熊本県は、熊本の暮らしを伝える移住検討者向けツアーとして「くまもと暮らし体験ツアー」を企画。2024年2月19日から21日、2月25日から2月27日の2回の日程で、5つのコースを巡るツアーを実施しました。このうち「天草コース」と「阿蘇コース」のツアーにTURNSの取材班が密着。第1回は「天草コース」の様子をお伝えします。
「くまもと暮らし体験ツアー」阿蘇コースのレポート記事
1日目
いざ、青い海が待つ天草地方へ!
九州の商業・産業を支える大動脈が南北を流れ、西に天草地方などの沿岸地域、東に阿蘇カルデラの自然に恵まれた農村地域が広がる熊本県。今回の「くまもと暮らし体験ツアー」では、県央コース、県南コース、天草コース、県北コース、阿蘇コースという5つのコースが設けられ、それぞれ2泊3日の日程で、多様な環境を持つ熊本県の魅力的な暮らしを体感するツアーが行われました。羽田空港発、伊丹空港発、博多駅発の3か所で参加者を募集。羽田空港発着の場合、一人32,500円という参加費を募り、ここでお伝えする「天草コース」には25名の参加がありました。
阿蘇くまもと空港を昼過ぎに出発したツアーバスは、熊本駅で博多駅発の参加者をピックアップしながら一路、天草地方へ。熊本までの移動に続き、空港からの移動とやや長い移動になりましたが、車内では熊本各地に精通したバスガイドさんからさまざまな解説があり、車窓に見える各所の紹介や熊本の歴史、代表的な産業、地名の由来や風習など、泉のように溢れ出るトークのおかげで退屈さを感じない時間に。
そして空港を出てから1時間ほどが経ち、三角西港の歴史地区を越えたあたりから、右手の車窓には九州本土と天草地方を結ぶ二本の橋が見え始め、いよいよ天草の旅がスタートしました!
熊本県の南西部に位置する天草地方。下島、上島を中心に120あまりの島々からなる地域には、上天草市、天草市、苓北町という2市1町があります。九州本土と天草地方の玄関口となる大矢野島、さらに大矢野島と上島は「天草五橋」という5本の橋によって陸路で結ばれ、7万3千人あまりが暮らす天草市は全国の離島自治体で最も人口の多い市。また、一部が雲仙天草国立公園に含まれる島々はマリンレジャーが盛んで、歴史的には天草四郎伝説で知られる天草・島原一揆の舞台として有名です。
鉄道が通っているのは天草地方手前のJR三角駅まで。そのため陸路の移動には車が欠かせませんが、利便性の高い「熊本天草幹線道路」の整備が平成6年から進められ、これまでに全長70kmにわたる区間のうち4分の1程度が開通。全体の完成時には天草市と熊本市の中心部が約90分で結ばれる予定です。その幹線道路から日本三大松島に数えられる「天草松島」の多島美を車窓に眺めながら、一行は天草市に移動。まずはじめに、市内の古江地区にある空き家を視察しました。
天草市&上天草市の魅力を知る
空き家バンクに登録されているこちらの売却物件は、平屋建ての母屋と2階建てのガレージがつながる希望価格580万円の木造7DK。近年まで現所有者の親族が暮らしていたという家屋は、築年数こそ重ねているもののリフォームと増築が行われ、そのままでも生活を始められるような状態が維持されています。
電動シャッター付きの車庫とその隣にある倉庫は広々としたスペースで、DIYやアウトドア遊びを楽しむ趣味の空間としても使えそう。海岸のそばに建ち、ガレージ2階のベランダから海が見える爽やかな環境も大きな魅力に感じました。およそ20分ほどの短い時間でしたが、屋内外を見学した参加者は天草で暮らす実感を掴めた様子。
続いて一行は天草市役所に移動。こちらでは天草市と上天草市の移住コーディネーターによる両市の魅力や移住者向け支援に関する説明会が行われました。
