去る3月1日、岩手県・雫石の「コテージむら」で、「これからの農家住宅提案検討委員会」第3回目の検討会が開催されました。冬のコテージむらは、見事なまでの雪景色!
東京から新幹線で2時間半、岩手県雫石町南畑地区にある「コテージむら」は、雄大な自然に抱かれた総面積約63ヘクタールの土地。岩手山から秋田駒ヶ岳にかけた山並みを望みながら農的暮らしをしたい人へ向けて、宅地付き農地として分譲しています。
昨年、このコテージむらを舞台に、「これからの農家住宅提案検討委員会」が立ち上がりました。これは、“田舎っぽい”“大変そう”などといった農家に対するマイナスイメージを払拭する、新しいスタイルの農家暮らしを形づくっていく試みです。地元の若手農家や建築士、地域づくりの専門家たちが、合計3回の検討会を通して、若者が憧れる農家住宅を提案します。
昨年から第1回、第2回と回を重ね、徐々に農家住宅のイメージを固めてきました。今回はいよいよ最終回です。
コテージむら管理センターに、すっかり顔なじみとなった検討委員のメンバーが集まります。
第2回目の前回は、「がっつり農業班」と「コンパクトな暮らし班」に分かれて、簡単な平面図を作成しました。それを、検討委員のメンバーである建築士の櫻田文昭さんが、この日に向けて本格的なパース図にそれぞれ落とし込んでいます。
部屋やモノが正確な縮尺で配置され、これまでのアイデアがぐっと現実味を帯びてきました。今回は班分けはせず、みなでこの図面に新たな要素や暮らしのイメージを書き加えながら、これからの農家住宅の姿を完成させていきます。
農家の現実的な意見を取り入れた【がっつり農家住宅】
「がっつり農家住宅」は、4人くらいの家族が住む設定です。メインの農地は区画の外にあり、区画内にあるのは自家用の畑です。間取りのポイントは、近所の人たちが集える広い土間があること。実際にこの家に住んだ場合をシミュレーションしていくと、「薪ストーブは熱効率がよいところに置きたい」「お客さんを迎える部屋は、気を遣わなくていいようリビングから遠くへ」など、リアルな暮らしに基づいた提案が次々と出てきました。
参考になるのは、やはり農家のメンバーの意見です。とくに農家以外の人たちが知らずに見落としていたのが、農機具を置く場所にかなりのスペースを割かなければいけないこと。トラクターやコンバイン、脱穀機など、なにかと機械を必要とするのが農業なのです。
また、農家のメンバーが切実に「寒さを我慢しなくていい家」を求めていたのも印象的でした。岩手の冬は寒さが厳しいからこそ、この住宅では床暖房を設置するなどして「日本一暖かい農家住宅」を目指します。
農家の1年には繁忙期と閑散期があります。閑散期に趣味を充実させるための部屋を設けているのも、この住宅の特徴です。趣味の延長で商品を作り販売する展開も考えられ、アルパカや羊を飼い、刈った毛をつむいで編み物をしたらどうか、などのアイデアも飛び出しました。
櫻田さんによると、「がっつり農家住宅」を建てる予算は、最低でも3000万円程とのことでした。
時代に合わせて“シェア”を取り入れた【コンパクトな暮らし住宅】
続いて「コンパクトな暮らし住宅」について検討していきます。
こちらの住宅は、“シェア”という概念なしには語れません。一人暮らし用の住宅で、設備は最低限。リビングにトイレ、寝る場所はロフト、お風呂はなくてシャワーで十分。その分、別の場所で食堂や温泉を共有します。
また、コンパクトな暮らしには広い農地は必要ありません。1区画を4分割し、トレーラーハウス程の大きさの住宅を4軒建てて、各住宅の隣に小さな農地があります。
住人は、Webデザイナーやライターなど、インターネット環境が整っていればどこでも働ける仕事に就いている人を想定しています。彼らのために、コテージむら全エリアでWi-Fiが使えるように整備してもいいでしょう。最先端のIT環境と、農的暮らしが同時に手に入るのは、まさにこれからの時代の理想です。
「コンパクトな暮らし住宅」は、すべて同じ建築ではなく、一つひとつに個性を持たせます。例えば、木材ではなく藁を建材にする“ストローベイルハウス”。あるいは風力発電のための風車小屋を住居にしたらどうかなど、ユニークなアイデアも出ました。
また、地域資源を活かす意味合いで、岩手県産漆塗りの風呂桶や便座を1点豪華主義で取り入れる提案もありました。
「コンパクトな暮らし住宅」は、農業に新規参入する移住者、とくに若者をむかえるために、初期投資を少なくさせる意図があります。住宅を建てる予算は300~500万円といったところ。
2つのタイプの農家住宅が同じエリアにある“むら”の形
コテージむら内には、「がっつり農家住宅」と「コンパクトな暮らし住宅」を混在させます。すると、前者に住む農業のベテランが、後者に住む農業初心者に農作業を教えることができます。反対に、「がっつり農家住宅」の人が繁忙期のときは「コンパクトな暮らし住宅」の人がアルバイトをすることもできます。互いに補い合って共存できるのです。
