トランプ米次期大統領を待つ ウクライナ戦争で犠牲となる兵士たち NATO前トップはどう見ていたか
新聞通信調査会発行の「メディア展望」11月号掲載の筆者コラムに補足しました。
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2022年2月ロシアの侵攻をきっかけとして始まったウクライナ戦争は、和解の兆しが見えないまま、2024年が終わろうとしている。
前線に送られるロシアとウクライナの兵士たちの状況、そして北大西洋条約機構(NATO)元事務総長イェンス・ストルテンベルグ氏の見方を紹介してみたい。
ロシア兵、7万人が死亡か
英BBCの調べ(9月20日発表)によると、ウクライナでのロシア兵の死者数は7万人を突破した(9月19日時点)。その約20%が開戦後にロシア軍に加わった志願兵である。
死者数の推定はBBCロシア語放送とロシアの独立系サイト「メディアゾナ」が協力し、ロシア政府による公式発表分やソーシャルメディアで公開された情報などから割り出した。
実際の数字は7万人をはるかに超えているようだ。身元が確認できなかった兵士がいる他に、戦死者の名前を公開しない遺族がおり、ロシア占領下のウクライナ東部ドネツク州とルハンスク州における民兵の死は含まれていないからだ。
志願兵の死者(約1万3000人)のうち、4100人が42〜50歳で、250人は60歳以上、最高年齢は71歳だった。
兵士というと若者のイメージがあるが、「60歳」「71歳」と聞いて、どの様な事情で兵役に就いたのかと思いを馳せるのは筆者だけではないだろう。
軍の給与はロシア国内の裕福ではない地域の平均賃金よりも数倍高い。また、ロシアの多くの地域では軍と契約を結んだ人への一時金の額が何度も引き上げられているという。中高年者は安定した賃金を得るために軍に志願兵として入ったのか。
2022年以降、ロシアの受刑者は釈放の見返りとして入隊を奨励されてきた。今では、刑事訴追を受けた人に対し、軍に加われば訴追が凍結されるあるいは完全に取り消される場合もあるという。
ロシア国外からロシア軍に参加した義勇兵で死亡したのは272人で、その多くが中央アジア(ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス)出身だった。
ウクライナ兵の犠牲は?兵士を見つけるのに一苦労
ウクライナの戦死者数は発表されていないが、ゼレンスキー大統領は今年2月、これまでに約3万1000人が戦死したことを明らかにした。昨年8月、米当局はウクライナ兵の死者は7万人と推定している。
ウクライナではこれまでに100万人の兵士が動員されており、その大部分が今でも前線に出ている。ウクライナの国防関係者によると、戦争続行のためには年内に20万人の兵士を新たに戦場に送る必要がある。
しかし、英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙(10月3日付)によると、新兵の獲得は至難の業だ。
ウクライナ第3の都市オデッサ(人口100万人)の兵役募集部門の担当者によると、兵役を避けたい人が担当員らに賄賂を提供して兵役を免除してもらう場合があるという。決められた人数の兵士を見つけないと、担当員らの上司は「お前たちを前線に送るぞ」と脅すという。
ソーシャルメディアでは、男性たちが募集部門の人員に路上で職務質問を受け、停めてあったバスに乗せられて、入隊事務所に連れて行かれる様子が拡散されている。こうした男性たちは20〜60歳で、軍隊の電子データベースに名前を登録していなかった人々だ。
今年5月から、徴兵資格がある男性を識別するために登録が義務化されているが、疾病を持つ人や戦死した家族がいる人は兵役が免除される。しかし、これが適用されない場合もあるという。
記事の中に登場する「ギナディ」氏は開戦当時、志願兵になりたかったが、今はそうではないという。「政府が十分に兵士を守ってくれない。戦闘に必要な機材が与えられず、負傷すれば忘れられた存在になる」。
NATO元事務総長「早期に高度な武器を提供していれば・・・」
「西側」によるウクライナ支援の先頭に立ってきたのがNATOである。
2014年から10年間、NATOの事務総長だったイェンス・ストルテンベルグ氏にFT紙がイタンビューしている(10月4日付)。
同氏は早い段階でウクライナにもっと軍事支援を提供するべきだったと述懐する。ロシアの「侵攻前に武器をもっと提供し、侵攻後はより高度な武器を使わせるべきだった」。
ロシア側に大きな打撃を与える武器を提供するかどうかについては、NATO内で「だいぶ議論があったが、重大な悪影響を引き起こす大きな懸念」があり、そうしなかった。
しかし、より早期にかつ高度な武器を提供していれば、「侵攻自体を防いだか、あるいはロシアがこれまでのような軍事上の成果をあげることはできなかったかもしれない」。
ロシア・プ―チン大統領はNATOが直接参戦すれば撃退すると宣言し、核兵器の使用をちらつかせた。NATOでは、何がロシアからの攻撃を開始させる「レッドライン」に当たるのかが議論された。しかし、レッドラインを超えないために「NATOがウクライナへの支援を止めるわけにはいかなかった」。
振り返ってみれば、「多くのレッドラインをNATOは超えてしまった」。プーチン大統領が核兵器を使って戦争をエスカレートさせたければ、「口実を作ってそうするだろう」。
これまでロシア側による核兵器の使用は実現していない。ストルテンベルグ氏はこれを一定の成果とみているようだ。
トランプ前大統領の一声
2018年、トランプ米大統領(当時)はNATOの欧州加盟国に軍事費を増大させるようハッパをかけた。当時、NATO加盟国でGDPの2%を国防費に割く国は4つのみ。現在までに23カ国に増えた。しかし、いざという時に危機に対応するには「2.5%か3%まで上げないと十分ではない」とストルテンベルグ氏は見る。
ウクライナ戦争当初からゼレンスキー大統領はNATOに対し、ロシア機による爆撃を避けるため上空に飛行禁止区域を設けてほしいと訴えてきた。この区域に敵が違反して侵入した場合に、NATOは撃退する役割を持つ。ストルテンベルグ氏は要請を拒否してきた。欧州の全面戦争の発生を防ぐためだ。
最後まで拒否したことについて、同氏は「後悔していない」。NATOは「ウクライナを支援するが、紛争の参加者にはならないと決めていた」。
数万人規模のウクライナ兵が命を落とす一方で、NATOは戦争の外側に位置する体裁を維持し、ウクライナ兵のトレーニングは提供しても加盟国の兵士は派遣せず、兵器を供与してもその利用に制限をかけてきた。
しかし、事態は一歩先に進みだしている。11月に入って、北朝鮮軍兵士約1万人がロシアの空挺部隊や海兵隊の一員として西部クルスク州に派遣され、その一部がウクライナとの戦争に参加していると報道された。
同月20日、ウクライナ軍は英仏の共同開発による長距離巡航ミサイル「ストームシャドー」で初めてロシア領内を攻撃。前日には米国製の長距離ミサイル「ATACMS(アタクムス)」をロシア西部に向けて発射した。
プーチン大統領は28日、これに対抗する措置として弾道ミサイル「オレシュニク」でウクライナの首都キーウの政権中枢部を攻撃すると脅している。
「トランプ待ち」か
来年1月、ドナルド・トランプ氏が米大統領として政権の場に戻ってくる。NATOのルッテ事務総長は11月末、フロリダ州パームビーチでトランプ氏と会談した。米国のウクライナ戦争についての関与が話題に上ったと見てよいだろう。
きな臭さが増すばかりの欧州だが、「トランプ待ち」状態に入っているようだ。