先にプレゼンテーションを行った天草市の担当者は、「イルカが住むきれいな海をはじめとする自然景観やキリシタン文化にまつわる多くの観光資源」、「温暖な気候を生かした農業と豊かな水産資源に支えられる食材の宝庫」といった同市の魅力をPR。その上で、平成20年からの14年間で493世帯924人の移住者を受け入れている実績をあげ、そのうちの約半数が九州外からの移住者であることが紹介されました。
一方で、上天草市の担当者は、「海中水族館の『シードーナツ』があり、クルージング、シーカヤックなどのマリンレジャーが充実している環境」をPR。また、海遊び以外にも、大矢野島や上島の外周を走りながら島々の絶景を満喫するサイクリングや標高400m程度の低山を歩くトレッキング、陶芸体験なども人気のアクティビティという情報も。また、今年始まった宿泊&ガイド付き遊漁船釣りプラン「天草つろう旅」や、“猫の島”とも呼ばれる湯島にあるシェアオフィス「sea glass」、最長1ヶ月間利用可能なお試し移住施設の紹介もあり、どちらの市の魅力も参加者の興味を誘っていました。
天草ブランドのグルメを囲みながら先輩移住者と交流
天草市役所がある本渡地区は、天草地方の中心市街地。離島の中で最大の人口を誇る市の中心部だけに、まちの中には大きなスーパーマーケットやドラッグストア、家族連れで入りやすそうな飲食店、居酒屋などもあり、その中にはマクドナルドやすき家などのチェーン店も。さらに中心地から車で10分ほどのところには、大型ショッピングセンターのイオンもあるといい、少なからず「離島=生活に不便な面があるのでは?」という印象を携えてきた身からすると、その先入観を覆されることに。
初日の夕食はその本渡地区にある古民家の食事処「茶寮やまと家」に3名の先輩移住者を招いた懇親会が行われました。
ただでさえ長い移動の後の密なスケジュールだったことに加えて、実は行きの車内で天草の名産品をあれやこれやとガイドさんから存分に聞かされていた一行は、もう腹ペコ。そんな中で卓上には「天草黒牛」に地鶏の「天草大王」、特産品のシモン芋を使ったうどんや郷土料理のこっぱ餅、そして旬の魚介といった天草産食材満載の料理が並び、素材にも調理にもこだわった品々を前に、みんなの表情が自然とほころびます。
先輩移住者は参加者を前にそれぞれの移住体験談を披露。話の中では「コンビニで獲れたての地産野菜が売っていたり、スーパーに地物の鮮魚が並ぶ食の充実」「静かな田舎暮らしを満喫しながら、少し足を伸ばせば買い物や娯楽もある不自由さを感じない環境」といった、それぞれが感じる天草地方の魅力が語られ、そこからは自由歓談の場に。きっかけも道のりも異なる三者三様のストーリーは、移住を検討する参加者にとって貴重なヒントになったはず。
2日目
田園の中の古民家カフェへ
2日目は朝9時に本渡地区のホテルを出発し、最初に天草市内の神和地区にある「小豆カフェ」を訪問しました。
こちらのお店は移住者の中林淳さん、優子さん夫妻が営む古民家カフェです。兵庫県生まれの中林さんは、今から15年前に仕事の関係で熊本市に移住。そこで優子さんと出会い、子どもが生まれたタイミングで優子さんの地元である天草へ。その後、熊本でカフェに勤めていた優子さんの経験を活かして10年前に小豆カフェをオープン。田園の緑の中に店内にはゆったりとした時間が流れ、若い頃に国内外を旅してきた淳さんのアイデアあふれる料理とおいしいコーヒーが地元の人たちに愛されています。
「空き家バンクで一目惚れして決めた物件でしたが、とても辺鄙なところにあるので、最初は店をやっていけるかとても不安でした。ただ、環境がすごく良かったので、もしもカフェがダメだったとしても、別の仕事をしながらここに住めればいいなって。そんな風に思いつつ、地元の方々に応援してもらいながら、どうにか10年を迎えることができました」
