英ガーディアン紙が実践する「オープン・ジャーナリズム」って、何?(下)
―ガーディアンの7つの実践
英メディア界で、最もオープン度が高い媒体の1つがガーディアンだといわれている。
ガーディアンのウェブサイトで「オープン・ジャーナリズム」(http://www.guardian.co.uk/media/open-journalism)
のページを開くと、7つの共同作業の方法が記されている。
①「私たちが書く記事の形成を手伝う」項目では、原稿執筆中の8月現在、ロンドン五輪にかかわる写真を写真投稿サイト(Flickr)に送る、ブログサイト(Tumblr)やツイッター、フェイスブックでのフォロー、あるいは五輪についての自分にまつわる話をメールで送付、さらにサイト上の記事やブログにコメントを残すことを奨励している。
②「トップの記事をどうやって報道しているかを探索する」という項目をクリックすると、ニューズデスクライブという「ライブブログ」が開く。ライブブログとは、その時々の状況を刻々とつづってゆく、放送で言えば生中継の形のブログである。
その日の編集過程を読者に見せることが目的だったが、これは、現在は「オープンニュースリスト(Open Newslist)」http://www.guardian.co.uk/news/series/open-newslist
というサイトに移動している。しかし、中身は同じである。どこの新聞社でもやっている日々の編集会議を公にしているのだ。
画面中央下には2つのリストがあって、左側がニュース一般の仮の見出しが並ぶ。右側がスポーツ用リストである。それぞれの見出しの後ろには記者の名前が出る。
ここに表記されたトピックについて、読者はツイッターを通じて、専用ハッシュタグ(#opennews)を使って自分の意見を残すことができる。担当記者でツイッター・アカウントがある場合は、記者のアカウントに直接メッセージも送れる。
#opennewsというハッシュタグがついたツイートは、画面右のコーナーに常時表示され、ここを読んでいれば、デスクあるいは編集長がどのようなことを考えているのかが分かる。読者がもし公にせずに情報を送りたい場合は編集部の電子メールに送ればよい。編集部は寄せられた意見についていちいち返答はしないが、目を通しておく。
何を載せるかの最終決定権は編集部が持っているが、「あなたの意見を聞かせてほしい」というスタンスである。スクープネタは競争相手となる報道機関の目に触れてもらいたくないので、出さない場合があると断り書きがついている。
編集会議や編集幹部の思考プロセスをここまでオープンにしているのは非常に珍しいのではないか。
―書評、写真、データストア、なんでもオープンに提供
③「書評に洞察を加えよう」では、自分で書評を書くかあるいは他の人が書いた書評(ガーディアンの記者による書評もある)にコメントを残せる。
④「写真を共有しよう」では撮影した写真をFlickrのガーディアン専用サイトに投稿することができる。写真を撮ることで1年を記録に残すプロジェクトや、撮影技術を互いに向上させるための「カメラ・クラブ」もある。
⑤「アルバム評を作ろう」は③の書評の音楽版である。
⑥「ガーディアンのジャーナリズムを使って新しい方法を作り上げよう」の項目をクリックすると、「オープン・プラットフォーム」のサイト(http://www.guardian.co.uk/open-platform)
が現れる。ガーディアンと協力してアプリケーションソフトを構築するためのサービスだ。2009年からベータ版として開始され、10年から本格提供となった。
中身は「コンテントAPI(アプリケーション・インターフェイス)」(ガーディアンの1999年以降の記事、タグ、写真、動画の約100万点を必要に応じて選択・収集して利用するサービス)、「データ・ストア」(記者が集めた数字情報や視覚化されたデータ情報のディレクトリ。世界中の政府にかかわる数値情報をデータ化した「世界の政府データ・ストア」もある)、「政治API」(選挙結果、候補者や政党、選挙区に関するデータを提供)、「マイクロアップ・フレームワーク」(構築したアプリをガーディアンのサイトに直接組み込める仕組み)に分かれる。
コンテンツAPIの具体例の1つがイングランド地方観光局のウェブサイトVisit Englandとの協力であった。オープン・プラットフォーム(OP)を利用して、インタラクティブなオンラインマップを作り上げた。
