光の季節。
過去10年ほど、繰り返し北欧へ旅をしている。多いのはフィンランド、スウェーデン。特にスウェーデンは、取材の関係で、年に3〜5回ということもあった。いつもキッチン付きのアパートメントを借りて、2〜3週間ゆっくり滞在する。(コロナ禍の影響で昨年と今年は一度も訪れていないけれど)
ときどき、「スウェーデンに行くならどの季節が一番いいですか」と訊かれることがあるが、四季それぞれに魅力と美しさがあって、「いつがいい」と決められない。だからこんなふうに答える。「いつ行っても楽しいと思いますよ。夏は光が眩しく温かくて、人々は陽気です。冬は暗く、寒く、人々はとても内省的になります。でも、冬にしかない美しさ、冬の光があります。」
スウェーデンの「冬の光」は美しい。それは「街の灯り(City Lights)」だ。そして、街の灯りの美しさが際立つのが、11月最後の週から12月25日までの、およそ4週間だ。
スウェーデンでは、毎年11月の終わり頃になると、大通りから小さな路地まで、あらゆる通りに、「星」をモチーフにした照明が飾り付けられる。また、店のショーウィンドウや、アパートメント、住居の窓辺に、大小たくさんの星の光が灯る。ロウソクの炎を思わせる、やわらかな暖色の灯りだ。12月のストックホルム、外はもちろん寒いが、無数の星の光に包まれて歩くと、心が温まってくる(ような気がする)。
北欧の夏はあっという間で、冬がとても長い。人々は冗談半分でこう言う、「スカンジナビア半島に四季はない。あるのは、11か月の冬と、1か月の夏だ」。その長く暗い、凍える冬を、人々は光=照明でwarm upするのだ。窓辺に飾られた光、照明、キャンドルが、道行く人々の気持ちを温めるのだ。
「暗い冬の道を歩いていても、窓辺に光が灯っていると安心する。ふと見れば、室内には家族の姿がある。幸せな風景だ。ああ、自分も早く家に帰ろう、って思う。窓辺に照明やキャンドルを置くのは、スウェーデン人のアイデンティティみたいなものだ。そして特に、12月のクリスマスまでの数週間は、誰もが競い合うように窓辺に美しい光を灯そうとするんだ」ストックホルムのセーデルマルムに暮らす友人が、かつてそう教えてくれた。
アドベントとクリスマス・マーケット。
スウェーデンでは、11月最後の週から(スタート日は毎年異なる)、12月25日のクリスマスまでのおよそ4週間を、「アドベント」と呼ぶ。これはキリスト降誕(復活)を待ち望む期間とされ、ヨーロッパ各地に共通する伝統であり、慣わしでもある。人々はアドベントのおよそ4週間、窓辺や部屋の中にロウソクを灯し、毎週そのロウソクの数を増やしながら、クリスマスの準備を整えていく。
アドベントの期間のお楽しみのひとつが、クリスマス・マーケットだ。毎年11月最後の週にマーケットは開き、クリスマスまで続く。
ヨーテボリ、ストックホルムといった都市から、マルメ、モーラといった地方の街、さらにもっと小さな村や集落まで、スウェーデン各地でクリスマス・マーケットが開催される。特に有名なのは、ストックホルムの旧市街、ガムラスタンのクリスマス・マーケットだろう。13世紀に築かれたガムラスタンは、ストックホルム発祥の地。宮崎駿監督の映画『魔女の宅急便』で、主人公キキが暮らした街のモデルになった場所としても広く知られている。石造りの古い建造物が並ぶ石畳の小道が、迷路のようになっていて、キキが住んでいそうなパン屋がある。
12月の今、ガムラスタンのストールトリエ広場には、伝統的なファールン・レッドの小屋がいくつも並んでいる。広場の一角には大きなモミの木のクリスマス・ツリーも立っている。並んだ赤い小屋では、クリスマスのシーンを演出するための様々なグッズ、伝統工芸品、アドベント期間に味わうお菓子や飲み物などが販売され、観光客はもちろん、地元の人たちもカップルや家族連れで大勢やって来ている。
11月下旬頃に雪が降り、白く化粧をした広場に赤い小屋が並んでいる年もあるし、温かな12月ということもある。(上の写真が撮影されたのは今年の11月末。まさにアドベントの期間とクリスマス・マーケットが始まった週末。このとき雪はまだ降っていない)
「グロッグ」と呼ばれるシナモンやスパイスの効いたホットワインを買って飲みながら、ゆっくりマーケットを見て回るのが大人たちの流儀。子供たちは、アドベント恒例のサフランを遣った黄色いお菓子やジンジャークッキーを頬張りながら楽しむ。
北欧の先住民サーミの伝統工芸品や、トナカイ・ファーを売っている小屋もある。ククサや木彫りのトナカイもあれば、スウェーデン伝統のガラス工芸品なども。小さな広場で開催されているクリスマス・マーケットは、スウェーデンの縮図のようでもある。
闇と光。新しい年の始まり。
「クリスマス(の頃)は、スウェーデン人、そして北欧の人々にとって、新しい年の始まりでもあるんだよ」とセーデルマルムの友人は以前話してくれた。
「毎年12月21日、22日頃が、冬至だ。夜が最も長い一日。冬至を過ぎれば少しずつ夜の時間が短くなっていく。それはつまり、春の始まりだ。ぼくら北欧の人々には、冬至の翌日は新しい一年の始まりだ、という考え方がある」
クリスマスへと向かうアドベントの期間とは、夜の力がどんどん高まっていくときだ。「光と闇」というのは、スカンジナビア半島に生きる人々にとって、大切なモチーフである。6月の夏至の頃は、光の力が最大限に強まるとき。だからスウェーデン人もフィンランド人も、ノルウェイ人もデンマーク人も、北欧の人々はみんな、夏に長いバカンスをとり、海辺や森のサマーハウスに長期滞在し、毎日戸外で過ごす。短い夏の間、人々はずっと太陽を浴びている。光の力を蓄えるのだ。逆に真冬は、闇の力が強まる頃だから、キャンドルをたくさん灯した暖かい家の中で過ごす。
冬は創作の季節でもある。部屋の中で書いたり描いたり、木を彫ったり、編み物をしたりと、何かもの作りをして過ごす。そのようにして北欧の人たちは、自分の中の「光と闇のバランス」をとっているのだろう。
街の灯りが美しいアドベントの旧市街、ガムラスタンの小道を歩き、クリスマス・マーケットでホットワインを飲む。2年前の同じ頃、僕はそうしていた(一昨年は11月終わりに大雪が降った)。去年、今年とそれは叶わなかったが、来る新しい年の暮れには(2022年のアドベントの頃には)、またガムラスタンに行きたいなと思う。
Christmas Market in Stockholm
https://www.visitstockholm.com/see-do/attractions/christmas-markets-in-stockholm/
Photography by NAOKO AKECHI
Text by EIICHI IMAI