天草産の器に注がれたチャイやコーヒーを楽しむ参加者を前に、そう語ってくださった淳さん。島の主要道からも観光ルートからも外れた土地で長くカフェを続けてきたストーリーは参加者の関心を強く引いた様子で、「当初は蓄えを使い、2年ほどの期間をかけて経営の軌道に乗せてきたこと」「手作りに力を注いで設備投資を極力少なくしていること」「天草の窯元の陶器を使い、少しでも地元に貢献しようという思いでやってきたこと」など、お店を持続させるために行ってきた、さまざまな努力を伺うことができました。
イルカウォッチング&天草一揆、激戦の地へ
中林夫妻に見送られて小豆カフェを後にした一行は、次に二江港の「天草市イルカセンター」に移動。ここで天草地方の代表的な観光であるイルカウォッチングを体験します。
前日の天草市役所での説明会でも、まちの魅力として語られていたマリンレジャー。その海の自然を端的に感じられるレジャーとして人気なのが、このイルカウォッチングです。天草地方の周辺海域には約200頭のミナミハンドウイルカが生息し、年間楽しめるイルカウォッチングでの遭遇率は何と98%!
そういうわけで、ほぼ確実に船上からイルカの群れと出合える……、スポットではあるのですが、前日からの天気予報は降水確率80%の雨予想。実際に朝から濃い霧が立ち込める曇天の中、お天道様の下で透き通る海を泳ぐイルカを見ることまでは難しいかと半ば諦めていたところ、我々が出港したタイミングとほぼ同じくして、東の空にまさかの晴れ間が。
抜けるような青空とまではいきませんでしたが、そんな奇跡的な状況の中で海中を悠然と泳ぐイルカをしっかり観察することができ、水面を跳ねるその美しい姿に参加者から何度も歓声が上がっていました。
昼食を挟んで午後は苓北町に移動し、天草地方の重要な歴史スポットである「富岡城」へ。
日本史において、天草の地名が最も鮮烈に登場する「天草・島原一揆」。富岡城は、その激戦の舞台のひとつです。
江戸時代初頭、肥前唐津藩(現在の佐賀県唐津市一帯)の飛地だった天草において、当地の本拠地として築かれた平山城。ところが、寛永14年(1637)に一揆が勃発すると、天草四郎時貞率いる一揆軍の蜂起に遭い、およそ1週間の籠城戦が繰り広げられました。
いくさの起こりには百姓一揆とする説とキリシタン弾圧への反乱とする両説がありますが、天然の要害に囲まれた城は結果的に落とされることなく、撤退した天草四郎らは長崎に渡り、島原の一揆軍と呼応してさらなる激戦に続きました。現在は本丸跡に「富岡ビジターセンター」が整備され、この地の歴史や自然環境に関する展示を見ることができます。
こちらでは城内にあるコワーキングスペースで、苓北町の職員からまちの魅力と移住者向け支援についてお話を伺いました。
天草地方の別称・苓州の「苓」の字を冠する苓北町。下島の北西部に位置する人口約6400人のまちは、真珠と陶磁器の生産で有名です。そんな苓北町の魅力として紹介されたのは、「温暖な気候に恵まれた風光明媚なまちであること」と「インフラ整備が充実しており災害が少ないこと」の2点。特に後者については、町内全域に光ファイバーが通っており、下水道普及率も全国平均より10%高い90%以上であることが紹介されました。
また、2024年度から「空き家活用支援事業補助金」「子育て世帯定住促進支援対策事業補助金」「創業支援等事業」「0歳児から2歳児の保育料軽減」制度が新設予定であることも紹介され、移住者が暮らしやすい環境作りに力をいれる自治体の熱意を感じました。