それぞれの生活スタイルがありながら、ときに協力し合って暮らす住宅群は、まさに現代版の“むら”と言えるでしょう。“むら”というとしがらみのある閉じたコミュニティのイメージを持つ人もいますが、インターネットが普及し、価値観や働き方が多様化しているいま、人々が場所やモノ、知識、時間などをシェアしながら適度につながる新しい形の“むら”を「コテージむら」で作っていけるのではないか。そんな可能性が見えてきました。
検討委員それぞれの視点からみた今回の検討会
最後は、この日集まった検討委員一人ひとりによる締めの言葉です。
特定非営利活動法人 いわて地域づくり支援センター 常務理事 若菜千穂さん
農家のメンバーの話を聞いて、農機具の管理がこれほど大変だとは知りませんでした。生活空間が農機具に浸食されない工夫が、これからの農家住宅には必要なのではないでしょうか。
都会の人のなかには、「田舎の密度が嫌」と言う人もいるけれど、実際はそれほど密ではないことも、話をしていくうちに見えてきました。コテージむらで、住人が仕事も暮らしもシェアしながら、適度につながれるビレッジをつくる。未来を感じた検討会でした。
山藤農園 山本早苗さん
移住者が初めて農村部に来る場合、住む家はあるのか、いきなり農業ができるのかといった不安がつきものです。それを解消するために、いろいろなものをシェアする必要があります。
一軒あたりの住宅をコンパクトにすることで、初期投資を抑えられる。農業をするときは、がっつり農家と一緒に出来る。そうやって、農村部へ来る人のハードルをなるべく下げてあげたいですね。
有限会社ファーム菅久 常務取締役 菅原紋子さん
私は農家育ちです。「がっつり農家住宅」の、趣味の部屋があること、家が暖かいことの2点は農家にとってとても魅力的です。一方、「コンパクトな暮らし住宅」は、私自身新しい気づきになりました。農業はいま人手不足が深刻で、手に職を持ちながら、繁忙期にだけ農業に関わってくれる人をどれほど増やせるかが課題です。その点でも、今回の“むら”の形はよいと思いました。
有限会社美建工業 住工房森の音 代表取締役 櫻田文昭さん
今回出た2案の農家住宅が実際に「コテージむら」にたくさん建ったとき、たまたま訪れた人でも、歩いているだけで「農道の周りの建物が面白い」と気づくようになるでしょう。人が集まってエリアの価値が上ったとき、そこが楽しそうで、誰かと話をしたり、友達を呼びたくなったりする場でないと、終わってしまう。でもここは「がっつり農家住宅」と「コンパクトな暮らし住宅」がコラボレーションしているからこそ、どんどん面白くなっていきそうです。
山藤農園 山本藤幸さん
現在、がっつり農業をして暮らしています。典型的な農家住宅である実家は、古くて寒い。「がっつり農家住宅」は、農家らしい趣がありつつも、実は日本一暖かい家であってほしい。また、農作業後は服が汚れているので、「がっつり農家住宅」も「コンパクトな暮らし住宅」も、家に入ってすぐにシャワー室があった方がよいです。
もし一人で農業を始めるとしたら、自分だったらこの様な“むら”があったら一緒にやりたい。是非実現してほしいです。
株式会社浄法寺漆産業 松沢卓生さん
「コンパクトな暮らし住宅」は、最初は同じような建売住宅をイメージしていましたが、一軒一軒個性があるところがいい。さらに、地域の特徴を取り入れることも、ポイントです。私は岩手の漆産業に携わっているので、岩手らしさとして、ぜひ漆を活用してもらいたいです。
昔は入会など山を共同で管理する文化がありましたが、最近は廃れています。いま、改めて共同で農地や山を管理する仕組みがあると、共同体意識が高まっていくのはないでしょうか。今後少子高齢化が進むなか、効率的に農業を行うには人々の力を集中させることが大事です。そういう意味でも、今回のような特徴のある集団的な農家は理想だと思いました。
株式会社タカヤ チーフプランナー 藤原ゆみ子さん
第1回目の検討会で「土間がほしい」と提案しました。近所の人が集まってお茶を飲んだり、子供が遊んだり・・・土間はコミュニケーションの場になります。“むら”という案が出てきたのが面白かった。中心となる管理棟で、例えば収穫した大豆で味噌づくりのワークショップを行うなど、イベントもできそうですね。
この“むら”の構想が実現したら、大変珍しいので、全国から注目される場になる可能性がある。温泉も近いので、ツアーを組んで観光地化したりもできそうです。
「コテージむら」にある、美しい並木道です。ここが新しい“むら”として成熟し、多様な人たち行き交う未来を思い浮かべて・・・3回にわたる検討会は終了です。検討委員のみなさん、素晴らしい議論をありがとうございました!
(文:吉田真緒 写真:佐々木光里)