いRaspberry Pi。ここにあげた有名なOSHWだけでも、ボタン電池1個で動くマイコンレベルから、スマートフォンが作れるクラスまで多様なラインナップがある。これら8つのOSHWのデータシートとにらめっこして、作りたいものに合ったOSHWをチョイスするところからはじめれば、開発工数・費用を大幅に削減するだけではなく開発に必要なリードタイムを大幅に短縮することができる。楽になったもんである。
右の画像はiConvex初代試作機の中身。オープンソースハードウェアであるArduino nanoを中核とし、ホームセンターで買ってきた巻き尺を分解して流用した巻き尺メカと、追加センサーであるフォトリフレクタを追加している。
勇気と気合
えらい長文のエントリとなってしまったが、あと必要なのはチャレンジしようという勇気と成功させるぜ!という気合、そして良きアドバイザーだけだ。上に書いたことは重要なピースの大半に言及したが、実際はそんな単純なもんじゃないし、いくつか(公開文書として残すには)センシティブな項は抜いてある。
クラウドファンディングにガジェットを出してチャレンジしてみようという人は、このエントリーを見せて『和蓮和尚はAとBとCを抜いてたけど、そこはこうやって対応するのがいいよ』といったアドバイスがもらえる人と一緒にやるべきだ。逆にこのエントリーをプリントして見せて、こんなに簡単な時代になったんで僕らと一緒にやりましょう、なんて言ってくる連中とは距離をおいたほうがいい。
最後が手前味噌で申し訳ないが、クラウドファンディング・サービス『Cerevo DASH』の問い合わせフォームから提案してもらえれば、いつでも力になるつもりだ。ハードウェア・スタートアップがこんなにもリーンに開始できる時代になったのだから、是非とも一緒に面白い世界を作って行きたいものである。クラウドファンディングの仕組み部分はCAMPFIREさんとPayPalさんのタッグが強力にバックアップしてくれているし。
当然のことだが、海外のクラウドファンディングサービスで何千万円と集めて面白いハードウェアを世に出そうとしている英語圏のガジェットクリエイターの連中だって恐れるに足らずだ。なぜなら使っている仕組みは全く同じなのだから。あとはアイディアと完成度で勝負だ。
おまけ:プロモーションビデオについて
Kickstarterで金を集めてるプロジェクトにはこれでもかというほどカッコいいプロモーションビデオが貼り付けられていて「あんなカッコいいプロモーションビデオなんて撮れないよ!」と感じるかもしれない。
が、それすら安く簡単に解決できる方法がある。10万円程度でプロモーションビデオを作ってくれる業者だってあるし、1万円程度の動画編集ソフトと数万円のデジタル一眼レフがあれば結構簡単なもんだ。大変手前味噌で恐縮ではあるが、iConvexのプロモーション動画は3年落ちのデジイチ EOS Kiss X3を使って、ハードオフで1500円で買ってきたぼろいビデオ用三脚を組み合わせてビデオ作成経験が全くない人*4が1万円のビデオ編集ソフト*5で作ったものだが、はじめてでもこれぐらいは作れるものである。
とはいえビデオ撮影・編集のところはクラウドファンディング向けならではのTipsがありそうな感じなので、近日中にクラウドファンディングで金を集めてる動画の分析と、どうやったらそういう動画が自分で作れるか?をネタに書いてみたいと思う。新エントリーができたらTwitterで告知するので、 @warenosyo をフォロっておいてもらえればと思う。
お願い
iConvexはあと2日で終了期日を迎えるのだが、後ほんの少しのご支援が集まれば製品化されるというところまできている。日本初のガジェット・クラウドファンディング事例として、何としてもこやつはプロジェクトを成功させて製品を世に出してやりたい。iPhone持ってる人は是非ご支援を、持ってない人はブクマなりRTなりで支援してもらえると嬉しい。何卒宜しくお願い致します。
以上ッ
※しかしこれだけ書いても5000wぐらいなのね。商業誌で1ページ3000wの10ページ特集とか書いてた学生時代が懐かしい...。老いたかなw