ちなみにお話を伺ったコワーキングスペースは町外のゲストも利用可能。去年オープンしたばかりの施設内にはキッチンもあり、まるで城主の気分になって海の絶景を見下ろす、全国でも珍しい“城ワーキングスペース”になっています。そのほか、富岡城近くの鎮道寺には幕末の偉人・勝海舟が残した落書きがあり、町内には「天草四郎乗船之地」をはじめ、キリシタン文化の歴史を伝える名所が点在。移住者誘致に向けた取り組みは「まだまだこれから」とのことですが、歴史ファンであれば一度は訪れたいと感じるまちでした。
移住先の仕事を探す新たな選択肢
その後は天草市西部にある下田温泉ふれあい館ぷらっとに移動。ここで「天草市特定地域づくり事業協同組合」代表理事の古賀源一郎さんにお話を伺いました。
2023年1月に設立された天草市特定地域づくり事業協同組合は、天草地方で働きたいという人を月給17万円ほどの給料で雇用し、組合の職員として合員企業に派遣しています。現在は旅館、飲食店、製材業など10社が加盟。雇われる側には時季ごと複数の企業で働くマルチワーカーを経験しながら新天地での生活基盤を整えられるというメリットがあり、移住はしたいが仕事面に不安があるという移住者を支援する受け皿になることを目指しています。
「移住者の方々は、楽しみにしていることがあったり、何らかの目的があって移って来られるわけですから、その実現を大切にしながら天草で働いていただきたいと思っています。例えば、マリンスポーツが好きで移住された方であれば、ご要望を伺った上で夏は夜間の仕事をマッチングするなど、定住のお手伝いになるような活動を行っています」
そう語ってくださった古賀さん。移住というのは、自分らしい暮らしを叶える自己実現の作業。それゆえに地縁のない土地での転職活動では、自分の希望と相手先企業のニーズが噛み合わずに「移住したいけれど、ちょうど自分に合った職場がない」ということも起こりがち。そうした場合に、自分と企業の間に立って“ちょうどいい働き方”をサポートしてくれる同組合のような存在は、天草への移住を目指す人たちの心強い味方になるだろうと感じました。
盛りだくさんの内容だった一日を終えて、夕食は本渡地区の「いけすやまもと」へ。2日間行動をともにしたことで、すっかり打ち解けた参加者たち。関東、関西、九州と住んでいる場所はそれぞれながら「移住」という興味は共通している者同士、店自慢の地魚料理を楽しむ現場は、さながら情報交換会のような空間になりました。
3日目
潜伏キリシタンの歴史を学ぶ
あいにくの大雨に見舞われた最終日。朝9時前にホテルを出発した一行は、バケツをひっくり返したような、という言葉がふさわしい土砂降りの雨の中、潜伏キリシタンの歴史を伝える「天草キリシタン館」へ。
近世、世界が大きくうねる中で、当時の時代性が起こした悲劇といえる潜伏キリシタンの歴史。天草・島原一揆の際に天草四郎時貞が使ったとされる国指定重要文化財『天草四郎陣中旗』を所蔵するこちらでは、日本へのキリスト教伝来から潜伏キリシタンのその後の歴史までが約200点の資料を通じて紹介されています。参加者は平田豊弘艦長の案内で館内を一周。濃密でありながらわかりやすい解説で、天草地方を語る際に欠かせないキリシタン文化について学びました。
そして3日間にわたる行程のラストは、リゾート感あふれる上天草市の複合施設「リゾラテラス天草」へ。こちらでおみやげショッピングを楽しんだ後、館内のレストラン「プレート カフェ リゾラ」で海鮮づくしのランチをいただき、最後まで天草の食材を満喫。阿蘇くまもと空港に向かって帰路に着きました。
今回の熊本県「くまもと暮らし体験ツアー」では、2月25日から2月27日に行われた「阿蘇コース」も取材しています。ぜひ、そちらのレポートもご覧ください。
「くまもと暮らし体験ツアー」阿蘇コースのレポート記事
取材・文:鈴木 翔 写真:古末拓也