これにはまずOP用API(ソフト)を利用して、ガーディアンの関連記事がグーグルの地図作成ソフトに送られ、場所ごとに振り分けられる。Visit Englandが設置した「Enjoy England」というウェブサイト上のマップにはガーディアンの記事が存在する場所を示す青い旗がいくつも並んだ。利用者は自分が訪れた場所についての感想などをインプットすることもできる。利用者のインプットがある場所には赤い旗がついた。
このマップはEnjoy Englandのウェブサイトに掲載されると同時に、同じものがガーディアンのウェブサイトにも掲載された。OPアプリを通じて、更新も同時だった(現在、ガーディアン上にはこのサイトは残っているが、Enjoy Englandとの同時掲載は終了している)。
―OPアプリを提供して、ビジネス機会の拡大も
オープン・プラットフォームを提供することで、ガーディアンは自力ではできなかったサービス(例えばさまざまな携帯機器で使うアプリの制作・販売)を提供でき、それによって新たなビジネス・チャンスや広告収入などの恩恵を得ている。
利用方法にはさまざまなレベルがある。例えばコンテンツAPIの場合、あるブロガーが「キーなし」を選択し、ガーディアンの記事の見出しを自分のサイトに無料で組み込むことができる。利用料は無料だ。
次が「ティア2」で、利用者はガーディアンからコンテンツにアクセスするための電子上のキーをもらい、サイト上にガーディアンの記事全体を掲載できる。
これも利用料は無料だが、その代わりに、ガーディアンは利用者に提供する記事に広告を埋め込み、広告の利用度などを追跡するトラッキング・コードをつける。同じ記事を24時間以上掲載できないなど、いくつかの制限がつく。ガーディアンはトラッキング・コードを分析し、ターゲットを絞った広告を出すなどの利用ができる。
最後が「ティア3」で、動画も含むすべての記事が掲載可能で、広告はつかない。この場合はガーディアンに使用料金を払う必要がある。
オープン・ジャーナリズム参加方法の⑦は、読者欄担当編集長(Readers’ editor)との連絡だ。編集長は読者から寄せられた意見、懸念、不平不満などを編集部からは独立した立場で処理する。「オープンドア」というコラムを持ち、定期的にジャーナリズムにかかわることについて書く。訂正欄の担当もこの編集長の管轄だ。
このほかにも、ガーディアン本社に読者を招き、執筆者と議論に参加する「オープン・ウィークエンド」というイベントの開催など、さまざまな参加・共同作業の機会を提供している。
―ガーディアンは物足りない、市民のニュースサイト
ガーディアン程度のオープン化では物足りないという人たちもいる。先にも述べたが、ガーディアンのブログサイト「論評は自由」では、政治家からNGOのスタッフまでさまざまな人が書き手となっている。書き手として参加するには、まずはガーディアンの担当デスクから書き手に足る人物としてお墨付きをもらわなければならない。少々敷居が高いのが難点だ。
そこで、2010年、起業家アダム・ベイカー氏は市民ジャーナリズムのサイト「Blottr(ブロット)」(http://www.blottr.com/
)を立ち上げた。
「既存の大手メディアのサイトは似たようなニュースばかりが並んでいる」、「事件の現場に出くわして、すぐに情報を伝えても、大手メディアは容易には掲載してくれない」-そんな思いを持っていたベイカー氏は、かつて大衆紙大手デイリー・メールで販売を担当していた。ネット広告の会社を立ち上げ、これを売却して得たお金を元手にブロットを始めたのだ。
「市民ジャーナリズム」という言葉自体、英国ではやや古めかしく聞こえるものとなっていたが、スマートフォンの普及で画像や文字情報を送信することが以前よりもはるかに簡単になったこともあって、新しい道が開けてきた。
ブロットへの投稿は簡単だ。名前と電子メールを登録した後、自分が見たこと、ニュースだと思ったことをウェブサイトの投稿欄から入力し、送信するだけだ。誰に許可をもらう必要もなく、すぐに掲載される。
文法上の間違いや情報の真偽の確認はどうするのか?ブロットの編集スタッフが、記事が投稿されると事実関係を必要に応じて確認の上、修正する。また、読者や他の投稿者も他人の投稿記事に「補足する」ことができる。こうして、記事は共同作業として完成されてゆく。
現在、市民記者は5000人を超える。アクセスは200万人から300万人ほど。サイトの収入は広告、企業のスポンサーシップ、ユーザーが作ったコンテンツをブログやサイトに組み合わせるテクノロジー「ニュースポイント」から。すでにドイツとフランスで同様のサイトを現地語でスタートさせている。
アダム氏によれば、記者は市民やジャーナリズム専攻の学生などで、自分のブログをすでに持っている人など。自分が書いた記事がニュースサイトに載っているのを見たいという人は「かなり多い」。
「実際に現場にいる人が、自分の見たことを書けば、最もインパクトがある」ともいう。昨年、起業を奨励する英国の企業経営者たちが選ぶ「斬新なビジネス」賞を受賞した。
今年8月4日付のサイトを見ると、トップには「マーク・ダガン:暴動から1年」という見出しの記事が出ていた。
丁度1年前に、ロンドンを中心にイングランド地方各地で暴動が多発した。もともとは、ロンドン東部トッテナムで黒人青年ダガン氏が警察に誤射殺されたことがきっかけであった。筆者はトッテナムを訪れ、この1年を振り返り、現場の様子を伝えた。写真がややぼやけた感じであるのが気になるが、記事の構成などはこれまでのニュース報道の体裁をとっており、自然に読むことができる。
記事の最後には、信憑性についてクリックする欄が設けられていた。この記事に補足する、あるいは関連した記事を投稿するためのボタンもついている。
―素晴らしい実験であるが「成功というにはまだ早い」
論文「オープン・ジャーナリズムの試み(The Case for Open Journalism Now)」を書いた南カリフォルニア大学の研究者メラニー・シル氏によると、米英でオープン・ジャーナリズムが実験的にでも実行されるようになったのは、「ここ4-5年」であるという(米サイト「ポインター」今年1月9日付)。
同氏は、この論文の中で、オープン・ジャーナリズムについて、「質の高いジャーナリズム」を集団の努力の集結で実現する、読者・視聴者の「ニーズによって動く」サービスと捉えている。この点で、オープン・ジャーナリズムは市民に発言権を与える手法ともいえよう。
米ジャーナリスト、マシュー・イングラム氏は、ニュースサイト「ギガ・オムニ・メディア」の記事(7月31日付)で、最も興味深いメディアとしてガーディアンを挙げている(ちなみに、ガーディアンの発行元とギガ・オムニ・メディアは資本関係を結んでいる)。
米国の主要新聞がウェブサイト閲読に「有料の壁」を打ち出す方に動く中、ガーディアンはこれを拒否し、読者をさまざまな形で編集過程に参加させるジャーナリズムを率先しているからだ。
しかし、7月中旬に発表された2011-12年度の財務見通しでは4420万ポンド(約54億円)の営業損失を見込んでいるため、このジャーナリズムを「成功と呼ぶにはやや早い」「すばらしい実験ではあるが」と書いている。
私が気になるのは、ガーディアンの報道機関あるいは論壇として立場、持続の問題である。他者の参加を奨励した結果、報道・言論機関のコアとなる頭脳部分を担う編集者たち・記者たちがやせ細ることにはならないかという点だ。デジタルやテクノロジー分野に力を入れるあまり、ガーディアンは「ジャーナリズム『も』やるIT企業」になってしまわないだろうか?
オープン・ジャーナリズムの究極の姿は、メディア組織を解体させてしまう可能性をはらむだろう。ひょっとすると、組織自体は分解しても、ジャーナリズムの生成が続行すればよい、とガーディアンは考えているのかもしれない。
オープン化が進んだ未来のジャーナリズムはもはや組織を必要とせず、さまざまな、かつそれぞれはばらばらの担い手(書き手、編集者、統括者、配布者など)が、力を合わせて作り上げるものになるのだろうか?
*****関連サイト***
*ガーディアンのオープンジャーナリズムのウェブサイト
http://www.guardian.co.uk/media/open-journalism
*裁判にかけられる子豚たちの姿を示すガーディアンのサイト
http://www.guardian.co.uk/media/gallery/2012/feb/29/three-little-pigs-behind-scenes?intcmp=239#/?picture=386693266&index=12
*オープン・プラットフォームのサイト
http://www.guardian.co.uk/open-platform
*Enjoy England企画のインタラクティブ・マップ
http://www.guardian.co.uk/enjoy-england
*編集会議の様子を見せるOpen Newslist
http://www.guardian.co.uk/news/series/open-newslist
*市民参加型のニュースサイト「Blottr」
http://www.blottr.com/